Laub🍃

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2011.09.07
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カテゴリ: .1次メモ
 柳は、天女に出会ったと思った。
 肥溜めの中で天女に。





 柳はこすっからい男だった。20にもならないうちに火事場泥棒を覚え、それから自分で犯罪を起こすまでさほど時間はかからなかった。

 そんな彼の行き着く先は、薄暗い路地裏、彼と似たような境遇の存在が集まる場所くらいしかなかった。

 その日、彼は腹が減って道端に座り込んでいた。
 とはいえ、油断して通り過ぎる一般の人間など居たら金を奪い取って物陰に隠れるくらいの余裕はあったが。

「……こんな所が、あるのか」

 目はかすんでいたけれど、はっきり見えた。
 それは、とても綺麗だった。



 しばらく呆けていた彼はものとりをするのも忘れ、逆にものをとられる始末。
 嘲笑われながら最後のパンを奪われた瞬間、彼は意識が戻った。

 しかしそれは物を盗られる危機感からではない。

「お前、このままだと死ぬぞ」
「……え?」
「…私は……これは、要らない。食べろ」

 目の前にまた、その子が居た。菩薩だと思った。

「…あ…ありが…とう」

 久しく言っていない言葉を言うと、その子は何故かばつが悪そうに

「礼など言うな。私が要らないものを押し付けているだけなのだから」

 と言っていた。





 女神の名はヒナと言った。
 ヒナは妹と一緒にどこかから逃げ出してきたらしく、そういった人たちの例に漏れずヒナは娼婦となった。
 あの日貰ったパンははじめてヒナが「仕事」をしてきて貰ったものらしかった。

 傷つきながらも泥の中を歩こうとするヒナは、やはりとても綺麗だった。

 だから。その日から柳の仕事は少しずつまっとうになっていった。

 公共の場所での掃除。鍛えられた目でなされたその仕事は、一部要領が分からない所を除いて、やはり彼に合っていた。
 そうして稼いだ金は、ほぼ全てヒナの時間を買うことに費やした。
 抱きなどしない、ヒナを清らかにするだけだ。綺麗な水と洗う道具、洗う為の場所。そして二人分の食べ物を工面する。おそらく、高貴な身分であろうヒナの為に、ヒナ自身が望むままに、ヒナ自身が体を清めているのを背中越しに待ち続ける。

 そのおかげか、ヒナはいつも自分と会う時はほっと安心したような、そして情けなさそうな顔をするのだ。

 柳はそういった時、自分まで清らかにされたような気がして、今までの薄汚れた人生さえも現れるように思えて、至極幸せな気持ちになるのだった。








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最終更新日  2016.09.15 08:05:02
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