NO22 ゆうの 25年間の記録



おまけに、目の前が大きなガラス張りで、こっちを向いて 先生達のデスクがありましたので、こっちの方が 観察しているようで、面白かったですよ!

一人では、寂しいだろうと 婦長さんがテレビを持って来てくださって、ありがたかったな~~~(∩.∩)

手術した所に直径1.5センチほどの管が右肺から2本も出ていたので、自由は利きませんでしたが、テレビのおかげで 退屈はしませんでした。

家族は、毎日来てくれていましたし・・・食事は普通食で、手術をした人には特別メニューが、来ていましたので 美味しかったですよ~~うんうん!(^-^)

普通は、観察室からは4~5日で出られたのですが、何故か10日間位居ました。

それから、前年入院した時に 母の同級生の方が入院されていたのですが、その方が、今回の検査の時にお会いして、あまりにも顔色が良くお元気だったのでお話を伺ったところ、「丸山ワクチン」をしているとの事!

私も、先生に「丸山ワクチン」の使用を、お願いしました・・・後は東京の親戚に頼んで、大学病院に直ぐに手続きに行ってもらっていました。
(先生も快く書類を書いて頂いたから・・・とても、嬉しかったです)

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観察室に居る間、抗がん剤の注射を管から入れられました・・・
きれいな色をした薬でしたが・・・妹が来ていた時だったので、

何だか とても嫌で 妹に手伝ってもらって・・・薬が管を通って身体に入る時、半分ぐらいは入らない様に管を折って止めたりしちゃいました・・・(*´∀`*)えへへ

2回とも、そうして止めちゃいました~~。

半分の抗がん剤でも、やっぱり副作用がでました・・・(吐き気と、髪の毛が抜けてきました。・・・もともと、薄かったかも(∩.∩) )

それから、背中に入っている 痛み止めのモルヒネは、普通は2回だけなんだけど、先生に
「先生~後 1回お代わりして下さいませ~ね!お願い」って
「じゃ・・・後 1回だけね。」
1回は3日もつから・・・合計9日は、痛みから 解放されていました。
(ホッ(-。-;)あ~~良かったな~(∩.∩) )

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術後、10日過ぎに 個室に移されました。

その病院の、個室は余命が少しだけの人が、入れられる所でした・・・

個室に移っても、部長先生や、主治医、婦長・・・と、入れ替わり立ち代りに、やって来て・・・
「うん うん!若いから大丈夫だね!」って(意味不明や~ん!)

「肺のう胞と、肺の摘出手術を 一緒にしたからきついだろうね~」

などと言いながら・・・

管から出ている血液や、水の様な物が大きなケースの計りに入っていて、それを 覗きに来てあるようでした。


ゆうは、一度久留米の聖マリアに戻って、再び外泊許可をもらって 私の所に来てくれていました。

長男も、その頃は県外に仕事で 行っていましたが、休みをもらって、来てくれて ずーっと付いていてくれました。

もちろん、ゆうも、傍に付いていてくれました。

(トイレの世話まで、してくれました・・・感謝!でした。男の子でも役にたつんだね。)


その時は、私は何も知りませんでしたが・・・とっても危なかったそうです。

それから、主治医の先生は、一日に何度も顔を見せてくれて、いました。
ある時・・・

「抗がん剤・・・どうする? 後1回してみる?」って

「はい、良いですよ~~只 吐くのはもう嫌だから、何とかしてください!」
と、返事していたのに また何時間後かに 

「どうする~~?」って

「先生、さっきするって言ったでしょ~~」(なんでやねん!)

そして、暫くしたら・・・後ろに何か隠して病室に入って来ました。
「管から、薬を入れますね!」って(嫌な予感!(TT▽TT)ダァー)


薬が入って1分もしないうちに、右胸と背中に激しい痛み!

ちょうど・・・あわびの姿焼きのように、背中の筋がギューッて縮んで居る様な感じの痛み・・・(はじめて知った あわびの気持ち・・・アチャ・・・(ノ_< ;) )
「先生~~イダ~~ちょっとこんな痛みがあるって、聞いてないよ~~」

「はい、直ぐに痛み止めしますから」って、座薬を入れても 筋注をしても・・・

全く痛みが止まらない・・・3時間ほど もがき苦しんだかな~~

その時は、長男と彼女が来ていて、彼女が看護師だったから、背中をずーっと、さすってくれて 本当に助かりました。

(今は違う彼女だけど、その子とは 親子の様なお付き合いをしながら、今でも遊びに来てくれています。(^▽^))

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術後・・・2週間して、容態も落ち着いてきたのか、胸に入ってる管を抜きました。
局所麻酔をして、管を抜いて、穴を縫合してもらいました。

手術をした背中の傷は、大きかったので 何回かに分けて抜糸をしました。

そして、一般病棟に 移りました。

個室に入って、生還したのは私だけでした・・・だから、みんな びっくりしていましたが・・・

そこは、前年 父が見舞いに来てくれて、生前の父と 最後に会った部屋でした。

父が手術をしなさいって、言ってくれてなかったら・・・と、思うと改めて父に助けられた思いで 感謝の気持ちで胸がいっぱいに成りました。

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モルヒネが 無くなったら 痛みで寝られず・・・睡眠薬を飲んでも、全く眠れず・・・1時間おきには、痛みで目が覚めていました。

そんな日が、入院中の2ヶ月間・・・続いていたから、も~大変!

「先生~痛みは、いつになったら 良くなるんですか?」

「う~~ん、人にもよるけど・・・3年ぐらいかな~~」

Σ( ̄O ̄ ; )ナ!なんですと!!

「ゲ~~うそ~~3年も・・・」(開いた口が塞がりませんでしたよ)

「痛みは、少しずつ良くなっていくからね・・・」って、ホローする先生!

痛みは嫌だけど・・・生きているから 痛みも感じられるしね~それだけでも

「良し!」とするか! 良い先生にもめぐり合えたしね。うんうん!(^-^)

そして季節は、秋から・・・・冬へと、変わり始めていました。



明日へとつづく



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