・3章

男は生気のない顔でニヤリと笑った。
俺は何もないまっ白な世界に立っている。
いや、立っているというよりは、浮いているという表現・・・ただそこに存在するというほうが正しいのか。
はっきりといえることは、俺は夢をみているということだ。
目の前の空間・・・白の空間が白の歪みを生み出し、ねじれ、人の形を作り上げる。それは―
「ぁ・・・おふくろ?」
俺の母親、だった。
どうやら目標は寝ているらしい。好都合だ、狩らせてもらう・・・
あの事件・・・両親が死んだ事件より前の記憶は俺には無い。
母親の写真やビデオはあるが、何故か父親に関するデータ、映像資料などは一切ない。
それゆえに、俺は親父の顔も声も知らないことになる。
やがて母親はゆっくりと口を開き、歌を口ずさむ。
「Una stella di argento brilla sul mare e la luminosità cambia anche notte a giorno,,,」
その歌は・・・どこかで・・・
男は一振りの短剣を取り出し、刃の鋭さを確かめるように、吹き付ける雪の光にかざす。
突然俺の意識が飛ぶ。

そこは暖かな光があり、幸せな時が流れる食卓だった。
舞い込む一陣の風、少年の高い叫び声。
両親は言う、
「「はやくいけ、ここは私達が守る。」」
廊下をひた走りに走り・・・燃える生家に笑い声が響いた。
気づけば俺は、爺さんの家にいた・・・。

そうだ・・・俺は・・・
(求めるなら呼ぶが良い)
あいつを・・・
(私の名を、私を呼べ)

さらばだ、光の少年―!

風で目が覚めたダンが見たのは、短剣を振り上げる男と、熟睡しているアルだった。
(間に合わない・・・!)
すかさず杖を両手で持ち、その内に眠る力を組み上げる。
「El volcán que quema vigorosamente el poderla quemadura abajo nuestro enemigo para nosotros…」
呪文詠唱開始とともに、ダンの足元と両手首には魔方陣が形成され、やがてそれが小さくなるとともに、杖が眩い紅蓮を放ちだす。
「El fuego de trabajo infernal ! (地獄の業火!)」
ダンがそう叫ぶのとほぼ同時に、半端ない熱量とものすごい轟音ともに、目標・・・短剣を振り下ろす間際の男に向かって極太の炎の渦が放たれた。
男はダンに気を取られたのか、ダンの方を向いたまま、紅蓮に染まる部屋のなかで焼けていった・・・。

熱さで目覚めたアルが見たものは、焦げ臭い自分の服と、短剣を持っている(?)、格好の黒焦げの何か、そして紅蓮も収まり、黒焦げになった備品だらけの殺風景な部屋だった。

人には、いや、全ての生物には魔力というものが存在する。
みなそれぞれ、気づかないだけだ。
その存在に気づき、かつ膨大な魔力を持つものが、魔術を使う人間である。
潜在的魔法抵抗力というのは、魔力の量によって比例するが、敵意ある魔術行使を受けた場合にどれだけ耐えうるか、という力である。
「ったく・・・俺の魔法抵抗が高くなかったら、俺まで殺してたぞお前・・・」
「ナハハ・・・でもこうでもしなきゃお前は確実に―」
「「死んでたな。」」
重苦しい空気が漂う。
何故俺が狙われなくてはいけないのか。
(俺が何をした・・・?それよりもあの夢は・・・)
二人とも黙りこくった静寂の部屋に、
「ふむ・・・これは操り人形・・・それも本当に高度な技術と魔術によって操作されていたようですね。」
いきなり、というか。
先生が現れた。
「は?」
俺は口をポカンとあけて間抜けなツッコミを入れた。そんな俺を見て先生は、微妙に呆れたような顔で、
「は?ではありません。あんな大きな音をたてれば、誰だって気づきますよ。・・・ドアの外を御覧なさい。」
成程ドアの外には、寮の約半数の住人が集まっているようだった。
「で。この部屋どうするんですか?」
さらに俺達に先生の追撃が下る。
「ぅ・・・すみません。でも―」
「短刀を持った操り人形をみれば察することができます。要は、アルウェン=アームシュライトが短刀で殺害されそうになったところを、ダン=ガラドウェルが魔術・・・恐らく詠唱魔術を行使して助けた。こういうことでしょう?」
「はい、多分。・・・ってダン?」
俺の命の恩人、ダンはいびきをかいて寝ていた。
「詠唱魔術を使うにはまだ早かったようですね。精神的に疲れたのでしょう。」
「はぁ・・・」。
「前回の授業・・・聞いてましたか?詠唱魔術の行使には、精神的な疲労が伴うと説明したはずですよ?」
「すみません・・・」
流石の先生も怒っているようだ。普段と違って少々言葉がきつい。
「・・・では本題。この部屋をどうするか、です。備品は全て黒こげ。カーペットも残っていません。」
「はぅ・・・ど、どうすれば?」
「そうですね・・・命の危険に晒されたわけですから、仕方ないでしょう。しかし―」
「し、しかし?」
ここで先生は不敵な笑みを見せた。この人、根はSなんじゃあ・・・
「罰として・・・購買部の手伝いと私の部屋の整理、やってもらいますよ。」
「了解・・・」
俺の承諾の言葉を聞くと、先生は満足そうに頷き、
「では、日時は後日。今日はゆっくりしていいですよ。」
そういうと、ドアの外のギャラリー・・・さっきの2倍にはなっている・・・を押しのけ、去っていった。
冷やかしの言葉を浴びながら、俺はふと気づいた。
(まてよ・・・俺は被害者なのでは・・・?)


朝イヤな事があろうとも、本日は晴天。それに休校だ。
本来ならば運動でもしたいところだが、俺には約束というものがある。
それにアイツ、約束破ったら怖そうだし・・・
「遅い。何やってたの?」
30秒遅刻でこれだ。
「すまん、ウェンリィ・・・」
とりあえずとっさに謝り、駅に向かって歩く。最近のこいつのテンションはミドルといったところか。まぁ、ハイでもローでも困るわけだから、至極有難いことなのだが・・・
他愛の無い話をしながら、リニアに乗る。
リニアに乗ること15分。太陽の光に、積もった雪が反射する景色などあまり見る間も無く、爺さんの家がある地区の駅につく。
駅から徒歩30分。ウェンリィは足が太くなるだのなんだの文句をいいつつも、森・・・森林復活プロジェクトによって蘇り、美しく白に彩られた木々を見てしきりに感嘆していた。

やがて、俺達は爺さんの家についた。俺が、両親を殺されてから高校を出るまで育ったところで、実質俺の家といったらこの家の記憶しかない。
「なんだい、アルの彼女かい?隅に置けない奴になったねぇ、あっはっは・・・」
爺さんは笑いながら、蔵に案内してくれた。
別にそういう関係じゃないことを誇示し(爺さんは、早くひ孫の顔が見たいだの抜かしていた)、蔵・・・親父の遺品のある蔵に向かう。
「じゃあ私はここら辺を漁っているから。・・・いいのよね?」
「あぁ、いいぞ。ガラクタばかりだ、何もっていっても文句は無い。」
そう、彼女は私欲の為についてきたのだ。
俺が何を持っていってもいいと告げると、彼女の目が爛々と輝きだして、一緒に行くことになった。
俺は、一階には用は無い。前回見たばかりだし、ガキの頃にも何回か漁っている。
親父の遺品は無駄に多かったようで、この蔵の一階だけではなく、地下室も占拠している。
頭の中で声がする。(私を呼べ)
俺は地下への階段を降りつつ、今日の夢を思い返した。
やがて、思い出せたのは、母親だった。母親の優しい笑み・・・二度と見ることは無い、俺から奪われたもの。
どこからか、誰かが呼ぶ。(私を求めよ)
俺は地下室の扉をこじ開け(長い年月が経っているのか、扉はとても硬かった)、そして足を踏み入れた。
因果が乱れ、記憶が奔走する。ここは、ココは、ココハ・・・
瞬間。俺の頭が熱をもったようにフラフラし始めた。

何故・・・俺はここにいる?
何故・・・俺は生きている?
何故、何故、何故・・・!
記憶が蘇る。
笑う少年。
や・・・めろ
剣を振りかざし、振り下ろす少年。何度も繰り返す。
・・・やめろ
バラバラになった俺。
ヤメろ・・・
少年に向かう大きな影。それは少年を追い払う。目からは涙、そして指からは光。
それは・・・!
転移する時。目の前には瞬く光。そして、そして・・・
立ちふさがる両親。燃えていく家。

意識が戻る。吐き気がする。
思い出した。俺は・・・死んでいるはずなんだ。
暗く湿った地下室には、地面に書かれた魔方陣が光っていた。その向こうには階段。
気づけば俺は、懐かしい歌を歌っていた。父親が、苦しいときに歌え・・・といい、寝るときいつも歌ってくれた歌。
「Una stella di argento brilla sul mare e la luminosità cambia anche notte a giorno.
Prima di aiutando stesso e dare il potere a stesso Spirito-di-un-passato-persona Maxwell che è leggero in aspetto!!」
(よくぞ。よくぞたどり着いた・・・)
地下室は風が荒れ狂い、光が舞う。
暗い地下室は光で満ち、俺をも飲み込む。
俺の体は光、俺は光で満たされる。
やがて・・・俺の両手首には腕輪、手のひらには光り輝くダイヤ。


運命が、時が、廻る・・・


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