一月くらい前に電車の車窓から虹が見えた。かなり濃い虹の外側に薄い虹があり、濃い虹の内側にも更に虹がくっついていた。あとから知ったのだがそれぞれ副虹と過剰虹というそうだ。濃い雨雲から浮かび上がって光る虹は神秘的だった。結構長く生きているがこんな虹は初めてだとしばし見とれた。
きっと昔の人も我々と同じように虹の美しさに感動したんだろう。きっと万葉集には結構、虹を詠みこんだ歌があるだろうとわくわくしながら家に帰って調べてみた。なんと、たった一首しかないのである。
伊香保呂能 夜左可能為提尓 多都努自能 安良波路萬代母 佐祢乎佐祢弖婆 3414
伊香保ろのやさかのゐでに立つ虹 の現はろまでもさ寝をさ寝てば
萬葉集を読むと、「昔の人も同じように感じていたんだ、1300年の時間を超えて共感できた」とうれしく思うことが多いのだが、虹に関してはどうも違うようだ。どうしたことか?
上の 虹を詠んだ和歌については 万葉東歌の虹の歌 (高崎新聞)に取り上げられている。 このホームページの説明では 「男女の契り→穢れが多い→不吉な予兆」となっているが何か納得がいかない。萬葉集には結構性的な歌が多い。ことさら性をけがれた物とみなしていたとは思えない。
旧約聖書では虹は「二度と洪水によって生物を滅ぼさない」という 神との 契約のしるし(創世記9章)とされており。キリスト教世界、イスラム教世界では間違いなく肯定的に捉えられる物といえるだろう。 東洋ではどうだったのか?
日本
では何故、美しい虹を歌わなかたのか? 古事記
日本書紀
には虹は出てくるのだろうか。と検索してみると以下の箇所がヒットした。古事記の以下の箇所は確かに性的な話だし、雄略紀も何かグロテスク、天武紀も凶兆といった感じだ。
少なくとも古事記、日本書紀、萬葉集が編纂された8世紀前半には虹は見て素直に感動できるという代物ではなかったようだ。 それはやはり中国の影響ということになるのだろう。中国では虹は災難の前兆とされるそうだ。
虹のことを調べていたら虹に関してとても幅広く扱っている『虹の文化史』という本を見つけた。西洋での虹の科学的な解明の歴史に関する記述が多いが、その他の点も良くカバーしている。虹に関する基本的事項をくまなく押さえた良書といえる。 残念ながら東洋古代の虹に関する記述は少なめ。▼古事記 中-6 応神天皇記
之邊、一賤女晝寢、於是日耀如 虹 、指其陰上。亦有一賤夫、思異其狀、恒伺其女人之行。故是女人、自其晝寢時、妊身、生赤玉。爾其所伺賤夫、乞取其玉、恒裹著腰。此人營田於山谷之間、故耕人等之飮食、負一牛而入山谷之中、遇逢其國主之子・天之日矛....
▼日本書紀 巻第十四 雄略天皇紀
、恆使闇夜東西求覓、乃於河上 虹 見如蛇四五丈者、掘 虹 起處而獲神鏡。移行未遠、得皇女屍、割而觀之、腹中有物、如水、水中有石。枳莒喩、由斯、得雪子罪、還悔殺子、報殺國見。逃匿石上 神 宮。四年春二月、天皇射獵於葛城山、忽見長人、來望....
▼日本書紀 巻第二十九 天武天皇紀下
度西。丙寅、造法令殿內、有大 虹 。壬申、有物、形如灌頂幡而火色、浮空流北。毎國皆見、或曰入越海。是日、白氣起於東山、其大四圍。癸酉大地動、戊寅亦地震動。是日平旦、有 虹 、當于天中央、以向日。甲戌、筑紫大宰言、有三足雀。癸未、詔....
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虹:和歌を訪ねて
『春の淡き虹をこそ』
ふらり道草―季節の往来―
竹沼(藤岡エリア)古墳前期土器編年 2020.02.11
鏑川上中流域古墳前期土器編年(暫定版)… 2019.10.26
鞘戸原Ⅰ・鞘戸原Ⅱ(中高瀬観音山エリア)… 2019.08.11
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