マルスの遺言

マルスの遺言

夢を夢見る



しかしそれは、誰もが陥りやすい落とし穴だと思う。
夢を夢見ているだけの本人はなかなか自分は夢を見てるだけだということに気づかない。そうして何人もの人たちが無為にとは言わないが、人生の貴重な時間を費やしている。

夢を夢見るのではなく、追いかけるということは、思いが「行動」につながっているということだと思う。
もちろん、することもなく友達の部屋に居候してぶらぶらと過ごしていた女性が、たまたま部屋にあった料理雑誌を読みつくして料理に興味がわき、料理研究家を志すようになった、ということはあるだろう。だが、その人の夢が始まっているのは料理研究家を志してからである。志した段階で、まだ料理の本を見てごろごろしているか、専門学校にでも通い始めたかの違いで、夢を「夢見て」いるだけか「追いかけ」ているかどうかが決まる。

同じようなことで、多くの人が気づきにくい落とし穴がある。
それは言葉では説明が難しい、心の中の「檻」とでも言おうか。人はそこから抜け出せないばかりか、そういう状況にいるとき、自分が普通ではないことに気づいていない。ダイエットもその一つだと思う。それからモラトリアム(夢を培養する期間だと思う)と呼ばれる青春期の孤独感。無力感。良くない恋に落ちた時もそうだ。誰かに虐められている時、人格を否定されている時。その相手がたとえ「社会」だとしても。逆に、対社会であればこそ、特に気づきにくいだろう。

分かりにくいので実例を挙げたいが、友人のことなので辛いし、説明が難しいので止めておく。

いずれにしろ、抜け出す道はまず「志」そして「行動」なのだと思う。
なにもわざわざ汚い世の中を見ろというのではないが(それよりも逆に、美しいものを見て見すぎるということはない)それには先ず、いろんな生き方、社会があるということを身をもって早めに体験しておくことだ。せめて知っておくことが必要だと私は思う。そうすれば、抜け道はいくらでもあると気づくはずだ。


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: