the Fourth Avenue Cafё

EP2:evergreen,1



RAVENとは一般に、黒く巨大なカラスを意味している。そして、そのカラスは悪の象徴とされてきた存在だった。代々、魔女にはカラスが付いていると伝えられてきたのも、その影響だろうか。

地球の気候が急変し、人が暮らせなくなってきた頃(宇宙開発部では宇宙への出航が急がれていて、ニューヨークに人口が急増していた頃だが)、突然変異で大魔烏が一匹生まれた。20階建造物をゆうに越す高さ。それがニューヨークの空を占領することとなり、開発もままならない状態となった。今までは襲われないと安心していたが、ついに食糧を人類に移したのだった。人類の危機は間近に迫ってきている証拠。人を食べ、それは順調に大きくなっていった。そんな折、開発部が宇宙船を完成させ、選ばれた人々がそれに乗り込み、地球から脱出しようとした。しかし、大魔烏がそれを襲い、全てを水の泡にさせた。人類の希望は失われたのだった。そうこうしている内に大魔烏は人を減らしていった。
嵐の中、1人の少年は宇宙開発部の補助団体が今まで陰で製作してきた宇宙船を見つけた。それに最終選抜で選ばれなかった人々が乗り、宇宙船は飛び立つ。最後まで選ばれなかった人々は大魔烏に襲われないことを祈り、飛行士達は戦闘機で大魔烏を集中攻撃した。大魔烏はそれでも死なず、宇宙船にしがみついた。宇宙船が大気圏を超えたとき、大魔烏の血が蒸発し、爆発した。宇宙船は彗星との大気変流に乗り、瞬間移動した。
大魔烏に付けられた傷は大きく、宇宙船は真っ二つに割れたらしい。一方は唐提星(現在のソロ国)に墜ち、もう一方は陣星(現在のギマール)に墜ちた。

そして、共和国側と帝国側に人類も別れた。この2つは2000年もの間、出会うことは無く、2000年が経ち、人類が再会したのだった。




一、

帝国ギマール、第2基地地下。巨大船庫で武器の輸送船に武器を乗せていた。整列する様をシリウスは上階で見ながら、笑っていた。監禁されているスターキーの馬鹿笑いとは、違うものの似た印象はうけるであろう。スターキーにはスターキーの、シリウスにはシリウスの笑いがあるのか、妙に彼に合っている。肘をつきながらガラス越しに階下を見下げているのだった。黒衣で顔もあまり見えないのに、後ろに立つサルファードには彼が笑っているとわかった。
シリウスは肘の付いている方の手の指で長い黒髪を巻き、口を開いた。
「サルファード卿、この光景をいつまでも見ろと言っているのか」少年の頃の声と一辺変わって、声変わりしてそう近くないドス低い声で喋った。「はて、退屈でしょうか」サルファードはてっきり、これから共和国を騙す策に出ることで待ちきれず、笑っているのかと思っていたのだ。「タイクツだ」シリウスは髪を巻く手を止めた。サルファードは一瞬凍った。「では、大魔烏RAVEN伝説でもお話ししましょうか」彼は恐る恐る言ったのだろう、声が震えていた。「いや、その話はまた後で良い」「では」
上階の個室が止まった気がした。そこに居合わせた他の隊員も固まっている。「私が何故、笑っていたのか、理由がわかるか」サルファードは1人悩んだ。彼の答えを待たず、シリウスは続けた。「お前が能無しだ、ということだ。私が退屈していること知っていながら、何もいなかったところや、私の質問に対して的外れなことを返してくるところ。ましてや私が退屈していた事もわからなかったというのか」シリウスはわかっていながら、彼に機会を与えたのだろうか。つまり、私が退屈していることも分からない事に笑っているのだとシリウスは言っているのだった。「申し訳ありません」サルファードは深々と頭を下げた。「お前は用無しか?」シリウスは椅子から立ち上がった。そして、そっとサルファードのきめ細かな白髪に触れた。サルファードはそれにビクッと反応した。部屋一帯が彼になったように寒くなった気がする。「そう恐がるな」シリウスは穏やかに言い、部屋から出ていった。シリウスが出て行ってから、個室に生気が戻った。サルファードは我に返り、部屋から出て、シリウスの後を追った。すぐに彼を見つけ、その後ろを歩いた。サルファードはシリウスとの間に傷が入ったと悔やみながら、恐る恐る聞いた。「シ、シリウス卿、私は」「心配するな。お前はまだ使える。共和国本国ソロを襲うまでは」期限はそこまでか。「そこでお前が成功させたなら、まだ生きる価値はあるだろう」サルファードは一度、落ち込んだ後、まだチャンスがあると思い、顔を上げた。「それでは、先程言っていた伝説とやらを聞かせてくれぬか」
5年でシリウスは随分と変わったものだ。




二、

リードがメサドを連れ、ピサラルドの山奥へ行ってから5年が経った。

共和国ピサラルド。深夜の暴雨の中、小さな小屋で1人の男が座って何かしていた。口元の髭が濃い彼は目の前の立体テレビに映る6人と話していた。6人は見たことのある男ばかりだった。雷が鳴り、映像がぶれた。髭の男が喋った。
「そうですか、議長」『あぁ、ところでそちらの方はどうじゃ?』髭の男は髭を撫でながら、微笑んだ。「順調ですよ。彼にはやはり素質がある。私の試練も見事にすべてこなしていってます」『そうか。今、その芽を潰さぬよう心掛けてくれ』「はい」『修行期間は最長でも6年だ。完成するよう急いでくれよ』「すでに」6人の映像がまたもやぶれた。
「ところで」髭男は切り出した。
「シリウスの方は」『わからぬ。アナスタシーから情報は何一つ入っておらぬ』映像の向こうで、騒がしくなった。どうやら、まだシリウスのことは公表されていないのだろう。だから、2人の会話は他の者には伝わらなかっただろう。しかし、髭の男にはディール議長とミッドが何度かシリウスの暗殺を目論んだこと(全て失敗に終わる)は伝わっていた。「それでは、今日はここまでです。明日も早いので」髭の男が映像を切ろうとした時、議長は続けた。
『ワシの本題はこれからじゃ』「!」『帝国の方で武器の密輸が行われるらしい。禁止空路だそうじゃ』「それもシリウスの仕業と」『可能性は大じゃな』映像の向こうではまた騒がしくなった。「いつですか」『1週間後じゃ』「アナスタシーから何も聞いていないと先程言っていたはずでは!誰から聞いたことですか」『電報だ。彼らが企てた罠かもしれぬ。だから、危ないのじゃよ』「分かりました。私もそちらに向かいます」『いや!お主は修行に専念せよ』男は言い返せなかった。
『わかったな。リード』「はい」髭の男は頭を少し下げてから映像を切った。


共和国ソロ。映像が切れたと同時にディールはそこから逃げるように歩いていった。他の八方議員はすぐに後を追った。アントニオはディールの前に出た。
「先程からリード議員と何を言っているのですか!私達には言えないことなのですか!」ディールは溜め息をついた。「ミッド議員の消息といい、何故隠すのですか!彼と何処へ行っていたのですか!シリウスとは何ですか!」ディールはアントニオを睨んだ。アントニオは一瞬怯んだが、すぐに立ち直った。「来てくれるか。この情報は国王、ましてや国民に漏らしてはいけないことなのでな」ディールはアントニオを避け、先に歩いていった。八方議員は顔を見合わせた後、後に続いた。
ついた部屋は、ミッドにシリウスのことを教えた部屋だった。全員が入った後、扉を閉めた。「これから教えることは誰にも言わないことを誓ってくれるか」誰もが無言で返事をした。「それと関係していることなのだが、ミッドのことは探らないでくれ。時が来れば、自ら姿を現すじゃろうから」議員達が唇を噛み締めた。「ミッドに話したことをここで再び言う」皆が息を飲んだ。「悪犬、またの名を悪魔シリウス」アントニオとミドナカが反応した。彼らの歳なら聞いたことのある言葉だからだろう。「人間を超越した悪魔シリウスは人類を支配することを考えた。つまり」「神に背いた」ディールが言う前にアントニオが言った。「そう、そして彼は天罰により死んだのだ」ディールは後ろに手を組み、彼らのまわりを歩いていた。「それは伝説のはずでは?」ミドナカが言った。「亡き友マッドを殺害した<反逆者レヴー>リストは悪魔シリウスをこの地に召喚したのだよ。自分を犠牲にして」皆が固まった。「そして生まれたシリウスは帝国の王となった」
「リストが死んでから・・・つまりすでに6年は経っているということですか!」「そういうことになるな」ジョニーは立ち上がり、ディールの胸ぐらを掴んだ。「何故知っていて黙ってた!!」皆は怒っていた。そんなに重要なことを黙っていたことに。アントニオが静かにジョニーの手を下ろした。「議長だぞ、ジョニー。何故黙っていたのですか。議長」「彼は障害として人より3倍速く歳を取るらしい」皆、ディールを見た。「彼が成長しきる前に倒すつもりだったのじゃ。何も起こらぬ前に。または彼が死ぬまで守りきるか」クリフは何か思いついたように言った。「そういえば、5,6年前から帝国の攻撃が激しくなり始めている」ディールはクリフに頷いた。「彼らには強みができたのだ。そして、彼はもう20歳だろう。今は強みが確信に変わったのじゃ」「そうか。議長とミッドが姿を消したとき、あれは」「そういうことじゃ。心配かけてすまなかった。もうワシらの手に負える段階ではなくなったのでな」「だから私達に真実を告げた、ということか」皆、生気の無くなった人形のように座り込んだ。
「しかし、シリウスは悪犬ではなくなったのじゃ。彼は今、ただの狂犬じゃ。八方議員はシリウス狂犬を抹消する暗黙の組織となるのじゃ。抜けたい者は申し出てくれ」ディールはそう言い残し、部屋から出ていった。





三、

帝国ギマール、地下収容所。2人のブーツの歩く音が狭い廊下に響いた。地上よりも薄汚い湿気の多い通路、結露が壁を伝う。2人の話し声も聞こえ始めた。
「クルタウロン襲撃部隊は準備できたか」声からするとシリウス。隣にいるのはサルファードか。そう牢の中でジーバスは想像した。「はい、すでに」ジーバスは目を開けた。サルファードの声ではない。
歩く音が近付いてきて、ジーバスの前に2人が現れた。黒衣の男シリウスと天辺の禿げた小太りの男、サルファードではなかった。シリウスは隣の男に手を向け、黙らせた。「どうだ、ジーバス。そこにいる気分は」ジーバスは首を曲げ、関節音をならした。「さっさと答えろ」隣の男が命令した。ジーバスはそいつを睨み返した。「誰だ、お前は。見たことない顔だな」禿げ男はカッとなり、前に乗り出したが、軽々とシリウスに止められた。「やめろ。ジーバス、彼はクルタウロン襲撃部隊の隊長に選ばれた帝国議員だ」ジーバスはまた目を閉じた。「ここに長居したくない。お前は後2,3年懲役だ。さっさと出てこい。私の下に戻れ」ジーバスは無言で答えた。
「ダイスケ、行くぞ。まだ行くところがある」「はい」禿げ男はジーバスを横目で見ながら、通路を進んだ。相変わらず、湿っぽい。
進んだ先に一つだけ隔離された牢があり、ダイスケは少し困惑した。中に1人の女性が縛られていた。「元気かな、A――アナスタシー――」彼女は顔を上げた。「女1人で帝国に侵入捜査していたとは勇敢なものだな。しかし、今はそのおかげで監禁されているのだが」シリウスの横でダイスケは遠いところから見ている錯覚に陥った。
アナスタシーは目隠しされながらも声のした方に顔を向けた。「A、誰の命令であの部屋に入った?」シリウスは喉の奥底から出る鈍い声で聞いた。猿ぐつわをされたアナスタシーは白い歯を見せながら、頭を傾けた。「2週間は経った。いつまで黙っているつもりだ」シリウスは彼女が喋れないことを知っていながら、聞いた。彼女は猿ぐつわをされている為(舌を噛み切らない為)喋ることができなかったが、表情で対抗した。そしてあたかも呆けたような顔をしてみせた。「何もされないまま殺されるとでも思っているのか?」表情が変わった。「安心しろ、お前は殺さない」安心しろ、とよく言ったものだ。「お前はこちらで使わせて貰う。共和国がお前を殺さなければならない状況に追いやってやる」アナスタシーはシリウスに殴りかかろうと全身に力を入れた。が、拘束されているので全く前に出ることができなかった。紐の接合部分が擦れる音を出した。ガチャガチャと狭い廊下と隔離された牢の中に響いた。シリウスはいやらしい笑いを浮かべた。
「さて話を戻そう。あの部屋で何を見た?」後ろで見ていたダイスケはシリウスの耳元で、その部屋のことを尋ねた。それは軽くあしらわれた。「何も見ていない訳ではないだろう。答えないつもりか。まぁいい」シリウスは手元のパネルを押した。彼女の足下から白い煙が出てきた。そして部屋中に充満した。彼女の暴れる姿が徐々に消えていった。「ダイスケがお前を調教してやる」ダイスケの方に顔を向けた。「好きなようにしろ。その代わりしっかり使えるようにだけはしておけ」ダイスケは汚い歯を見せながら微笑んだ。この口臭に鼻を塞ぐほど。その言葉を聞いて、アナスタシーは絶叫した。「はっはっは!」シリウスは大笑いをして通路を戻っていった。後からダイスケが付いてきた。「ダイスケ、先程の部屋のことはAに聞くな」ダイスケは頭を下げた。
「シリウス卿、スターキー議員のところへは行かないのですか」シリウスは無視して収容所を出た。




四、

2週間前。帝国ギマール、大型船RAVEN。いつもFR機を操縦していたアナスタシーは違う船に乗り合わせていた。
大型機RAVENは出航準備をしている。操縦室を抜け出し、議長との定期的な連絡をしに裏の通路を歩いていた。焦げたタンクに接続されたパイプの穴から蒸気が噴き出し、顔にあたる。煙い。今日の所は報告することは自分の安否だけだった。そしてオイルで濡れたノックをひねり、裏の通路から出た。汚れた手を胸ポケットのハンカチで拭き取り、元に戻す。とても機械的な動きで済ませた。
そして表情を一切変えず、操縦室に戻るため通路を歩き続けた。
彼女の後ろに男が居た。一定の距離を置き、後をずっと付いてきたのだ。男は小型通信機を取りだし、再び彼女に目をやった。一瞬目を離した隙にアナスタシーは姿を消した。彼女の歩く速さは一般男性よりも速いが、一瞬で消えることなど。男は小走りになり、彼女を捜した。そして角を見つけ、「?!」彼の喉に銃口が当てられた。
「待て待て、撃つな」彼女の顔が一変している。男は大分怯えている。「殺さないで」「何処まで見た?」操縦室で話す声(または議長との通信時の声)と全く違う。「何処まで見た!」カチャ・・・。彼女の後頭部に何か冷たいモノが触れた。「全部だ」低い男の声。アナスタシーは状況をやっと把握した。「何が目的だ」彼女は後ろの男に聞いた。「逆だな。それは俺が聞きたいことだ。まずはその銃を下ろしてくれるかな。ここでは争いたくない」男の特徴的な臭い、アナスタシーは誰か直感した。彼女は命令に従い、渋々銃を下ろした。「こちらへ来い」彼女は銃で背中を押され、先程通った裏の通路に行かされた。そこで奥に入ったところで振り返った。今まで銃で脅していた男はやはりジーバスだった。
「さて、言いたいことは山ほどあるのだが」先程彼女に銃を突きつけられた男は彼女に手錠をかけ、口にタオルを押し込んだ。そのタオルの汗臭さと男の加齢臭の臭いに彼女は眉間に皺を寄せた。彼女は抵抗できないまま、ジーバスの銃で脅されている。「まず君がここへ来た理由は帝国の情報を共和国に流すため、だな?」彼女は頷いた。ジーバスは頭を傾けて、何か考えている。そしてまた顔を上げ口を開いた。「今までのこちらの情報は向こうに流されているのか。向こうもお前がいるから安心できていたのだろう。共和国にとって悪い情報が無いと、帝国は何も企んでいないと」ジーバスは銃を持っていない方の手でポケットから何か取りだした。アナスタシーの後ろにいる男もそれが何か知らないようだ。見た限り金属でできた半円に見える。彼はそれを彼女の首に当てた。その半円の端のスイッチを押した。すると半円は伸び、完全な円となり彼女の首に装着された。「感じるか」感じる、彼女は奇妙な感覚に襲われた。時針が動くカチッカチッという音が全身で作動しているかのような。「その首輪には爆弾が取り付けられている。カチッカチッという音は時限だ。時がくれば爆発する」彼女は喋れない口で唸った。「後58分。解除したければ、私の命令を聞け」彼女はジーバスを睨んだ。「因みにそれと同時進行で共和国本国ソロでも爆弾が作動している。誰がそれを設置したのか?そんなこともわからないのか、お前と同じ身分の奴だ」彼女の目は点になった。「分かるな。従うしか無いのだよ」ジーバスは男に目で合図した。男はタオルは抜き取り、手錠を外した。「それを止める術はただ一つ。命令を完了したとき教える」彼女は口内の唾を出し切った。「命令は?」「大型船RAVENの4階0番室に行け。その後の指示はそれが出来てからする」アナスタシーは手錠の跡が残っている手首を撫でた。「大丈夫だ、お前の身分は誰にも言わない。俺は今、外に出てはいけない状態だからな」彼女は思いだした。「ジーバス、お前はクルタウロン襲撃に失敗してから、収容所にいたはず」「お前に指示を出すため、ここまで出てきたのだ。それ程重要な任務だと思って遂行してくれ。それ程失敗したときの代償が大きいことも意味しているのだが」アナスタシーはジーバスを睨んだ。「時間はない。さっさと行って貰おうか」アナスタシーはその場所を出た。「俺もそろそろ戻るか。協力ありがとう」ジーバスは彼女を脅していた銃で彼を射殺した。証拠になりそうな物は廃棄タンクの中に捨てた。そして誰も通らない道を通って収容所に戻った。
殺された彼はその3日後に発見された。自殺として。



彼女は真っ先にその4階へ移動した。誰にも見られないよう、警戒していることを悟られぬよう自然に振る舞い、その階に上がった。薄暗い廊下だ、それに埃っぽい。掃除は長い間していないと見た。誰も寄りつきたくないのもわかる気がする。しかし彼女には選択の余地が無かった。随分と静かだ、階上の足音、階下の話し声も透き通って聞こえる。「4階0番室」彼女は呟きながら、部屋番号を見上げ、歩いていた。首から伝わる振動が緊張させる。
無い!4階1番室で終わっている。そこでもう壁だ(あるいは階段、掃除道具入れ)。彼女は振り返った。向かい側は2番室。階段と逆の部屋は3番室、4番室と続いている。
もしや!
彼女は階段を除き、誰も来ていないことを確認してから、掃除道具入れをそっと開いた。明るい。妙に明るい。それに広い。彼女は一度、戸をしめた。『掃除道具入れ』の名札を剥がした。「!」そこには手書きで『ZERO』と。アナスタシーはジーバスから貰った腕時計で制限時間を見た。残り8分26秒。彼女は決心した。扉を静かに開け、中に入った。先程までの廊下から来たので明るく見える。中には誰もいない。小型無線。「入った。次の指示を」『次の指示だ。部屋の何処かにある、何かの資料を盗ってこい』「何かの資料?」『それ以上は何も知らないのでね』切られた。彼女は部屋を見渡した。目立つ物など無い。
見た限り、資料など・・・彼女はある物を見つけた。ちょっと違和感のある壁があった。銀色で彼女の全身が反射している。その壁に四角の枠がある。いや溝か。彼女はそこに近付いていき、指でなぞった。その辺りを観察し、他に何処か変なところはないか、調べた。
「あった」つい大声を出してしまい、また後ろを振り返った。いつもよりも慎重になっている自分に気付く。嫌な悪寒が背中を走る。アナスタシーは見つけた四角いボタンを押した。すると先程の四角の溝で囲まれた一面が出てきた。そこに数字が彫られたボタンが並んでいる。10進数。ここでまた無線。「暗証番号がある」『暗証番号?』「急げ、時間がない!」『わかっている。しかし、そんな物など知らな――』彼女は銀色の壁に映る自分の後ろに映る男を見た。無線が切れた。彼女は無言でゆっくり立ち上がり、男の方を見た。黒衣の男、シリウス。「ここで何をしていたのかな?A」彼女は固まって動けなくなった。「その首輪を取ってやろう」シリウスは手を前に出し、念じた。彼女の首にまとわりついていた振動は止んだが、その変わり大きな手で握られている気持ち悪い感覚が襲ってきた。段々意識が朦朧としてきた。「君は死なせない」そしてアナスタシーはその場で意識を失った。


収容所で連絡を取っていたジーバスは無線が切れた後、すぐにそれを破壊した。誰にも気付かれない前に。




五、

共和国ソロ。議室ではクリフ、ジョニー、ミドナカ、ウォーミアムが席に座って待っていた。そこにアントニオ副議長とディール議長が走ってきた。
彼らが入ってくると皆は立ち上がった。「議長!話は聞きました。奴等が武器を密輸する日付が決まったらしいですね」初めに言ったのはジョニーだった。ディール議長はマントをはためかせ、早歩きで皆の前に立った。そしてジョニーの方に指を向け、確認するように頷いた。「そうじゃ。4日後じゃ」皆は息を飲み込んだ。「4日後」「そこでだ。ジョニー議員とクリフ議員はそちらへ行って貰いたい」クリフとジョニーは目を合わせた。「何国ですか。その情報はまだ聞かされていません」ディールは遠くを見ている。変わりにアントニオが答えた。「ホルンディオン国。3日後に出発してくれ」クリフとジョニーは心臓に手を当て、礼した。
議長はまだ考え事をしている。それを見たアントニオ副議長が「どうかしたのですか」と尋ねた。「いや。何か危ない、そんな気持ちがしてならない」「まだ他に心配事でも」ディールはアントニオを見た。「ソー国に帝国機が襲撃しに来る可能性が高いのじゃよ」アントニオは驚いた。ディールは八方議員達の方に向いた。「ウォーミアム議員、一度確認しに行って貰えるか」ウォーミアムは2人と同じように礼した。「どういうことですか。帝国がソー国を襲いに来ると?」ディールはアントニオの方に向き直り、見つめた。「最後のチャンスかもしれん。手助けしてくれぬか」アントニオは改めて、そう言われ、妙に恥ずかしくなった。「はい、もちろん」ディールは先程入ってきた扉の方を見た。「入って良いぞ」その言葉に皆がディールを見、彼の見る先に目をやった。扉は静かに開かれ、背の低い男が入ってきた。長い間切らなかったであろう長い黒髪に、いつも付けていたバンダナ、その下から流れる一筋の川のような傷。「ミッド」アントニオは呟いた。姿を消す前とは凄い変わり様だった。彼の顔からは優しさという言葉が無くなっている。「お久しぶりです、副議長、それに同議員」彼は深々とお辞儀をした。アントニオは彼の方に走っていき、腕を掴んだ。「言いたいことは山ほどある!」アントニオの手は震えていた。強く握りすぎたかと思い、力を弱め、彼の顔を見直すと、全くと言っていいほど動揺していなかった。「彼を呼び戻したのは、我らでソロ国を守るため」アントニオはディールの方に向き直った。「それはどういう事ですか」「今、ソー国が襲われそうにあると言ったな?」無言で頷いた。ディールは後ろで手を組み、ゆっくりと歩き始めた。そして、皆に背中を向けながら続けた。「今、クルタウロン国に新たな武器を作ってもらっている。完成間近だそうじゃ」「それが何か関係あるのですか」「ミドナカにそちらに行って貰う。彼女の護衛も兼ねて」皆が驚き、身を乗り出した。「こんな危ない状況の時に何をしに行くと言うのですか!」「正直、向こうで何度か世話になったリードを行かせてやりたかったが、彼は今、不在」完全に無視している。
「まとめると、八方議員はワシとお主アントニオ、それにミッド、クリフ、ジョニー、ミドナカ、ウォーミアム、そしてリード。クリフとジョニーはホルンディオン国へ。そしてウォーミアムはソー国へ。ミドナカはクルタウロン国へ。リードは彼の修行中。彼らは我らが散らばっている隙に本国ソロへ来るやもしれん。その為にワシとアントニオ、ミッドはここに残る」皆が黙った。「ウォーミアム議員、すぐにでもソー国へ行ってくれ」深く礼をした。「ミドナカ議員はまだ行かなくても良い。それでは緊急会議を終わる」皆は姿勢を正した。
「我が名を誇れ、帰ってこい」ディールはミッドの所へ行き、背中を押して部屋を出ようとした。すると後ろからアントニオが来た。それに気付いたディールが釘を刺す。「彼は今からまだすることが残っているのでな」アントニオの表情は穏やかになっていた。「いや、違う。私は彼とゆっくり話がしたいだけだ。久々に会った友として」ディールは無言でその場を去った。アントニオは空いている席にミッドを促した。彼は表情一つ変えず、その席に座った。そしてアントニオは彼と向かい合って座って、話し出した。





六、

共和国ソロ。議会が終わった後、ウォーミアムは小型船を準備していた。茶色のマントを身にまとい、誰にも顔を見せないように船の点検をしている。後ろが少し騒がしくなった。彼が後ろを振り向くと、船の整備員達(ススで汚れた作業服)が道を開け、敬礼している。その道の向こうには杖をつきながら、歩いてくるディールがいた。彼はゆっくりと、本当にゆっくりとウォーミアムに近付き、前まで来ると片手を腰に回し、撫でた。「何度も言うようだが、お主は確認しに行くだけだ。何か問題があれば、すぐにでも報告しろ」「承知しています」ウォーミアムは心臓に拳をぶつけて言った。「我が名を誇れ」ディールは頷き、その場を去っていった。ウォーミアムがこの場に居たと気付いた作業員達は、気まずい空気になりながらも仕事にまた取りかかった。
ウォーミアムは点検を終え、その場を離れ、作業長の所へ行き、船を表に移動させて貰った。


空港。船の扉が開き、ウォーミアムは乗った。そして椅子に座り、目の前の赤い電源を入れ、1個1個第一関節くらいの大きさのレバーを傾けていった。風が巻き起こる。音もなくそれは飛び立ち、大空の中に消えていった。


真っ暗な宇宙でそれは一度止まり、中でウォーミアムがソー国へ座標を合わせると、スピードを上げ、一気に彼方へ消えていった。
周りの星が白い線のように流れていき、目の前に巨大なソー国がいきなり現れた。「ほー」彼は綺麗な星に感動した。しかし近付くに連れ、ソー国の状態が大体分かってきた。雲のない空だから地上がよく見える。パッパッと所々で光が点灯しているように見える。あれは爆破が起きているのだと直感した。ウォーミアムは地上に降りる前にディールの方に連絡した。「ディール議長、予想を遙かに超えています。帝国軍がもう着陸しています。大分攻められているようです」『そうか。着陸し、ソー国軍と合流してくれ』「はい。しかし何故、私達に知らされず、ここまで来られたのか」『多分アナスタシーの身に何かあったのだろう。今までは彼女からの帝国の情報があったが、今は何も来ていない』「そうですか」『わかった。それでは急いでくれ、そちらにもう10人ほど議員を送る』「はい」通信が切れた。ウォーミアムは溜め息をし、背もたれに頼るように気を落とした。




七、

共和国ソロに小型機が1機降り立った。その船のエンジンは切られた。その場に八方議員ディール、アントニオ、ジョニー、ミドナカ、クリフが駆けつけてきた。白い煙を噴き出し、小型船の扉が静かに開いていく。中に男の影が見えた。そして扉が完全に開かれた。ブーツの音が白い煙の中から聞こえた。2人の男が下りてきた。
「お待たせしました」髭の生えた方が言った。「よく戻ってきた」ディールも親しい仲のように言った。そして白い煙が風で掻き消され、2人の顔が見えた。そこにいたのは、少し老け、貫禄が出てきたリードと、たくましく育ったメサドだった。「おかえり、リード議員、メサド議員」アントニオが進み出て、握手を求めた。「はい」リードとメサドは快く受け取った。「さて、余談をしている暇などない」ディールはアントニオを下がらせ、本題に入った。「リード議員、お主は今から何人か議員を連れ、ソー国へ行って貰う。今すぐだ。ソー国軍本部にウォーミアムが待機しているはずじゃ」「はい」隣で聞いていたメサドは、何人か議員を連れて行くというのは、自分を連れて行くのだろうと思っていたが、違ったようだ。
「本当はお主にクルタウロン国にも行って貰いたかったのだ、ミドナカ議員と」リードはディールの方を見た。「ニーナ女王と交友のあるお主に行って貰いたかったのが。いや、他の者にソー国へ行って貰ってもいいのだが、どちらでも良い」リードは彼の言葉に引っかかった。「いえ、ソー国へ行きます。これはミドナカ議員を悪く言うのではありませんが、今危ない国があるのに、安全な国に行くのは八方議員として失格だと、自負していますので」ディールは頷いた。「わかった。それではお主にソー国へ行って貰う。それと言っては何なのだが、メサド議員、お主にクルタウロン国へ行って貰いたい」メサドは急に話を振られ、面食らった。リードは微笑みながらメサドの背中を叩いた。それからミドナカの所へ行き、挨拶をしてから、ソー国へ行く準備をしに行った。

残されたメサドはミドナカの所へ行き、挨拶をして自分の用意された部屋へ行った。クルタウロン国。ニーナ・オルガモード。メサドの頭の中は彼女のことでいっぱいだった。5年間彼女に会わなかったことで、彼女の存在が彼の中でどんどん大きくなっていたのだ。


しばらくしてリードはソー国へ飛び立った。




メサドは自分の部屋で準備した後、部屋を出た。そこへある男が現れた。髭が蓄えられた威厳のある男。「やぁ、こんにちは」メサドは彼の顔を見て、固まった。
「フルサーバス・ハイル王――」メサドは彼の名前を言ってから、我に返り、姿勢を正しお辞儀した。フルサーバス王は微笑みながら「改まらなくて良いよ」と優しく言った。「はい」メサドは緊張していた。何故なら、今目の前に共和国の本国ソロの王がいるのだから。
「君が例の少年か」「例の?」「こちらの話だ」例の、というのはリードが言っていた例のことだろう。「君とはいろいろと話がしたいな」「はい」メサドは何故、自分のような下級議員が王に話しかけられ、話がしたいと言われているのかわからなかった。それでも嬉しかった。しかし2人の間は沈黙となった。何か自分から話を振ろうとメサドは考えた後、何か思いついた。「奥さんの方は大丈夫でしょうか。子供がお腹にいると」「ああ、聞いていたのか」フルサーバスは自分の話題になり、声音が上がった。「ニュースは今、それだけでにぎわっていますから」「はは、嬉しいことだな。こんな私が報道で取り上げられるとは」メサドは少し間をおいてから「名前はお決まりですか」王は辺りを見回し、それからメサドの耳元で囁いた。「あぁ。既に妻と話し合ってね。マリエと、マリエ・ハイルとすることにしたのだよ」「マリエ」メサドの大きめな声に王は反応し、口元で人差し指を立て、静かにさせた。そんなことよりもメサドはあまり聞かない名前に少し困惑した。「駄目かね?私なりには良いと思うのだが」「いえいえ、そんな。素晴らしい名前です」メサドは悪いことを言ってしまった、と悔いた。「ありがとう」どうやら、それ程気にしていないみたいだ。「それとこれは誰にも言わないでくれるか」王は笑って言った。メサドは自分だけ王の秘密を握っている事に優越感を覚えた。もちろんメサドの返事は「はい!」メサドの顔は満面の笑み。
王の後ろから付き人が走ってきた。「王、何処に居たんですか。探しましたよ」王は振り返り、「すまない」と。「時間です。そろそろ行かないと」「あぁ」王はメサドの方に振り向き、「それでは、今度会えたらまた話をしよう」王は手を振り、付き人と一緒に廊下を歩いていった。
メサドはしばらくそこで嵐が去った後のように放心していた。それから我に返り、ゴールデンシップのところへ行った。そこには既にミドナカが待っていた。「申し訳ありません。遅れました」メサドは走ってきたせいで絡まった服を叩いて直した。「いやいや、私も歳でね。つい行動が早くなってしまうんだよ。大丈夫だよ。集合時間よりまだ10分早い」ミドナカは時計を見てから、「もう行くか?軍の方も既に乗り込んでいる」「はい!」ミドナカはゴールデンシップの中に入っていった。それに続き、メサドも中に入っていった。そして扉は閉められた。
そしてゴールデンシップは静かに浮かび、宇宙に飛んでいった。


船内。メサドはミドナカの横に立ち、一緒に大きな窓から宇宙の景色を見ていた。「君が、議員になると聞いたときは、正直驚いたよ。その若さでなれるとは思わなかったからね。あのリードよりも若いからね」メサドは照れながらも、真っ向から受け止めた。「御言葉ありがとうございます」ミドナカは拳を口元にやり、咳払いするように笑った。「はっは。そんなにかしこまらなくても良いよ。ソロへ来たときの君とは大違いだ。随分とリードにしごかれたようだね」「あ、はい」メサドはなるべく敬語を使わないように気遣った。
船が大きく揺れた。この揺れでは船の奥深くでは電線コードの束が振り回されているだろう。2人とも慣れているので、ふらつかなかった。船はクルタウロン国の大気圏に突入した。
「君ならこれから起きる難題も乗り越えていけるだろう」ミドナカは操縦室に戻っていった。メサドはしばらく姿を現したクルタウロン国を眺めていた。ここがニーナの住む星。改めて想うと、胸が痛くなった。唇を噛み締め、ミドナカの後を追って操縦室に行った。部屋にはいると、先程と同じようにミドナカが手を組み、前を見つめていた。そして扉が開く音を聞き、そちらの方を見た。「メサドか」彼はまた前を向いた。彼の見る先にはクルタウロンが間近まで迫っていた。そろそろ着陸だった。そしてメサドは彼の横に来た。
ミドナカは今までに聞いたことのない慎重な声で言った。「怪しいと思わないか」ニーナのことばかり考えていたメサドは不意を付かれたような感覚になった。「何が、でしょう」「いや、ニーナ女王は今まで我々の為に軍用武器を作ってくださった。議長との契約の元で。それが今回、議長との契約の他にもソロ軍貸出の要求があった」メサドは最後まで聞かずにミドナカが言いたいことに気付いた。「我らの軍がホルンディオン国の密輸阻止、ソー国襲撃の反撃、ソロ本国の守りとして必要としている今なのに、こんな時に不足している軍をクルタウロン国に渡さなければならない。何かある」メサドはニーナを疑いたくなかった。「もしかしてクルタウロン国は我々が知らない内に帝国に寝返ったか」ミドナカがそう言った瞬間にメサドは反論した。「そんなことはない!彼女はそんな人じゃない!」ミドナカは自分の腕を本気で握っているメサドの目を見た。「わかった。私も信じよう。それに」ミドナカは何か言いかけたが、言うのをやめた。シリウスの情報はクルタウロン国には流れていない、つまり帝国に寝返る理由がない、そうミドナカは頭の中で整理して、言うのをやめたのだ。
「なら、どういう理由でクルタウロン国は軍を必要とする?」
メサドは何か閃いた。そしてそれを言おうとしたが、通議員が八方議員に意見を述べてはならないことに気付いた。先程はつい我を忘れてしまったのだろう。ミドナカはそれを考慮していた。「あの、思いついたことがあるのですが」「あぁ言っても良いが」彼が許可を貰おうとしているということは、気持ちが落ち着いたのだとミドナカは考えた。「もしかしてクルタウロン国は帝国を襲撃するつもりで、軍を必要としているのではないですか。ソロ国にいるスパイに情報を漏らされる前に」ミドナカはしばらく考えた。「それはないな。むしろ帝国に脅され、仕方なく軍をクルタウロン国に来させた、方が筋が通る」メサドはすぐに反論したくなったが、言うのを諦めた。リードに何度も忠告されていたからだ。『お前はまだ若い。それに今まで同じ事のくり返しの生活だったため、偏った見方をしてしまう。お前の考えることよりも八方議員の考えることの方が正しい場合が多い』メサドは言うのを諦めた。
そして船が先程の揺れと比べものにならないほどの揺れを起こしながら、着陸した。

そして扉が静かに開いた。まず10人ほど軍が出てきて、道をつくった。そしてミドナカ、メサドと出てきた。その道の向こうには1人の女性と2人の老人、5人ほどの護衛がいた。メサドは彼女を一心に見つめた。ニーナ。
彼女は口を開いた。「初めまして、ミドナカ八方議員。そしてお久しぶりです、メサド議員」メサドが18歳のとき(両親、育て親を殺された)、ソロへ行くときに支えてくれたニーナとは何処か違う。







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