・4章


否、そんなものなど無い。見間違いだ。

「「夢でも、見ているのか・・・?」」
そう呟いたのは同時。
暗い地下室、二つの声が重なった。
目前にいるのは、それこそ童話に出てくるような男。
白く輝く鎧に白いマント。剣帯からサーベルまで全てが白い。
そう、まるで夢に出てくるような男。
と、突然、
「あいだだだだ・・・!」
背後から頬を捕まれ、引っ張られた。顔の表面積を増やす行為・・・すなわち、夢か現実かを確かめるためによくする行為である。
「信じ、られない・・・」
俺の頬を引っ張った状態そのままで、いつの間にかやってきたウェンリィが、驚きの声をあげた。
「召還系の詠唱魔術?それにしては実体が人間的過ぎる・・・それに、魔力の塊といえる程濃密な魔力・・・」
ウェンリィはなにやらぶつぶつ言っている。男は男でさっきから一言も話さない。
いい加減頬の手を離すよう、ウェンリィに要請しようとしたその瞬間、彼女は自ら手を離し、その手を男に向けた。
「Le bord d'un vent coupe le jeu. La lance d'un vent perce à travers jeu. 」
・・・何かものすごく嫌な予感がする。ここにいては・・・ウェンリィの目の前にいてはいけないような感じ。
本能のままに、ウェンリィの背後、開いたドアまで後退する。
「Danser d'un vent! (風の舞!)」
瞬間、ウェンリィの周囲から無数の突風が起こり、男に向けて放たれた。
要するにかまいたちのようなものだ。通常の人間では耐えられるはずもない。
男は、ん?という顔をしてから、短く、
「Lo scudo di Dio.」
と呟き、手を前に出した。
それに、コンマ1秒とおかず、突風が吹きつける―!
ガラガラガッシャーン、メキメキメキ・・・なんて壮絶な破壊音を出しながら、風は止んだ。
男は無傷。それどころか髪が乱れた様子も無い。
無残に残骸となった部屋の中で、男を中心として半径1m程の範囲が原型を保っていた。
ウェンリィは悔しそうな顔をして、
「あんた、何者よ?」
・・・と、俺を指差して言った。

・・・ぶっちゃけると意味が分からない。
地下室に入った次の瞬間変なヤツがいて。
でその後、いつの間にかウェンリィが俺の頬を引っ張っていて。
んでもって地下室をメチャクチャに破壊してくれた上で、何者かと聞いてくる。

「いや、そりゃこっちの台詞だっ。ってか、質問の相手を間違えているだろ絶対!」
とりあえず思ったままを言ってみた。
「えぇ、まあ地下室破壊については謝るわ。それに、詠唱魔術を受けてビクともしないアイツも何者か気になるわ。でもね、」
と、ここでウェンリィは言葉を切り、俺をキッと睨んできた。
「う・・・俺何かした・・・?」
「したわよ。仮にも魔術使いの適性があり、それなりに有能だとしても、貴方の魔力と技術じゃあ、ここまでの召還魔術は使えない。いいえ、先生でも不可能に近いわ。」
「な・・・へ?召還?」
「・・・どうでもいいのだが・・・」
とここで、男が初めて口を開いた。
ウェンリィは、見ていて滑稽なほどに目を見開き、驚愕の様を表した。
「な・・・な、話し・・・た?」
・・・と、彼女はそのまま、自失呆然としたまま、俺の横を通り過ぎて階段を登って行った。
俺は男の方に向き直り、とりあえず何者かを聞いてみることにした。
「・・・で。お前、誰だ?ってか何者なんだ?」
男はポケッ・・・とした後、
「さて・・・何に見えるかね?」
と聞いてきた。
「ん~・・・政府軍の精鋭・・・とか?」
男は再びポケッと―今度は長かった―した後、
「いや。それは何か、私を馬鹿にしているのか?召還者よ。」
なんて、マジギレ寸前の顔で言ってきた。
・・・ん?待て、召還者―?
「・・・お前とウェンリィとの会話の聞いている限りじゃあ、俺はお前を召還したということになるよな・・・?」
召還とはその単語の意味通り、魔力を使って別の生物・・・厳密に言えば魔力を編んだものを作り上げるということだ。んで、種類の大概は動物である。
理由は、人間を模写したものを作っても意味が無いということだ。
単純な行動においては、人間より動物の方が圧倒的に能力値が大きい。
召還の目的は元より、魔術使いが楽をする為・・・例えば新聞を取ってこさせるとか、手紙を出すとか・・・そういう雑用をさせるものだ。
仮に人間を模写したところで、形状を維持するのに疲れるだけだし、複雑な行動をさせることは不可能であるから、意味が無いのである。
・・・が、どうやらこいつ・・・それに多分ウェンリィも、俺がその根底を覆すような恐ろしいことをやってのけたと言いたいようだ。
「ということも何も、事実だ。」
そこで男はフッ、と笑って、
「まぁいやでも事情は分かる。とりあえず厄介な、人間のような幽霊がくっついてきたとでも思えばいいのだよ。」
なんてエラそうに言いやがった。

帰り道は、一人だった。
いや、厳密には一人と一体か。
ウェンリィが先に帰ってしまった(爺さんの言うには、それこそフラれたという顔でらしいが)ので、帰り道はイヤでもコイツと一緒だ。
まぁ・・・なんというか。
普通に話していれば何となく分かり合える気がして。

「で。お前の正体を具体的に説明してもらいたいのだが。」
「・・・具体的に・・・か。難しいな。例えるなら精霊といったところか。」
「精霊・・・ってあの、ファンシーな?」
・・・隣を歩いているこの男は、どうみてもファンシーではなく、むしろ時代錯誤のオーラが溢れ出していた。
「・・・なんだ、文句がありそうだな。」
「ある。精霊って何だ。」
「お前の言う具体例だ。強い力を持った霊とでも考えておくのがいいかもしれぬ。」
「霊・・・?」
「それが一番適当な例だと思うが。私は実体ではない為、物理的なダメージを受けない。だが、先程の様な魔術的ダメージは受けてしまうがな。」
そういって男は、まぁあの程度、アレを使うこともなかったか、なんてクックと笑った。
「んじゃあ次。俺はアルウェン=アームシュライトって言うんだが・・・お前は?」
そういうと男はちょっぴり驚いた顔をして、
「マスクウェル・・・でいい。」
そう言って、どこかを向いてしまった。

はてさて。そこで大きな問題に気が付いてしまった。
「・・・ところで、服装どうにかならないのか?」
「服装・・・?霊に着させる服があるのなら是非見てみたいものだな。」
・・・さっきから、時々すれ違う人の目線が痛い。
「むーっ、それにしてもその格好は・・・」
「案ずるな。私は魔術を使える者にしか見えん。」
「あぁ、そうなのか。便利だな・・・」
・・・ん?ということはだ。
要するに、俺は傍から見れば、一人で誰かと話している可哀想な少年だった訳だ。
・・・爺さんに話行くだろうな・・・一応顔見知り多いし・・・
まあ、これで問題は・・・ある。
「でも・・・学校はマズいだろ。」
学校は守衛さんも魔術が使える。
噂に聞くところ、守衛さんは全員、軍の上位クラスの兵士だったそうだ。
その話を聞いて、奴は、
「いざとなれば強行突破するさ。」
なんて気楽に笑っていた。

さて、学校のある駅に到着した。
賑わっている夕焼けの街を流しながら、学校の裏手へ回る。
センサーの死角であり、かつ、(誰がやったのかは分からないが)魔術による結界と監視が解除されている地域をマスクウェルに示し、正門に回って中に入る。
そして、マスクウェルがいるであろう、例の地域に向かおうと歩き出した。
・・・と。
「まったく、無駄なことをするものだ。」
「なにぃー!?」
傍らには奴が立っていた。例の地域から俺が立っている場所は、かなり複雑なルートになっている。
ここの学生、しかもよほどの暇人じゃないと分からないルートだ。そのはずなのだが・・・
「っむ、説明が遅れたようだな。」
ありゃ、なんて顔をして、マスクウェルは続ける。
「頭の中で金剛石を思い浮かべてみろ。」
「ダイヤを・・・?」
目を閉じ、意識を集中してダイヤモンドを思い浮かべる。
すると、手の平に硬い感触があった。
「なんだ、これ・・・?」
両の手の平を見ると、右にも左にも、中央にダイヤが埋まっていた。
どのような技術かは知らないが、金色の粉がちらちらと舞っている。
「私を召還した証拠だ。それがあれば、私はいつでもアルの側に行ける。」
「うわ、便利なんだか気持悪いんだか分からねぇ・・・」
「確かに気持悪いが・・・便利とは何故だ?」
「・・・例えばだぞ。お前が俺の為に飲み物を取りに行く。んでもって、帰ってくるときは俺の側に一瞬で・・・」
「アホかーっ!」
マスクウェルは何故か知らないがプンプン怒っている。
「まずだな、説明したと思うが、物理的ダメージを受けないということは、物理的ダメージを与えられない、すなわち物体に触れられないということなのだ。」
もの凄く早口だ。よく口が回る・・・
「さらにだ。私を実体化させるだけの魔力があれば可能だが、今のアルにはそれだけの魔力が無い!まったくもって信じられない事だ!未熟にも程がある!」
「ぅ・・・すまん。」
反射的に謝ってしまった。
・・・むむぅ、勢いに押された感が・・・
む?
「ってことはだ。俺に魔力が十分にあれば、お前にそういうことをしてもらうことも可能な訳だな?」
「その通りだ。ただし私はやらないぞ。自分でやるがいい。」
「ちぇ・・・」

そんなこんなで寮に着いた。
夕食に行くのは大丈夫、俺一人で済むらしいが、問題はその後だ。
俺はダンと相部屋の為、どうしても奴を隠しきれない。
その話をすると奴は、
「ふむ、では最上階にでも行っていよう。今夜は星が綺麗そうだからな。」
なんていって、どこかへ行ってしまった。
結局その後は奴に会うことも無く、俺はごくありふれた夜を過ごし、床に就いた。

時間が失われ、時間が蘇る。
記憶が消去され、記憶が復活する。
真実か、夢か。
本当か、嘘か。
見極めろ、自分の道を・・・


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