Laub🍃

Laub🍃

2010.07.09
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カテゴリ: .1次メモ
 はっ、はぁ、はぁ、はぁ、

 常にはないほど僕は緊張していました。
 何せ心臓の鼓動が聞こえないのです。走っても走っても僕の体は冷たいままなのです。

 桃色の温かそうな靄に包まれても霧の冷たさが僕を濡らし体を重くしていきます。
 堪りかね足元を見下ろすと鏡のように澄んだ湖面から僕が見返します。
 片目に薄汚れた包帯を巻いた男。感覚のない腕は妙に短く、僕は背筋が寒くなり目を逸らしました。

 会いたい。兄ちゃんに会いたい。

 脚の悪い兄は徴兵されませんでした。
 近所の白い目を、僕が払拭できると思い僕は赤紙を喜んで受け取ったのです。



 記憶を手繰れば焼けつくような痛みがよみがえります。けれど温かさはどこにもありません。

 どういうことでしょうか。僕は死んでしまったのでしょうか。

 上官どのに言われ久しく使われていなかった涙腺がみっともなく緩みます。

 ああ、兄は、兄は元気なのだろうか。

 僕はひたすら蜘蛛の糸のような時折触れる温かみだけを導に走ります。
 つきんつきんと触れればその瞬間だけ鼓動が蘇るのです。

 母は病で、父は戦でいなくなってしまった。
 そうして僕も帰ってはこられないのでは、兄ちゃんに申し訳が立たない。

 必ず帰ると、
 だから兄ちゃんも絶対に生きていてと、精いっぱい弟らしく、そうして精一杯大人ぶって言ったのですから。


 暫く走っていると、靄の色が黒くなりました。



 心なしか肉感をましてゆく霧の色。ぐむと音を立てながら押し返してゆきますが、体は言うことを聞きません。
 それでもなんとかそこを通り抜け――――


 ふいに、僕は緑の海に飛び込みました。

「え…」

 訳も分からず周囲を見渡すと、ふいに頭を硬いものにぶつけました。



 窓です。


 こん、こんとそれを恐る恐る叩いてみると、緑の靄の向こうで何かががばと動きました。

「……!」

 そこには部屋があるようでした。僕から見ると暗いそこはよく見えませんが、そこに居る誰かが必死に話し掛けてきています。

「だれ」

 言葉を発します。けれど、何故かそれは泡になって上へ消えてしまいました。

「ああ、竹二、竹二」

 もがもがと聞き取りづらい声でしたが、その声は確かに僕を呼んでいました。

「…兄ちゃん?」
「待っていろ、今、出してやるからな」


 まさか、僕は知らぬ間に病院に運ばれていたのでしょうか。
 敵兵と見え銃を正面から撃たれ、「見捨てて行け」と言われた記憶は。夢だったのでしょうか。

 上井がやはり戻ってきて拾ってくれたのでしょうか。後で感謝をせねば。

 そう思いながらも僕は僕にされていくことを黙ってみておりました。
 いくつも繋がれた血管のような管、満たしていた緑の靄は新しい技術でしょうか。
 数か月のうちに随分と発展したのだなと思っていると、うぃいんと音を立て硝子の壁が下がってゆきました。

「……誰だ?」
「…分からないよな。……お前を治すのに、何年も、何年もかかったんだから」

 どこかで見た気のする老人は哀しげに微笑みました。




*******



脳味噌のかけらになってたのを敵兵だか現地の人だかが拾って保存してたのを兄ちゃんが怪しい商業やら裏金作りやらに奔走して大枚はたいて貰ってきたのをまた大枚はたいて復活させたよ!





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最終更新日  2015.09.30 21:05:18
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