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イン ミラーワールド -7



右も左も前も後ろも上も下も真っ白の世界。
自分が地面に立っているのか、宙に浮いているのかすら解らなかった。
けれど、やさしいその真っ白な世界は私を拒絶していないことだけがわかった。
私は足を動かしてみる。前に進めている。
どうやら世界が真っ白に見えているだけで地面はあるみたいだ。

「誰か?誰かいませんか?」

その時、白い世界の一部が動き出した。そこにいたのは小学校の時の私だった。
まだランドセルを背負ってすぐくらいの私。ものすごく楽しそうにはしゃいでいた。
走った先は学校だった。手に原稿用紙を持っている。
そこに書かれている表題は「将来の夢」だった。
私はあの頃どういう夢を持っていたのだろう。
思い出せない。いや、覚えているけれど、今と違いすぎるからイヤになる。
私はどこから間違えたのだろう。

「間違ってなんていないよ」

どこからか声がした。振り向いたところに居たのは白の女王だった。
あの女の子ではない。
真っ白で長い髪。白い肌。綺麗な青い瞳。
そして、白い服を着ていた。
白の女王が手を差し出してくる。
白の女王が言う。

「夢は見るものじゃないの。かなえるものなの。でも、気がつくと夢の見方すら忘れてしまうのかもね。そして、ふいに落ちた夢から醒める方法すらもわからない。そう、私は夢から醒める方法を忘れてしまったの」

白の女王は不思議なことを言って来た。私が言う。

「夢って見てしまったら自分でどれだけ頑張っても醒められないものなのかも。だって、悪夢を見ているときに目覚めたいって思っていても起きることが出来ない。それと同じなのかも。一旦見た夢は最後まで自分で責任を負わないといけないのかも」

私はそう白の女王に伝えた。白の女王が言う。

「では、アリスはどういう夢を思い描いているの?」

私はそういわれて悩んでしまった。この鏡の中に入るまで。私は仕事を辞めて、自分のしたいことをしようって思っていた。
けれど、その思いは空回り色んなものを見つけられなくなっていた。
誰かに言われた。
「一度リセットしたらどう?」
私はその言葉をすんなり受け入れて田舎にやってきた。
けれど、足をどう動かして良いのかわからない。
深く悩んでいたら、子供の時の私が歩み寄ってきて話して来た。

「お姉ちゃん。どうして立ち止まっているの?」

私はかつての私の頭を撫でながらこう言った。

「お姉ちゃんは立ち止まっているんじゃないの。待っているのよ」

私はそう言った。言いながら思った。私は何を待っているんだろう。かつての私が話しかけてくる。

「お姉ちゃんの信号は赤信号なんだね。じゃあ、青信号を待たなきゃだ。青になったら進まなきゃだものね。でもそこに押しボタンがあるんだよ。いつでも青信号に出来るのに、まってるんだね。不思議なお姉ちゃん」

そう言ってかつての私は走っていった。青信号を待っている。
そうなのかも知れない。私は何かきっかけを待っているのかも知れない。
白の女王が言う。

「アリスは悩んでいるだけだわ」

そう白の女王が言って首を横に振っていた。悩んでいるだけなのだろうか。
私は自分を思い出していた。鏡の世界に来て私は守られていた。
いや、実際の世界でもそれは同じなのかも知れない。何かで自分を守ろうとしていた。
不遇な立場、環境、わかってくれない周囲。私は理由を探していた。でも、本当はわかっていた。
また、かつての私が私に向かって走ってきた。今度は少し大きくなっていた。
そろそろ中学に行こうとしているころの私かも知れない。
少しだけ大きくなったかつての私が話す。

「お姉ちゃん、まだそこにいるの?この先に楽しいところあったよ。進まないのは勝手だけれど、誰かに迷惑かけちゃダメだからね。世界って意外と自分で変えられるんだからさ」

そう言って、少しだけ大きくなった私は歩いていった。
白の女王が言う。

「悩んでいたって世界は変わらない。世界を変えるには自分が変わっていくしかないから」

解っていることだった。ずっと目をそむけていただけだった。ホントは私は変われたはずなんだ。強くなれたはずなんだ。
ふと、ラキシスの顔が、ライの顔が浮かんだ。
私がもっと強かったら二人を守れた。ハオの顔が、マオの顔が浮かんだ。
私がもっと強かったらあんなに二人を傷つけずに済んだんだ。もっと強くなりたい。誰も傷つけずに、誰も失わずにいられる強さを。
その時、世界が少しだけ変わった。いや、どこかでかすかだけれど音が聞こえたんだ。
白の女王の声が話してくる。

「もう気づいているんじゃないの?あなたが望んだ未来を」

私はその白の女王の言葉を聞いてわかった。私は深く深呼吸をしてこう話した。

「私はもう誰も傷つかない、失わない世界を作りたい。そのため私が強くなる。そして、もう恐れない。踏み出すことを。だって世界は無限の可能性を秘めているのだから。私もそして、あなたも」

私はそう言って白の女王の手を取った。その時、大きく何かが割れる音が聞こえた。
白の世界にひびが入っていく。うっすらと奥の世界が見える。そこはチェス盤が見えていた。
チェス盤の上で赤の女王とマオがグリードがレイが戦っている。
けれど、私は走り寄ったけれど壁がそこにあった。赤の女王の剣戟が3人を襲っている。
レイは木で白の女王を庇い続けていた。
マオもグリードも傷だらけだ。けれど、どこにもハオはいなかった。
白の女王が言う。

「ハオは最後の戦いには出られないの。だってあそこは誰かの記憶の中じゃないから」

その時の、白の女王の顔はすごく悲しく見えた。私は白の女王に聞いた。

「どうしてハオ様は出られないの?」

白の女王は寂しくこう答えた。

「ハオはだって『ここ』ではないところにいるから。壊れ行く世界を維持するため、そして僕らの『アリス』がこの世界に再び来たとき世界を伝えたいために」

私は意味が解らなかった。白の女王が言う。

「私は先に戦いの場に戻りますね。アリスは自分を、なりたい自分を見据えて戦って下さい。白の世界は純粋な時を思い出させてくれる世界ですから」

そう言って白の女王は私が通り抜けられなかった壁をすり抜けていった。
壁越しに見える白の女王に重なり合った時、チェス盤の上にいた白の女王は目を醒ました。
その白の女王の横には私が横たわっていた。私に当たる剣戟をマオが必死に防いでくれている。
マオ、早く私もそっちに行くからね。私はそう決意した。
白い世界はどんどん圧縮して何かをかたどっている。
私はその形を見て気がついた。今の私だ。ただ、まるで石膏で出来たかのようなその白い塊の私。表情もないその石膏のような私は腰にある剣を抜いてきた。
私も腰にある剣を抜いた。倒さなきゃ。
私は深呼吸をした。どこからか声がした。ただ、言葉にすることは出来なかった。
私は記憶のどこかで同じようにかすかに聞こえる声に耳を傾けたのを思い出した。
石膏のような私は剣を振り下ろしてきた。
私は剣でその攻撃を受け止める。鈍い音がした。そして体に走る衝撃。
いつも、こうやってハオやマオは剣で攻撃を受けてくれていたんだね。
私は意識を集中した。なんだか優しくラキシスが笑ってくれているような気がした。
私は少し離れて叫んだ。

「召雷!」

ラキシスの思い、力。私の中にいるのね。忘れないよ。
だが、石膏のような私も後ろに身を引いて雷をよけていた。
脳裏に笑顔が浮かんできた。ライだった。
まるで、いつものように「嬢ちゃん」って言っているみたいだった。
そうだね。
私はひとりじゃないんだから大丈夫だよね。
私は地面をさわり脈打っている思いを受け止めて、叫んだ。

「土を」

地面が盛り上がり、石膏のような私を取り囲んだ。四方から。動けない状態。
私はもう一度叫んだ。

「召雷!」

逃げ場のなくなった石膏のような私は雷が直撃した。盛り上げた地面を元に戻す。
そこには黒く焦げ付いた石膏のような私がいた。
勝てたんだね。私はハオのマオの、いやみんなの思いがある。

「ありがとう」

私は空に向かってそう言った。黒く焦げ付いた私から黒い渦が生まれ始めた。
世界がどんどんと変わっていく、色んな色があふれ出し、飲み込まれていく。
世界はそう、いつの間にか大量の色から生まれた黒になっていた。
私は黒い世界に取り込まれていった。



~黒の世界~

飲み込まれたその先はまっくらだった。
目を閉じても開けても景色が変わらないその景色。
誰かが泣いていた。声を殺して泣いているのが解る。泣き声に近づいていく。
そこに泣いていたのはかつての私。
小学校中学年くらい、3年いや、4年生の時の私かも知れない。
かつての私が話して来た。

「お姉ちゃんは『いつか』って『いつ』来るのか知ってる?」

なんだか不思議なことを質問された。かつての私が話し続けてくる。

「みんな遊んでいるの。でも、私だけ勉強ばっかりさせられているの。塾に行かされて、自由がないの。でも大人はみんな言うの。『今の頑張りはいつか報われるから』って。でも、いつかっていつ来るの?明日なの?明後日なの?」

私は胸が痛くなった。今を犠牲にしたっていい事なんてない。それが未来が見えていないならなおさらだ。
未来が見えない努力はただの苦痛なだけ。そして、その未来が見えないと不安に押しつぶされそうになる。
私はかつての私に聞いてみた。

「将来、何になりたいの?その夢に向かって頑張ることは出来るかな?」

私は自分でいいながら思っていた。自分の夢。一体なんだったんだろう。
かつての私が話してくる。

「みんなが笑顔になれるようにしたい。そんな仕事がいいな~」

私はその言葉を聞いて思わずかつての自分を抱きしめた。そしてかつての私に伝えた。

「大丈夫だから。きっとなれるよ。そのなりたい自分に。諦めなければ。立ち止まったらそこで夢は終わってしまう。大丈夫。一人じゃないからね」

かつての私はこくりと頷いて私を抱きしめ返してくれた。そしてこう私に告げてきた。

「お姉ちゃんも一人じゃないんだよね。お姉ちゃんも頑張るなら私も頑張るね」

そう言って、かつての私は、私の中に消えていった。なんだか優しくなれた気がした。

どこかで声がしている。私の声だ。
暗闇がはれてそこに高校時代の私が写っていた。
そこには友達で可愛いカンジの女の子がいた。その子はいつもマイペースで、でもどこか勝手だった。いや、自分勝手なだけだったのかも知れない。
目の前でその女の子と私が口論をしている。
口論の理由はわからない。声が聞こえてこないからだ。でも、高校時代の私が怒っているのが良くわかる。
多分、許せないことをこの可愛いカンジの女の子がしたのだ。
どこかの記憶で覚えている。でも、思い出せない。いや、思い出したくないだけなのかも知れない。
ただ、覚えているのは、私は悪くなかったということだけだった。
友達が集まってくる。
落ち着くように話しているのだろうか、高校時代の私とその可愛いカンジの女の子の間に入ってくる。
可愛いカンジの女の子が頭をさげてきた。でも、高校時代の私は納得をしていない。
多分、本質が伝わっていないから納得をしていなかったのだろう。
無声映画を見ているみたいなカンジで私はその風景を見ていた。
素直に自分の思いを言えなかった。いや、伝わって欲しいって思っていた。
今だからわかるのかも知れない。話すことの大事さって。
でも、あの頃の私にはそれが精一杯の出来ることだったのかも。
高校時代の私は走っていった。屋上だった。
その時、私も屋上にいた。高校時代の私は泣いていた。泣きながらこう言って来た。

「あんたも私が悪いって思っているのか?」

私は首を横にふった。高校時代の私がさらに言う。

「許せないんだ。可愛いからってなんでも我侭が通るって思っているのが。どれだけ人が我慢をしていると思っているんだ。どれだけ言いたいことを言わずにいると思っているんだ」

私はかつての、高校時代の私を見ながら思っていた。
怒りに身を任せてもいいことはない。ラキシスがライが消えていった時私は悲しさだけがあった。いや、心のどこかで怒っていたのかも知れない。でも、それじゃラキシスもライも笑ってくれそうにない。
許せないことなのかも知れない。でも、本当にずっと許さずに怒りを妬みをもちながら行き続ける事のほうが辛いって思ってしまう。
私は高校時代の私に伝えた。

「許さないってことは一つの選択かもね。でも、ずっとこれから許さずに怒り続けるの?それの方が大変そうだよ」

高校時代の私が空を見ながらこう言った。

「そうだな。じゃあ許してあげるかな」

私はその言葉を聞いて素直じゃないけれど私らしいって思った。器用じゃないけれど、うまく優しさを表現できないけれど、でもこうやって誰かに手を差し出して欲しかったのかも。
私はかつての私に手を差し出した。かつての私が今の私の手を取ったとき消えていった。
私の中に。
世界はまた黒に染まっていく。そしてまた何かが現れてきた。
仕事をしていた時の私が写っていた。忙しい時の風景だ。
忙しい時期なのに、他の人は平気で休みを取る。誰もそれをとがめない。私だけが仕事を被っていたときだった。
私だけが忙しくて、私だけが泣いていた。誰も気づいてくれない。
いつしか私は泣き方も忘れて機械のように働いていたのだ。
私はいつのまにかかつての私の近くに立っていた。
まるで私とかつての私以外は時が止まっているような感じだった。かつての私が言ってくる。

「いつも私だけ。いつも私が最後の処理をしている。誰も何もわかってくれない。あなたもどうせわかってくれないんでしょ」

私はこう言った。

「わからないわよ。だって、解ってもらいたいって思っていない人を、心を閉ざしている人の心を誰もわかれないもの。身構えている人にはなかなか心を開けないもの。逆に心を開いている人に対して身構えていたら、その人は少し悲しい人なのかもね。赤ちゃんの笑顔に笑顔を向けられないくらいに。あなたはホントはわかっているんじゃないのかな」

かつての私はゆっくり頷きながら、こう言って来た。

「でも、どうしていいのかなんてもうわからない。私はそんなに器用じゃないから」

私はこう言った。

「変わるには自分が変わるか環境を変えるか。再出発をするのも勇気が入ること。でも、もう気がついているでしょ。自分のしたいことに。あなたがあなたでいるために一番大事なことをする。それは誰も否定をしないよ。ただ、勇気がいること。だって可能性は無限に広がっているのよ」

私は自分でいいながら自分はどうなのだろうって不安になってきた。
どこからか声が聞こえた。いや、私の中にあるかすかな記憶なのかも知れない。

「アリスが不安になったら世界は不安になるよ」

優しい声だった。ものすごく忘れちゃいけない人だったはずなのに、どうしてか思い出せない。
でも、私は不安になんてなっていられないんだ。もう誰も失いたくないから。
私は大きく深呼吸をしてかつての私に手を差し出した。かつての私が私の手を取る。
そっと優しさが広がった気がした。大丈夫、世界は変えられるもの。
その時、黒い世界が揺れた。大きな渦が何かを生み出そうとしている。
渦から現れたのは褐色の肌をした私だった。手には大きな丸い盾、見たこともない剣の柄だけを持っていて、胸だけを覆う鎧を着ていた。どこかでこの風景に見覚えがある。
いつしか世界はどこかの塔の上になっていた。
この塔に見覚えがある。
褐色の私が言って来た。

「あら、はじめましてとでもいいましょうか。『アリス』もし、あなたが本当に『アリス』なのだったら私はそう『黒いアリス』とでも言うのかしらね」

どこかで聞いたことのあるセリフ。でも思い出せない。私はどこかの記憶で同じようなことを経験している。何かが頭を叩き続けていた。
黒いアリスが柄だけの剣を構える。その瞬間柄から黒い光が噴出して剣になった。
私は自分の剣を構える。この普通のボーンの剣では受け止められそうにない。
風がおそってきた。どこからか声がした。

「可能性は無限だから」

私は風を防ぐため地面を盛り上げた。手に力を集中させた。雷の塊で剣を覆った。
これなら黒いアリスのあの剣に対応できそう。
私は黒いアリスが攻撃してきた剣戟をこの雷の剣で受け止めた。
ずしりと重かった。手を助けてくれている思いがわかる。
ラキシスだ。
雷の力がどんどん強くなっていった。黒いアリスが身を引いてこう言って来た。

「これで終わりではないからな」

そう言って黒いアリスは消えて言った。
消えた後、目の前に世界が広がった。薄い膜に覆われているけれどそこはチェス盤が見えていた。
マオがグリードがレイがそして白い女王が戦っている。見る限り劣勢だった。
私は膜に近づいていった。
瞬間。
赤の女王がこっちを向いて攻撃をしてきた。
強い衝撃とともに私はどこかに吹き飛ばされていった。
ただ、解ることは周りの世界がどんどん赤に染まっていくことだけだった。
そう、赤く、赤く。


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