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昨夜22時過ぎのこと。 いつものように自室でPCモニターに向かっていると、 隣のLDKのキッチン付近でなにやら足音がしたような気がした。 あ。。。れ? 誰かいる?? いやいや、昨夜はあたしひとり。 気のせいかな、風のイタズラかな?。。。とまたPCモニターに目を戻す。 だが目を戻すとまた音がする。 そう、まるで素足でそこのフローリングを歩いているかのような音。 あたしは席を立ちリビングに向かいながらおもわず声をかけた 「裕樹、いるの?」 どうしてって特に理由はないけれど、なぜだか「誰か」でなく亡くなった長男の名前を呼んでしまったわ。呼んではみたものの、当然返事はない。 あたりに人のいる気配もない。 ましてや亡くなった息子が、そこにいるわけがない。 でも何となく、彼の部屋だった部屋まで行き、また声をかけた。 「裕樹、帰ってるの??」 当たり前だけれど、返事があるはずはない。 電気をつけて部屋を覗き込んだけれど、やはり人の気配は無い。 あたしは仏壇に立ち寄り線香をあげながらつぶやいた。 「まだお盆ぢゃないのに。 あんた、日にち間違えたん????(笑) ばぁ〜〜〜〜っかw」 その後も3〜4度音はしたけれど、もう放置ww 。。。。にしても、キッチンまわりだけで音がするって、 彼は何か食べたかったのかしらん(爆)
2012.08.07
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ご無沙汰しています。相変わらず多忙な日々を送っています。バイトも在籍が長くなると色々責任のある仕事を任されるようになりなかなか気が抜けません。そして何より!本業の教室の、年に1度の発表会の準備に大わらわでした。でも今年も無事に開催することが出来ました。それから震災!お仲間うちの若手の声かけで、支援グループが出来上がりました。きちんとした組織になっているわけではないですが、賛同した者が「何となく」集まって(あらかたオンラインですが)現地の被災者様と連絡・連携をとりつつ微力ながら支援させていただいています。なにぶんにも多忙な毎日なので実際に動くのは若手にお任せです。あたしは、ポンと背中を押してエールを送ることと、わずかばかりの活動資金の提供をするぐらいしか出来てませんが現在は息子の入院治療費に充てていた予算が宙に浮いているのでそのぶんぐらいは出してもいいかな?という感じ。とはいえ、物資の買い出しや発送にも意外と時間がかかります。時間もお金で買えたらいいのに。。。なんて思ってしまう(笑)息子の友人達が足しげく遊びに来てくれています。映画にも誘ってくれます。とても有り難いことです。今でもちょっとしたはずみに(?)急に涙があふれることがありますが、大旨元気にしています。ありがとう。あたしの日常の全てのものに「感謝」
2011.04.29
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今日の息子のお仏飯は冷凍炒飯(笑) だぁってぇ~、 450g入りの袋、半分だと食べ足りない、 3分の2ぐらい食べたいあたしなんだもん。 ちょうどいいから3分の1は息子のところへ(笑息子の友人達が持って来てくれる物が日々増えて、現在息子ちゃんの仏壇(厨子ですが)まわりはおもちゃとお菓子で埋まっております。 駄菓子屋みたいww友人達、とっても気軽に寄ってくれるんで嬉しい♪なんだか息子が増殖したみたいな気分。ワイワイ楽しい時間を過ごしています。
2011.01.09
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入院治療費に。。。とバイトで頑張った資金の一部が葬式代に化けた。 それから今日、小さめの仏壇と位牌を買った。 最初は義母の部屋に大きいのがあるから、そこへ一緒に。。。と思ってたけど やっぱ息子には自分の手元に居て欲しくなったから。 別にもうバイトの必要は無くなっちゃったんだけどさ、 急に一人になる時間が増えてしまうのも嫌だから、もうしばらく続けるつもり。 でも仕事する意欲が失せ失せになっちゃいそうかも?w 次男に 「バイトが嫌にならないように 今度は君の結婚資金と思って、もうしばらく頑張るわ」 って言ったら。 「うん、そう思って頑張ったらいいよ。 それでいっぱい溜まったら自分で好きなことに使ったらいいし。 車買うとか大きいバイク買うとかさ」 だってさ。 嬉しいやら寂しいやらw しかし。。。。なぜにバイクや車が先に来る? なぜに新しいエレクトーンぢゃないんだ?ww 母はステージア(現行最新型のエレクトーン)だって欲しいぞ。 次男くん、母をよくご存知ですねwww
2010.12.23
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あたしの古くからのお仲間達は息子のことを、いつも「みんなの息子」と言って可愛がってくれていました。赤ん坊の頃から誰がお父さんお母さんかわからないお父さんもお母さんも3~4人いるぢゃない!みたいな感じで皆の手から手へ渡り、入園、入学、卒業。。。皆でお祝いしてくれて、昨年の本退院のときも、皆が集まってくれました。息子の葬儀の時に「この子は皆の息子だった、今まで大切に育ててくれてありがとう」って言ってもらえて、嬉しいやら悲しいやら。。。。その仲間のひとりで、息子のことを知らせようとしてもどうしても連絡のつかない人がいたんです。その人はあたしより年上だけれど、息子にとっては「話しのわかる良き兄貴」みたいな存在で、息子が勝手に彼に連絡をとってふたりで仮面ライダーやウルトラマンの映画観に行ったりしてた人なんです。数日前、ようやく彼の実家の電話番号を引っ張り出せたので彼のご実家に電話してみたら。。。。。。なんてことでしょう!!!!!彼もまた、もはやこの世にはいませんでした。彼のお母様が、うちの連絡先が見つからなくて連絡出来なかったと。。。。。ちょっとダブルショックで眠れませんでした。すぐに仲間達にメールをまわしましたけど、皆が皆、一様にショックを受けて言葉もありません。彼が居て息子も寂しくはないでしょうけど、なにもそんなところへもつるんで行かなくても。。。ねぇ。こんなこと、もうこれ以上続かないで!!!
2010.12.09
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最後の入院費の支払いと、各種証明書の依頼のために2週間ぶりに大学病院まで出向いた。2つ手前の信号からぼんやりと病院の建物に目をやったら、あら?屋上のヘリポートにヘリが1機いるじゃない。ヘリポートがあるんだからヘリが居たって何の不思議も無いんだけど、2年も通ってたくせに、今日初めて見たわ。 ズームがチャチくてボケてますwそういえば、この道を走ってたのは殆ど夜だったっけ。たまに昼間に走っても、いつも時間に追われてのんびり建物を眺めることなんて無かったかも?今まで全く気づかずに走り抜けてたのかしら。。。。あたしはこの丸2年(退院していた期間を除いても1年半)自宅から40分、毎日毎日この道を走ってたのね。雪が降り積もり、スリップしそうな凍結路の日も星も綺麗に瞬く月明かりの日も道路が川のようになる豪雨の日もエアコンかけても効きゃしない灼熱地獄の日も蛙の大合唱がBGMな日も来る日も来る日も息子の洗濯物をたずさえて走ったんだわ。全く行けない日もあったけれど、2往復3往復した日もあったっけ。そんな大学病院に来るのもあと1回か2回。所用が全て片付いたら、もう滅多に来ることもなくなるでしょう。朝からバイトに行って、バイトから帰宅した夕方の在宅時間は15分~20分。着替えて顔を洗うのもそこそこに本業に出かけて、本業が終わったら、その足で病院へ。帰宅するといつも22時前後だったっけなぁ。シンドかった。。。。確かにシンドかったけど、しんどくてもいいから毎日息子のところへ通い続けたかった。そんなことを思いながら大学病院をあとにして帰宅しました。
2010.12.07
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29日から本業を、2日からはバイトを再開しております。12月の繁忙期に入り、バイト先は戦場のようです。自分の仕事だけでもめまぐるしく動かなくてはなりませんが、加えてワラワラやってきている派遣の子たちを扱わなくてはいけません。右も左もわからずウロウロする駒を上手く動かすのに必死です。夕刻からは可愛い生徒たちが満面の笑みを浮かべてやってきます。家から一歩出れば、以前と何一つ変わりのない日常です。ご心配いただいておりますが、あたしは元気です。明日もバイト、頑張ってきます。
2010.12.04
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先週末、ちょっとお腹が痛いかなって言ってた息子。でも日曜は全然普通に元気。翌22日月曜「原因不明の腹痛で絶賛絶食中」なんて言いながらもやっぱり普通に元気にしておりました。23日火曜、ちょっとシンドそうな顔をしていたので、あたしもいつもより少し長く病室にいました。24日水曜この日はあたしがバイト休みだったため昼間に病室に行こうと思いシャワーを浴びようとしていた所へ主治医から電話。午前10時半に強い痙攣発作を起こし、昼にも先生が様子を見ていらっしゃるときに立て続けに3回発作を起こし意識もあったりなかったりなのですぐ来て欲しいとのこと。シャワーはやめにしてすぐに病室へ駆けつけました。ここからは長い長い、でもあっと言う間の1日でした。病室では脳波を測定したり、造影CT取りに行ったり、輸血をしたり(血小板が少なく針を刺したり穴をあける検査が出来ない状況だったため 検査が出来る程度の数値にしたいという狙いの輸血)この頃はまだ背中や腰が痛いと言いつつも(最初に発病した時と同じ症状)いつも通り悪態ついたりボケかましたりツッコミ入れたりで意識は普通にはっきりしていました。そんな中、17時過ぎにまた発作。この発作のあとは急激に意識レベルが低下。神経内科のドクターに日にちを聞かれても答えられない状況。主治医の所見では、白血病が脳に進行している疑いが強いとのこと。明日になったらあんな検査、こんな検査で原因を突き止めて対処していくという方向性のお話しでした。息子が検査で病室を空けている間に連絡しておいたので早上がりした主人も18時45分頃に病室に到着。あたしは一度主治医から説明を受けましたが、主治医がもう一度主人に話しをしてくれました。ところが面談中、看護師さんからまた発作との連絡が入ります。発作のあとしばらくは完全に意識がありません。意識を取り戻した感があっても、もうすっかり混濁していました。21時頃主人だけ帰宅しました。息子は目は半開きで意識も混濁したままですが酸素やバイタルを外そうとするので目が離せません。その手を抑制しようと手を握ると、時折ギュっと強く握り返してきます。意識が混濁している中でも苦しいのでしょうか。午後からは自分で起き上がることなんて全然出来なかったのにどこにそんな力があるの?という勢いでベッドに起き上がりカテーテルを引き抜こうとしたり、絞り出すように「起きたいぃー」と唸ったりそんなことが3回ほどあり、あたしは背後から身体を抱き行動を抑制するのに必死。今思えば、息子のこの「起きたい」が彼の最期の言葉です。23時頃から息子が嘔吐しはじめました。脳にかなりの浮腫が見られる証拠とのこと。嘔吐による誤嚥防止のため、鼻から胃までチューブを通し、それを引き抜かないように上肢を拘束。主治医から、現段階で出来ることはもう全てやっている。医療の限界。今夜にも急に息が止まる可能性があるから覚悟してくれと言われました。気づくと日付も変わっていましたが、家にいる主人を電話で叩き起こし、もう一度病室に呼びました。その頃には息子はもう暴れたりしません。静かに眠っていました。でもだんだんイビキが高くなります。脈拍も早くなり血圧も異常に高くなっています。付けている装置が、計測のたびに異常数値のアラームを鳴らします。素人のあたしにも、もう時間の問題というのが手に取るようにわかりましたがあたしたちには何一つなす術がありません。午前3時頃でしょうか、最初の呼吸停止がきました。主治医が病室に来て下さり、「人工呼吸器をつけますか?」と聞かれましたが、それで心臓だけ動かした所で数時間先延ばしに出来るだけ。人工呼吸器はお断りし、自然に任せることにしました。すぐに自発呼吸は再開しましたが、もう私たちには見守ることしか出来ません。最低限必要なもの意外をすべて取り除いて下さったのであたしたちもベッドサイドに入れました。後ろで主治医もずっとついていて下さいました。息を引き取る時は、とても穏やかでした。あたしはずっと手を握っていました。呼吸がとまり、だんだんと脈が弱くなるのがモニターを見なくても手のひらで感じられます。そして息子はあたしの手の中で、静かに息を引き取りました。3時55分でした。つい1週間前の検査では、骨髄は良い状態でした。こんな急激に事態が変わることなんて予測出来ない程、病状は好転しているとしか思えない程の状態でした。それがこの日の血液検査から、急に数値に異常が出たのです。特に痙攣発作が起き始めてからは、主治医の予測をはるかに超えるスピードで一気に悪化し、何もかにも追いつかなかった。。。っていう感じ。遅かれ早かれ、誰にでもこんな日は来る。人間いつかは必ず死ぬのだから。彼はちょっと早過ぎたけれど、これも彼の運命だったのでしょう。長い間彼に尽力をつくして下さった先生方、看護師さん方には感謝の言葉もないほど感謝しています。そして彼とあたしを支えて下さった全ての方々に深く感謝しています。
2010.11.28
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昨日、27日に息子を無事に送ることが出来ました。 親近者のみの参列、一切の御香典を辞退させていただく家族葬にて 静かに送りました。 それでも彼の友人が仮通夜、通夜、葬儀合わせて10名程参列して下さり、 思い出話しをしたり思い出の品を棺に入れてくれたり。。。。。 皆の温かい見送りの中、彼の魂は旅立って行きました。 そして彼は小さな箱に入って我が家へ帰ってきました。 法名 釋晃裕 おかえり、よく頑張ったね。 でももう頑張らなくていいんだよ。 病室に、ベッドの上に閉じ込められなくていいんだよ。 四角い白い空ばかり見上げなくてもいいんだよ。 自由にしていいんだよ。 。。。。。。今はそんな想いです。
2010.11.28
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長きにわたって応援ありがとうございました。 残念ながら息子はその応援に応えることが出来ませんでした。 あたしの頑張りが足りなかったのかなぁ。 応援してくださった皆様には心から感謝しています。 ありがとうございました。 そして、本当にごめんなさい。
2010.11.25
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息子の容態が急変し、 主治医に呼ばれて昼から病室に詰めています。 朝から強い痙攣発作が何度も起こり、 意識もあったり無かったり。 発作の度にどんどん意識レベルが低下。 夕方からは呼びかけにうっすら目を開ける程度の反応。 時折暴れてカテーテルチューブを引き抜こうとしたんで 上肢拘束・・・よーするに縛られてます。 夜半からは嘔吐を繰り返しています。 脳が腫れている証拠だそうです。 現在は眠ってます。 ちょっとイビキがあるので心配ですか、 今はヤバいほどのイビキではありません。 でも、このまま息が止まることも 十分に起こり得るとのことなので、 今、主人も呼びました。 医療の限界とか覚悟とか言われたって、 んなもんハイそうですかって受け入れられませんよ。 どうか何事もなく朝が迎えられますように・・・
2010.11.25
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病室の息子から「試しに食ってみてぇ」と写メが届いたので、早速探して買って届けて来ました。 新商品なん?期間限定だから新商品なんでしょうね。で、ジェノバ風って結局どんなんよ。ただのピザとどこがどう違うのよ。。。。。。。。と思ったけど、あたしは味見はしてない(笑ここ2日、急激に白血球数が増え、ベッドからアイソレーターが外されました。おかげ様で食欲も旺盛、のほほんと過ごしています。
2010.11.18
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息子の病室にねぇ、 夜も更けて病棟も静かになった頃にやって来るんですってよ。 夜勤のナースが! 同僚の目を盗んで、こっそりと!!!!!!! 若くて可愛いナースがよーーーーっ!!!!!!!!!!! DS持ってw ポケモン貰いに(笑 通信してみたらプレイ時間がまだ10時間程度だったから、 当分手に入らないであろうアイテムもつけて大サービスに何体かあげたそうです。 話し聞いて猛爆しちゃいましたよぉ。 まぁ勤務中なワケですからして、 おおっぴらにゲーム機持って患者のところに遊びには来られませんよねwww あーーーー、今日も平和でヨカッタね(笑)
2010.10.26
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全てを仕切り直して、また一から治療が始まりました。今回は少々プロトコルが変更された模様。今月は昼間のバイトをお休み頂いているので早い時間に病室に行けます。今日はちょっとしたおかずを作って夕食用に届けました。病室に行くと全身に薬を塗ってやるのが日課となりつつあります。臍帯血移植によるGVHDでガサガサになった皮膚にステロイド軟膏を塗ってやるのです。耳の後ろや眉毛、頭髪の中に薬を塗っていると赤ん坊の頃胎毒に薬を塗っていたことを思い出します。そういえば幼児期もアトピーでカサカサした背中に薬を塗っていたっけ。あの頃は小さな背中だったのに、今は。。。。。なんとまぁ大きな背中。薬を塗り広げる面積の広いことったら(笑)大丈夫です。ご心配をおかけしておりますが、もう大丈夫です。ちゃんと前を見て歩けます。いつもの元気印のあたしに戻れます。息子も強い子です。まだ頑張れます。ちょっと先にのびただけ、必ず復活しますよ。
2010.10.17
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二度あることは三度ある。 息子、再々発確定。 化学療法で寛解に持っていった後、 HLA不一致で次男からの骨髄移植を選択することになりそう。 いよいよもって後が無くなってきた感じ。 さすがにメゲるなぁ。
2010.10.15
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結局入院しました。麻痺の原因はカルシウムが減少していることらしい。炎症反応の数値も更に上昇していました。先生によればそれらの原因がわからない。。。。とのこと。病院に到着してすぐにやった点滴のおかげで麻痺そのものは難なく軽減しています。でも他にも懸念材料があり観察したいとのことで入院。まぁ今は、水曜にやったマルクの結果を待つしか無いかな。
2010.10.15
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昨日外来通院日でマルクやったんだけど、昨日に引き続き今日もまた来ちゃったんだよ。大学病院に。息子ちゃん、全身軽いマヒが出て指が変な格好で硬直。動作も緩慢。あごが動かず食べられない(噛めない)当然言葉も呂律が回ってない感じ。主治医に電話したら、すぐ来いって。てか、センセも息子のためにわざわざ出てきて下さったんだけどね。あ、でも今回は再発ではなさそうな感じ。採血の結果見ないとワカンナイけど合併症ってか、白血病とは別のものっぽい?別の物であって欲しい。ただ今点滴ちぅ。今日は入院になりそうなんかな?長くならなきゃいいけど。。。。今月休み貰えててよかった。
2010.10.14
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主治医から電話。 昨日は2度目の外来日だったんだけれど、その時の採血の詳細検査の結果、なんとかウイルスが検知されたと。。。 電話だったんでウイルスの名前がハッキリ聞こえなかったんだけど、 移植後に感染しやすいウイルスだそうです。 明日の午後、来て下さいとのことなんで。。。。。。。急遽行ってきます。 本来なら主治医は木曜午後からしばらくは病院に居ません。 他の病院で当直勤務なんだそうです。 でも明日を逃すと連休に入ってしまうので、それはちょっと美味しくないからと 当直明けに直で病院まで来て下さるそうです。 休むヒマ無く息子のために時間を割いて頂けて、ありがたいことだわ。 昨日、急に炎症反応の数値が上がってたんで、 「何で高いんかなぁ、咳き込んだりしてる?」 って言ってみえてたんだけど、このウイルスが原因かな??? ひょっとしたら微熱も??? なんでもなくおさまればいいけど。。。。。。 てか、午後で助かった。午前は父を外来に連れて行かなきゃいけないんだもん。やれやれ、明日は病院のハシゴかぁ。
2010.10.07
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退院して初めての外来受診でした。血液検査のあと主治医の診察。開口一番「ごはん食べられてる?」もちろんです。病院食でなければ、そこそこ食べられます(笑)実際、予想以上の量を食べています。血液検査の結果、やや尿酸値が高いから。。。とお薬が増えました。他は特に大きな変化もなく、問題なさそう。主治医の診察の後、皮膚科にハシゴ。GVHDの症状として、皮膚がガサガサで粉ふいてます。でも赤い発疹は納まってきています。皮膚科の若くて可愛らしい女医センセ、「えっとぉ~、じーぶい。。。。。えっち、でぃーっていう~」と、一生懸命本を読みながらGVHDの説明をして下さいました。症例の参考資料にさせていただいていいですか?と言いながら、息子の身体あちこち(主に背中)を撮影。退院のときによくわからないまま頂いて帰った塗り薬の使い方や間隔をお聞きして今日の予定はオシマイ。来週また主治医と皮膚科の診察があります。その前に血液検査とレントゲンですね。このまま5年間何事もなく過ごせますように!
2010.09.29
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いえいえ引っ越しではありません。退院ですよ、退院(笑)でも8ヶ月も居着いてるとねぇ。。。荷物がハンパないですw大部屋より個室にいた期間の方がずっと長いし、けっこう好き放題に色々持って行ってました。次男が大学の寮から家具付きワンルームマンションに引っ越した時と大差なかったかもしれません。クロネコさんの単身引っ越しサービスでも使おうかと思ったぐらい(笑)おかげさまをもちまして、本日退院となりました。当分は毎週外来受診です。長かったようで、過ぎてしまえばあっという間の8ヶ月だったかな。沢山の応援に支えられて、ここまでやってきました。本当に本当に感謝しています。ありがとうございました。このまま何事も無く5年後の今日を迎えられるよう、まだまだ息子と一緒に頑張って行きますですよ!
2010.09.25
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主治医に面談に呼ばれました。いよいよ退院の話しかな?と、ちょっとワクワク、悪い話しだったらどうしようと、ちょっとドキドキ。朝から面談が気になって仕事がなかなか手に付きません。いっぱいポカやらかしちゃったw(フォローしてくれた皆さんごめんなさい、ありがとうでした)面談の中身は。。。。。。。退院のお話しでした「食事がなかなか摂れない心配はあるけれど、 病院の給食でなければ食べられそうだから(その通りです) この週のうちに点滴をナシにしてみよう。 21日に血液検査、そして点滴なしでの状態の観察をして 23日以降で退院の日程をきめましょう。」というのが大まかな内容です。私の仕事のスケジュールとすり合わせて、25日土曜か27日月曜に退院になりそうです。いよいよです。丸8ヶ月、長かったようであっという間でした。そしていつも応援してくださっている多数の皆様に感謝です。本当に長い間応援ありがとうございました。
2010.09.16
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8月末頃から吐き気の強い息子ちゃんです。お腹ペコペコでも食欲が減退しそうな病院食は匂いだけで気持ち悪い~って感じ。差し入れた物は少し口にしますが、2~3時間で出てしまうことが多いです。他に大きな不具合はないので退院も見えているんすがここまで食べられないと栄養摂取という点で問題があるので未だ退院には至っていないという状況。この吐き気、薬のせいかもしれない。。。ということで免疫抑制剤を中止しました。そうしたら!身体中粉をふいたようにガサガサ、顔も首もブツブツボロボロになってしまいました。とはいえ、皮膚疾患もよく聞くGVHDの症状のひとつだしこの程度なら大騒ぎする程のことではないな。。。って感じです。まぁ本人にしてみれば痒いし、大変だとは思うけれど。これで口から食事が取れるようになれば、いよいよかな。
2010.09.08
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息子ちゃんの髪の毛が生え始めました。ちょうど今、カビたガジャイモみたいな感じ(笑まあ今までに何度も生えたり抜けたりしてるんで今更どうということは無いんだけど、どういう訳か今回は髪より髭の方がのびが早くて。。。。w髭剃りさせたいんですけどね、皆さんご存知の通り再び生えて来た毛ってまるで赤ちゃんの産毛のような、ふにょふにょの柔らかい毛です。以前「筆でも作ってみる?」なんて冗談を言っちゃったぐらい(笑)ですから電動のシェーバーに髭が食わなくて剃れないんですよ。かといってカミソリは???皮膚の状態は特に悪くはないんですけど絆創膏の痕から察するに、けっこう弱くなってそう?元々カミソリでひげを剃ると見事なぐらいのカミソリ負けで皮膚が真っ赤になってたというのに、さらに弱ってるとあっては。。。。。ちょっと怖いですねぇ。何か良い方法ないかしら???女性用の眉毛剃りシェーバーでも導入してみようかしら??
2010.08.10
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大部屋に移動になりました。でも入室(カーテンの中に)の祭は今までと同じように手指の洗浄消毒、エプロン手袋マスク着用です。それで大部屋って。。。。なんかちょっと心配。息子の熱は38度を切下回るようになりました。点滴もようやくカテーテルに戻って、ちょっと不便から解放かな?食べるのはまだ日に1回、あたしが差し入れるもの(冷凍唐揚げ3個とか)だけですが、最近は自分から雑談するようになって、以前のように馬鹿話しで笑い合えるまでになりました。息子が元気だと、病室へ行くあたしの足取りも軽いです。
2010.07.19
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一般病棟に戻ってから、はや1週間。少しずつ食べる意欲が出てきました。ちょっと何か食べたい気がするって言っています。でも「たべても良いもの」「食べられるもの」「たべたいもの」この三拍子揃ったものがなかなか無い(笑OKが出ているカップのみそ汁やカップラーメンのために小さな電気ポットを買って病室に装備しました。給湯器のお湯は沸騰していないので息子には使えないからです。今はまだ自分でペットボトルの蓋が開けられないのでポットがあっても自分でお湯を沸かせないんですけど。。。。お湯を沸かすのもお茶を飲むのもプリンを食べるのも看護師さんの手を煩わせています。テレビは普通に見るようになりました。以前なら「CMの間は切るとか、節約してね」なんてケチケチしたこと言ってたのに「テレビを見る気力が出たのね、見なさい見なさい」なんて。。。。。(笑ただ、依然として熱は高めです。38度台後半の熱がずっと続いています。しかも熱の原因がわからないらしいです。原因となる可能性のあるものを排除するって意味なのかしら?「熱の原因がわからないからカテーテルを抜いてみよう」とのことで、昨日から一時的にカテーテルを抜いています。検査では見つかっていない何か悪いものが無ければいいけど。。。そんなこんなで、呆れるほど小さなことに一喜一憂している毎日です。
2010.07.02
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5日ほど前のことです。めっちゃ気を許せる友人とちょっと飲みに行きました。お酒なんて半年ぶりかなぁ。。。。。その友人とは会うのも4ヶ月ぶりぐらいだったからお店を出てからも色々と積もる話しをしてたんだけど、なんか、気持ちが緩んじゃったのかしら、別に息子の話しをしてたわけではないのに、突然涙があふれて止まらなくなってしまってそのまま大泣きしてしまいました。どうしたの??って聞かれても、あれ、おかしいな、なんでだろうなんか涙が出て止まらないよ、自分でもワカンナイ、なんでだろう。。。。って感じ。いきなり泣き出されて、困っただろうな(笑)悪いことしちゃったよ。自分では元気なつもりだったけどやっぱ知らないうちに毎日張りつめてたのかしらん。気の許せる友人相手だったから、あたしの中の何かが外れちゃったみたいな?そんな感じだった。友人には悪いことしちゃったけどおかげで何かを吐き出した後のような気分。ほわっと抜けた感じ。もう一踏ん張りの活力も湧いてきました。よし!明日も元気に頑張るぞーー!
2010.06.25
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息子が明日、HCUを追い出されることになりました。 移植された細胞が無事に生着したらしく(まだ完全ではないけれど) 白血球値が1000を越えました。 移植から丸4週間、 よーーーやく!HCU無菌室から解放され、元居た一般病棟の病室に戻れます ず~~~~~っと続いていた高熱も、やや落ち着きを見せ、 現在は38度台後半~39度程度。 ここ4~5日は見た目もかなりしっかりしてきました。まだまだ一人で病室備え付けのトイレには立てないけれどポータブルトイレまでなら 何とか自分で動けるようです。今日は久しぶりにテレビを見ていました。 ようやくテレビを見る気力が出て来たのね。。。。。本日CTをやりました。。。と主治医から報告を受けました。 その結果、内蔵には不具合が見られない、 高熱が続いたことによる肺炎の痕跡はあるものの、取り立てる症状ではない。 とのこと。 病棟に戻るとはいえ、これから更なるGVHDで大変だけれど とにもかくにも一山越えました。 主治医によれば、これで移植の3分の1を乗り切れたかな?という感じみたいです。 いつも応援ありがとうございます。本当に心強く思っております。このつたないブログにご来訪下さる全ての方々に心より御礼申し上げます。
2010.06.23
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叔母が千羽鶴を作ってくれた。 無菌室だし持ち込めないかな?と思ったら、 ナースが大丈夫ですよって枕灯に吊り下げてくれた。 息子があえぎながら、うっすらと目を開けて千羽鶴を見たので 「もうこれ以上はないぐらい頑張ってるとおもうけど みんなも応援してくれてるから、頑張って乗り切ろうな」 って声をかけたら、息子がちょっと涙ぐんだ。 こんな手間のかかるものを。。。。。気持ちが無ければなかなか作れやしないよね。心に染みました。おばちゃん、ありがとう。主治医が「ステロイドはあまり使いたくない」とおっしゃってたけど、 あまりにも高い熱が続きすぎるので今日からステロイドが投与された。 薬が効けば少し熱も落ち着いて起き上がれるぐらいにはなるだろう。 明日は息子が無菌室で迎える27歳の誕生日。 来年の誕生日はどんな状態で迎えることになるのか想像もつかないけど 今は1日1日が無事に過ごせることだけしか考えられない。 今日も1日が無事に過ぎたことに感謝です。
2010.06.13
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移植から半月、15日が経過した息子ちゃんです。 ここ数日熱が高いです。 40度を超える熱で酸素吸入を受け喘ぎながらグッタリしています。 話しかけても返事なんてトンデモナイ、目を開けるのも億劫な様子。 顔が真っ赤で、髪も抜け落ちたままのスキンヘッドですから まるで茹でタコのような。。。。 10種類ぐらい点滴がぶら下がり、 点滴用の機械も6階建てになっている点滴棒は まるでクリスマスツリーか七夕の笹かwww でもね、これは悪い状態じゃないんです。 白血球や好中球がちょっと増えて来てて、 移植された細胞が息子の中で生着しつつあるっていう兆しなんですって! 主治医の見解によると、ちょっと熱が高すぎるっていう心配はあるけれど、 この熱は感染症などの悪い方の発熱ではなく 生着しつつあるために起こる発熱だろう。。。とのことです。 今が一番シンドイ時。。。。。かな? もう少しの辛抱だと思う。 あと2日でヤツの誕生日(14日です) 昨年は病室で誕生日を祝ったけれど、今年は誕生日もへったくれもないわねぇ。 それまでに山を乗り切って欲しいなぁ。
2010.06.11
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今日は嬉しい出会いがありました。いつもコメントを下さる fumi さんとお会いしたんです。ひょんなこと(私の写真加工ミス)からfumi さんと息子と主治医が同じだと判明し、時々メールでやりとりしていたんですが、今日は fumi さんが外来で病院へいらっしゃるとのことで時間を合わせてお会いすることが出来ました。病気の話し、主治医や看護師さんのうわさ話、それぞれの地域のローカルな話し、趣味の話し、実に色々なことをランチ&コーヒーしながらお喋りしました。病院やスタッフの話しって知らない人には意外と通じないので、それがサクっと通じて笑い合えるのって、なんだか壮快(笑)お土産まで頂いちゃったんですよ。今、お取り寄せで人気の高いカステラです。 食後のお楽しみ♪この他にも「ひるがの高原」というところのシューアイスを頂きました。ひるがのに行ったら、このアイスでしょっていう美味しいアイスクリームが入ってるんです。アイスは食べたことあるけど、シューアイスは初めて。夕食後に冷凍庫に入れておいたシューアイスを出してみたら、ちょっと溶けかかって滲み出して また固まった形跡が、あたしのところまでの長旅を物語ってて ほのぼの~~~♪シューにかかってる粉糖が優しい甘み。そして中は「あの」ひるがののアイスです。美味しかった~、シ・ア・ワ・セ今日はアイスを食べたのでカステラは明日のお楽しみです(笑どうもご馳走さまです。fumiさん、今日は本当にありがとうございました。
2010.06.09
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移植から12日目。ここ2日、下痢は止まっている模様。でも昨日から熱が高い。40度近いと看護師さんから聞いた。さすがに元気が無い。返事をするのもおっくうな様子。息子と雑談出来ないのは寂しいけれど、まぁいたしかたない。出て当然、出なくては困るGVHDの症状はあるものの、今のところ、よろしくないモノの兆候はないらしい。懸念される合併症などは出ていないのでちょっと安心。このまま何事も無く乗り切ってくれるのを祈るばかり。なにはともあれ、今日も無事に1日が過ぎました。全ての生きとし生けるものに感謝。
2010.06.08
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移植から1週間。3日木曜から痛み止めにモルヒネを使い始めた。今日は仕事の都合で病室に行けなかったら0時を回った頃「着替えが足りない」って電話が入った。一応パジャマ6着と下着10枚置いてあるんだけど今日1日でパジャマ3着と下着5~6枚汚したらしい。モルヒネで目が覚めないから。。。。と言うけれどごにょごにょ言うからハッキリわからない。シモのほうを汚した?多分。やっぱりハッキリ言うのが恥ずかしいのかな?病状と薬のかげんなら仕方が無いのに。。。明日の朝、HCUに入れる8時に着くよう出向いて院内洗濯コーナーで洗ってすぐに届けようと思っているけれどこんなときは恥ずかしがっても仕方が無いから看護師さんに紙おむつを出してもらったら?と伝えた。すでにお店も院内洗濯機使用時間も近くのコインランドリーさえ閉まっている時間だから今夜のうちに足りなくなるなら、いたしかたない。モルヒネってどのくらいの期間使用するんだろう?はてさて、下着とパジャマを買い足すか、はたまた紙おむつを買って持って行くか、ちょっと悩むところだなぁ。どうせ洗濯をしに行く頃にはまだお店は開いてないだろうから看護師さんにお伺いをたててみよう。
2010.06.04
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移植から4日が経ちました。下痢があり熱が少々あるものの、口内炎は無いし今の所まださほどシンドイ状況ではない様子。ある程度の症状は出るのが当たり前、出てくれないと困る部分もあるってわかってるけど、やっぱ出来るだけ楽に過ぎて行って欲しいと思ってしまう。深夜のアニメなど、何本かを録画して定期的に届けてるんだけどさすがに今は見る気が起こらない。。。。って毎日ナンクロやってます。大切な「お母さんとの絆」を下さった方のためにも無事に生着することを祈るばかり。
2010.05.30
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あと1時間ほどで臍帯血移植が開始されるらしいです。移植を行っているときは人が沢山出入りします。機械も沢山入ると聞いています。邪魔になるだけというのがわかっておりますので終わって落ち着いた頃を見計らってのぞきに行こうと思っています。ICUって面倒。フロアへの出入りも毎回許可をいただかないと入れないし室内へ入るときの手洗い消毒エプロン手袋も洗濯物などの荷物を持っていると意外と厄介。まぁ、いたしかたない。。。というか息子や他の患者さんの安全のためには当然のことなんですけど。入室するとずっと看護師さんが張り付いてるし、洗濯物置いたらさっさと帰ってって空気が漂いまくりだしこう言っては語弊があるでしょうが看護師さんたち皆さん目つきがキツいし。。。あそこへ出入りすることでストレスたまりそう。息子が移植といっても、あたしが出来ることは何もありません。いたって普通に過ごしている。。。。。。。つもりなんですが、昨夜から胃が痛いです。
2010.05.27
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今日から前処置が始まります。今日と明日、朝夕2回ずつの放射線照射を受けます。もう、いよいよ!って感じ。落ち着かないなぁ。。。病院に行こうかなぁ。9時からだといってたから今から病院に行けば照射前にギリギリ間に合うかな?でも行っても何もできないし、夕方にもあるんだし。あたしがジタバタしたって何も変わらないんだけどでも落ち着かない。。。。やっぱり行こう!迷ってるうちに9時到着は間に合わなくなっちゃったけど照射して戻って来るのを病室で待ってよう。行ってきます。
2010.05.19
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ICUにある無菌室のオリエンテーションを受けて来ました。 息子が月末から入室する部屋です。 ほら、ドラマで見かけるぢゃないですか。 ガラス越しにインターフォンで会話する、アレですよ。 もっとも、息子のいる病院はICUの入り口がロックされてて 事前に登録された訪問者以外は病室どころかICUのフロアにさえ入れないから あのインターフォンは使い道がなさげねぇ。。。。 オリエンテーションは色々な装置の使い方と、生活上の注意点が主な内容。 ドラマで見る無菌室よりチョト狭いけれど、色々整ってて快適そう。 どうせ今までも病棟の準無菌室暮らしで部屋の外に出られなかったんだから 中身が整ってるぶん今より断然快適になるのかも?なにしろ冷蔵庫がタダで使えて、デカいしフリーザーもあるし 今まで制限されてた食べ物も、生物意外は制限無くなる。 それにダメかと思ってた携帯がOKだったので 友達に来て貰えないって寂しさはあるけど電話もメールも出来る。 装備の充実では身体の辛さを軽減出来なくても、それ以外のストレスが軽減出来るとしたら、それは有り難いと思う。一通り説明を受けたあと、息子がポロリと言ったこと。 「バイハザならぜってぇあの辺にハーブとかアイテムがあるな、間違いねぇ。 で、アイテム取ってあのドア開けるとゾンビがどわ~!で決まりや」 う~ん、確かにバイハザに出て来る背景とそっくりねw 強がりで言っているのか素でお気楽なのか、母親のあたしにもちょっと判断がつきかねた一言でした。
2010.05.16
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明日から2泊3日の予定で外泊許可が出ました。現在は色々な数値がとても安定しています。ですがお薬の影響でGW明けに白血球値等が下がって来ると予想されますので下がり始める前にリフレッシュ!という主治医のお考えです。今日は部屋の掃除をしました(笑トイレやお風呂や洗面所、ドアのグリップも消毒しました。空気清浄機のフィルターも洗いました。息子の布団も丁寧に掃除機をかけ布団乾燥器で熱処理もしました。食事は低カロリーで美味しいもの、何がいいかな?メニューをあれこれ考えてしまいます。鍋が良さそうかしら??そうそう!食器の除菌もしておかなくちゃ!彼が赤ん坊の頃使っていたミルトンバケツが再び活躍します(笑退院していた間もミルトン共々使っていました。外泊許可が出たとはいえ、あちこち出歩ける訳ではないですから一緒にゲームでもやろうかな。
2010.04.30
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主治医が作って下さった移植スケジュールです。わかりやすくてありがたい。けど、なんかいかにもカウントダウン始まったって感じで。。。。。心配は心配なんだけど、心配したって成功率は上がらないし心配してるヒマがあったらそのヒマを合併症の危険を減らす努力とか、そういう方向に置き換えて、そっちにパワーを使いたいかな。こういうこと言っちゃうから気丈だの強いだの、あげくの果てに無神経だのと言われちゃうんだけどね。。。
2010.04.27
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移植日程について主治医と面談した帰りのことです。その日は主人も一緒だったんですが、それぞれ仕事場から病院へ直行しました。私は病院の有料駐車場に車を止めて歩きましたが、主人はちゃっかり夜間出入り口前の身障者用無料駐車場に車を止めていたんです。面談が終わってから外へ出てきたら、目の前に主人の車です。あたしはついうっかり!何食わぬ顔で主人の車の助手席に乗り込んでしまいました。そこでハッ!と気がついた。今日はそれぞれの車で来たんだった!!!危ない危ない。自分の車を置き忘れて帰ってしまう所でした(笑とんだうっかり未遂事件です。
2010.04.24
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息子ちゃんの臍帯血移植の日程が5月27日に決まりました。 全処置としてまず2日間、朝夕2回ずつの放射線照射があります。 この放射線がいつでも出来る訳でなく予約がビッシリな状態なので、 一番早い予約が取れる日に合わせてスケジュールが組まれました。 放射線のあと1日おいてから、2種類の強い抗がん剤の投与があります。 周知の通り、これで本人の骨髄を完全に殺してしまうんです。 移植に伴い、息子は現在の準無菌室からもっとレベルの高い無菌室に引っ越しです。 そのお部屋で心電図他の色々な機械をつけられて 10分ぐらいかけて臍帯血が注射でゆっくり移植されます。 もちろん提供される臍帯血は既に確保されています。 東京のヲンナノコの「お母さんとの絆」がいただけるそうで 移植の当日冷凍保存されている臍帯血が輸送されてきます。 いよいよ一か八かの大博打が1ヶ月後に見えてきました。ドクターからは様々な情報を丁寧に説明して頂いたけれど、実際のところは一体全体何がどうなるのやら?まぁなるようになる。。。というか、なるようにしかならないのだけれど、何となく今からナーバスです。
2010.04.22
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再発入院してから2ヶ月。初めての外泊許可が出て息子が家に戻っていました。本来ならば 23日に移植前の最後の強化治療に入るはずでしたがしばらく高熱を出していたためカテーテルを入れるのは1週間延期。週末には熱も下がり安定していたので外泊許可が頂けました。実際のところ、息子本人が行かなければ手続きがとても厄介な所用があり息子が主治医に頼み込んだようです(息子は詳細を言いませんが)せっかく息子が帰ってきても、あたしは仕事もバイトも休めません。病院へ迎えに行くのも所用をやっつけに行くのも主人に頼みましたのであたしは土曜も日曜も夕食を一緒に食べたぐらい。ちょっと寂しかったな。そして息子は今日からまたカテーテルを入れ無菌室暮らしです。今回は「今まで一度も使ってみたことのない薬があるからそれを使ってみる。」。。。と主治医から聞いています。なんという薬なのか名前まではわかりませんが、それが息子に良い結果をもたらしてくれると嬉しいけど。
2010.03.29
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昨夜から39度を超える熱が下がらない息子。少々(38度5分程度)の熱があっても「こんなもんぢゃね?」などと言ってケロっとしている彼も今日はさすがにぐったりしている。薬の影響だとは思うけれど、タイミング悪くドクターにもナースにも会えず話しを聞くことが出来なかった。昼も夜も食事が出来なかったと言っていたけれど、午後8時をまわったころに薬が効いて楽になったせいかお腹が空いた、何か食べたいと言い出した。現在肝機能がイマイチなため食事制限があるのだけれど昼も夜も食べていないので、売店で購入したレンジ調理品を食べさせた。生禁でなければおにぎりやサンドイッチを買ったのだけれど、こればっかりは無視出来ないでしょう。昨日スーパーで衝動買いした「こいのぼり」まだ3月だしちょっと早過ぎ?と思いつつ病室に飾ってみる。26歳とはいえ、一応男の子ですし(笑息子もとても喜んで。。。。。。。嘘です。とっても迷惑そうな顔していました(笑そういえば昨年も衝動買いして飾ったっけ。あのときは既に大部屋だったっけなぁ、などと思い出した。最初の発病だった昨年は、月に1回外泊許可が出たり、90日を越える前に一週間程度の一時退院があったりしていた。でも再発である今回は、入院してからそろそろ2ヶ月だけれど外出許可どころか、ずっと無菌室暮らしを余儀なくされている。このまま移植まで軟禁を解除されないのかなぁ。
2010.03.21
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息子の主治医と面談して今後の治療計画を聞いて話し合ってきた。 シビアだ。。。。。 このままの化学療法では治る見込みは10%とか言われちったい。 現在はね、 ものすごくすんなりと骨髄の中の白血病細胞が5%程度にまで下がって いわゆる寛解に至っている状態。 もう強化治療の段階に来てる。 ビックリする早さです。 でも、半年という短い期間で病気が薬に対抗して再発したことを考えると 移植以外に治る見込みは無いに等しい。 で、移植をしたら治るかっていうと、これまたシビアな数字でして。。。 移植の成功率は30~40%(前回は60%だったけど、再発だから危険度が高い) たとえ移植が成功しても再発の可能性が60~70%ある。 移植しなきゃ治る見込みはないけれど、移植も一か八かの大博打です。 骨髄移植となるとコーディネイトにこれからまた半年以上を要します。 いつまた病気が薬に抵抗力を持って活動を再開するかわからない状態なので 今回は骨髄移植でなく臍帯血移植を選択することにしました。 臍帯血なら3~4週間で見通しが立つから。 もう1クール強化治療をしたら移植の準備に取りかかります。 移植の予定は5月の連休明け。 文字通り命をかけた大博打です。 さてさて、どうなりますやら。 丁と出るか半と出るかは神のみぞ知る。。。。。。
2010.03.12
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相変わらず無菌室暮らしをしている息子ちゃんです。とはいえ、この2~3日は別に無菌室でなくても良い状態。ただ、週明けからまた薬が入り無菌室でなければならなくなるので別に2日や3日病室を引っ越すこともなかろう。。。という感じ。今日の午後2時過ぎだったかしら?仕事中にいきなり息子から電話がかかってきた。何事かと思えば、「明日、外出許可が出るかもしれないから、今日のうちに服を持って来て」などと言い出す。理由はピンときた。彼がもの凄く見たがってる映画の上映が明日までなのだ。まぁ、着替えを持って行くのはいいんですけどね、さすがに外出は無理でしょう。無菌室暮らしの患者ですよ?あり得ませんってば!!!案の定1時間ほどしたらメールが入ってきました。「明日の外出はなくなった。服はいらね」そりゃそうでしょうね。ほんと、いくらなんでもあり得ませんよ。まったく。。。息子のお気楽ぶりにはほとほと呆れましたよ。
2010.02.20
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8日より準無菌室(というのかしら?)に引っ越しました。前の入院の時には普通の個室にアイソレーターのほうがが出張して来てベッドのまわりにビニールテントって感じだったんだけれど今回は息子がはじめからアイソレーターが完備されている部屋にお引っ越しです。ドアを開けると目の前には分厚いビニールカーテン。洗面室やトイレスペースの脇にアイソレーターの外部コントロール(?)がありました。もう1枚の分厚いビニールカーテンの中が居室です。消毒やマスクをすれば私たちも入室することが出来ます。う~ん、これ ↓ 何かしら????枕元ににょっきり出てる見慣れない機械です。写真左に見えている壁全体が吹き出し口(?)になっていて、けっこう大きな音をたてて唸っています。部屋の作りは他の個室と同じで、カーテンの間仕切りがあるだけなんだけどなぁ。何やら落ち着かない感じ。こんな所で眠れるのかしら???ステロイドの影響でお腹が空いてたまらないみたい。ドクターにお伺いを立てたところOKが出たので、長く口の中で噛んでいられるおしゃぶり昆布を差し入れてやることにしました。少しは空腹感を紛らわせられるといいんだけど。。。。
2010.02.12
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昨日から息子の調子がよろしくない。背中が痛くて動けない、熱も高い。今日は背中の痛みはいくぶん和らいだものの今度は肺が痛いという。そういえばCTの結果を見た主治医が胸膜に影があると言っていたっけ。軽度の肺炎あとか、その部分に病巣があるのかわからない。そこの一部を採取して検査する事も出来るけれどリスクが高く、得られる情報量に匹敵しないらしい。昨日の朝食を食べたきり、その後固形物の食事を受け付けない。今日は「ヨーグルトぐらいなら食べられそう」と、ようやく小さなヨーグルトを1個食べた。お薬の影響なら心配ないんだけど。。。うまく主治医に会えなかったのが心残り。明日は元気な顔しててくれるといいなぁ。
2010.01.29
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息子、再発。昨日から再び入院。主治医から就労許可がおり、この年明けから就活を始めた矢先の事です。2008年12月よりリンパ生白血病で入院していた長男は完全寛解に至ったところで骨髄移植をする予定でしたが色々あって移植はしないことに決めたため昨年7月末に退院しておりました。長男が退院したと思ったら8月上旬に実家の父が大量の下血で入院。実家は我が家から100mも無い所で、まるで離れに住んでる感覚です。ですから今度はWワークの合間は父にかかりっきりでした。父は何度も救急車騒ぎ、何度も入退院という慌ただしさ。心臓付近の血管にも不具合が見られたため手術をすることになり9月末に実施。でもね、その手術が失敗しちゃったんです。別の心臓専門の病院で再度手術を受ける事になり、一時転院の準備をしている最中になんと妹の旦那が直腸がんとわかり緊急入院。でも義弟はもう手術が出来ないほどになっており、3ヶ月か半年か?と余命宣告。なんと、それだけでは済みませんでした。妹が旦那さんのご両親と病院でもめてしまって(詳細は伏せさせていただきますが)お父さんの腕を掴んで「出てけ~!!二度と来るな!」なんてことをやらかしてしまい、そのお父様が1週間後に心臓発作で急逝されてしまいました。義妹は通夜にも葬儀にも参列させて貰えず、私と主人で参列。お義母様に土下座状態でお詫びを入れはしましたがもうどうすればいいのかと頭をかかえこんで悩んでしまいました。その間に実家の父の手術は転院先で無事に成功し、10月9日に元の病院へ戻ってきました。長男の入院中以上に慌ただしく、精神的にもテンパりまくりの毎日を過ごしていましたら、なんと今度は自分の副業の会社が倒産です。10月28日、40日分給料未払いで当日解雇の憂き目に遭いました。ただでさえテンパってるのに今度は弁護士とのやりとりも始まり、ちょっとパニック状態。仕事のほうは2週間ほどで別のバイトを見つけられたんで、このバイトの無い間は、ちょうど本退院してきた父の介護に当てられて時間的には助かったかも。11月末、余命宣告をされていた義弟が他界。がん発見から2ヶ月足らずでした。そんなこんなであたふたしたまま年末を迎え、やれやれ新年からは余裕ができるかな?と思いつつ、現在は3月末に開催する本業の一大イベント、ピアノ教室の発表会準備に取りかかったところです。ようやく一息つける。。。と思った矢先に長男の再発。さすがにちょっとメゲてます。でも、めげてる場合じゃないですね、頑張らなきゃ!
2010.01.27
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今日は長男の26回目の誕生日でした。 病室で祝う誕生日です。お友達が3人ほど病室に来てくれたんで、 ノンカロリーシュガーを使って焼いたチーズケーキでお祝いしました ダメだとは思ったんですけどね、聞くだけはタダなので 試しに 「ローソクに火をつけたらだめ?」 とナース聞いてみました(笑 そうしたら 「スプリンクラーが作動してもよければいいですよ」 だそうで。。。まぁ、当たり前ですね(爆 息子は入院から丸3ヶ月が過ぎた頃に個室から大部屋(4人部屋)へと引っ越しました。この大部屋は人の入れ替わりが激しく息子の他に入院患者さんが誰もいないこともしばしばあります。ヒソヒソ声で話さなくていいし携帯通話も気兼ねなく出来るし、 テレビもイヤホン無しで見られて、なかなか快適です 。今日も大部屋を独占の「超個室」となっていたので、 気楽に誕生会っぽいものが出来ました。 ご覧の通りの「超個室」へんぴなところにある病院ですから、交通費も結構かかるというのに 週に1度は誰か友達が来てくれているから有り難いです。 やはり持つべき物は「友達」ですね
2009.06.14
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「あ~オレ、半年ぶりにシャンプーしちゃったよぉ」 。。。。って、 言葉尻だけを聞くと「ギョエ~???? マジ?』な状態なんですけど実話なんです。 抗がん剤の副作用で髪もすっかり抜け落ちでいましたが、強化治療に入り薬が変わった(?)せいか4月以来徐々に毛が生えてきました。 そこでメデタク半年ぶりのシャンプーとあいなったわけです 。生えて来た毛は、刈ったり剃ったりした毛と違い 全くの素から生えて来た毛なのでまるで赤ちゃんの産毛みたいな毛先です。 思わず 「その毛剃って筆でも作る?」 と聞いてしまったぐらい。しばらくしたら散髪も必要になってきますね
2009.06.12
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今日主治医と面談してきた。面談らしい面談は今回で3回目だ。今まで骨髄移植を受ける方向で進んで来たけれどかなり有力なドナーさんとのコーディネイトも順調に進んでいるけれど今後は中止する方向に路線変更する話し合い。息子本人に移植を受ける自覚も意思もないとなればこれ以上移植の方向で進められない。悔しいやら情けないやら、なんとも言えない。。。。。複雑な心境。頭の中がグルグルグルグル。
2009.06.10
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