”名も知れぬ人たちへ”・【転16】

・・・奇跡?起きてくれー・・・

妻は,もう車を運転することができない状態にある。
付属病院には2週間に一度検査に行く,またモルヒネを処方してもらう。
私は休暇をとり病院まで送る。前に言ったことを思い出す。
"車の運転がきつくなったら,俺が連れていくからな"って。
本当にそのとおりになってしまった。
妻の体は毒に犯されている・・・その毒を毒をもって,戦っている。

検査をしている間,私は病院内の理容室に言った。
理容室のおじさんから,
『さてと,どうしますか?』
と聞かれた。
『スキンヘッド・・・』

私は,学生のころ野球をやっていたから坊主にはあまり違和感をもっていない。
でも22年ぶりかな?久しぶりの感覚だ。
私の長い髪がゴソッゴソッと音をたてて,切られる。
最後に頭全体を剃られた,ゾリゾリと・・・。

毛糸の帽子を持ってきていた。最初から坊主にするつもりだった。
妻の髪の毛がすべて落ちる前に私が先に落とした。

帽子をかぶりながら,妻の元へ・・・。
『おと吉,どうしたの?その帽子?』
『・・・』
私は帽子をとった。言葉でガンバレと言えない,本人はいつもガンバッテいたから。
じゃーどうしたらいいのか?
行動であらわすしかない・・・そう思った。
『久しぶりにぼーずにしたよ,どうだい?似合う?』ってね。
妻は笑った。
でもそれ以上私も妻も話はしなかった。
私のこの気持ちは伝わったのだろーか?

・・・無言のガンバレ・・・
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