Laub🍃

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2012.05.27
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カテゴリ: .1次メモ
 彼女は、それまでに会ったどのような人間とも違っていた。
 俺がどんな失敗をしても、上司が理不尽なことを言ってきても拷問一歩手前の尋問をされた直後もその緩やかに描かれた口元と眉目元は見慣れた姿を保っていた。
 どこまでも安定したバイタルは機械のようで、この世界に彼女の鼓動を乱すものはないのではないかと思ったのだ。

 彼女はどうやら某国のスパイとして疑われているらしく、自白剤と昼夜続く尋問により、さすがに時々憔悴した顔を見せてはいたが、それでもその顔に恨みも望郷の念も困惑も見受けられなかった。

 ただそこには水平線を想起させる穏やか過ぎる笑み。

「……ちっ、何なんだ、何なんだよお前は!!!」

 上司のヒステリーがまた炸裂する。この人は尋問官に向いていないと思う。今も続くどこかの小競り合いに先頭切って行ってくれないだろうか。そして帰ってこないでほしい。

「……そう言われましても、本当に私は何も知らないのです。私はただの何も知らない人間です」


 あ。

 さすがに今の発言は酷いのではないか。
 疑いが晴れたら上司よりも上の立場に戻る彼女にそんなことを言って、彼ももうおしまいだな。

 そう嘆息すると。

「……仰っている意味を図りかねるのですが」
「……どうせなら今全部言っちまうぜ、お前、怖いんだよ!どうしてそんなに無感動で居られるんだよ!!どこかのスパイでなきゃ、特殊部隊の兵士なんかでなきゃ、お前の表向きの経歴でそんな振る舞いできるわけないんだ!!!」
「私が、通常の人のパターンに当てはまらないから怖いと」
「言えよ、お前はスパイか?それともどこかの兵士か?そうなんだろ?そうだって言ってくれよ!」

 最後の上司の声は半分泣いていた。ヒステリックな彼には珍しいことではないが、反応を返さない相手にここまで激昂することは初めてで、ざまあみろという気持ちと、そこまでさせた彼女への少しの畏怖を覚えた。

「……あの、食事の時間なので、そろそろ……」

 子供のように喚く上司を他の部下が宥めている隙に言う。


「あ、はい。いつものことです」
「……そうですか」

 独りごちたように頷く彼女。

「あなたにとっては、全てが「いつものこと」なんでしょうか」

 ぼそりと呟いた言葉は、「え?」と聞き返されたとき「あなたの食べたいものはありますか」に変わった。

 言える訳がない。

「…食べたいもの?」
「ええ。食べたいものです」
「何でもいいですよ」
「あなたの食べたいものを言ってください。何でもいいですから」
「…………」

 きっと、言ったら彼女は更に「いつものこと」を増やしていくだけだ。

 だから俺は彼女に、

「……そうめん」
「了解です!」

 「いつも」以外をあげたい。
 そう思ったのだ。





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最終更新日  2016.04.12 19:25:59
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