Laub🍃

Laub🍃

2012.05.24
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カテゴリ: .1次長

 ヤクザに最期を選べる自由があるたあ思ってない。
 だけどこれはあんまりだろう。

 ずたぼろにされて腹に大穴が空いた筈だった。それでも兄貴を守り切れるならいいと思っていた。俺達を随分と振り回してくれた『家』と刺し違えるならそれもいいと思ってた。それなのにどうしたことだ、俺は兄貴を守れず『家』に一矢報いることもできずおめおめと見知らぬ場所で生きながらえているらしい。

 多分ここは、あばらや。布が適当にあちらこちらにぶら下げてある。相当雑な手抜き野郎が作ったものなんだろう、材料の大半が意味をなしてねえ。ざざーんという音が遠くに聞こえるあたり、海岸の近くなのか。

「よーお、目ぇ覚ましたか?」
「…!」

 振り返ると、そこには黒いもじゃもじゃした……よく分からないものが居た。
 咄嗟にチャカを手探るが、当然ある筈がない。ドスもない。くそ。



 精一杯の虚勢で威嚇して見せると、そいつは笑い声をあげる。はっきり言って気持ち悪い。

「おお、怖い怖い。これならどうよ?」

 ぱっ、とそいつは目の前でもじゃもじゃした、多分髪、をかきあげた。
「兄貴!?」

 そいつは、兄貴にそっくりな顔だった。声もいつのまにか性別不詳だったのが、陽気なそれになっている。兄貴。いや、そんなわけがない。

「んーまぁ、そうそう。あんたこの俺が大好きだろ?言う事聞いてくれない?」
「いや、お前は兄貴じゃねえだろ。そっくりさんなんだか、整形だか知らねえが」

 馬鹿にするな、とじとりとねめつけると、そいつはクククと笑って見せた。
 恨みをあちこちに買いまくってる兄貴の顔をわざわざ真似るとか物好きな奴。

「あ~、そこらへんは分かるんだねえ。さすがさすが」

 てっきり馬鹿だから素直に従ってくれると思ったのになぁ、なんてそいつは言ってやがる。


「あー、えっとね、まあ俺はお前の兄貴ではないけど、お前の命を救ったわけ。体に空いてた穴も助けたわけ。どうせ捨てる命なら、その恩は返してもらえないかなー?」
「断る。俺の命は好きな相手を助ける為か、嫌いな奴と刺し違える為にしか使うつもりはない」
「めんどくさいの拾っちゃったよー!」

 そいつはどこかおどけた様子で顔を振る。めんどくさいと言われようがこれは俺のプライドだ。確かに体の穴がなくなってる事には、痛みも殆どない事には驚いたが、助けてくれとは頼んでない。
 気付けばもじゃもじゃはどこかまとまりをみせ、スーツのような形と、角と尻尾に変化していた。


「…異世界ってやつか?」

 そういえば、何かの映画で見た記憶がある。自分の住んでいる世界と似てるけど、どこか違う世界があると。ド●えもんだったか。

「そーそー。だから、君は自力では帰れないんだよねぇ。
 でもこれだけ叶えてくれたら、元の世界に戻してあげる」
「お前は、悪魔なのか?」
「まあ似たようなもんかな。長い事生きてるから、少なくとも人間ではないね。で、どうなの?」
「その提案とやらによる」

 碌な予感がしないが、これで兄貴の許に戻れるなら、それはまあいいだろう。兄貴が生きている保証もないが、そうしたら家を潰しに行く。

「おっけおっけー。じゃあ、あのね。とある封印を解いて欲しいんだ」
「……なんか、俺が死ぬ予感しかしないんだが」

 それ、幽霊屋敷で開かずの間の扉のお札を剥がすとか、呪われた館とかで封印された壺の栓を抜くとかいうやつだろ。大体開けた奴が死ぬか封じ込められるやつだろ。

 帰る前に見知らぬ世界でこんな奴の為に死ぬ?出られなくなる?冗談じゃない。しかも目の前のこいつは外見と声と口調こそ似ているが、兄貴と違って邪悪かつ軽薄だ。本当なら見るだけで目障りだから消えて欲しいのだが、俺が戻れるかどうかがこいつに掛かっている以上無用な突っかかりは控えておく。

「あんまりこっちに不利な条件しか出せないなら、う っ か り 失敗しちまうかもなあ?」

 そう言ってにやりと笑うと、そいつは途端にワタワタと慌てだす。だがそれもどうせポーズなんだろう。凄む奴よりこういう奴の方が遥かに面倒で厄介だ。

「だいじょぶだいじょぶ、君にやってもらうのは人が触れる所だけだから」
「……他にもあるのか?」
「まあね。最後に封印を解くのは俺だよ。君はその一つ前を解いてくれれば帰してあげる」
「……それなら、いいが……」
「そこに至るまでのサポートも全面的にするよ。無駄話が出来るくらいにちょろちょろっとね」
「無駄話はいらん」
「冷たいなぁ。因みに君の名は?俺の事はカルートとでも呼んでくれよ」
「オカルトのアナグラムか。それとも頭が軽い事を自虐で言ってるのか」
「ちょ、ほんと失礼!!お前の名前は?」
安曇 あずみ 空」
「可愛い名前だねえ」
「黙れ」



「……おい、本当にこれは解いていい封印なのか?」

 目の前を目つきの鋭い2Pカラーマリオみたいなオッサンが通り過ぎて、なんとなく息を呑む。
 さっきからヤバい奴等とはさんざすれ違っている。その度にばれていないか不安になる。
 多分こいつの魔法のような技がなければ、とっくに俺は捕まっていただろう。こんな所に忍び込まなければならなくなったのもこいつのせいだが。

「ああ、彼らは加害者側だからね。仕返しを恐れているのさ」
「……お前は、何かを復讐したいのか?」
「とんでもない。この中に閉じ込められてる、大事な人を助けだしたいだけさ」
「……どんな相手なんだ?」
「無駄話したくないって言ってなかったっけ?」
「もうそろそろ到着なんだろ。少しはやることに納得してから事を進めたいんだよ」
「…そうだねえ……あ、あの娘の後ろをついていくよ」

 丁度見張りが交代するようだ。橙と桃の混ざったような夕焼け色、俺の知っているどの赤毛よりも鮮やかなストレートヘアをなびかせ、その女はのろのろと歩いていく。そいつは暴力的な色彩と、しなやかな筋肉を秘めた身体のイメージとは裏腹に酷く怯えたような様子で辺りを見渡している。

「……なあ、俺達の様子がばれてるってことはないよな?」
「一応、大丈夫だと思うけど。多分あの子はこれから行く所に怯えてるんじゃないかな。」
「……俺達が封印を解く所か?」
「そうだね」
「一応聞くが、あの娘は……」
「大丈夫、死なないよ。封印とは言ってもね、別に人をとりころすものが入ってるわけじゃない」
「……お前のさっき言った大事な人っていうのは、それを守っているのか?それとも……」
「両方だね。あの子自身が脅威で、そして他の脅威を抑えてる。いつか助け出すと約束した」
「……」
「やっぱり協力出来ない?」
「いいや。大事な人の為に他のもんを犠牲にするっていう気持ち自体は分かる。大事なんだろ」
「…ああ、うん。俺がまだぺーぺーの時にね、色々助けてもらったんだ」
「……お前がぺーぺー、ねえ。想像できるようなできないような…」

 悪魔にも新人っていう概念はあるんだな。その頃はまだこんな軽薄じゃなかったのかと考えるとどこか頬が緩む。

「おいおーい、何想像してんのー?えっちすけっちわんたっちー。で結局協力してくれるのー?」
「こっちの自由だろ。……一応覚悟は決めてある。もう約束しただろ。約束は守る」
「律儀だね。やっぱり君を選んで良かった」
「……それはどうも」
「あ、そろそろ着くよ」
「…………ここか…?」

 そこは、闇を発しているような場所だった。この世の闇を全て集めたような場所で、細いロープだか蔦だか分からないものに吊られたカンテラが唯一の光源だった。

『交代しに来たよ』
『ペタラ遅いよ~』
『ごめんごめん』

 さっきの橙髪の女…ペタラというらしい、が灰色じみた茶髪の女と話している。あと何人か居る守護役は、みんな何故か女だった。どういうことなのか。

「行くよ」
「は、でもそこに人が……」
「大丈夫」
「え?」

『え?』

 俺の呟きと、そいつらの呟きが重なる。
 目の前で守護役らしき一人の体が勝手に動いて、大きな扉についてる歯車を、回した。

『おいおい、ニコレット。何やってんだ』
「わ、わたし、わたし、ちが」

「はい、一段階目。ほら、空」
「あ、ああ」

 続いて、二つ目。

『や、え、うそ、やだ、どうしよ、上官どのに、ひ、あ、』
『もたもたしてないで!私が連絡ーーーー』

「邪魔は、させねぇよ」

 カルートが軽く手を振った瞬間、灰茶髪は動けなくなる。
 続いてどういう仕組みなのか、灰茶髪の胴が腕ごと真っ二つに裂ける。

『ソレイユ!』
『ペタラーーー』

 と同時に、同じようにどこかに連絡したり、ニコレットとやらを止めようとしていた女共が崩れ落ちていく。

「うぇ、」
「ほら吐いてないで歯車を回す回す!こんな荒事慣れてるんだろ?」
「そ、それは……」

 こんな無抵抗な女どもを一方的に屠った経験なんてねえよ。

「おにーちゃんに会えなくてもいいのかな?」
「……くそったれが」

 ああ、ずるい。こいつは悪魔だ。くそ。
 誰も死なないんじゃなかったのかよ。
 俺が二つ目の歯車を、恐慌状態なのに何故か回し続けるニコレットとやらの隣で回すと、ついに周囲は限界状況に達したようだ。血だけじゃない、どこからか慣れた、吐瀉物と排泄物の臭いさえ漂ってくる。

「最後の一つは、この俺がーっと。」

 そいつがぎらぎらと輝く目を見せた時、どこか兄貴が家に盾突くことを決意した時の様子を思い出した。くそ、くそ、従いたくねえのに。やっぱり、ついていってしまう。

「今迎えに行くからな」
「おい、待てよ。俺を帰してくれるんじゃなかったのか。兄貴に会わせてくれるんじゃなかったのか」

「ああ、それね」

「君のおにーちゃんってさ、俺だよ」
「……え?」

 なんだ。こいつは何を言っている。

「時空の歪みって知ってる?」
「……どういうことだ」
「俺とお前は同じ時期にこの世界に来る『流れ』に乗ったんだけど……お前だけ、ずっと漂いっぱなしだったの。探すのに苦労したよ」
「だから、どういうことだ!!」
「俺は何千年も前にここに来たんだけど、その時うっかり変なのに捕まって、妙な研究の実験台にされちゃってさぁ」

 もう、駄目だ。

「助けてくれて、お前を見付けるのも手伝ってくれたんだよね。あいつら、やさしーの。
 人なんかよりも、全然。でも、まわりはそうは思わなかった。だから、こんなとこに引き籠る事になっちまってさあ」

 話していられない。

「もう、あいつらを救うだけの力がこっちにあるし、まわりには負けない。
いくら無茶やっても、馬鹿やっても、大丈夫。それに今なら、お前も居ることだしな」

 扉が、開く。

「おにいちゃんと一緒に、また馬鹿やらない?そら」


 もう、わけが、わからなかった。


 おれは、ばかだから、もともとなにも、わかれなかった、のかも、しれない。



 だから。



おか 兄」


 ――――――差し伸べられた手を、掴んで、しまった。


to be continued... ?





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最終更新日  2017.03.19 18:05:08
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