旧い映画を楽しむ。なでしこの棲家

旧い映画を楽しむ。なでしこの棲家

溝口健二≪雨月物語≫≪近松物語≫


   溝口監督作品
1.≪雨月物語≫
2. ≪近松物語≫

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 1. 溝口健二の『雨月物語』

黒澤明と並んで最も世界的評価の高い溝口健二監督。
上田秋成原作の古典怪奇小説集『雨月物語』をヒントに
川口松太郎が創案し、日本的情緒に満ちた幽玄の世界を
描き出した名作です。

しっかりした時代考証と、リアリテイーと妖美と様式美とを
限りなく作りだし、その映像を宮川一夫が美しく映し出しました.

カメラの専門用語は私は存じませぬが、あのもやのかかったような
ソフトタッチの画面が幽玄の世界へと導いたのだと思っています。

主人公、源十郎を誘惑する若狭の表情や動きは
能を思わせる印象的な演技でございます。

ともあれ、まずは、ストーリーから参りましょう。

陶工源十郎.....森 雅之
その妻.....田中絹代
弟.......小沢 栄(英太郎)
その妻.....水戸光子
妖怪若狭....京 マチ子 

羽柴秀吉と柴田勝家の戦いの後、琵琶湖付近の山野一帯は
焼き尽くされ、不安と荒廃の極地でございました.

琵琶湖のほとりに住む源十郎は、今まで作って溜めておいた
陶器を京都で売りさばこうと妻と子と弟夫婦を連れて
京へのたびに出るのでございます。

しかし途中で妻子は戦火が怖くて、
子を連れて村へ引き返してしまうのです。

弟藤兵衛は妻を捨て、
羽柴勢に立身出世を夢見て紛れ込んでいきました。

平和な世の中であればこういったことは、
とうてい考えられない事態なのでございますが...

ひとり京へ向かう源十郎は、旅の途中のある城下町の市で、
陶器を並べて売り始めたのですが、
目の覚めるような夢かと見まがうほどに、美しい女人が
目の前に立ち、
沢山の陶器の注文をくれたのでございます。

彼は大喜びで女人の申しつけ通りに栃木屋敷という所へ
陶器を運んでいきました。

その屋敷の主である若狭と名乗る女人から
山ほどのもてなしを受け、
酒も程よく回り、若狭の妖しい媚びに、身も心もシビレ
彼は若狭のとりこにになってしまったのでございます。

かたや、戦場で手柄をあげ、出世の機会を狙っていた
弟藤兵衛は見事、兜首を拾い、侍に出世しまして、
馬にまたがり、街を行進する折に遊女に身を落とした
捨てた妻、阿浜とめぐり合い、自分一人の栄光だけを
願った己の愚かさを思い知らされたのでございます。

阿浜は身を持ち崩したわが身を夫に見られたことを恥じて、
自害してはてるのでした

毎晩毎夜、夢かまぼろしかと思うほどの快楽の隙間に
町へ出た源十郎は、ひとりの老僧から

”お主には死相が現れておる”とつげられ、僧から貰った
呪札を栃木やしきへ持ちかえりました.

するとそこには美しい女人の変わりに、
おぞろおぞろと白骨が転がっていたのでございます。

源十郎は背筋に寒さを覚えました。肌のしびれるような、
冷たい妖気を背中にぞぞーーっと感じるのでございました.

この屋敷は、織田信長に滅ぼされた栃木一族の
死霊の棲みかだったのでございます.

悪い夢から覚めた源十郎は呆然とし、われを忘れて急ぎ
離れた村の我が家へ立ち戻ったのでございます。

その我が家も戦火を受け、難を逃れたものの、
荒れ果てていました。
久しぶりに妻と一夜を明かし、夜の帳がとけ、
朝の光が床を照らし始めるとそこには
だれひとり生きた人間はいなかったのでございます。

昨夜迎えてくれた筈の妻は夫とわかれて村へ帰る途中で
敗残兵に刺されてとうにこの世の人ではなかったのでした。

人の世の無常、幸せというものはもはや、彼の周りには
なにも残っていません.

あるのはただ、戦渦の荒れた土地だけでございます.
源十郎は妻、宮木と若狭の霊を弔い、
村でまた、陶工となって、黙々と土をこねるのでした。

彼の行く方向はそれしかなかったのでございます。
そして彼の傍らには、夢破れた弟が一緒に
土をこねているのでございました。

読み終わって怖くなられた女性の方もいらっしゃるでしょうね。
サスペンスの苦手な方なぞ.
なんだかむなしい、人の世の無常....

平凡な暮しがいかに難しいか、いかに幸せかの
裏返しでございますね。

よく人は、”何か良いことないかしら?”という言葉を使います。

良いことってなんでしょうね?
変わったこと?ドキドキすること?
なんにもしないで、棚からボタ餅はないでしょうが...と
お答えすることにしている。

毎日、平凡に暮すなかでなにかに打ち込んでいる人は
”なにか良いことないか?”なんて言葉は出てきませんよね。

主人公たちはみんなはかなくて、不気味で、愚かで、
まるでわたしたちの心の奥に潜む正体のように思いませんか?

原作の怪奇性もたっぷりと描かれ、楽しめ、しばしの
幽玄の世界へ入り込みましてございます.

白黒の濃淡を巧みに生かし、邦画独特の映像様式美をたっぷりと
味わえる
これぞ溝口映画でございました.


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2.≪近松物語≫

旧い日本映画の作品を60作ぐらいをテーマに書いていたのですが
楽天さん、全部削除なさってる。

よって、旧い洋画のテーマに書き込む事にします。

溝口健二監督の ≪近松物語≫.

≪雨月物語≫や≪西鶴一代女≫に勝るとも劣らないと
わたくしは思っております。
緊張感に満ちた愛の昂揚を描いてすがすがしい.

総師屋という店の内儀...
お部屋様と呼ばれているおさん(香川京子)
その手代茂兵衛(長谷川一夫)

ケチで傲慢で情のない主人に嫁いでから
笑った事があっただろうか。
おさんは優しい、控えめな女性である.
実家の兄が金のむしんに来た事で胸を痛めていた。

主人は下働きのお玉(南田洋子)にも言い寄っていて困った
お玉は茂兵衛と言い交わした仲だと嘘をつく。

ある日おさんの困ったのを見かねた茂兵衛は
今で言う私文書偽造、つまり主人の実印を勝手に使おうとした、
しかし,思いなおして主人に詫びるが、主人はお玉の事もあって
決して茂兵衛を許さなかった。
屋根裏に閉じ込められた茂兵衛はここを出て上方へ行こうと
お玉の部屋に別れを告げに来た。しかし、そこには
おさんが寝ていた。

夜這いしてくるあるじをとっちめ様としたのだが
運悪くもうひとりの手代に誤解され、
濡れ衣を着せられたまま店を飛び出る。

おさんは主にわけを説くが聞こうとしない、
とうとう嫌気のさしたおさんも店を出てしまう。
ここまでは疑惑であり二人の間に憎からずと思ってはいても
愛などなかった。

偶然あったおさんと茂兵衛は結局、一緒に旅立つ。
追っ手は密に迫る。何故なら公にすると、不義密通者を出した
かどで、店はお取りつぶしになるからだ.

しかし、この取り潰しを狙う商売敵も手代を抱き込んだりと
話しはややこしくなってくる。

茂兵衛の実家もおさんの実家も巻き込んでしまう。
しかし,最初は愛も芽生えてないただの主人と手代だったが
逃げる旅路で次第に二人は一時も離れられないほど
愛し合うようになるのである。
ラストはふたり裸馬に乗せられ、市中引き回しとなるわけだが
このときのおさんの安らかな笑みが痛々しい。
茂兵衛も晴れ晴れとしている。

もう離れなくても良いからだ.

疑惑を事実にさせてしまったのは他ならぬあるじである.

周りのものが目に入らなくなるほどの愛.
家族や家のことなどもうどうでもよい
その理性を失った、転がるように道行の運命に身を任せる二人.

随所に名場面があり、映像の美しさを堪能させてくれます。
茂兵衛がおさんを肩に乗せ、湿地を渡る場面や、
小船で愛を語るシーンは墨絵を思わせる、宮川一夫のカメラが
絶品です.

効果音も抜群で、特に拍子木の効果は歌舞伎を意識してかつ
成功している。

抑制の利いた完成度の高い作品となっています。
チャンバラスター長谷川一夫の唯一の芸術作品出演映画である。

制作  大映  1954年度
監督  溝口健二
撮影  宮川一夫




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