the Fourth Avenue Cafё

EP3:Pieces,1


「ね、メサド。私、落ち着いて聞いてね」そう言ってる彼女の方が落ち着きがなかった。そう考えれば、昨夜の彼女は彼からそそくさと逃げるようにそっぽ向いて寝てしまったような。
「わたし、私・・・のお腹に貴方の子を授かったの」
メサドにとってその言葉は幸福な、この上ない至上の喜びの言葉だったが、彼はある決心を差し迫られたようにも思えた。彼女とは結婚して半年になるところだったし、早すぎるかもしれないが、ある意味節目なのかもしれないと心の隅で感じていた自分もいた。今日ここでメサドは父となり、ニーナは母となるのだ。
「彼か?彼女か?」「まだそこまでわからないって」メサドは顔を洗うのも忘れ、ニーナの横に座り、彼女のお腹を撫でた。「息子なら、クロスにしよう。娘なら、ミアラにしよう」メサドはお腹を撫でながら、もう片方の手で彼女の額を撫で、頬を包み、そっと口付けた。彼はニーナの耳元で囁いた。「ありがとう、嬉しいよ。これからもよろしくね、『おかあさん』」彼女は不安でいたのかもしれない、メサドのその言葉を聞き、安心と喜びが同時に沸き上がり、歓喜余って泣き出してしまった。それでも強くあろうと無理に笑って見せた。


あれから、1年し、第1子クロスが生まれた。『クロス・カタル』皆の祝福の下、誕生した栄光の星のように輝いていた。


あれから2年――




一、

帝国ギマール、地下収容所。真っ暗な日も差し込まない牢獄でスターキーが限界間近な禁断症状とでもいうように、コンクリートの壁を爪で何度もひっかいていた。只でさえ苛立つ収容所にこの音が響くようになったときはすでに、ここは罪人の精神が壊れていく本当の地獄と化していた。食事と労働時に仕切る軍隊に悪態をつく者があれば、獄中で悲鳴のような奇妙な金切り声を上げる者もある。その中でスターキーはまだ真面目な方だといえるだろう。
彼がいつものように爪が剥がれるまで壁をひっかいた後、にじみ出てきた血で壁に落書きし、最後に砂利の混じった血を啜っていたとき、ブーツの音が段々こちらへ近付いてくるのが聞こえた。彼は硬く冷たい地面に頭を打ち付けようとしたが、動きを止めて、そちらに目をやった。すると背の低い白髪頭の男がそこに姿を現した。彼は地面を這い回る虫けら同然にスターキーに目をやり、にやけた。スターキーは口から血が零れるのも気にせず、男の目を見つめていた。
「サルファードか」ようやくスターキーが口を開いた。白髪頭の男はそれまで以上に口を割いて笑った。そしてその場にしゃがみ、スターキーに見せびらかすように、胸ポケットからその牢屋の鍵を取り出した。「サルファード議長さま、だろ」彼は態と鍵を彼の目の前で音を鳴らして振った。するとスターキーは気が狂ったようにサルファードに突進していった。が、すぐに手錠に阻まれ、尚かつ鉄格子に身体を打ち付けて、その場にぐったりと倒れた。
「申し訳ございません。サルファード大議長さま」サルファードは満足したように笑って立ち上がった。「鍵はお預けだ。今日はお前に話があってきたのだ。1ヶ月後、お前が必要となるため釈放してやる。そのときまでに体調を整えておけ」
サルファードはそう言い残し、階段を上がって、外へ出た。
1つの島国のこの収容所はここ数十年晴れることが無く、いつも分厚い雲で覆われていた。今日も雲行きが怪しい。サルファードは湿った海風に白髪をなびかせ、小型船に乗り込んだ。「ここには長居したくないものだな」彼はそういうと奥の部屋へ入った。操縦士が頭をかしげ、サルファードの背を見た。「どうかなされましたか」「いや、着替えてくるだけだ」
彼はカーテン扉を閉め、中で着替えた。




二、

帝国ソロ国立研究室。共和国ソロに住んでいた人々を全て外星へ出し、ここには既に研究室にいるシリウスと研究員を除いて誰1人いなかった。完全なる沈黙に包まれたこの星は建造物もそのままに壊されることなく残っていたし、動物たちも活き活きと生活していた。しかし、何処か沈黙なのだ。
その世界に怪しく光る部屋があった。そこが国立研究室。「見せてみろ」シリウスは先程その情報を聞きつけ、この場に飛んできたのだ。
「これです」白衣に包まれた男達が厳重に注意しながら、アタッシュケースを持ってきて、それを開けた。
「これがそのモノか」シリウスは中に入っていた試験管の中から中央を取り、それを照明に照らし、眺めた。純な黄をした液体が中で揺れた。「美しい。たかがこんなちんけな液体なのに、この星の生物を激変させることの出来るものとは、力とは絶大なものよ」彼はほくそ笑んだ。「そうですね。この液体が生物の身体に入り、遺伝子を組み換え、細胞を膨張させることでその生物を巨大に狂暴にすることが出来るのです」研究員の1人がシリウスの1歩後ろで返答した。
「すぐに始めるぞ」シリウスは試験管をケースに直し、研究室の窓から外を見た。
受け取った研究員は防止帽をかぶり、ケースを奥のガラス張りの部屋へ持っていき、そこで中の試験管を何かの機械に差し込んだ。そして手際よく電子パネルに移り、画面を操作し、決定ボタンを押した。すると一瞬にして試験管の液体は姿を消した。何処かに流れたのでもなく、瞬時にそこから黄色が消えたのだ。
研究員は再び機械の方へ行き、機械の上の蓋を開け、新たなボトルを取り出した。それを他の試験管で5回行い、出来た5本のボトルを持ってシリウスのところへ戻ってきた。「これで準備万端です」「それでは早速行くか」
研究員3人とシリウスは彼が乗ってきた小型船に乗り込み、先程のボトルを機体に設置されている銃と合体させた。その間、他の研究員は丹念に戸締まりをし、隙間がないかを調べた。シリウスは助手席に座り、操縦員に指示を出していた。「この星の空をゆっくりと浮遊しろ。その分の燃料なら積んでるからな」彼はふんずり返って座った。
そして小型船は宙に浮き、静かにソロの空を飛び始めた。
ボトルの合体した銃は銃口から霧状のモノを噴射し始めた。あの黄色の液体は気体になり、空から降らされるのだ。小型船の中で緊張が走った。
船は数時間もの間、空をくまなく飛び回り、さきほど液体を噴射し続けた。事が終わり、小型船はソロから消え去った。
液体をかぶった動物はこのあと生態も変わり、巨大に狂暴になった後、帝国軍に連れられ共和国に送り込まれることになる。




三、

共和国ソー。遠出を終えたメサドはミドナカ議長に挨拶をしに来た。マントを揺らしながら、彼は廊下を颯爽と歩き、出会う人に礼をされながら、議長室に着いた。
「議長、ハズホーから戻りました」「あぁ」ミドナカはメサドに見向きもせず、書類に目を通していた。最近は老眼が酷いらしく、机に着くときは常に老眼鏡を手に持っている。「大聖堂建設材料はもうほとんど準備ができています」「そうか」ミドナカはまたもや顔を見ずに返事した。それを気にしながらもメサドは懐から小型機を取り出し、それの操作をし、画面を表示した。「金属柱22mのを20万本に45mのを5万本、金属板原料を500万トン、豪勢材料630万トン、ガラス片3万トン。土料200万トン、彩色料60万kg、石料90万トン、揃っていませんが材木430万トン。それであとは交通許可を頂ければ、準備できたものはすぐにでも送ることが出来ます」今度は返事すらなかった。
メサドは不安になり、「何かあったのですか」と聞き返した。すると我に返ったようにミドナカは視線を上げ、メサドを見た。「あぁ、すまない、すまない。あまりにも大変なことを聞き、我を忘れておったよ」「何を聞いたんですか。僕がいない間、何があったのですか」
「いや、今は言えない。皆が集まってから、話す」ミドナカはソロでの出来事が詳細に記載された電報を見て、言った。メサドは何か腑に落ちない心持ちになったが、今は騒がない方が良い情報なのだろうと思い、その事に後にした。
「それで、皆が集まるのはどれくらいで――」メサドは尋ねた。もし時間があるならば、クルタウロンへ行き、ニーナに顔を出すことが出来ると考えていた。「多分2週間は空く。今、フィルスティーヌとルサーズがミリアンヌまで遠出をしておるのでな」「そうですか」メサドの表情が明るくなるのにミドナカは気づいた。
「ニーナ女王の所へ行くのか」「はい」メサドは彼女の名前を他の人が言うのを聞き、嬉しくなった。先程までのミドナカの真剣な表情も一掃され、穏やかになっていた。「お主の息子クロスは今、何歳だ」「2歳です」「元気か?」「はい」メサドはクロスの顔を思い浮かべ、心が温まった。
「そうか、そうか。それは良かった」ミドナカは腕を組み、何とも言えない笑みを浮かべた。「2週間だが、家族で楽しんで来い。滅多に取れない休みだ。ニーナ女王に宜しく言っていてくれ」「はい」
ミドナカの表情が議長の顔となった。「大聖堂の建設材料の揃った物は全て送ってくれと言っておく」「はい、それでは失礼しました」メサドは右拳を心臓の上で握り、一叩きして部屋から出ていった。メサドと入れ替わるように誰か議員が議長室に入っていった。議長も忙しいようだ。


メサドは空港の倉庫にしまった先程乗ってきた大型船の中に入り、その中の小型船に乗り込んだ。器用に電子パネルを操作し、続いて第1関節くらいの長さの切り替えスイッチを替え、手前のレバーを引いた。すると小型船の左右翼の下から風が巻き起こり、それは浮いた。そして大型船の飛び出し口を開けてくれている赤い服の作業員に手で御礼をし、そこから勢い飛び去っていった。
操縦室で彼はレバーを握っている方ではない手をパネルを操作し、クルタウロンの空港に座標を合わせた。すると光の筒が出来たように周りの星が残像を残して過ぎ去っていく。そして10秒もしない内にクルタウロン国が見えた。




四、

帝国ギマール、議長室。そこではシリウスが大きな窓から曇り空を見て鬱になっていた。グレイの空の中で金色の雷が瞬き、時折ドラゴンを想起させるうねりを見せるときがある。雨も降らない乾いた雲の中で何故雷が発生するのだ。多分、中には数量だが雨粒があるのだろう、だから乾いて見える雲の中で乾いた空気に静電気が走り、雷となり、地面に落ちるのではなく雲の中でうねっているのだろう。シリウスは時たま何を考えているかわからないときがある。自分のこの身体に生まれた運命を後悔しているのか、それとも只単に共和国を乗っ取る手段を考えているだけなのか。ただ言えるのはこのときの彼はひどく不機嫌で訪れた議員に少しでも気に食わないことがあるとすぐに殺す傾向がある。
その不幸な時間に男が駆けつけてきた。ジーバスだ。彼は息を荒げながら、その部屋へ着いた。シリウスは彼のその姿を見ただけで吐き気を催し、殺しそうになったが、上げた右手を必死に左手で封印した。何故、彼を殺さないのか、それはシリウスが忙しいジーバスを無理矢理連れてきたのだから。
「それで今日は何でしょうか。新たな指令でしょうか」ジーバスは呼吸を整えていた。シリウスは一向にジーバスの方を見ず、窓の外を見ていた。そしてしばらくして重い口を開いた。
「共和国ピサラルドへ行き、滅ぼせ。住民は殺しても構わん。だが、その前に工場を造らせ、そこでドロイドをこしらえろ。それが終われば、殺しても良い」ジーバスは驚き、後方へ下がった。「正気ですか?ドロイドを創るなど」「技術ならとうの昔に発達しているだろう。製造方法も完成しているはずだ」「しかし!」ジーバスはまだ反論しようとしていた。しかし、それもシリウスの振り向き顔を見て、喪失された。あれは、あのときの顔は恐ろしいというレベルではなかった。表現できない、筆舌に尽くしがたいものだと後にジーバスは声を漏らす。ジーバスは蛇に睨まれた蛙のように全く動けなかった。もっとも今のシリウスは蛇ではなく鰐(わに)よりも凶暴で人よりも傲慢な生物であり、ジーバスは蟻にも満たない害虫なのだが。
「わかったら、さっさと行け」「はい」シリウスはまた窓の方へ向いた。ジーバスはようやくシリウスの拘束から逃れ、肩の力を抜いた。「スターキーのようにはなるな。もし再び失敗するようであれば――」ジーバスはこれ以上先を続けなくともシリウスが何を言いたいかわかった。「殺すぞ」するとジーバスの後ろに控えていた議員は泡を噴き、その場に崩れ落ちた。ジーバスは言葉を無くした。何もこの議員が犠牲になることなどなかったはずなのに。ジーバスは乾いてくっついた唇を何とか開き、「失礼しました」とだけ言い、動かない膝を何とか動かし、その部屋から逃げるように出ていった。騒動を聞きつけ、救助員が殺された議員を運んでいった。
そしてシリウスは再び、グレイの空を見上げた。




五、

共和国クルタウロン。メサドはニーナとクロスが待つ部屋へ急いだ。そして何度も来たことのある彼女の部屋へ着いた。彼女と出会い、そして彼女を初めて抱き、初めて寝た部屋。
メサドが扉を開くとニーナはベッドに寝かせておいたクロスから離れ、彼に跳んで抱きついた。メサドは彼女を抱きしめながら、外へ出し、扉の前で一緒に回った。ニーナの足が床につくとメサドは放し、熱く口付けた。唇が離れると、2人は目を合わせ、少年少女のように無邪気に笑って額をくっつけた。
「会いたかった。凄く会いたかった。ずっと」「私も」メサドは扉の外であることも知らず、彼女の腰に手を回し、自分の腰と密着させた。彼女は唇を噛み締め、笑い出した。「まだお昼よ?」彼女はメサドの瞳を舐め回すように見つめ、誘惑した。メサドもそれに応えるように彼女を見つめ返した。そして腰に回していた手を尻に滑り込ませていった。メサドがそのまま続きをしようとしたとき、その空気を裂くクロスの泣きじゃくる声が廊下まで響いた。
「あらあら」ニーナはメサドの手をすり抜け、部屋へ戻り、クロスを抱き上げ、泣きやませた。メサドは取り残された手を虚しく握り、扉の縁にもたれ掛かって2人を和やかに眺めた。
「貴方も手伝ってよ、ほら、クロス」ニーナはメサドに助けを求め、メサドはようやくニーナを手伝いに行った。

その晩クロスが寝付いた後、ニーナのベッドで一緒に寝ていたメサドはクロスの頭を撫でながら、彼女と会話していた。
「クロスも見ない間に大きくなったな」「そうね、赤ん坊の成長は早いものよ。今のクロスとの想い出は早いうちに記録しておかないとね」「そうだね。明日にもクロスと何処か行かないか、もちろんニーナも一緒に」クロスが2人に挟まれながらも小さく伸びた。「ごめん、明日は私忙しいの」
メサドは残念そうに口を曲げ、眉間に皺を寄せた。「もう!そんな顔しないの!」ニーナがなだめるようにメサドを叱って、メサドも笑って返した。「はいはい」2人の間は笑顔で満ちあふれた。
薄暗いランプだけが2人を照らし、ぼやけた視界の中、2人は互いに見つめ続けていた。それだけで言いたいことは伝わる。夫婦以前に未だ2人は恋人同士なのだ。
そして互いの顔が徐々に接近していき、唇が触れ合った。メサドはクロスを起こさないようにゆっくりと布団から出て、クロスの上をまたぎ、口付けたまま、ニーナの方へ移動した。移り終わるとそれまで以上に激しく口付けた。「しばらくご無沙汰だったのね?」ニーナはメサドの瞳を下から覗き込んだ。「ずっとね」メサドが言い終えるか終えないか、彼は彼女の上に覆い被さった。クロスに止められた昼の分も熱く交わった。




六、

共和国ソー。
「どういうことだ!」リードが怒鳴りながら、議長室に入ってきた。「どういうことですか!今、ピサラルドに帝国船が降りたとお聞きしました」議長椅子に座り、肘をつき、手を組んで真剣な眼差しでアントニオはリードを見た。
「あぁ、先程ちょうど情報が入った。ジーバス=モノ・ポーノマン帝国議長の指示の下だ」




七、

共和国ピサラルド。森の中に降りようとする帝国船から小型船が10機飛び出し、森に点々と存在する村を次々と爆破させていった。そして島で一番広い湖にも爆弾が投下された。
その湖が乾いた灰の砂漠の地と化すのとほとんど同じ時間に帝国船が地面についた。そして中から重装備の帝国軍隊が溢れ出すように飛び出してきた。そして作戦に従い、列を成して西へ東へ南へ別れて行った。
東へ向かった1つの列がサーライス村に突撃した。メサドをかくまってもらった村で、アリアヌ・キイドを長とする村。この星で最も大きな栄えた街。すでにその村の男達が攻撃に備え、村の唯一の門に銃を持って帝国軍を待っていた。村人の間で緊張が走った。
その時、地平線の向こうから大砲の発射する音が聞こえたのと同時に門の右支柱が爆破し、崩れ落ちた。その余りにも大きな爆音と振動に、村の奥に身を潜めていた女達や子どもは悲鳴を上げ、逃げ始めた。村の中で大きな騒動が起こり始めた頃、その爆破に怯んだ男達が先頭に立つ男に怒鳴られた。爆音に負けない大声で。
「お前等!何を怯むことがあるか!我らはこの街を守り抜かねば、ならぬのだぞ!」男達の間で囁き声が木霊した。「この場から逃げたいのであれば、何処へでも逃げろ!まあ尤もすでに遅いがな!」先頭の男は苦笑いをして、前方を睨んだ。爆風に吹かれる黒煙の狭間から、地平線からこちらへ来る帝国軍が見えた。それにその帝国軍は端が見えないほど、横に広がり、村全体を囲むように攻めてきていた。
「まったくどうして、この村はこうも攻められるんだろうな!」先頭の男は小型の大砲を肩に担ぎ、先程大砲を撃った方角へ照準を合わせ、構えた。
「どれだけ小さな戦力だろうが、あいつらを負かせることだって出来るよな」先頭の男の横に怖いもの知らずの若造が並んで、同じように大砲を構えた。「出しゃばるなよ、若造」先頭の男は笑って、合図した。そして同時に2つの大砲が火を噴いた。

『どれだけ小さな抵抗でもあいつらの戦意喪失に貢献すれば、立派なものだろう。』

2つの弾丸は帝国軍に激突した。地平線で人間が花火のように散った。サーライス村の男達が歓声を上げた。
すると反撃の如く四方八方から帝国軍の大砲が発射された。門はおろか村の中まで爆破され、粉々に砕けた。幸運なことにアリアヌ・キイドのいる白い塔や奥で隠れる女達子どものいる場所は爆破されなかったようだ。
頭を抱えて爆破を免れた男達は絶叫して帝国軍に突進していった。

先頭の男は花火のように散った帝国軍の残り軍とまずはじめにぶつかり、そこの隊長らしき男とやり合った。サーライス村の男は剣を腰から抜き、振り下ろしたが、帝国軍隊長はそれをかわし、彼自身の剣を構え、振り下ろした男の胴体目掛けて精一杯振り切った。しかし彼は振り下ろしたそれを下から振り上げ、帝国軍隊長の剣にぶつけた。互いの剣が交差し、金属音がつんざくように過ぎていった。
「なかなかやるが、都市の力は絶大なものよ」帝国軍隊長は相手の剣を振り払い、距離を置いた。そして即座に懐からレーザー銃を取りだし、サーライス村の男の足を撃った。彼は呻き声を上げ、足を引っ張られ滑ったようにその場に倒れ、足を抱えて暴れ回った。見れば彼の足首はレーザー弾で貫通し、血も出ずに黒く焦げている。「くそ!」倒れた男は身体を振る勢いで持っていた剣を帝国軍隊長に投げた。剣は回転しながら直線に帝国軍隊長に飛んでいった。彼は不意の攻撃に焦ったものの、避けられないものでもなく、難なく避けて見せた。倒れている男は攻撃が成功することを望んでいたが、成功するとは思っていなかった。しかし、いざ最後の抵抗が無駄に終わるのを直視すると絶望感は頂点に達し、それは諦めに変わった。彼は歯を食いしばり、帝国軍隊長の方を睨んでいたが、避けられ、落胆して頭を地面に垂らして息を吐いた。
「フ、一度は危ないと思ったが、やはり農民は農民よ。上の人間に抵抗した罰と思えば、報われるぞ」帝国軍隊長は銃をその場から彼の垂れた頭に狙いを定めた。「バンッ!」彼はふざけて口で銃声の真似をし、自己満足の笑みを浮かべた。そして再び彼の頭に照準を合わせ、引き金を引いた。というより引こうとした。
しかし、レーザー銃は何者かに斬られていた。「!」隊長は後退った。そして自分の足下に転がる銃口を覗いた。それは綺麗な切れ口を彼に見せつけているようにとれた。彼は我を忘れ、長い間切り口に見とれていたが、首を左右に振り、空想世界から戻ってきた。そして何処からどのような方法で切り落としたのか確かめるように辺りを見回した。そしてすぐに答えが見つかった。彼の右の樹に鋭利な小刀が刺さっていた。そして自分を挟んで逆方向を見やった。するとそこには先程この男の隣にいた若者が小刀を投げたままの格好でいた。彼は戦いに参加するのはこれが初めてらしく足は小刻みに震えていた。そうするとさきほど大砲を撃ったのも先頭の男(今、倒れている男)の動きを見様見真似でやってのけたようだ。
帝国軍隊長は相手が足の震えた、まだ経験のないただの若い棒人形とわかると、またデカい態度に変わり、彼に接近していった。若者は不作法に暴れるように剣を振って、絶叫しながら走ってきた。隊長は軽々とそれをかわし、彼の首に剣を切り込んだ。
彼の頭と胴体は本当の組み立て人形のように離れ、頭は血の放物線を残しながら、地面を転がった。一方胴体は首から血を噴水のように噴き出して先程よりも小刻みに震え、ばったりと倒れた。それを見守るしか出来なかった倒れている男は唇を噛み締め、そして噛み切った。彼は撃たれて本来動かないはずの足を無理矢理動かし、立たせた。それから震える手で握りしめ、帝国軍隊長に突進した。それを目の端で取られた隊長は腰から新たに何か抜き、笑いながら、それを振った。すると無惨にも突進した男の首から上が地面に落ち、首から下が、身動きしながら、膝から崩れた。
そして隊長は光の刃ライトセイバーの電源を消し、柄のみの状態に戻した。
2人の罪のない人が一瞬で死んだ。

ピピピ――

彼のポケットが中の物を透けて光った。彼はその小型無線機を取り出し、応対した。
『ジーバス隊長、こちらは片付けました。サーライス村に入ります』「少し待て。私もこれから向かう」男は無線機をポケットに戻し、通行の邪魔をする転がっている頭を蹴飛ばし、サーライス村の門へ歩いていった。




八、

1週間後、共和国ミリアンヌ。紅いベールで出来たカーテンに彫刻の施された4本の柱があるベッドでフィルスティーヌは口説いたばかりの女を連れ込んで身体を触りあっていた。彼女の肢体に見とれていると彼女の手がそっと彼の内股に忍び込んできた。「うぉい」彼は裏声を上げ、白い歯を出して笑い、彼女の耳に接吻した。そしてゆっくりと彼女の服を1枚脱がした。互いに気持ちも高まっていたときだった。
「フィル!議長から――」ルサーズが部屋に入ってきた。彼はベールの向こうのシルエットに言葉を無くした。そして1人溜め息をついて、冗談まがいに一言言って部屋から出ようとした。「フィル、終わったら、俺の部屋に来い。終わった後でいいから」
ベールの中で何か囁き声が聞こえた後、上半身裸のフィルスティーヌがカーテンをくぐって出てきた。「おいおい、邪魔しておいて勝手に出ていくなよ。覗き趣味か?<覗き魔ピーピング・トム>さんよ」その言葉に反応したルサーズがフィルスティーヌを睨んだ。フィルスティーヌは何も言っていないといった感じにとぼけて両手を軽く広げた。
「わかった、さっさと来いよ」ルサーズは部屋から再度出ようとした。「ちょっと待て」彼の言葉にルサーズは扉の前で止まった。フィルスティーヌはカーテンを捲って中の彼女に「ちょっと待ってろ、すぐに戻るから」と言い残し、掛けてあった上着を羽織り、ルサーズと一緒に部屋から出ていった。結局彼はこの部屋に戻っては来なかったが。
今のフィルスティーヌは後に改心し、冗談を言わない者に変わるのだが。
2人は細い廊下を通って、ルサーズの部屋に入った。そこは先程のフィルスティーヌの部屋とは全くと言って良いほど違い、質素な飾りがまったくない部屋だった。部屋にあるのは灰色のベッドに何台ものコンピュータだった。電線が床に張り巡らされているほどだった。
「おいおい、ルーシー。こんなところで生活してるのか?息苦しいだろ」「その呼び方をするな。それとむやみやたらにそれらを触るなよ」彼はピシャリと言い、1台のコンピュータのボタンを押し、立体映像をベッドの上に映し出した。そこに映ったのはミドナカ議長、リード副議長、そしてそれぞれの面々。もちろんメサドも映っていた。が、同時にメサドもクルタウロンからの交信で、実際に映っている場所にいるのは数名だけだった。
『ようやく全員揃ったようだな。皆の中に知っている者もいると思うが、共和国ピサラルドが3日で帝国に滅ぼされた。今はもう帝国の支配下になってしまった』その言葉にフィルスティーヌとルサーズは事の重大さに初めて気づいた。その言葉に少なからず3名ほど映像の向こうで驚いていた。そして2人もその中の人と同じというわけだ。「そんな!」いつもの冗談ばかり言うフィルスティーヌではなく、真剣な、議員としてのフィルスティーヌがそこにいた。
『それから、前本国ソロが今、大変なことになっている』そしてこれからミドナカがメサドに皆が集まってから言うと言っていた重大なことを言おうとしていた。
やはりそれほど今、共和国は帝国に攻め入られているということだった。





九、

4日前、共和国ピサラルドがジーバスによって支配される日。サーライス村の門に着いたジーバス隊長は中の焼け野原の街を見た。しかし焼け野原とはいっても、この村は広いため、たかが2,3機の爆撃で滅びるものではない。そう、そしてまだアリアヌがいる白い巨塔と女達や子どもが隠れている倉庫はやられてはいなかった。
ジーバスはそのそびえ立つ白い巨塔を見据えて、含み笑いを浮かべた。
「あれが、アリアヌ・キイドがいる巨塔か。あれを壊せば、実質この星を滅ばしたも同然というだけあるな。見事な建物よ。あれがこれから壊れゆく物と知ればこその美しさ」彼は両腕を広げ、白い巨塔を飲み込もうと(実際、支配するという意味でそうなのだが)青空を仰いだ。
一頻(ひとしき)り息を肺いっぱいに吸い込むと再び笑った。
「行くぞ。2秒で滅ぼしてやる」2秒など、帝国戦闘機が突撃しない限り――大昔の同時多発テロのように――潰れやしないのに、分かって言った。
そしてジーバスは後ろに帝国軍を従えて大股で歩き始めた。途中転がる灰の死体は全て彼によって蹴飛ばされていった。


そして塔が届きそうなところまで来た。ジーバスは後ろに軍隊と戦車を引き連れて、白い巨塔を直視し、顎をさすった。
「撃て」言葉が発せられたと同時に戦車から大砲が発射され、塔の中央に激突した。塔はそれでも倒れなかった。もちろんジーバスはこの一撃で塔を破壊しようなどとは端から考えても居なかったのだが。
この一撃をサインに他の戦車が火を吹き始め、塔の至る所が爆破されていった。外からでも中の悲鳴が聞こえるほど被害が大きくなっていた頃にはもう塔は白から灰へと変わり、煙幕の如く煙に姿を隠していった。時たま煙の隙間から姿を見せる塔は穴の空いた枯れ葉から見た景色のようだった。
ジーバスは手を横に振り、爆撃を制止させた。そして手前の戦車に飛び乗り、上の蓋を叩いて、中の者を出した。「スピーカーを出せ」「スピーカーですか?」彼は驚いたように目をまん丸にし、また中に潜り、そしてスピーカーと共にまた出てきた。しすてそれをジーバスに手渡した。
彼はそれを奪い取るように受け取り、線の繋がったスピーカーに苛立ちながら口元に当てた。「アリアヌ・キイド、聞こえるか!さっさと姿を現せ。そして私の前で跪き、完敗だと民衆の前で叫べ!そうすればそこに隠れる女、子どもは助けてやるぞ」



巨塔内。玉座に座るアリアヌは目頭を押さえ、首を振った。視界がモヤのかかったものからはっきりとした世界に戻り始めた頃、外からジーバスの声が聞こえてきた。
『アリアヌ・キイド、聞こえるか!さっさと姿を現せ。そして私の前で跪き、完敗だと民衆の前で叫べ!そうすればそこに隠れる女、子どもは助けてやるぞ』
その言葉に反応した能無しの女、子どもの声が階下で騒ぎ始めた。彼は自らの身を捨て、国民が救われるのなら、いくらでも差し出そうと思っていたが、このジーバスが女、子どもに手を出さないという保障もなく信じても居なかった。これでもし自らの身を捧げても、国民が救われないのなら、ただの捨て損になるだけだった。
「どうします!国王!」直属兵士がアリアヌに寄ってきた。この男もジーバスの言葉に躍らされていた。彼は何も答えなかった。「国王!キイド国王!」それでも彼は考え続けた。というより迷い続けた。
「国王!早く答えてください!何か言ってください!」それでも彼は答えなかった。「さっさと答えろって言ってんだよ!」彼はついにバクれて銃をアリアヌに向けた。彼は決して操られていたわけではないのだが、しかし今ここにいる彼は広い空から何者かによって太く見えない糸で操作されていた。すぐに彼は取り押さえられ、額を無償にも冷たい床に叩き付けられた。それでも彼は諦めようとはせず、必死に顔を上げ、アリアヌを睨んだ。「さっさとお前が出ていけば、皆助かるんだよ!」彼は他の直属兵士に外へ連れて行かれた。去り際に「妻と子どもが下で怯えてんだよ!」と残して。
アリアヌはその言葉に目を見開いた。



「今の攻撃はただの余興にすぎんぞ!」外ではジーバスがスピーカーを通して叫んでいた。「お前等、中に突入するぞ!」彼は諦め、後ろの軍にスピーカーをしたまま(外すのを忘れていたのか、それとも故意にか)命じた。「どうせ、軽い命だ。あってもなくても変わらない」彼はスピーカーをしたまま最後にそう言い、スピーカーの電源を落とした。彼が最後にこの言葉が言いたいが為にスピーカーは用意されていたようだ。そうすると彼がスピーカーを持ったまま、軍に命令したのも故意だったのか。
戦車が重い巨体を動かし始めた頃、塔の下の大きな扉が開き、女達や子どもがぞろぞろと出てきた。そして一緒に中で待機していた兵士も出てきた。最後に直属兵士を両横に従えてアリアヌが出てきた。
それを見たジーバスは勝ち誇った顔をして、顎をさすった。そして止まらない笑いを隠すため、下を向いた。



女達や子どもは広野に集められ、兵士はそれらを見張っている軍に銃器を奪われ、首に鎖を付けて横に並ばされていた。そしてそれら全ての先頭に1台の戦車があり、その上でアリアヌは民衆に向かって跪いた格好で、気持ちは遠い昔を旅していた。
戦車の上にジーバスは飛び乗り、アリアヌの横にしゃがんだ。「よ、お久しぶり」彼は親しい仲のように彼の肩に肘を置いた。アリアヌは彼の顔も見ず、目を細めた。「やはりお前か。お前が共和国八方議員になった時から怪しいと思っていたが、まさか帝国軍隊長とは思わなかったよ」ジーバスは不意をつかれたように彼の顔を覗き込んだ。そして「ばれているとは思わなかったが、まぁこの八方議員の顔がジーバスだとは誰も思わないだろうからな。私が共和国の奴に顔を見せるのは、そいつを今から殺すときだ」と言い、笑って彼の肩を叩いてから立ち上がった。先程のようなスピーカーが手に握られていた。
彼はドームに入りきらないほどの民衆に向けて言葉を発した。「それではこれからこいつを殺す」彼はアリアヌに蹴りを入れた。アリアヌは虚しくも脆く倒れた。そしてすぐ乱暴に元の姿勢に戻された。皆はその光景を見てられなかった。今までこの星の状勢を整えてくれていた国王が今、こんな若造に無惨にも蹴られているなんて。先程のバグれた直属兵士は我に返り、叫んでいた。しかし時既に遅しとはこのことだった。
ジーバスはアリアヌの髪を鷲掴みし、顔を上げさせた。「見届けろ、国民がお前を見るその瞳を。何という歓喜の瞳か」彼は耳元で囁いた後、アリアヌの口元にスピーカーを持っていった。「最後に国民に言いたいことがあれば言え。一言だけなら言わせてやるぞ」と。アリアヌは唇を噛み締め、静かに口を開いた。「皆よ、すまない」
ジーバスはライトセイバーを出し、それを老いぼれ国王のうなじにあてがった。「国民よ見ろ!これがこの男の生き様だ!」アリアヌの人生の末が近付いてきた。
「ジーバスよ、私はお前に殺されるくらいなら自ら死んだ方がマシということだ」アリアヌは頭を上げ、自らライトセイバーに首を斬らせた。ジーバスは静かに倒れていくアリアヌの死体に苛立ちが沸き起こってきた。最後の最後に負けた気がしたのだ。
「くそぉー!!!!!!老いぼれが!!!!!!」ジーバスは怒り狂ったようにライトセイバーを彼の動かない身体に突き刺し、顔を何度も踏みつけ、最後に潰れた顔にライトセイバーをゆっくりと飲み込ませた。
国民はジーバスの怒り狂った様子に驚いたが、それ以上に無惨に死体を粉砕されたアリアヌの姿に涙した。広野は泣き叫ぶ声や悲鳴、掠れた怒声で溢れかえっていた。
ジーバスは荒げた息を一度休め、再びスピーカーに口を近づけた。「これからお前等は我らの下僕だ。しっかり働けよ」死んでいったアリアヌの予想通りか、国民は何一つ救われることはなかった。

これより多忙な仕事の合間に育んだメサドの青春を謳歌した故郷ピサラルドはただのドロイド軍製造の工場の星と変わった。










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