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イン ミラーワールド プロローグ



私は長い休みを利用して田舎に帰ろうって思った。
電車に乗って揺られていく。景色が横に平らに変わっていく。
緑豊かな景色に変わっていく様を見ながら、私にはやっぱり休息が必要だったのかもしれないと思った。
高く飛び立つには『溜め』が必要だもの。
私は次飛び立つまでの休養期間を求めていた。
電車を降りる。
古びた駅。トタン屋根は少しさびていて改札も一つだけ。
自動改札になっている所だけがなんだか違和感があった。
深呼吸をしてみる。
柔らかな匂いがいっぱい入ってきた。
私はバスに揺られて更に山の奥に向かった。
バスを降りて、畦道を見ながら歩いていた。
水を張って芽もあまりでてきていない田んぼ。
私はその田んぼを背に山を登っていった。
まだ春なのに日差しが強く感じた。
山に入って山道を登って行くうちに日差しは緩やかになってきた。
心地よい涼しさ。
私は山の中腹にある家についた。
白を基調とした2階建ての家がある。
庭には色とりどりの花が咲いている。
私は少しさびついた白いとびらを動かして中に入った。
ギシギシと音を立てる。
庭に入るとお花畑の中に自分が入って別世界のようだった。

「あら、もう来たのかい?」

声がした。
振り向くとそこに祖母がいた。
満面の笑み。今は一人でこの家に住んでいる。
寂しかったのだろう。
前は1年に1回のペースで来ていた。
でも、社会人になってからなかなかここに来ることもなくなっていた。
大人になるって得ることも多いけれど、失っているものも多いのかも。
しかも失ってしまっていることにも気がつけないことも多い。
私はこの家で一番居心地のいい祖父の書斎に行った。
記憶ではいつも扉をあけると大きな背を向けて座っている祖父のイメージが強い。
奥にある窓からは近くの木々が見えて奇麗な景色が広がっている。
祖父の横に椅子を置き同じように外の景色を見ながら本を読む。
そういうイメージが強い。
でも、今は違って扉を開けると祖父はいない。
窓もカーテンがかかっていて景色も見えない。
私はカーテンを開け、窓を開け、新しい空気を入れた。
心地よい香り。
私は祖父がいつも座っていた椅子にすわる。
黒い重量感のある椅子。
窓の外を眺めながらいつも祖父が見ていた視線の先を見つめた。
大きな布のかかった物体がそこにあった。
私は椅子から立ち、その布のかかった所に向かった。
布を取るとそこには大きな鏡があった。
不思議だった。
今まで気づきもしなかった。
私はもう一度祖父が座っていた椅子に座る。
ここからだとあの頃私が座っていた場所が映っていた。
私はあの頃と同じように椅子を出した。
そして、祖父が私を見ていたように鏡越しに横に出した椅子を見た。
その椅子のすぐ後ろにウサギの耳を付けた人が立っていた。
びっくりした。
白に近い金髪。長く伸びた髪は右半分の顔を隠している。
もう半分の顔は白い肌。奇麗な目をしていた。奇麗な人だと思った。
まっすぐに伸びた髪は肩より少し長いくらい。
ウサギの耳をつけているのに服は何故か白を基調としたピンクのフリルのついたウエイトレスのカッコをしていた。
そんなウサギ耳の人が手招きをしている。
自分の横を見る。
けれど誰もいない。
そう、鏡にだけ映っているんだ。
少しだけ口を開けたその表情はすごく可愛かった。
私は鏡に近づいた。
鏡にそっと手を触れる。
鏡の中に入れそう。私はそのまままるでプールに入るような感覚を持ちながら鏡の中に入っていった。
そう、この先に何が待っているかなんて解らなかったから出来たんだ。


鈍い感覚が私を通過した。
鏡の向こうについたんだ。
私は目を開けた。あの椅子の所にいたはずのウサギ耳の人はいなくなっていた。
最初にいないことに目がいってしまった。
けれど、すぐに違和感に気がついた。
世界が全て左右反転しているんだ。
そうか、私は鏡の中にはいったからだ。
左右がちがっているだけなのに、なんだか変な感覚になた。
私はすこしクラクラしながら扉をあけた。
家を出て庭を見てびっくりした。
花がいっぱいだったはずなのに、そこは広場になっていた。
赤と白で彩られた市松模様の上に人が並んでいた。
手前側と奥側に。
奥側の中央にいる女性が声をかけてきた。

「お前は誰だ?」

私はそう聞かれた。
名前を言おうとした。
けれど、どうしてか自分の名前が出てこない。
自分の名前なんて忘れるはずもないのに。
私は自分の頭の中がわからなくなった。
その時、後ろから声がした。

「赤の女王。彼女は『アリス』ですよ」

男性の声だった。
振り向いたそこにいたのは、鏡の中で私を手招いていたシロウサギだった。
声から男性ってわかるのに、見た目は女性そのものだ。
白い肌、奇麗な瞳。
なぜか優しく私を見てくる。
私はこのシロウサギに魅入られていた。
いや、眼が離せなかった。
赤の女王と言われた女性、はじめに私に話しかけてきた女性が私に向かって言ってきた。

「あなたが『アリス』だというのね。じゃあ、そこに並びなさい。
 もし、あなたがこの9番目のマスまで来られたら女王にでもナイトにでもしてあげるわ。
 ただし、来られたらの話しだけれどね」

私は意味が解らなかった。
シロウサギが私の手を取ってきた。
まるで中世の貴族がお姫様をエスコートするように。
こんな事今までされたことなかった。
シロウサギが話してきた。

「どうしますか?僕らの『アリス』
 『アリス』が望むのなら『アリス』は何にでもなれるんだよ」

優しく話してくれる。その奇麗な顔が近すぎて私はドキドキが止まらなかった。
シロウサギが続けて話してくる。

「大丈夫、僕らが『アリス』を守るから」

私はその言葉にコクリと頷いた。
赤と白の盤に足をかける。
シロウサギは手に剣を額にサークレットをつけていた。
シロウサギがわらいかけてきた。
私は自分の服装を見た。
緑のチュニックに黄色のズボン。
腰のベルトに見たこともない細い剣がぶらさがっていた。
こんなカッコをしてなかった。
私は盤の上で不安になった。
このマスを9つ前に進めばいい。
私は一歩前に踏み出した。おそるおそる。
色の違ったその場所にたった瞬間、私は下に落ちていった。


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