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イン ワンダーランド -エピローグ



白い世界。何もなかった。私は間に合わなかったのだろうか。白いワンピースを着ている。このワンダーランドに来た時みたい。何も持っていなかった。どこかで何か聞こえる。
誰かが泣いている。すすり泣き。私は声のするほうへ動いた。そこには子供の時の私が居た。思い出したくないこと。上手く行かなくて泣いていたんだ。少女は大きくなっていく。
場面が変わる。中学生、高校生、社会人。その時々にあったイヤな出来事が繰り返される。
そして、今の私。仕事に行くのが億劫だった。抜け出したいけれどその勇気もない。現状を変える勇気もなければただしていたことは心を閉ざしていたこと。そう、私はそんな毎日を過ごしていた。抜け出たかった。私はそんな映し出された私を抱きしめた。色んなものが流れてくる。ああ、もう一人の私が『黒のアリス』だったんだね。私が生み出した負の思い。力いっぱい私はもう一人の私を抱きしめた。大丈夫、今度は戦うよ。その時私の中で何かが光った。それは小さな、本当に小さなものに感じた。赤い塊。次第にそれは歯車だってわかった。世界が急速に変わっていく。赤い歯車の回りに歯車が出来る。形を成していく。銀の懐中時計になった。私は時計を開いた。時間は11時55分を指している。
気がついたら周りは『終わりの始まりの塔』の頂上だった。

「間に合ったね」

声をかけられた。振り向くとそこには卒業式に来たことのある袴を着たチェシャがいた。
二人とも。やはり頭には猫耳をつけている。

「さあ、行こうか。キングの庭園に」

私は頷き空に飛んだ。黒く渦巻くその世界に。


満開に咲く淡い青色の桜。その中に降り立った。世界に降りた時、左目のチェシャが私を抱きかかえていてくれた。優しく世界に降り立つ。地面に降り立った時、右目のチェシャが私にティアラを出してくれた。右目のチェシャが言う。

「僕らの『アリス』最後の伝説を受け継いで欲しい。このキングの庭園で」

チェシャの吐息を感じながら、ティアラをかぶせてもらった。少し歩くとお茶会の用意は整っていた。
そこにはキングもクイーンもジャックもシロウサギもジョーカーも揃っていた。みんな私を見て笑いかけてくる。それだけじゃない、リリィもミクもエトワールもアヤもみんなが居た。キングが言う。

「ここまでこの庭園に人を連れてきた『アリス』は初めてじゃな。記念に写真でも撮るかのう」

そう言ってきた。私を中心に左右にチェシャ。その横にキング、クイーン。キングの横にジョーカーが居て、クイーンの横にはシロウサギが居た。他の人はみんな後ろに並んでいた。全員並んだ時にどこからかパシャリと音がした。

私の手元に写真が舞い降りてきた。ゆっくりと花びらと共に。青い木々に囲まれた私たちが映った写真。チェシャが言った。

「懐中時計の中に入れておくね」

そう言って、懐中時計を開くとそこに写真が収められていた。私は写真の中のチェシャを見て笑顔になった。嬉しかった。

「これ食べり?」

てけてけっと走ってきたキトがケーキをいっぱい持って私のところにやってきた。後からリリィが走ってくる。

「待ちなさい」

そういうリリィの口には生クリームがついていた。なんだかほほえましかった。キングが私に向かって話して来た。

「さて、『アリス』最後にわしと戦ってもらうよ。って、そう身構えなさんな。老いぼれなわしは剣などで戦いはせん。チェスで戦わんかの?」

その言葉をキングが発した瞬間に周りが静かになった。今まで楽しげに話していたお茶会が一気に凍りついた。キングは続けて話してくる。

「といっても、ただ戦うわけじゃない。チェスの駒は『アリス』が連れてきた仲間たちじゃ。駒を取られたらその人はもう形もなくなって無に帰っていく。また、世界が構築された時は誰かになれるかも知れんがな。キングが取られた時は『アリス』が無に帰るだけじゃ。『アリス』が勝ったらわしが無に帰る。ただ、わしが無に帰るとこのワンダーランドのキングが無に帰るのだ。世界そのものが無に帰ることになる。もちろん、そこにいる全ての人とともにな。『アリス』もその一人だよ」

キングはそう笑いながら白いひげをなでていた。どこにも道なんてない。私が勝っても負けても私は消えていく。こんな勝負受ける必要なんてない。私が言葉を発する前に更にキングが話す。

「ちなみに、試合を受けないという選択は不戦勝とみなすから、その瞬間に『アリス』には無に帰ってもらうがな」

私はどうしていいかわからなくなった。チェスなんてしたことがない。不安になった。その気持ちに気がついたのか二人のチェシャが私の肩に触れた。温かかった。なんだか安心する。チェシャが言う。

「大丈夫。僕らが守るから」

私は振り向いた。そこにいたみんなも笑顔で頷いてくれた。決心できた。たとえどんな結果になっても後悔しない。私はキングを見ていった。

「受けます。その戦い」

その瞬間。そこにいた人が消えた。チェスの駒になったのがわかる。キングは私。形が違う駒。両端がチェシャなのがわかる。一人ひとり手にとってわかる。思いが伝わってくるんだ。キングは言う。

「今回はちゃんとした勝負になりそうだな。駒もちゃんとあるし。先手を取らしてあげるよ。『アリス』」

私はコクリと頷く。チェスなんてしたことない。声がする。

「私を動かして」

声がした駒を触る。リリィだ。私は声にしたがって駒を動かしていく。信じるしかない。
私は声を信じた。ある程度駒を進めていく。初めの頃から動いていないのはチェシャだ。
キングは言う。

「ふふふ。なかなかいい手だな。だがこの駒は貰うとしよう」

そう言って駒を一つ取られた。声がした。ミクだ。ミクが言う。

「『アリス』に出逢えてよかったよ。私後悔なんてしてないから。絶対に勝ってね」

そう言って消えていった。泣きそうになった。でも、泣けない。泣くことはいつだって出来るんだもの。ミク忘れないからね。私は耳を澄ました。自分の陣地内にキングの駒が入ろうとしてくる。チェシャが声をかけてきた。

「僕を触って」

その瞬間、チェシャと私の場所が変わった。キングが言う。

「キャスリングで逃げたか。危機を感じたんだな」

私には意味が解らなかった。チェシャが話してくる。

「僕らは『ルーク』という駒になっているんだ。『ルーク』はキングと場所を交換できる特殊な動きが出来るんだ。危険があったから場所を変わったんだ。『アリス』には勝ち残って欲しいから」

私はまたチェシャに守られている。チェシャの温かさを感じ取っていた。でも、どんどん駒は取られていく。ルールもわからないけれど、劣勢になっているのがわかる。駒から聞こえる声が弱くなっている。私は不安になってきた。チェシャの言葉を思い出した。

「『アリス』が不安になったら僕らも不安になるんだよ」

私は笑顔でキングを見た。不適に笑っている。負けたくない、負けたくない。いや、勝ちたい。気持ちだけでも勝たなきゃ。私は叫んだ。

「絶対に勝とう。みんな!!」

チェス盤が光った。相手側に進んでいたエトワールが光っている。私はエトワールを動かした。光が輝きを増して駒の形が変わった。キングが言う。

「プロモーションか」

エトワールの駒はクイーンと同じになった。チェシャの声がする。

「エトワールは進化したんだよ。ボーンは進化できるんだ。これで形勢は変わったよ」

ジャックが動く。キングの唸りだした。クイーンが動く。キングの笑みが消えた。チェシャの声がした。

「僕を動かして」

私はチェシャを手に取った。次に言うセリフが解る。チェシャが教えてくれた。私は深呼吸をして力強く言った。

「チェックメイトよ」

キングが唸りながら言って来た。

「こんなはずはない。何かの間違いだ。わしが負けるだなんて。『アリス』になぜ負けなければならない。こんな伝説など存在するはずがないんだ」

そういいながらキングは立ち上がった。キングの体にヒビが入る。徐々にキングの体が崩れ落ちてきた。駒だった皆が元に戻る。地面が揺れ始めてきた。右目のチェシャが近づいてきて言った。

「僕らの『アリス』ありがとう。この世界に伝説を刻んでくれて。さあ、『アリス』は戻りたい場所があるんじゃないのかな?」

そう言って空を見上げた。いつもの私の風景がそこに映っていた。年上の仕事の出来ない人たち。私にめんどくさい仕事を押し付けてくる人たち。辛い毎日。でも、私は気がついている。私が動かないと世界は変わってくれない。逃げたってダメ。ここで、チェシャが、みんなが教えてくれたんだから。私はチェシャに言った。

「うん、戻るね。でも忘れないから」

そう言った。左目のチェシャが近づいてきて私の手に銀の懐中時計を握らせてくれた。
そして、こう言ってくれた。

「また、会いたくなったらこの時計を動かして。そしたらワンダーランドの扉は開くから」

私は頷いた。右目のチェシャに言う。

「お願い、私を元の場所に連れて行って」

右目のチェシャの髪を掻き揚げた。右目の所にある黒い渦が動き出す。右目のチェシャの顔が近づいてくる。そっとほっぺたにキスをされた。ドキッとした瞬間私は黒い渦の中に吸い込まれていった。



~エピローグ~

クラクションの音で目を醒ました。いや、眠っていたのだろうか。私は車の運転席にいた。ガードレールにぶつかる瞬間で止まっていた。そうだ、私は白いウサギのカッコをした人に見とれてカーブをまがりそこなったんだ。窓ガラスを誰かがたたいている。外は雨がしきりに降っていた。
窓を開ける。

「大丈夫ですか?」

マッシュルームみたいな髪型をした女性が声をかけてきた。私は彼女をきのこたんって頭の中で決めた。なんだかさっきまで見ていた夢のせいか出逢った人に名前をつけたくなる。私はそのきのこたんに「大丈夫です」と、伝えて車を走らせた。助手席できらりと銀色の丸いものが光っていた。

職場につき、私は上司の元に行った。決めていた。私は深呼吸をして開口一番に言った。

「辞めます」

なんだか気分が晴れた気がした。私は退職届を書きながら思っていた。世界を変えるってそんなに難しくないのかも。だって、明日はいつもと違うワンダーランドが待っているんだもの。自分のしたいことをして生きる。覚悟を決めて。

私は助手席にあった銀のまるいものを開けた。懐中時計だった。そこには見たこともないきれいな木々と楽しい人たちが写っていた。

大丈夫。私は一人じゃない。明日をちゃんと自分の足で歩いていくから。そう言って、懐中時計の蓋を閉じた。



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