・5章


銀の刃が、虚言の夜に欠けた月を描く。
それはまるで、いと可憐なる戦乙女。
そう、それはまるで、死神のような暗殺者――



・・・目が覚める。
朝の暖かな、白い光に包まれた部屋を見て、自然と平和な気持ちになった。
それまでの俺がどのような心理状態だったかは分からない。
夢とは虚言であり、己の真実でもあると俺は考える。
それは自分の脳内でのイメージに他ならないのだから。

―――要するに、これが真実の可能性が高いというだけで。
―――実はこの日常も夢かもしれない。

「なぁに朝っぱらから辛気臭い顔をしてやがる、アル。」
なんてことを考えていると、能天気平和主義者の熱血男が声を掛けてきた。
「なんでもねぇ。いや、ちょっとアレだ、今日の予定をだな・・・」
「うそこけ。そんな顔じゃなかったぞ?それに・・・」
「なんだ?」
「朝起きたらまず挨拶っ!これ、日本男児の基本であり本質なりっ!」
「はいはい、本質は言いすぎだが確かに基本だな。おはよう。」
「うむ、よろしい。おはよう、アル。」
余談であるが、俺とダンは日系だ。
まぁ、だからこそ住んでいる地域が、昔で言う日本、極東生活区域な訳なのだが・・・
まぁそんなこんなで、いつもの一日が始まった。

かに、見えた。

「随分と遅いのだな、アル。」
聞きなれない声。背後にいてもわかる濃密な魔力と圧倒的な存在感。
「っぶ・・・!マスクウェルっ!」
いつもの一日ブレイカー参上と言わんばかりに、俺を見下ろす白い騎士・・・もとい変人。
ダンもこれには驚きを隠せない・・・と思い横を見ると、ダンは全く持って普通の顔をしていやがった。
「・・・?ダン、驚かないのか?」
「は?ああ、この人から説明を受けているから。」
説明?なんのことやらさっぱりだ。まずもって何を説明すれば納得できるのかわからん。
その答えは非常にあっさりしたものだった。
「この人、お前の召還した幽霊なんだろ?」
「はぁ・・・っ?」
「あれ、違うのか?」
「い、いや、まぁそうなんだが・・・」
「ならそれはそれでいいじゃねぇか。難しいことは一切無し。だろう?」
「あ、あぁ・・・」
信じられない。まさか、許容される存在だとは思ってもいなかった。
「さて・・・話もまとまったところで、なにか行動しなければいけないのではないか?」
「あー、そうだった。ほら、アレさ。」
「アレ?」
「先生の処罰。今日だぜ。」
しょ、処罰・・・?
突然の超現実的な話に、思考が混乱する。
「――っぁ、あれかっ!」
少し前に、この部屋を黒こげにして、処罰を受けた記憶がある。
そういえば二通りあったはずだが・・・
「思い出したか?それじゃあ、俺は先生の部屋に掃除の手伝いにいってくるから。」
シュタッ、と手を上げてスタスタと出口に向かって歩き出すダン。
「おう・・・ってちょっと待て貴様っ!」
売店の手伝いはレジ打ちから愛想笑いのスキルまでが必要とされるが、掃除の手伝いは分かりやすく、かつ面倒ではない。
さらに、売店の手伝いは恥ずかしいというオプションまでもれなくついてくる。
やった、お得だね・・・じゃなくて。
「悪いな、早いもの勝ちだ。それじゃあ、頑張れよ~!商売繁盛ってな!」
うう・・・
絶望に打ちひしがれる可哀想な少年を置いて、ものすごい速度で部屋から去っていく背中一つ。
ついでに、呆れたオーラを体中から漂わせている白い変質者も一つ。
あぁ、今日は厄日みたいだ。決定・・・


そんなこんなで1時間後。
俺はレジの打ち方を覚え、売店の手伝いをすることになった。
やることといえば、ときおり来るお客・・・生徒然り先生然りだが・・・に、代金を告げてお金を貰ってレジを打ってお釣を返すだけ。
大きな誤算は、MP・・・精神力の大幅なダメージと、
「何をぼーっとしている。常に笑顔を忘れてはいかんぞ。サービス精神だ。」
何故か隣にいるマスクウェルだ。
「何故お前に商売について説かれなければならん・・・」
「理由は、無い。ただそう思っただけだ。」
あぁそうか・・・なら言わないでくれ、なんていい返す気力さえ萎え果てている。
なにしろ、知り合い・・・同級生やら先輩やらだが・・・がひっきりなしにやってきては冷やかしてくれやがる為、いい加減YP・・・ヤル気ポイントが負の値に突っ込みそうなのだ。
・・・なんて鬱なんだろう・・・おばちゃんはどこかへ行っちゃうし・・・

と。
「はっはっは、頑張っているかね!」
まるで人生の勝ち組とでも言うように豪快に笑いながら、やや目上目線で見下ろしてくる諸悪の根源。
「あぁ・・・お陰様で絶好調だ。で、お客さん、何にします?」
用が無ければここには来ないだろう。多分。きっと・・・
「ん?おお、じゃあコレとコレをくれ。」
携帯用の、手軽に圧縮できる容器に入ったスポーツドリンクと、チョコレートをスキャンする。
んでもってちょっとカタカタレジをいじって、代金とお釣と共に渡す。
「なんだ、様になってるじゃねぇか。」
「ほっとけ・・・」
「いやいや、冗談では――っと、お客さんみたいだな。」
むっ。
向こうからこちらに向かってくるのは下級生か。
こっちに歩いて来るということは、間違いなくここに用事があるのだろう。
うむ、こんな顔じゃいかんな・・・とりあえず頑張って優しげな顔をする。
やってきたのは、小柄な体格に、長く綺麗な黒髪を持った少女だった。
・・・つい、見惚れてしまう。
そうして、少女は売店の前で立ち止まり・・・俺を見た。
目と目があう。
まるで、全てを見透かすような、深く、綺麗な黒い目。
どのくらい見詰め合っていたのだろうか。
ふいに、少女が、
「コレを・・・」
と言って、
・・・激辛スナックを差し出してきた。
その名も「クレイジー・スパイシー・チップス」。名前の通り、気が狂うような辛さだ・・・が。
少女はそれを、まるでパンを買うときのように普通に差し出した。
・・・うわぁ、リアクション取りがたいなぁ・・・あ、取らなくてもいいのか。
とりあえず、一連の作業の後に、商品を手渡す。女の子ということもあってか、代金はピッタリだった。
「ありがとうございました~」
「毎度。」
俺とマスクウェルで定番の台詞を言う。
刹那、少女の目がハッというように見開かれ、マスクウェルを見た。
そして、その目はまるで、敵を見つけたような、あからさまな殺意のこもる目となった。
「何か・・・?」
数秒後、マスクウェルが問うと、少女は、
「ぁ・・・」
と小さく声を上げ、逃げるように立ち去った。
「・・・不思議な娘だ。」
「いいや、マスクウェルに不信感を抱くのは普通だと・・・ゴフッ」
すかさずツッコミを入れた俺に、マスクウェルの裏拳が入る。
「阿呆、そうではない。・・・彼女は、恐らく・・・強い。」
「はい?」
「直感だ。それに、あの並々ならぬ殺意。本物・・・だな。」
「はぁ・・・。」
「しかし・・・」
「うおっ、まだいたのか、ダン。」
「うむ。お前があの少女と見詰め合ってるところまで、バッチリ見てたぞ。そうかそうか、アルも特異な趣味を・・・」
「違う。断じて。決して。絶対。」
「む~きになるなって。まぁ、確かにカワイイしな。うん。」
「だ~か~ら~!」
同じようなやりとりが続き、しばらくして・・・
「君。終わりにしていいわよ。ご苦労様。」
おばちゃんが戻ってきた。
とりあえず、これまでの売り上げと状況を説明し、お礼にお駄賃をもらって帰宅・・・というより帰室の道につく。
道すがらダンはずっと、
「金が貰えるなら俺もそっちにすれば・・・」
なんてことを、ずっと繰り返していた。



「アル~?手紙よ~」
夜。俺とダンの部屋に、クレアがやってきた。
「んにゃ?」
「誰からだ?」
「え~っとね。1年生だったかしらね。小柄で、黒い髪の女の子から預かったのよ。あなたに渡すようにって。」
このぐらいかしらね、とクレアは手で高さを示す。
・・・それってもしや・・・
「昼間のあの娘・・・か。」
そういうと、ダンは感慨深げに、
「ふっふっふ、恋文でんなぁ。春の予感でっせ、兄貴~」
なんてニヤニヤしながら・・・しかし目は“裏切り者めっ!”と言っていた・・・どついてきた。
「いだっ、いだだだ・・・やめろって!で?内容は?」
「・・・自分で読みなさいって。私が読んでどうするのよ・・・」
「それもそうか。」
クレアから手紙をもらい、封を切る。
「ご開帳・・・ってな。」
「貴様は黙っとれ!」
「うぁ゙っ!うがががが・・・っ!」
ダンにヘッドロックをかけながら、俺は手紙を見た。
そこには・・・

―極東地域標準時刻22時、校舎外れの草原にて。―

と書いてあった。
「ようよう、どんなラブレダァァ・・・」
復活しかけたダンにネックロックをかけ、時刻を確認する。
――21:00、か。まだ余裕はある。
とりあえず、クレアに、いつまでもうるさいダンを引き取ってもらい(廊下で壮絶な格闘音・・・というよりは一方的に殴られている音がするのは気のせいだろう)、マスクウェルと相談をする。
これはただの告白とかではない。流石にそれぐらいは分かった。
「用意は・・・これでいいか。」
とりあえず、ダサくない普通の服装(一応、という可能性を考えてだ)をして、マスクウェルに声をかける。すると、マスクウェルは、
「・・・いや。武器を持て。」
なんて物騒な事を言い始めた。
「なんでさ。」
一応この学園内での武器の所持は許されているが、流石に、それは・・・
「昼間のあの殺気・・・間違いない。私の消滅を計るものだろう。」
「・・・はぁ!?なんでマスクウェルの消滅を?」
「・・・ふむ、時はあっさり来てしまったようだ。アル、お前に話がある。」
「まぁ時間があるからいいが・・・なんだ?」
「アルの参加したゲームの事だ。」
「ゲームぅ?」
「うむ。簡単に言えば、ある権利を手に入れる為の戦い、だ。」
「権利・・・。」
気になって、つい話に乗ってしまう。
「これも、簡単に言えば、“どんなことも可能になる”権利だ。」
「なんでもできる?」
「そう、なんでも。無限の富を生み出すこともできるし、大陸を分断することだって可能だ。ただし、宇宙には干渉できん。」
「ブッ、ふはははは、そんな馬鹿な話が――」
「あるから、言っているのだ。」
「・・・なん、だ、って・・・?」
「昔話をしよう。はるか昔・・・5人の、高名にして、強大な力と明晰な頭脳、膨大な知識を持った魔術使いがいた。もはや魔法使いと言っても過言では無いくらいの者達だった。」
「はぁ・・・まぁ、話にはちょこっと聞いたことがあるな。んでもって、5人は、確か・・・」
「伝承にも残っているだろうが・・・5人は共同で研究を進めた。極秘・・・のな。」
「あぁ。5人は研究の末に命を落とした・・・としか伝承では伝わってないあたり、内容は誰も知らなかったのだろう。」
「そう・・・確かに、彼らは研究の末に命を落としたさ。しかし、だ。その研究の成否をしっているか?」
「内容も知らないんだから、成否なんて・・・でも失敗なんじゃないのか?なにせ死んだんだし・・・」
「・・・外れだ。研究は大成功だった。ただし・・・術者全員の命と引き換えになったが。」
「で・・・」
「慌てるな。内容・・・だろう?」
「その通り。一体何だったんだ?」
「さっき言った通り。無から万物を引き起こせる力、さ。」
「な・・・っ!」
・・・
・・・・・・沈黙が訪れる。響くのは、アンティーク時計の秒針の音を模した、デジタル音のみ。
「・・・じゃあ、お前は・・・?」
「私のような精霊は、貴様ら、ゲームの参加者の・・・言うなれば案内人。言うなればヘルパーだ。戦闘に参加することもできる。」
戦闘・・・?嫌な予感が胸をよぎる。
「・・・待て。ゲームってなんだ?」
「おっと、説明を省いてしまったか。すまんな・・・」
「いい。で、ゲームとは?」
「・・・昔話の続きだ。5人は、研究に成功した。当然、その成果を後世に残そうとしたのだ。」
「まぁ、当然の考えだな。」
「しかし、5人は5人とも次世代がいた。争う事は必至だ。そこで彼らは一計を案じた。」
「それが、ゲーム・・・ってか。」
「今度は正解だ。5人の魔術使いの子孫達は、召還の魔方陣を描き、呪文を唱えることによって精霊を呼び出し、契約する。そのさいに使用する魔力はほんの少しだ。」
「・・・何故だ?」
「5人の力は本当に神のようだった。ということは・・・」
「成程。膨大な魔力量だったって訳だな。」
「そうだ。彼らの魔力量は半端無かった。アルを5,6ダースにまとめても敵わなかっただろう・・・。彼らは次世代の魔力の低下を読んでいたのだろう。彼らは、その個人が持つ魔力量で、ギリギリ召還できるようなシステムを組み込んだのだ。」
「・・・俺の魔力+ご先祖様の魔力でギリギリまかなえる程度に、か。」
「うむ。・・・話を戻すぞ。精霊を呼び出した後は単純だ。5人のプレイヤーが揃うまで待ち、揃ったらゲーム開始という運びになる。」
「だから。そのゲームというのは・・・!」
嫌な予感が確信に変わろうとしていた。戦闘。それも・・・
「その表情からすると、気づいているのだろう?命をかけたデス・マッチだ。勝利条件は、全員の精霊を消去するか、全員を殺すか、だ。」
「何故。何故?俺が・・・」
「私を呼んだのは他でもない。アル、お前なのだよ・・・。そして、私が5人目だった。」
「・・・ということか。じゃあ、これは・・・」
「・・・(決断が早いな。)本当に向こうに気が無いなら・・・まぁ十中八九宣戦布告だろうな。」
・・・認めるしかない。
呼んだのは俺で。
ゴングを鳴らしたのも俺。
ならば、責任を取るしかあるまい。
「殺しは、しない。」
「難しいぞ?」
「分かってる。話し合いで解決し・・・」
「上手くいっても、次回に持ち越すだけだが。」
「・・・仕方ねぇよ。でも、今回は・・・」
「・・・ふぅ・・・好きにしろ。どうなっても知らないがな。」
双剣を腰につけ、戦闘準備をする。
生身で斬りあうのは初めてだが、何故か緊張はしなかった。
いざ、部屋から出るとき、マスクウェルが一つ、尋ねた。
「して・・・アル。お前の望みとは?」
「んあ?なんでだ?」
「いや、気になってな。」
それに俺は、即答した。
「当たり前のように無限の富だ。金だな、金。」
「そう、か・・・」
「なんだよ、文句――」
「無い。だが、少しばかりガッカリしただけだ。」
「どうするかは俺の自由だ。」
「そうだな・・・では行くか。」



―――漆黒の影が笑い、狂い、舞う。
踊る白銀の刃が、闇夜の月を斬る。
それはまるで、ジキルのハイド・・・裏人格。
それはまさに、真の、殺戮機械。


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