旧い映画を楽しむ。なでしこの棲家

旧い映画を楽しむ。なでしこの棲家

≪秋津温泉と浮雲≫≪辻が花≫



   1.吉田喜重監督の≪秋津温泉≫
   2.中村登監督の≪辻が花≫

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1.吉田喜重監督の≪秋津温泉≫

書きはじめたころに
≪浮雲≫を取り上げました。
太平洋戦争を挟んで抜き差しならない間柄になり
腐れ縁だけでは済まされない男女のやるせなさを
描いた秀作として紹介しました。

今日、紹介する作品と比較してみたくて、ある作品を
取り上げることにしました。

純粋な出遭いをした男と女が、戦後の混乱期のなかで
その思いがすれ違っていく様をある温泉旅館を舞台に
繰り広げられる
≪秋津温泉≫.
ヒロインを比較してみたいと思います。

≪浮雲≫はもちろん林芙美子の名作だからもともとしっかりとした
ストーリー構成があるし、秋津温泉は
藤原審爾(藤 真利子のお父さん)の作品で、
原作を読んでいないからなんとも言えないが
あくまで映画としてみていくことにしました。

比較する前に
とりあえず秋津温泉のストーリーを紹介しましょう。


戦時下、東京の大学を出た周作はいく当てもなく疎開列車の中にいた.
死に場所を求めていた彼は貨物列車の上で気分が悪くなり、
横にいた女性が秋津温泉で女中をしているということで
そこに連れていってもらう。

しかし、その夜周作は血を吐いて倒れ、
往診に来た医者にも見放された.

旅館の娘、銀子は周作を離れに移し一生懸命看病した。
結核であった。

終戦を迎え、日本が負けたことに心の底から
悲しみをあらわにして泣きじゃくる銀子に周作は
力いっぱい彼女を抱きしめた。

周作の病は見る見る快復し、裏山を二人で散歩することに、
戦争が本当に終わったんだと幸せを実感する銀子でした。
周作には長年彼が作家として成功するまで
彼を養っていた女性ーーがいた。

しかし周作は銀子にことあるごとに一緒に死んでくれと言う。
持病が治らないと思っている周作はこの先の希望がないのだ。
病への絶望か、妻となる女性がいるのに、銀子を愛してしまった
ことへの悔いか...。いや、生きることそのものへの
絶望だった.

銀子は天真爛漫のような性格であるが、一方で
繊細さも持ち合わせる娘である.

ある日本当に一緒に死のうと川渕に行く。
紐を出して死のうとするが突然笑い出す、銀子の
明るさに周作も釣られて笑ってしまう。

旅館商売を嫌う銀子であったが、
若女将として旅館の跡を次がねばならない。
母親は周作とだけは一緒にさせたくないと、彼女がいない間に
周作を別のところで養生するように追い出した。

周作の女癖の悪いのを見抜いていて、銀子には
見合いをさせて落ち着かせようとしている。

周作の書いた小説が何々賞だかを貰った.
学生の頃から彼を養っていたある女性と周作は結婚した。
岡山にいても面白くない周作はまた、秋津温泉にやってきた。

強がりは言っても彼の来るのを毎日待っていた彼女である。
母親も亡くなり、今では名実ともに銀子は旅館の女将となっている。
久しぶりに会う周作は知り合った頃の周作ではなかった。
自堕落で酒浸りで芸者にだらだらするかれに銀子は
それでも周作を愛して諦めることなど出来ない
自分が情けなかった.

あの離れに今は銀子が住まいしているが、
訪ねて来た周作を中には入れなかった。
”あの時死ねば良かったのよ!”とひとり呟いて。
周作が結婚したことを知った銀子であったが、
取り乱すわけでもなかった。

しかし周作の妻がどんな女性か気になる銀子。
聞けば気が楽になると思った。

周作は銀子に愛を押し付ける一方である.
銀子は愛しながらも彼に対応できない.

あの周作の優しさは勝手な押し付けでしかない!
無責任な男の愛に振りきれないが向き合うことも苦しい銀子.

銀子は自分の気持ちとは裏腹に良い子を演じる。
妻から彼を取ることも出来ない。また、したくもない。
結局、自分に残ったのはこの秋津荘だけだと悟る。

周作は今をときめく流行作家となっている。
銀子の存在を妻が知る。

妻も気丈な人で夫を自分勝手だとののしるが
銀子を責める気もない。

銀子は何年に一度会いに来る周作に会えるだけで良い.

病気から立ち直って一生懸命に生きてくれることが
自分が生きることだと思っている銀子.

離れていても一緒に一生懸命に生きているはずであったが
今目の前にいる男は
あの頃、ここで蘇ったあの周作ではない。

しかし、心と身体は相反する。

銀子は嬉しい時、悲しい時、温泉に浸かる。
嬉しくて温泉に浸かっている間に、また周作は姿を消した。

追っかけていく銀子.

全く何を考えているかわからない男である。
まるで意志のない男に銀子一人が空回りをしている風にしか
映らない。

銀子は意志を持った女性でありながら、何も求めず、
何かを吹っ切るように愛を周作にぶつける.

たった一日、津山で初めてのデイトをして、駅まで来たが
思いつめた銀子は冷ややかな目で周作の後姿を見つめる。
彼の腕を引っ張りその夜、津山に一泊することに。

しかし、何の進展があるわけでもなく、
幸せに酔いしれるわけでもない。
二人の顔には苦渋さえ感じられる。

明くる朝、岡山行きの周作の乗った列車を見送る銀子.

東京へ出た周作は生活も向上し、相変わらず、
新しいデパートのマネキンの女性にチョッカイを出している。

ひとり、結婚もせずに秋津に暮す銀子.
旅館も手放し、隠遁生活をしている.
もうなにか決心しているかのように.

忘れた頃にまたやってきた周作.
銀子の表情には何の感情も表れない。
達観しているようだ.思い起こせば出遭ってから17年。

東京へ帰ると言う周平に銀子は周平に狂ったように
一緒に死んでくれと言う。

今の周平にはそんな気はない.
尋常ではない銀子の様子にびびる周平。

思いつめた銀子はそのまま裏の川へ向かって...。

左手首にかみそりを当て、そのまま...川原に倒れる。

胸騒ぎで引き返した男は傍で泣き崩れる。

”何故、死ななきゃならないんだ”
銀子を抱えて川渕を歩く周作.
桜の花びらがはらはらと舞う中を..。

バカタレ!と言いたい。
これだけ愛してくれた女性の気持ちが分からんとね!

さて、だらしなくて自堕落で、無責任という男性像として
あの浮雲の 森さん と同じですが、
この銀子は、高峰扮するヒロインと大きく違うのは
危険だ、不幸になるとわかっていて、もっと高い次元から
男を愛していることだ.

最後に一人で死ねるということはそれだけ強い信念が
あったと思うのだ。
浮雲の高峰は自分の意志ではなく、どんな状況でも
男について行くしかない、惰性で生きている哀しい女性であった。

しかし、共通するのはついていってついていって、
屋久島と言う果ての地で病に倒れ一人淋しく死んでいく
ヒロインの遺体のそばで背を丸めて号泣する森。

女を理解できずに刹那的に女の愛を利用して、
目の前で死という復讐をやってのけた銀子の前で同じように
泣きつく周作の哀れな姿である。

自分の意志で愛し、生きた銀子、
男の行くままについて行って身体を壊して恨み言もなく
死んでいく高峰。

この秋津温泉は岡田茉莉子の企画で作られた映画です。
浮雲にも彼女は助演していました。

観ていて明らかに浮雲を意識して作られた映画です。
秋津温泉は原作を読んでいないのでがわからないので
深くは言えませんが.

温泉に入浴するシシーンとしてはあの≪浮雲≫は
最高のシーンとされています。

これも意識してか何度も何度も出てきてちょっとやりすぎ?
という感がしないでもない。

しかし、この作品、これはこれで非常に良く、緻密に
描かれていて、ーー浮雲ーーと比較するのも面白いです。

今こういった作品を観て古臭く感じられるかもしれないが、
ストーリーというものは決して定型的なものではなく、
時代の動きの中に生きて動くものであって
そういう目で観ると時代を超えたものというものではなく
この時代そのものであるということである。

成瀬監督が描いた殆どの女性は生々しい女を描いて絶品の
林扶美子の作品について言えば、
そのヒロインに同情するでもなく、
怒るでも、声援するでもなく、淡々としてありのままを描いている。
それはもう...成瀬の作品に登場する女性への眼は
芸術家の眼である!

秋津温泉はその反対に吉田監督はシャープな切り口で
スカッとするエンデイングとなった.

制作  松竹  1962年度
監督  吉田喜重
出演  岡田茉莉子/長門裕之

お着物好きの方には最高です。
岡田茉莉子さんがまだ初々しくて、
柔らかな着物がふんだんに出てきますヨーー!


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2.≪辻が花≫

ーー辻が花ーー
室町時代、安土桃山時代、武将が戦場に出向く時に
鎧の下に着る小袖や下垂れに好んで使われたー辻が花ーー武将たちの
想像の幻の花である。
江戸時代にはいつのまにか消えてしまった.
技法のことは知らないが、お着物を召される方は
一度は目にしたことがあるだろう.

どなたかだか、作家の方が再現してひところ話題になったが
大量生産の某メーカーが振袖用に発売して以来ーーもちろん
本当の技法ではなく柄だけを真似たものだがーー
安物の代名詞のようになり、また毒々しい色で、
辻が花の格が落ちてしまっている。

この映画のトップシーンで
岩下志麻は、”緋”のような真っ赤な無地の長着に
抹茶色の地色に描かれたというか技工されたというか
ーー辻が花ーーの帯を締めた姿でど肝を抜きます.

好き嫌いは別として、うわーっと思ってしまう。

映画の中でお召しになる着物はあの≪彼岸花≫、≪秋日和≫で
紹介致しました鎌倉の”浦野工房の浦野理一さん”の
紬、帯で着飾ってくれます.

緋の長着には縞(黒、グレー、生成りの割と大きな)の
長めのコートを羽織ります。そう2尺6寸位の長めのもの.

製作  松竹  1972年作
監督  中村 登 
出演  岩下志麻/佐野 守(関口 宏の弟)
    中村玉緒/岡田英次/笠 智衆/松坂慶子
撮影  川又 昴
音樂  佐藤 勝
衣装  浦野理一
原作  立原正秋

どうだろう?
同じ衣装担当者の着物を全女優さんが着ていて画面から
香ってくるものは小津監督のものと変わらないはずなのに
全然違う。

それは着物だけ同じでも監督の感性が違うから.それと
これがまたややこしい恋愛ものだからだ。

ストーリーに関して言えばもともとこの種の作品は私は
本であれ、映画であれ好きな方ではないが、

≪着物≫を読みたいし、観たいだけのことだ.

グレー系の着物に深緑の無地帯。
紺地にはワイン色と赤の帯、〆は帯と同色でしているから
野暮ったくない.
蘇芳色の長着にはカラし色の無地帯.
茶の久米島紬風の長着には紫の無地帯.
帯揚げは必ず生成りだ.
ローズ色の小紋にからし色の無地帯

立原正秋という作家はご本人が着物が好きで女性を描いた作品
が多いがその殆どが和服で登場する。
着物への造詣が深く読まれた方はご存知のはずである.
それほど彼の作品を読破したわけではないが知っている限りは
そのようだ。

最近雑誌などでお嬢様を見かけますが、
彼が生前彼女に誂えて残してくれたお着物が一生分あると
おっしゃっていた。
≪春の鐘≫、≪紬の里≫にしても紬の織りに携わる
女性のものや、紬を愛して着る女性が描かれている。

この映画でもヒロイン夕子は着物に携わる仕事をしている。
立原が好んで使う鎌倉が物語の舞台である。
夫と離婚した夕子(志麻)と
親戚の年下の青年 史郎とのつかの間の激しい恋物語。

史郎には将来もあって親達は縁談を勝手に進めている.
夕子には再婚話が進んでいる。
が、夕子への慕情が断ちきれず、また夕子も30を過ぎて
自分の意志もなく再婚していくにはあまりに淋しいと...

史郎との四日間のたびに出て、自分を焼き尽くしてしまおうと
する。史郎は縁談を断ってでも夕子と結婚したいと思っている。
この旅行に夕子は幻の花ー辻が花ーの帯を締めていく。
激しい恋情を現すかのように.

世間の目もあって、二人のことを知った史朗の母親は夕子を
たしなめる.
一度は史郎と死んでも一緒になると硬く決心を
するが....
味方、理解者は足の不自由な義弟だけだ。
夕子が年上だというだけで周囲は反対する状況を
義弟ははかなげで支えていないと倒れそうな夕子に優しく諭す。

夕子は仙台へ嫁ぐ決心をする.
年下の史郎と一緒になれば先々悩むからと史郎に心無いことを
告げる。
真っ赤な着物に辻が花の情熱的な装いで。
この心理はあのフランス映画≪さよならをもう一度≫の
バーグマンとパーキンスと重なりますね。
女が先に年をとりおばあちゃんになる.
まー分からないでもないが.

仙台へ嫁ぐ決心をした夕子は辻が花の帯を 貰った母へ返す.
”どなたにも差し上げないでね”..と.
想い出の帯は見ると辛いのだ
史郎にも告げず、発って行った.  心を鎌倉へ置いて。

史郎は事実を知って、仙台へ夕子を訪ねるが、
そこには楽しそうに笑っている夕子と家族がいた.

夕子32歳、嫁いだ相手は40後半か?
私の眼にはこの再婚相手のほうが素敵に映ったが
これも自分の年を感じてしまった!ーー爆笑ーー

全編女優さんはお着物である.
志麻さんの一番美しい時でもある.
志麻さんは普段は紬系の着物に無地の帯であるのは
辻が花を主張する為の意図であり、
この帯がこの恋の全ての目撃者であった....おわり.











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