Laub🍃

Laub🍃

2012.01.26
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カテゴリ: .1次メモ
 菊の花言葉。日本では「高潔」だけど、西洋では「あなたはとても素晴らしい友達」って言うんだって。




 私は人を切り捨てる立場に生まれた。けれど、同時にいつも、私より強い権力を持つ親族に切り捨てられる恐怖におびえていた。
 宗教で作られた御殿には、怨嗟の声がこだましている。それに気付かないために敏い人たちは説法の声と賛歌に耳を傾けるのだろう。
 この家のおかしさに気付いたのは9つの時だった。
 はとこの晴ちゃんの「敵」と「味方」の切り替えがとても怖くて、こんなのは異常だ、外の世界をそう知らない私でさえ異常だと思ったのだ。
 けれど、この家はおかしいと一言でもくちにしようものならどんな温厚な人であっても家の外に叩きだしたり引きずりだしたり殴ってきたり髪の毛引っ張って「もう一度言ってみて」と言わってきたりするなどということはとうに経験しているし、今更内側の世界に望みも持っていない。その後ごめんなさいねと言われても、もう一度同じことを本当に言ったら、あの鬼でも泣き出すような顔をまたするのだろうとわかっている。
 論理があちらのほうが正しいときだってある。しかし、こちらのほうが正しいのではないか、外の世界の話を聞いてみてはどうかなど言ってみてもそれをかきけすように被せてありがたい説法とやらを持ち出すだけなのだ。顔をまっかにし、最終的には気合や気持ちの問題と感情を持ち出す。子ども、いや赤子と何も変わりないではないか。
 それに比べればまだ感情論を全て捨て、律の為に生きるひとびとのほうがましなのだろうか。金勘定をする役目の人たちは案外冷静で、外の世界から訴えられぬように、金を引き出し続けられるように、そのために内部の人たちさえ説得することができている。
 私よりもっと素直と言われているーその実私よりもっと計算高いー跡取りの弟が生まれてからは、私はその金勘定の役目の人々にずっと預けられてきた。おかげで洗脳を避ける必要がなくなったというのも皮肉で笑える。

 姉さんは姉さんは、という同じ口で私に「姉なのだから」と言ってくる。私が憎いのだろうか。毎日居心地が悪くてきりきりと頭が痛む、逃げ道は学校で借りた本くらい。夜中に倉庫からくすねてきた懐中電灯でこっそりと布団の中で読む、その世界でだけ私は自由だった。
 その代りのように現実でつけはじめた眼鏡は、ほどよく周囲から私を遮断してくれた。


 私はただの10の娘だ、何もできない。


 そう思っていたら、あの子が現れた。
 あの子は鳥籠にどこからか入ってきて、そして同じようにふいと出て行った。
 その時は止められなかったけれど、私がその子に勧誘をするという目的を持っていると言ったら、やっとやる気になってくれたかとみんなが言って、協力してくれた。
 空色の数珠ー教団の象徴ーがこんなにありがたかったことはない。
 あの子の家はそれぞれが自由に生きるべきという考えらしく、食べ物をもらえるなら外に行って来い、帰ってこなくてもいい、と私たちとは逆の不干渉にはじめは驚いたものだったが、あの子はそれでも毎日家に帰って行った。
 相変わらず何のとっかかりもない、いくら教とやらを押し付けても何の進展もないこの関係はなんときもちのいいことか。
 そして今日も収穫がないから、私は普通の遊びを持ち出す。
 そこではじめて、あの子は喜んで、何を考えているかわからない笑みから、多彩な表情を見せてくれる。


 ちかごろはどんどん「教え」の時間が短くなってきている。周囲の信者に見せるためだけのものに。
 あれだけ嫌いだった空色も、ただ空の青さだけを象徴するものになりつつある。

 このまま、どこかに、自由な青空にとびたてたらいいのに。
 青空にはばたく鴉に真っ黒なあの子の髪と目を幻視する。

 けれど、夢はしょせん夢だった。



 私は、

「婚約者様が来ているわ」

 16になったら、神様とやらのご意向で結婚することになっている。
 実のところ、資金源との結びつきを強めるためだ。

 行き場がない子の最後の使い道というところか。
 硝子だったら飛んで逃げて、ことが終わった後に帰っていくのだろうな。そう思ってふふと笑った。
 結婚式に持つであろう満開の空色と菊の花束を、あの子に投げよう。
 少しだけ、私の髪色と合わせて黄色い菊を入れてもいいかもしれない。

 あの子は縛られてくれるだろうか。
 ダメかもしれないな。
 それはそれでいいか。





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最終更新日  2016.11.29 11:20:20
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