ごった煮底辺生活記(凍結中

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無法の学生記 「支配者」 02



 頭が重い。ボーッとしてる。汗をかいているわ。
あ…あれ? 手が動かない。あ、足も?
いやだ! わたし、手足を縛られてる! 
誰? わたしをこんな格好で寝かせて、何をする気?
 やだ! 人の気配がする! わたしを見ている! 恐くて目を開けられない!

「なーんだあ? どーしたんだおめぇ」

 はぁ? な、なんてぬけた声? 寝惚けてるような声。
男の声らしいけど…。
 わたしは勇気を振り絞って、目を開けた。
とたん…ここは天国かしら? なんてきれいな顔をした…
微笑んだ天使がわたしを見下ろしている…。

「手足なんか縛って…マゾなんか? おめえ」

 はあ? なに?
「ちょ、ちょっとまってよ!」
 なによ、この男-顔がきれいだからって-縛ったのはこいつじゃないの?
「ふざけないで! さっさとほどいてよお、変態!」
 男の口が、への字に曲った。
「礼儀をしらん女だなあ」
 男はブツブツ言いながら、縄をほどいた。手足が自由になったら、
チャンス! わたしだって…
「なめないでよ! これでもわたし、柔道部なんだからあ!」
 そう、前の学校では柔道部に入ってたのだ。
この、瞬時に立ち上がって構える腕のよさ。
へへ、どうだ、変態めって、あれ? いない。さっきの男が。
「おい、礼儀しらず。下だ、下」
 声が下から聴こえた…あら、まあ。てっきり背の高い筋肉変態だと思ってたら。
「か、かわいい」
 つい、口に出てしまった。
わたしだって、背が高いほうじゃない。でも、この男は、わたしの…頭二つ下…
140センチあるかないかという…。
「ば、ばかにするんじゃねえ! 礼儀しらず、いや、恩しらず!」
 きれいな顔をした背の低い変態は、部屋の扉からダッシュで消えた。
泣いていたかもしれない。…罪悪感がちょっとわいたけど…いいきみだわ。

 すでに4時間目が終って、お昼の時間も終わりかけていた。
 まったく、転校早々にこんな目にあうなんて。しかも大遅刻なんて。
 とりあえず、職員室に行く事にした。
 本当なら、登校して一番に行く所だったのに、なんで、あんな部屋-理科室だった
のかな?-に行かなきゃならないのよ。
 あのチビスケ変態が全ていけないんだわ。
 制服着てたから生徒よね。先生に言いつけてやる。
 「職員室」と書かれた扉をガラッと開けた。
 わたしは、呆然としていた。
 先生が-ほんとに先生?-いる。いるけど、あれは何? 
机の上に祭壇を作って護摩を焚いて経を唱えてるメガネのガリガリ先生、
真剣で汗水垂らして百本打ちやってるスマートな女教師、
試験官を片手に怪しげな薬の調合しているバーコード頭の中年教師、
異常に膨れ上がった右腕の筋肉で1トンと書かれた鉄アレイを上げるジャージの
体育教師。
 見てはいけない秘密の儀式のような雰囲気。
 わたしの頭にあった先生のイメージがガラガラと崩れていく。
 その時、いきなり肩を叩かれた。振り向くと、そこには-長い白髪を垂らした、
幽霊が立っていた。怪談映画に出てきそうな白衣の男幽霊!
「きゃああ!」
 わたしは、悲鳴を上げた。先生達の視線が、じろりとわたしに集まる。
「み、見てませんっ! わたしは何も見てません!」
「何を言っとる~、おまえ、新田秋子だろ~」
 肩を叩いた幽霊が、ぴったりな声で言った。いやだ、この幽霊、
わたしの名前を知ってる! 恐い! 助けて!
「しっかりせんかい~担任の幽鬼だ」
 とたんに、職員室が大爆笑になった。
恐怖から、いきなり笑いになって、わたしは混乱した。
 信じられない。この人達が先生? この、どう見ても幽霊にしか見えない人が? 
朝から変な事が多すぎるわ。夢見てるのかしら、とびきり恐い悪夢を。
「今までどこで、さぼってたあ~」
 さぼってた? え? 違うわ! わたしは--やっぱり先生だわ、この幽霊。
「よく、わかりませんが、理科室みたいな教室で縛られてました。
 さぼりじゃありません!」
「ほお~」
 え? あ、しまった。
「ち、違うわ! 変な事じゃないです。登校中に……」
 そこまで言って、幽霊教師の表情が違うのに気がついた。いやらしい想像をした顔
じゃない。
「理科室か。あそこは一年前から消えちゃってなあ~」
「は?」
「いや、後で話してやる~。とにかく、教室へ行くぞお~」
 この先生は、わたしが縛られていた事には、まったく興味ないみたい。
で、理科室が消えた? 一年前から? はあ。
 ま、とにかく、やっと教室に入れるのね。
 階段を上がって…あれ? 四階分くらいは上がった気がしたんだけど、廊下に3
の字。おかしいな。
「あれ先生、ここ、四階じゃあ?」
「よくあることだ~。ここは三階~」
 はあ。まあ、いいわ。

 おお、見えた。一年四組の教室。
 友達いっぱい、できたらいいな。素敵な男の子いるかな? わくわくするなあ。
 木製の扉の向こうでは、クラスメイトになる生徒達のワイワイ声。
どんな話しをしてるのかな?
「あぶないぞお!」
 扉の向こうから聞こえた。へ?
「新田、あぶないぞ~。どけ」
 幽鬼先生が言った。へ??
 扉がわたしに飛んできた。へ???
「いたあ!」
 直撃。いたい! 衝撃で廊下に尻もちついた。扉がわたしの上に乗ってくる。
「ぐわおお!」
 声がした。一瞬。でも、心が瞬時に凍りつくような声。いえ、鳴き声? お尻の傷
みをこらえて声の方を見たら、いた。いたけど、なに? 犬、いえ狼? 茶色の毛で
包まれた四本足の獣がいる。目があった。黒い目がわたしを見ている。ぱっくり裂け
た大きな口から、鋭い歯の行列が見える。動けない。声も出せない。これが、金縛り
なの?
「まちやがれ、犬狼!」
 その声が、わたしを金縛りから解き、狼を怯ませた。
 狼は、一声鳴くと、廊下を失踪していった。
「こらあ~犬狼! 廊下は走っちゃいかん~」
 幽鬼先生の声。狼がこけた。
 呆然。また、呆然。廊下に座り込んだまま呆然。左肩には、外れて倒れてきた扉が
乗ったまま。
「無法~、また喧嘩か~?」
「幽鬼先生! 犬狼の奴、俺を"ちっけー"って言ったんですよお」
「またか~」
 何事も無かったように続けられる、先生と生徒の会話。なんなのよ、この学校は。
やっと、教室に来たと思ったら、変な狼がでてくるし。もう、いや!
 悲しくなってきた。目頭が熱くなってくる。いいもん、泣いてやる。
 その時、手が出てきた。わたしの目の前に。
「わるいなあ、確認する暇がなかったんでなあ」
 寝惚けたような声と共に。
 その声は、不思議に、わたしの悲しみを解いてくれた。ん? まって。どこかで聞
いたような声だわ。
 足を見る。スラリとした足が、グレーのスラックスに包まれている。
 あれ、もう、身体が見えた。あまり背の高い人じゃない。グレーのブレザーのボタ
ンは止められていない。その下には白いワイシャツ。
 黒い長髪に包まれた、奇麗な、それでいて、凛々しい男らしさを感じさせる顔。太
い眉毛がそれを引き立てている。
 …あれ?
「あーっ、チビスケ変態!」
 まちがいない、あの、背の低い変態!
「なっ…なにぃーっ! 恩知らずのくせに、チチチチチチチチ、チビスケだとお!」
「な、なによっ! せ、先生、こいつ、こいつがわたしを……」
 ん、先生? いない。
「さっさと入れ~授業だ」
 え。いつのまにか、教壇に立っている。そして、生徒の爆笑。
「えーい、うるさいっ。恩知らずっ、必ず決着つけるぞお」
 爆笑をかきわけ、チビスケ変態は席についた。あんな後ろで黒板みえるのかしら。
「よし、新田~こい」
 先生に呼ばれて、教壇の横に立った。おお、同級生のみんな! とチビスケ。
 やっぱり、初めが肝心。緊張するなあ。
「転校してきた新田秋子だ~。なんと、理科室に目をつけられたぞ~」
「よろしくお願いします! …え?」
 同級生の目が変わった。それは、恐怖であり、驚きであり、哀れみでもあり。いっ
たいどうしたの? 理科室に目をつけられるってなに?

 さ、最悪な初め。どうして? わたしがなにかしたの?
 席を指定されて、腰掛けた後も、みんなわたしをちらちら見てる。
 孤独…わたし、いきなり村八分にされちゃた。なんで…。
 悲しくなって、どうしようもなく悲しくなって、うつむいた時、
「おい、恩知らず。腹でも減ったか?」
 ん、あれ? チ、チビスケ変態の隣の席だったんだ。
「う、うるさいわね。ほっといてよ…変態」
 そうだわ。こいつがいけないのよ。すべてこいつが…。
「おりゃあ、無法文太っていう。授業終わったらつきあえ」
 な、なによ…
「なによ、まだわたしに悪さする気!?」
「いーや。俺がチビじゃねーって所を見せてやるのよ」
 そして--チャイムが鳴り、休み時間になった。みんなは、あいかわらず、変な視
線で、わたしを見ている。いや、一人違った。
「さ~、来てもらおうか」


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