Laub🍃

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2011.06.20
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カテゴリ: .1次メモ
「今日からこの体は私のものよ」

 家の近くで拾った人形を愛でていたら、ある朝その子がそんなことを言い出した。
 なんてことだ、さおりちゃんは喋る人形だったのか!

 いや、今までも少し、さおりちゃんから声をかけられていたような気はしていた。けれど、適当な相槌くらいしかしてはこなかった。
 それは一人ぼっちの時間が長すぎた私の空想上のものかと思っていて、本気で返事などしたことはなかったのだ。
「ねえ、聞こえてる?」
 それは無視するにはあまりに大きくはっきりとしていて。

 だから慌てて声を出そうとした。

 ……え、嘘。声が出ない。喉を抑えようとした腕もぴくりとすら動かない。何で?


『え?』

 心の中で返事すると、さおりちゃんが顔を歪める。いつの間にか私にそっくりになっていた顔で。

「持ち主に日ごとに似てくる人形の話を知っている?」
『…ううん』
「貴方って本当に無知ね。馬鹿ね。まあ、だからこそ扱いやすかったけれど」
『ひどいなあ』

 さおりちゃんがこんなに口の悪い子だったなんて驚いた。

「……私は、その人形よ。あなたに段々似ていって、そっくりになった日には、貴方と体を入れ替えてしまうの。どう?ぞっとしたでしょう?でも駄目よ、もうこの体は返さないわ」
「……」
「びっくりして思念も発せない?まあ無理もないわね。ふふ、その自由の効かない体に居るのが嫌なら、私がこの近くに捨ててきてあげるから、誰かに拾われるのを待てばいいわ。拾ってくれた人と一か月も一緒に居れば、その人の体を奪い取れるようになるから。それまで気味悪がって捨てられたり燃やされたりするかもしれないけど、必ず治るから、痛くても我慢するのよ。じゃあね」
『説明してくれるなんて優しいね、さおりちゃん』


 何かを振り捨てるようにそう言って、さおりちゃんは玄関の扉を開けた。


「ここは良い所に建っているわね。深い森に綺麗な泉。鳥の声もどこからか聞こえてくる」
『そうだね、ねえ、さおりちゃん。一緒に暮らせないの?』
「やーよ。そうしたら、今度は私があなたに体を奪われちゃうんだから」
『残念だなあ。さおりちゃんとの暮らし楽しかったのに。私はさおりちゃんが喋っても、捨てたり燃やしたりなんてしないよ。どこかに行きたいって言ってくれれば、森の中なら私詳しいから、連れて行ってあげられるし』

『そんなぁ』

 さくさくふわふわと苔や枯れ木を踏みしめ大木の幹を飛び越えて、さおりちゃんは家から遠ざかる。

『ねえねえ、さおりちゃん』
「何よ。雑談はいい加減にしてもらえないかしら、あなた前から独り言が多くて気味が悪かったけれど、更に悪化したわね。私が一喋ると十喋ろうとするんだもの。私はこれから自由になるんだから、あんたの相手なんてしてらんないの」
『森から出ようとしてるの?』

 雄弁なのはさおりちゃんだ、自分がかつてされたことをなかなかできないでいる。

「そうよ、森の中に居たらあんたみたいな人形、すぐ髪の毛虫に食われちゃうんだから」
『私もさおりちゃん森の中で拾ったんだけど』
「お情けよ、あんな所よりはまだましな、人目に付きやすい所に連れて行ってあげるって言ってるの」

 やっぱりさおりちゃんは優しい。

『でもね、それは無理なんだよ』
「……なに、これ」

 気付けば空は赤くなっていて、葉の影は黒く染まっていて、景色は随分と様変わりしていて。

 それでも見慣れたそこを見間違えることなんてない。

『だってここは、封印されているから』
「……なんで…」

 吸い込まれるような闇の中建っているのは、あがくように光を反射し続ける白い建物。
 私の、私達の家。

『私もね、さおりちゃんと同じように捨てられたの。災いを齎すからって。
 でも、殺すのも、酷い扱いをするのも、それをした人と、その一族にわけのわからない呪いを飛ばすことになるらしくて、私この森に封印されたの。この森に一度足を踏み入れると、出口に触れるごとに、違う出口から入ってきてしまう。だから、外側から投げ入れられるものぐらいしか、私は世界を知らない。さおりちゃんが来てくれて本当によかった』
「……」
『さおりちゃん以外にもね、沢山想いの詰まったものとか、呪いがかけられたものとか来るんだよ。でもみんな何日か経つと居なくなっちゃうんだ。』
「それって……」
『私に攻撃して来ようとしたとたんにね、みんな死んじゃうの。さおりちゃんは、【私】になり切ってたから死なないでいてくれたんだろうと思う』
「嘘でしょう」
『さおりちゃん、これからずっと、この森で』





仲良くふたりぼっちで暮らしましょう。





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最終更新日  2015.08.04 16:42:04
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