Laub🍃

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2011.06.21
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カテゴリ: .1次メモ
「誰だお前」

 お前こそ誰だ。

 突然部屋に上がり込んできて何様だお前。

「いや、お前こそ誰だ」
「前にここに住んでた奴はどこだ」
「あれ、ああ、もしかして前に住んでた人の彼氏さん?海外に行くからってことでこの部屋託されたんだけど…聞いてない?」
「聞いてない。あと彼氏じゃない」

 じゃあ誰だよ。

「あいつの知り合いだ。……託された時に何か伝言とかもらってないか」



 そう言えばだれが来ても追い返してくれ取り合うなって言ってたような気がする。
 でも、玄関鍵かけてた筈なんだけどなぁ。鍵も物騒だからって、俺が入居する前に取り換えてくれたって言ってたのに。嘘だったのか?
 つーか誰だこの人。前の入居者に金貸してたとか?

「すみませんが、覚えてません」
「チッ」

 舌打ちが妙に決まってる。怖いよ。

「仕方ない、お前でいいや。おい、今日から毎晩手料理持ってくるからな、絶対にこの時間家に居ろよ。逃げたら承知しないからな」
「ええー…」

 その日から俺の苦難が始まった。


「おい!なんで昨日は家に居なかったんだよ!」
「学園祭の準備で学校に泊まってたんだよ。細かい作業が意外と終わらなくて」

「ええー……」

 そう、理不尽に言われたり。

「なんで昨日知らない奴が泊まってるんだよ、声掛けらんないだろーが!」
「俺の勝手だろ!」

 意外とやつがシャイなことが判明したり。


「……ファービーに何びびってんのお前」
「ファービー!?そういう名前なのかこいつ!!畜生、何でお前呼んだのに助けに来ないんだよ!こいついちいち絡んできて怖いんだよ!」
「えええー……」

 俺よりもアホなことが分かったり。


「……あのさー、お前……一か月でいい。一か月でいいから、一人で夜12時過ごしてくれないか?」
「えー、俺寂しがり屋だし、ここ大学から近いから遠距離通のやつ泊めるのに丁度いいんだけど」
「た の む か ら !!!」


 そんなことを言われても、素性もろくに分からない奴にそんなこと言われる筋合いないんだが。

 因みに飯はおいしい。毎回味が変わるから、まるでどこかのお宅の冷蔵庫から勝手に惣菜やら作り置きのシチューやらを持ってこられたような感覚だが。

「つーかお前誰だ」
「……れいだ」
「礼田?」
「あ、ああ、それでいい!そう、俺の名は礼田!れいだ ゆう!」

 妙な名前だな。ユウ=レイダ、幽霊だ?小さい子ならいじめられそうな名前。

「取り敢えず、明日からはそこのバカとか連れ込むなよ!」
「人の友人を捕まえてバカってお前」
「連れ込むなよ!」

 よく分からないが、あいつには一か月一人で居る俺の所に毎日飯を宅配したいらしい。
 相手が可愛い女の子だったり俺が女子ならドラマが生まれるところだが、生憎俺もあいつもむさい180手前の男。ときめきなんて生まれようはずもない。

 捨て台詞を吐いて奴は勢いよく扉を閉めた。カッカッと靴の鳴る音。ふわんと香る優しい匂いに食欲を刺激される。うまそうだ。ああ、そういえば、今日は礼を言っていなかった。礼田への礼。なんちゃって。
「おい、礼田」
 まだそんなに遠くに行っていないだろう。
 そう思いドアを開け、あいつの足音のする方向を見るが、そこには誰も居ない。足音だけが闇夜に吸い込まれていく。
「ありがとなー」

 ご近所迷惑にならない程度に声を出すが、返事はない。
 あいつの足音とともに、吸い込まれていく。仕方がない、明日まとめて言うか。
 毎晩毎晩、悪いなと、あいつが押し掛けてきていると言うのに、最近は思い始めてしまっている。それどころか、あいつの持ってくるものを期待して、惣菜をあまり買わなくなっている位だ。

『なあ、毎回毎回俺だけ貰うってのも悪いし、今度何か持っていくよ』
『結構だ。お前に俺の家を教える筋合いはない』
『ええええー……』

 二、三日前の会話を思い出す。

『おい、飯を持ってきてやったぞ』
『何で毎回そんな偉そうなんだよ…まあでも丁度いい、仕送りが来た所なんだ。いつものお返しってことで貰ってくれねえか?』
『!?俺は、こ、これ、そんな好きじゃねえし……優しい親じゃねーか、自分で責任もって全部食えよ…』
『俺も食いきれないから、貰ってくれると助かるんだけどな』
『……ちっ、じゃあ、い、妹にでもやるよ』
『よし、じゃあこの一箱やるよ』
『持っていけるかそんなん!重いわ!!』
『じゃあ俺が手伝おうか』
『ちっ……一人で充分だばーか。じゃあな』
『おうよ』

 毎晩毎晩、12時に。まめな奴だよなあ、本当。
 そういえば連続で夜中に会いに来ると言えば、そんな怪談があったな。
 何かを伝えようとしているとか、何日目かにとりころすとか。

 いやいや、まさかな。あんな、まさかなあ。

 妙な想像を、手を振って掻き消す。

 腹が減った。飲み会であれだけ食った焼き肉も、それの前では形無しだ。

 コンロに載せ、温め直す。
 いい感じにふんわりと湯気が立ち上ってきた所で、礼田曰く「バカ」の内一人、一番汚く寝転がっている一之瀬を揺り起こす。

「んぁ?あんだよー……寝かせろよ……」
「ほら、酔い覚ましにあさりの味噌汁でも飲めよ」
「えー…俺あさり嫌いー……」
「我儘言うなって」
「ていうか、なんで急にあさりの味噌汁こしらえてんのさ……」
「あれ、いい匂い~」
「二宮…お前本当食欲の化物だな…」

 もう一人も起きだして来た。

「急にどうしたのさこれ。三井って料理壊滅的に下手だったよね確か」
「あー、何かこの前からご近所さんが余ったからって惣菜くれるんだよね」
「それで鍋ごと味噌汁!?」
「気があるんじゃないのその人~」
「いや、その人男だし。ていうか、多分前の入居者に飯あげてたから、その対象が俺にうつっただけみたいだし」
「いいな~ギャルゲみたい。明日もここに来ていい~?」
「おいやめろ」
「その人見たい!見たい!!」
「人見知りっぽいから」
「いいじゃんちょっとぐらい~」






 この関係は俺が卒業して実家に帰るまで続くことを、この時の俺はまだ知らない。

 何また故か一之瀬や二宮が居る時は、礼田が料理を玄関前に置いて、「ふざけんなお前」「いい加減にしろ」「馬鹿野郎」と失礼なメモ書きを残しまくっていくことも知らない。次の日怒るとしゅんとした様子になって「だってお前が一人でいないから…俺は毎日一人でこんなことするしかなくてさびしいのに」とか言っててちょっときゅんとすることも知らない。

 アパートの取り壊しが決まって、引っ越しをすることになった前夜、そいつに「毎朝俺の味噌汁を作ってくれ」と言って張り手を喰らうことも、今は、まだ、知らない。





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最終更新日  2015.08.04 18:41:31
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