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大会中の事故と自己管理

大会中に起こりうる事故とそれを防ぐ自己管理
           JTUメディカル委員会委員長 竹内元一
はじめに
トライアスロン大会中に起こりうる事故と選手の立場でそれを防ぐために気をつけなければいけない点について、過去に国内の大会で起こった事例をまじえて概説する。
【スイム】
トライアスロンの水泳は河川、湖沼、海など自然の中で行われる競技ですから、当然気象条件(水温、風、波、流れ)などの影響を受けますが、個人の条件(基礎疾患の有無、泳力、体調など)も重要です。水泳中の事故は重大事故(死亡事故)につながりやすいので、特に体調管理には気をつける必要があります。過去に国内では10件11人の死亡事故があります。
1.低体温による障害
身体(特に頭頚部)を冷水に浸した際には、迷走神経の緊張を介して、極度の徐脈や重症不整脈を生ずることがあり、immersion syndrome とよばれ、水中における意識消失の原因となります。
2.入水前の過換気の影響
呼吸中枢は通常動脈血中炭酸ガス濃度PaCO2 の低下により刺激されるので、過換気を行いPaCO2 を低下させた状態では、息こらえを長時間持続することが可能となるが、呼吸促迫感のないまま運動による酸素消費が亢進し、低酸素血症から意識消失を呈することがある。これはhyperventilation-submersion syndrome とよばれ、中高年者を対象としたマスターズ競泳大会などでは緊張による過換気により、またシンクロナイズドスイミングでは水中の演技時間を延長する目的で演技前に過換気を行うことにより発生し、溺水の原因となる。過換気は故意に行われることも多いので注意が必要である。
3.錐体内出血による急性平衡失調
泳ぎの得意な人が溺れる原因として、これが重要であるとされている。呼吸のタイミングを誤るあるいはバトルなどが原因で鼻の奥と中耳を結ぶ耳管という細い管の中に水が入ることによって、水の栓ができ、それに引き続いて起こる水の嚥下運動などにより、水の栓がピストン運動を起こし、また外耳からの水圧の影響も加わり、鼓室内圧の急変を生じ、毛細血管が破綻して、錐体内出血を起こすことがあります。そうすると、錐体内部にある、三半規管は急性循環不全を起こして、平衡失調すなわちめまいが出現します。泳ぎの上手下手に関係なく、これが起こると、めまいのために息継ぎがうまくできなくなり、溺れてしまいます。これによる事故を防ぐには次の6点が重要です。
1)かぜ気味の場合、耳管から鼓室に水が入りやすい。
2)耳鼻咽喉科に疾患のある場合
3)飲酒酩酊時(酩酊時には神経系統の総合的反応鈍磨があり、耳管から水が入りやすいし、また急性循環不全を生じやすい)──以上の状態のときは水泳をしないこと。
4)水泳中は口から息を吸い、鼻から息を出すこと。(鼻から水を吸い上げると耳管に水が入りやすい)
5)耳栓をするより、鼻栓をした方がよい。
6)鼻から誤って水を吸い、気分が悪くなった場合は、直ちに水泳を中止し、水からでること。錐体内出血そのものは致命的なものではなく、めまいが起こるだけで意識がなくなることもありません。めまいはしばらく続きますが、1~2週間で出血は吸収され、めまいも徐々におさまります。問題はそのときパニック状態となったり、泳ぎ続けようとするために、うまく呼吸ができずに溺水による窒息を引き起こしてしまうわけです。
4.基礎疾患あるいは救急疾患の発症
水泳競技中にその人がもともと持っている病気が発症することがあります。例えば、喘息のある人が喘息発作を起こしたり、てんかんのある人がてんかん発作を起こして意識を失うことがあります。その他中高年者の虚血性心疾患の発症や、肥大型心筋症、冠動脈走行異常、不整脈、大動脈瘤破裂などもともとある基礎疾患がたまたま競技中に出る場合があります。これらは陸上では止まって休むことで回復可能な場合もありますが、水中ではこれらに引き続いて溺水による窒息を起こしてしまいます。これらの基礎疾患については、大会前の健康診断でみつかるものもありますが、普通の健康診断ではわからない場合もあります。
【バイク】
大会中のバイク事故では死亡事故は起こっていないが、練習中の事故では死亡事故も起こっています。基本的には自転車乗車中の交通事故ということですが、練習中の事故も含めて述べたいと思います。いったん起こってしまうと取り返しのつかない障害が残る場合がありますので、交通ルールを守り、コースに合わせた減速が必要です。
1.頭頚部外傷
練習中、前方不注意、エアロポジションでの乗車、ヘルメット無着用などにより、起こりうる。練習中止まっているトラックにエアロポジションで激突してなくなった人もいます。頭部陥没骨折、頭蓋底骨折、脳挫傷、頚椎骨折などで即死する場合もありますし、側頭骨骨折で慢性硬膜下血腫をつくり、何日かしてから症状が出る場合もあります。
2.内臓損傷
肝破裂や、肋骨骨折による肺損傷などがあります。表面に傷がなくても内臓損傷を起こしている場合があります。肝、腎、脾臓などが裂けると腹腔内に出血が起こり、しばらくして血圧が低下し、ショック状態となります。また肺に傷がつくと肺から空気が胸腔内にもれて、肺が縮んで呼吸困難が出てきます。
3.脊髄損傷(脊損)
脊椎の骨折が起こるとその後ろにある脊髄がそこで横断されて、下半身麻痺がおこることがあります。麻痺のレベルは障害部位によりことなりますが、これが起こりますと一生車イス生活となります。
4.骨折
多いのは鎖骨、手指骨です。
5.擦過傷
これは恐らく誰もが経験する外傷でしょう。
バイクでの事故は少なくとも4,5のレベルでとどめること。
【ラン】
ランに入って起こる事故で最も重大なものは、脱水症あるいは熱中症とそれに続いて起こる多臓器不全です。過去に4件の死亡事故が報告されています。
1.熱中症
熱中症は体温が上がりすぎたために身体の中の代謝がうまくいかず、全身の臓器の機能障害が起こるもので、重症の場合多臓器不全から死にいたる。脱水状態がそれをさらに悪化させる。身体には血管を広げたり、汗をかいたりして体温を一定に保つ機構が備わっているが、高温多湿などの気象条件により、それがうまく働かずにどんどん体温が上がってしまうことがあります。体温が42℃を超えると身体の中の化学反応はストップしてしまいます。最後は痙攣、意識障害が起こってきます。予防は水分の補給と炎天時には帽子を被ったり、途中水を浴びるなど体温を下げるように気をつけます。
2.横紋筋融解症
激しいスポーツで横紋筋が融解して生じたミオグロビンが腎臓の尿細管につまって急性腎不全が起こる場合があります。全身の打撲など、広範な筋肉の挫傷後に発症する疾患で、まだトライアスロン競技での報告はありませんが、起こる可能性はあります。尿が出なくなるため尿毒症の状態となりますので、腎機能が回復するまで透析が必要になることもあります。
おわりに
気象条件など、不可抗力の場合もありますが、トライアスロン競技中の事故の半分以上は、選手自身の自己管理によって防げると思います。トライアスロンは命をかけてまでやるスポーツではありませんし、無理をして障害を残してしまっては、何にもなりませんので、次の機会に期待してリタイアする勇気も必要です。



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