にこにこタウン

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ありがとうあかちゃん(3)


 すっきりした後、しばらくベッドで横になった。体調が少し良くなったところであかちゃんをそばに置いてじっくり見た。

 せっかくだから、たくさんお話をしようと思った。
 あかちゃんが私のおなかに来てくれたこと、それでもお別れしなければならなかったこと、きっと意味があることなんだと思う。あかちゃんは私にいろんなことを教えてくれたんだよね。無理しすぎちゃいけないとか、もっと休んでいいんだよとか、体をはって教えてくれたんだよ。

3月29日、きょうがあなたの誕生日だっただね。妊娠14週と5日だった。命は終わってしまったけど、大事な日だったね。
 11.5センチ、32グラム、とても小さかったけどちゃんと人の形をしていた。目も鼻も口も耳も手も足もあった。手や足の指も5本づつあった。しっかりと「男の子」だった。
今まで一緒にいてくれてありがとう。とても、とても嬉しかったよ。その後、伝えきれないぐらいの「ありがとう」を言ってあかちゃんとお別れした。


 先生が言っていた。「へその緒が首に巻きついているような感じはなかったから、もしかしたら体の他の部分に巻きついて圧迫されて血液が届かなくなっちゃったかも」って。何が原因かを考えて、たどり着いたとしても仕方ないんだよ。お別れすることが事実なんだから。


 妊娠12週を超えると、出産と同じような形で陣痛(じんつう)をつけてあかちゃんを体外に出さなければいけない。そして、病院で死産届等を発行してもらい役場(市役所)に提出する。その後、斎場(さいじょう)で火葬してからお別れする。

 14週、一緒にいられたからこそ出産も出来たし対面もできた。そして、人として「お別れ」できる。
 言い方は悪いかもしれないけど、これで良かったんじゃないかなと思う。


 午後6時に元の病室に戻ると聞いていたが、食事をとってから移動をすることになった。その前に看護師さんから今後の事について説明を受けた。

 まず、死産届けと死産証書をもらう。2つの書類を役場に提出して、火葬する日がいつになるか連絡して欲しいとのことだった。あかちゃんは、それまで病院で安置してもいいし、自宅に連れ帰ってもいいと言われた。一緒にいるとつらくなりそうだったので「その時まで病院でお願いします」と伝えた。
 あかちゃんを引き取るとき、「お菓子など入っている大きさの箱に入れるようにしたいと思いますので、用意してください。花やおもちゃなども一緒に入れると、きっと寂しくないと思いますよ」と言って下さった。あかちゃんがもっと大きかったらベビー服などを入れるらしいが、そこまでいくような大きさじゃないので、入れる物を何にしようか考えた。
 「上のお子さんが書いたミルクなどの絵でもいいですよ」とのことだったので、折り紙で何が何か作ろうと思った。

 看護師さんが来て、あかちゃんを預かってもらう時間がきた。もう最後だと思い、あかちゃんをしっかり見た。また泣けてしまった。「きっとあかちゃんもお母さんのことを忘れないと思いますよ」と看護師さんが言ってくれた。私も絶対忘れないよ。

 そして、食事をした。おいしいと感じた。今の私には、ごはんを「おいしい」と感じる心の余裕がある。大丈夫だ、と思った。
 元の病室へ戻る時間になった。看護師さんに「もう一度だけあかちゃんを見ていいですか」と伝えると「いいですよ」と言って下さった。今度は笑顔でお別れできたよ。

 午後7時、元の病室へ戻った。ちょっと疲れたので寝た。起きたら8時30分だった。9時消灯なので、それまでに、急いで体を蒸しタオルで拭き、歯磨きをしてトイレへ行った。
 心配事も消えたし、今日はぐっすり眠れるといいな。



 結局、昨夜はなぜかほとんど眠れなかった。
 30日(水)、退院する日がやってきた。8時30分に退院診察があった。「いつ退院できますか」と聞くと「いつでもいいですよ」と先生が言った。でも、会計の準備が出来ていないので10時頃になるらしい。

 退院する前にもう一度あかちゃんに会った。霊安室に移動していた。血液がガーゼにかなりしみていた。涙が止まらなかった。この部屋に連れて来てくれた看護師さんが「実は、私も流産したことがあるの。自分の不注意で風邪をひいて流産してしまってね。自分をものすごく責めたわ。でもね、その後3人の元気な男の子に恵まれたの。だからあなたもいつまでも泣いていちゃだめよ。すぐにまた子どもに恵まれるから大丈夫」と元気づけてくれた。看護師さんの体験談、話すのもつらかっただろうに話してくれてありがとう。嬉しかった。


 退院してから主人の実家へ行く。昼食を食べた。下の娘に「知らない人」扱いされてショックだった。なぜ?
 役場に、死産届と死産証書を提出する。斎場で火葬をする日を決めた。4月1日(金)、明後日になった。
 それから、お寺に電話をしてお坊さんに斎場でお経をあげてもらうように話をする。「位牌(いはい)を買って持ってきてください」と言われたので、仏具を取り扱っている店に行き、位牌を買った。お寺に持って行き「お願いします」とあいさつをした。                               
上の娘の幼稚園のクラス発表が30日(水)の午前中にあった。体操シャツにゼッケンをつけるため、新しいクラスを確認しなければいけなかった。 そのため幼稚園へ行く。仲のいいお母さんに出会った。流産したことを告げると「残念だったね。元気だしてね」と励ましてくれた。そして帰り際、音楽サークルの人に会った。音楽サークルの人に抱きついて号泣してしまった。「どうしたらいいかわからないけど、大丈夫だからね。実は私のまわりにも流産した人がたくさんいるの。大丈夫、すぐに次のあかちゃんがきてくれるから。私達(音楽サークルの人達)はいつでも待っているからね」と励ましてくれた。嬉しかった。

 自分の家に帰り寝た。義母と主人で話し合って「自分の家で過ごす」という結果になったらしい。しばらくは洗濯物を干しに来て、夕食のおかずを持ってきれくれるようだ。

 4月1日(金)になった。病院へあかちゃんを迎えに行った。あかちゃんが入る箱は、ちょうどいいサイズの箱がなかったのでお菓子の箱サイズに作り直した。そして色画用紙で箱の下の部分を、かわしい包装紙で上の部分を張る。2人の娘に手伝ってもらい、折り紙でチューリップを作った。4人それぞれの写真も入れることにした。
 主人があかちゃんに名前をつけてくれた。それを便せんに書き、家族それぞれの名前も書いた。最後に「きみのこと忘れないよ」と書いてあった。
 きれいな花もたくさん持って病院へ行った。
 2日ぶりなのに、ものすごく時間が経った気がした。看護師さんに会い、霊安室へ向かう。看護師さんが花などを用意してくれてあかちゃんと対面した。ガーゼにくるまれて頭の部分だけ見えていた。
 家族4人であかちゃんの周りに花を飾り、写真などを入れていく。最後に看護師さん粉ミルクを入れた。そしてふたをした。

 主人が「家へ一度帰ろう」と言った。あかちゃんにも家を見せてあげたかったらしい。そうだよね、あなたが来るはずだった家だものね。
 家に帰ってきて「ただいま」玄関に入る。顔を見ながら「ここが居間だよ、ここが台所だよ」と話す。

 そして斎場へ向かった。すぐにお坊さんにお経をあげてもらい、火を入れることになった。お経を上げてもらうとき泣けてしまった。さすがに娘の前だから大泣きはしなかった。
 火が入る時「行かないで」と思った。

 火葬している時、いつ納骨するかという話になった。このまますぐ納骨してもいいし、1週間ほど経ってから納骨してもいいとのことだった。
 最初、義母が「そのまま納骨する」と言ったが、「お墓に花が供えてないので一週間後にする」と決めた。
 結局、10日(日)に納骨することにした。
 どちらの意見も義母が決めたということが、私は少しだけ悲しかった。

 40分経った。骨、全然なかったらどうしようと思っていたが、かなり小さい骨がちゃんとあった。少し安心した。あまりに小さいので、斎場の人が「私共で骨を入れます」と話し、骨つぼへ骨を入れるのを見ているだけだった。

 お骨(こつ)と位牌を持って家に帰ってきた。
 経過はどうであれ、1週間ほどあかちゃんと一緒にいられると思うと、ちょっぴり嬉しかった。

 次の日からあかちゃんにごはんとお茶をお供えして線香をあげる日々が始まった。朝、上の娘が「あかちゃん、ごはんじゃたべられないよ。おかゆじゃなきゃだめだよ」と言う。「スプーンもあげてね。てづかみじゃあついからね」と私に言う。優しいね、ありがとう。
 下の娘もしっかり手をあわせ「なむなむ」をする。
 ごはんは朝だけじゃかわいそう、という話も出て、晩もお供えすることにした。昼はお茶を上げることにした。
 庭で咲いたさくら草も飾った。
 毎日毎日、おかゆとお茶をお供えして線香をあげた。
 家族一緒にあかちゃんのことを考える時間が持てたことが嬉しかった。


 4月10日(日)納骨する日が来た。お墓へ向かう前に「桜を見ていこうよ」と私が提案した。あかちゃんにも満開の桜を見せてあげたかった。
 退院するころはまだまだ全然咲いていなかったのに、もう満開だった。「きれいだね」と声をかけて桜並木を通りすぎた。主人が車の窓を開けてくれた。ありがとう。

 そして、位牌とお骨を持って行き、お墓に花を供えた。
 お坊さんを迎えに行き、お経を上げてもらう。とても穏やかな気持ちだった。もう天国へ行くんだね。天国へ行っても元気でね。



 あかちゃんの心臓が動いていないと分かってから入院、出産、退院、火葬、納骨、いろんなことがあった。あっという間だったけど、ものすごく長い時が流れているような気がした。
 あなたが私のおなかに来てくれたこと、それでもさよならをしなけげばいけなかったこと、きっと意味があったんだと思う。
 今まで本当に、本当にありがとう。絶対に忘れないよ。天国へ行っても元気でね。


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