やすなお(と息子)の冒険

やすなお(と息子)の冒険

環境問題について。




わたしは、キレイ事が嫌いです。
環境問題にしても、重要なことだとは思うけれど、
「地球のために」とは、おこがましい。
と、思ってしまう。

「地球のため」じゃないでしょう。環境が一時期、汚染されたとしても
地球としては、ダメージというほどのことじゃないと思う。

ただ、人間が住めなくなるだけ。

地球の歴史の中のある時期、人間ちゅー生き物が生まれて、
文明なるものを作って、繁栄し、やがて環境を食い尽くして
自滅の道をたどった。

ということがあったとしても、地球レベルで見たら一瞬の出来事なのでは。

地球上に生まれた、一生物でしかない人間が
「地球のため」に行動するなど、おこがましい。

ひとえに、環境に気を使うのは
「人間のため」ですよ。

ヒトが、種の保存をするために、必要だからです。

自分たちが生き残るためには、生き残れる環境を守らなきゃいけない。
これは、「人間にとって」の死活問題であって
地球がどうの、他の生き物がどうのという問題じゃない。

地球がどうの、他の生き物がどうの、という問題は
人間が思い煩う問題じゃないんです。
しいて言うなら「神」の領域です。越権行為なんですよ。

まー、「神はご自身の似姿として人を作り、よろずのものを治めよといわれた」
という人間観を持つ、クリスチャンの方ならば、そういう議論になるのも
わかるのですがね。

わたしはクリスチャンではないので、どーもそういう考え方が
受け入れがたいのです。背中がむずがゆくなるですよ。

「ヒトの遺伝子を残すために、環境を守ろう!」と明言しているキャンペーンなら
喜んで協力するんだけど。。

なんだか「地球のため」とか「他の生き物と共存するため」とか言っちゃう
偽善的なキモチワルさが受け入れられず。な~んかウサンクサくてね。
あまり行動したいと思わないんだなあ。

…と、いいつつも、
「地球のためにできること」などというテーマに取り組むことに
ある種のカタルシスを感じてしまうのも事実。

クリスチャン的な思考回路が、自分の中にあるのだ、というのは、
否定できない事実だなあ、と思うのでした。



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