・11章


不思議と熱さは感じない。
炎を振り払うようにして、前に進む。

・・・何故進むのか?
目前に道がある限り。
それは進むべき道。

・・・何処へ、向かうのか?
誰もが持ち、誰もがたどり着く、
己が、導かれる場所へ。

草原をなめる劫火。
炎は激しく、華やかに、妖艶に立ち上がる。
血のように赤い炎の中。
黒い姿が立っていた。

その姿はどこか懐かしく。
その姿はどこか哀しげに。
その姿を知らないはずなのに。
俺はその姿を知っている気がした。

口を開く。
声が出ない。
何故だろう、発声する方法を忘れてしまったような感触。
体が覚えている、唯一の声を、ただ叫ぶ。
それはケモノのように。
それは狂気の雄叫び。
返り血で真っ赤に染まる体躯を反らし、朱に染まる空へと叫ぶ。






『うぉぉぉぉ、へ~ん・・・しんッッ!!!!』




チャリラリチャリラリ・・・テケーン!
ババンバンババババン!
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
ガバッ!と。
俺は布団を跳ね除けた。
息は荒く、汗を大量にかいているようだ。
変身?俺は変身したのか?

「おうおう、やっと起きたか。」
「うん、本当にやっとだね、仮面レイダー、後半に入っちゃってるよ。」
仮面・・・仮面、レイダーだと・・・?
「・・・おい、いい歳してそんなもん見てんじゃねぇ・・・」
ガキのようにテレビの前に群がり、ガキんちょ向けのヒーロー物をガキのように見ているクレアから、ダンのブロックを回避しつつリモコンを奪い、
『――今だっ、レイダーパァン・・・・・・本日未明、東欧地域のモスクワにて――』
「「あー・・・。」」
ニュース番組に変える。
あからさまに残念そうな声を上げているガキ二人は当然の如く放置し、ベッドに腰掛けニュースを眺める。
「なんだよなんだよ、日曜日の日本の朝といったら特撮モノからだろ。」
「・・・ガキの頃まではな。」
「いや、違う!お前も見てみろ、新しい世界ガハァ!?」
我ながらいいストレートだった・・・鳩尾に吸い込まれるようだったぜ。
「私はガキだもん!」
「確かに体格的にとかまな板とかから判断すればガキだけどここは俺とダンの部屋。キミに発言権無し。オーケー?」
「・・・いろいろと無視できない発言があるんだけど?」
「多分厳正なる事じ・・・いやいやその頭上に振りかぶっている電気を帯びている拳を引っ込めてくれ頼むから。」
「むー・・・まだ成長するもん・・・」
それで殴ったら電気ショックで確実に死ねる量の電気を拳から引っ込めながら、クレアは唸る。
「・・・いや、それはちょっと難しいんじゃないカハッ!?グボォ、ちょっ、タンマ・・・!」
「うるさーいっ、黙って死んどけぇ!」

自業自得、と倒れ伏すダンから視線を外し、再びテレビ画面を眺めようとすると、
「朝から賑やかだこと・・・」
「まったくだ。朝こそ口をつぐみ、穏やかに迎えるべきだと言うに・・・」
今度は落ち着きすぎた二人がやってきた。
「どうしたんだ、先客万来だな今日は。」
「いや、これだけ派手に暴れてたら・・・ねぇ、アラン?」
「その通りだ。まったくお前らときたら、すこしは穏やかに迎える朝もあっていいだろうに・・・」
「・・・いや、待て。俺も同類にされてないか?」
「・・・あれ?アルは同類じゃないのか?」
ブンブン!と首を大きく振って否定する。
「断じて。」
「そうか・・・。」
そうやって会話している間も、ダンの悲鳴と打撃音は止まない。
入ってきた二人と共に、ニュースをまたしても眺める。
ニュースは世界、極東地域のものから地方のものへと移行したところだった。
『次は地方のニュースです・・・ミス・サンフォード?』
『はい、サンフォードです。私は今、極東地域の――』
ニュースに耽っていたであろうアランが、少し哀しげに呟いた。
「あまり明るい話題はないな・・・」
「最近それなりに物騒だから・・・ん、いや、人間というものが生きていること事体、生物が存在している限りは物騒なのかな・・・」
とウェンリィ。
「いや、それを言ったら・・・ねぇ?現にここに俺たちは自分として存在してる。自分を自分としてそれなりに平凡な暮らしをしている・・・それでいいんじゃないか?」
「・・・たまには、アルもいいこと言うね。」

ウェンリィが薄く、しかし穏やかに微笑んだ次の瞬間、全員が凍りついた・・・いや、断じてウェンリィが笑ったからではない――確かに珍しいことではあるが。
今、スピーカーから発せられた言葉が、それだけの力を持っていたのだ。
全員の目が、画面に釘付けになる。
そこには、見慣れた街が映っていた。
学園のある街の、商店街だった。
『先日、この街にある学園の教師が失踪した事件に関係していると思われる情報が入っています。それによれば、ここ・・・』
と、アナウンサーが商店街の路地裏に入る道を指す。
あまり治安はよろしいとは言えない地帯だ。
『この路地裏で昨夜、失踪したベル=マグワイア氏が目撃されたとのことです。目撃されたという報告は大変多く、警察は記者会見で、事実を確かめるとともに、捜索に踏み切ると発表しました。』
画面は記者会見のVTRに移った。
「・・・マジかよ・・・」
クレアに馬乗りにされ、仰向けに転がっているダンが、驚愕の表情で顔を強張らせたまま言った。
「こりゃあ・・・うーん、何ていうか・・・信用度に欠けるねぇ・・・」
「ありゃ?消極的だな、アラン。」
あのな、とアランは、呆れたように俺を見て言った。
「先生の失踪の仕方を考えてみろ。ほぼ誘拐に近い形だぜ?そんな状況でいなくなった人間がここいらをウロウロしてたら、学園は騒ぎになってるだろうが。それに、」
ぴ、とアランは指を立てて言った。
「昨夜見かけられたのなら確実に誰かと接触してるはずだ。それも学園の人間と、な。案外、今頃授業の準備をしてるのかもしれないぜ?」

「・・・誘拐されて、そこから逃げたのなら人との接触は避けると思うな。不用意に人と接触するのは危険だよ。その人間がどこと繋がってるか分からないから。
それに、犯行の手口からみて誘拐した人間が逃げたのを感知できない犯人じゃない。多分、逃げたのなら学園の周りは犯人の目が一番厳しいんじゃないかな。だから、学園に戻ってくる可能性も少なくなるね。」
「・・・え?」
「ん?ああ、今のはあくまで・・・」
「じゃなくて。なんでここにフィーナがいるのさ?」
「え?」
ドアからひょっこり表れたフィーナは心底意外そうな顔をして、
「私がアルの部屋に来ちゃ・・・ダメ?」
と、捨てられた仔犬・・・いや、むしろ仔猫のような目で見てきた。
ううっ、ずるい・・・ずるすぎるよ、そんな目で見たら・・・!
「アル。目が獣になってるぞ。」
「はっ・・・!?」
半ば理性を失い欠けていた俺を、アランが冷たい目で見ていた。
「あはは、からかいがいがあるねぇ、アルは。」
余裕の笑みとも見える、大人びた微笑は、フィーナにとても合っていた。
「・・・うむ、どこかの電撃娘とは大違いだな。ちっちゃくても大人っぽ・・・ポゲラァ!?」
ドカバキゴキゲシゲシ。
再びダンへの攻撃が再開される。

「・・・余計なことを言わなきゃいいのに・・・」
「いや、案外・・・」
「「「「・・・成程、そういう趣味か・・・」」」」
四人の意見が綺麗に一致する。
確かにダンは、見ようによっては一種の恍惚とも取れる表情を・・・
「違う!違・・・ッ痛い痛い痛い!ギブだって!」
「うるさいっ、私の・・・私の身長が伸びるまで!私は殴るのをやめないっ!」
「え、いやガハ!それ理不じグボォ!?あ、でもなんか新しい世界が・・・」
今度こそ恍惚らしき表情を浮かべるダンと、理不尽な理屈で殴り続けるクレア。
「・・・放っておこうか。」
「同意。」
「むしろその方が・・・」
「幸せそうだねぇ・・・」
またしても満場一致。
「で・・・みなさん何かな?ここに来たのは暇だから?」
「「「その通り。」」」
・・・うわ、なんか悲しい。
なんだろう、このいいようのない虚しさは。
「私は仮面レイダーを見るためにだよー。部屋にいると見させてもらえないんだもん・・・」
余計悲しい。
「・・・当たり前でしょ。暇つぶしにもならないってのに・・・」
ウェンリィが呆れたように頭を振る。
「悲しいよオジサンは・・・。」
「まあまあ・・・うんよし、じゃあ慰めてあげましょー。」
よしよし、と俺の頭を撫でるフィーナ。
「お熱いことで・・・」
「朝からやだねぇ、これだから若いもんは・・・」
年寄りじみた動作で椅子に座りなおす二人。
あれも老年夫婦的なのだが・・・
俺の頭を今度はポムポムと叩きながら、フィーナが口を開いた。
なんだか玩具にされているような・・・
「ん、で。みんな暇だっていうなら、こんなところにいないで何か行動を取るべきだと思うんだけど・・・」
「こんなところとはなんだ。これでもゲーム機類は揃っているんだがな・・・」
「・・・社会不適合者でもあるまいし、晴れた日曜日に中に引き篭ってるんじゃだめなんだからね。」
グサッ。
今の単語は確実に致命傷です、フィーナさん・・・
「・・・ぃょし分かった、そこまで言われちゃ仕方ねぇ!ここで外に出なきゃ漢がすたるってもんよ!」
「社会不適合者っていう自覚はあったんだな・・・」
アランの言葉が俺の燃え上がるソウルに冷水をぶっかけた。むしろ氷の穴から湖に沈めた感じか。
「うぐ・・・もういいです、いいから外に行こうよ・・・」
「行くあては?」
「無い。」
即答する俺に、やれやれといった感じでウェンリィは肩をすくめる。
「ま、なんとかなるだろ。ってことで、三十分後にもう一回ここに集合な。」
ひとまず解散して、着替えたりなんだりをしないとな。
今日はどこに行こうか・・・。
そんなことをぼんやりと考えながら、俺は着替えを始めた。



「・・・で。結局こうなるのね。」
商店街にあるオープンテラスの一角、日当たりのよい場所に、俺たちは机を二つ繋げて座っていた。
「ん・・・まぁいいんじゃないか?日曜日は朝食出ないしな。」
日曜日は朝から外出する生徒が多い。また、土曜日の夜からどこかへ行く生徒も少なくはない。
そんな事情により、寮では、日曜日は朝食が出ないことになっている。
「んまー。アル、これ食べてみろって。うまいぜ。」
「断固遠慮しよう。男の食いかけは、マイ食べたくないものランキングのトップテンに確実に入る。」
「じゃあ・・・私のは?」
フィーナが差し出してくる。
ああ、後光が見える、見えるよ・・・!
「・・・っておい。俺は皿は食べないぞ。」
「ちぇ、やっぱり食いつかないか・・・さっきの表情からいける気がしたのに・・・」
「黒い!この子、見かけは中学せ・・・ごめんなさいごめんなさい本当になんでもないです。」
あらぬことを口走りそうになったダンが、フィーナの殺意をこめられた笑顔で秒殺される。
こいつ、前々から思ってたが、本当に隠し事ができないっていうか、発言で損するヤツだな・・・

朝食を取り、流石に店員の目も気になってきた。
「・・・これからどうするよ。」
「飯食べただけで戻るのもなぁ・・・?考え方によっちゃアリだけど。な、アル?」
「どうせお前ら、戻ったらゲーム始めて外に出ないつもりだろ。」
「「何故分かった!」」
まるでサスペンスドラマの犯人のごとく驚愕の表情を浮かべる俺たちに、推理小説の探偵よろしく机に両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて、
「ふふふ、それはだね・・・」
と、悦に入ったように目を閉じて話し始めたウェンリィを、
「・・・ほらほら遊んでないで。あそこの店員さんが厳しい目で見てるからさっさと移動しよう。」
フィーナが制した。
視線を向ければ、そこにはちょいとお咎めするような目で見てくる店員が一人。
・・・どこかしら、彼から羨望と憎悪が見え隠れするのは気のせいだろうか?
否、気のせいじゃないだろう。彼の心の声が聞こえてくるようだ。
(なんなんだアイツら、俺は必死でバイトしてその金で合コン行ってるのに、アイツらはデフォルトで仲いいですよオーラを振りまいてるじゃねぇか!それになんなんだあのメンツはっ!まさにどこぞやのゲームのヒロインとして出てきそうなカワイコちゃんばっかりじゃねぇかよぉ!あぁ、憎い、憎いぞぉぉぉ・・・俺は神なんか金輪際信じねぇぇぇぇぇ!!!)
「き・・・聞こえた!」
「・・・?馬鹿みたいにつったって阿呆みたいなこと言ってないで、行くぞ。」
「いや、聞こえたんだって!マジで!」
「だから何がだ。・・・ダン、この馬鹿を引っ張るのを手伝ってくれ。」
ズリズリズリ・・・と引っ張られていく俺。
俺は店員に向かってニッコリとpricelessなスマイルをしつつ親指を立てる。
店員はそんな俺を見て、まさに営業スマイルの鑑と言える素晴らしい微笑みを向けて親指を立て・・・・・・それを地の底へと叩きつけた。



「ねぇ、ちょっといいかしら?」
何の気無しに街中を歩いていると、リポーターらしき・・・ってか後ろにカメラマンがいるから確実にそうだ・・・女性から、声を掛けられた。
・・・見た感じ、三十路ちょい越え独身ってとこか。
「君たち、あの学園の生徒さんよね?」
と言いつつ、リポーター(女性、負け組)は聳え立つ塔を指差す。

俺達が通う『学園』は、中心に建っている大きな塔がシンボルでもある。
だから、ちまたでは『巨塔学園』なんて呼ばれることもザラでは無いらしい。
ちなみに、あの塔には教室諸々及び、展望台がある。

メンバー全員が、俺に目を向ける。
その目は、雄弁に『お前が受け答えしろ』と語っていた。
多少の押し付けられた感が否めないが、もはや語るまい。こういうキャラ作りをしてしまった自分の責任だ。
「ええ、そうですが・・・」
「ちょうどいいわ、ちょっとインタビューに答えてちょうだい!」
「は?はぁ、まぁ・・・そりゃ。」
ちら、と後ろを振り返ると、残る六人はニヤニヤと俺を見ている。
ダンがにかっと笑って言った。
「素晴らしい回答を期待してるぜ!」
・・・言いたいことはよく分かる、よーく分かるぜ・・・俺はそういうキャラだよ、どうせボケ担当だよ、ちくしょう・・・

・・・ちなみに、だが。
俺達が『学園』の生徒であることというのは、比較的容易に判断することができる。
それはコートである。
この『学園』は、制服が指定されていない代わりに、トレンチコートを着用しなければならないという校則がある。
・・・随分とけったいなと思うだろうが、実際トレンチコートは色々なモノを忍ばせることが出来るので、非常に便利なのだ。
・・・色々なモノについては追求はしないで貰いたい。
で、男子は黒、女子は白と決まっている訳だが・・・
実はこのコート、学園指定のモノであり、必ず裾と肩当ての場所に六芒星の魔法円が書かれている。
さらに、アヤシゲな文字が記されており、アランによるとこれは古代ヘブライ語の呪文で、「これに生命在り、この生命は人の光也。」と書いてあるらしい。
・・・簡単に言えば治癒の魔術だろうか。
確かに、文献等によれば、この魔方陣を傷口に触れさせれば、治癒効果があると言われていたという(アラン談)。
魔術の発動はイメージであるからして、条件を縛っていけばそれだけ発動に必要なイメージが少なくて済む。魔力を十分以上に持っている人間がそれを行えば、発動も容易なことだったろう。
また、六芒星の魔法円は、古代より召還儀式の際に守護天使による守護方陣として使われていたらしく、要するにこの六芒星の魔方陣には、守護と治癒の力があると見ていいだろう・・・多分。
その六芒星によって、俺達は『学園』の生徒であると認識されたわけだ。

それはともかくとして、俺はリポーターに引っ立てられていく。
「じゃあここらへんでいいかしら。カメラ回してくださ~い!」
あいよ、とカメラマンが返答をしつつ、カメラについている機械をカチャカチャといじっている。
「おっけー?じゃあ街の画面ちょっと映してからインタビューに入るわよ。」
「う、うぃっす。」
・・・マズい、柄にも無く緊張してるぞ俺!
落ち着け、冷静に面白い回答を探すんだ・・・!
そう・・・冷え冷えとしたお茶の間に明るい笑いを・・・ッッ!
・・・おお、なんだかカラダが温かくなってきた!オラ、もうなんでもできる気がする!!
リポーターはまず街をバックに事件のあらましなどを話している。
「――事件の起こった学校の生徒に、この事件についてインタビューを行いました。」
カメラマンの後ろでは、担当らしき人がマルを出している。
「じゃあ次、インタビューのビデオ撮るからね。」
ここぞとばかりに俺は大音量で叫ぶ。
「おおお、オラ、なんだかワクワクしてきたぞ!!!!」
シーン。
・・・うわ、めっちゃ冷めた・・・ひい爺ちゃんの話なら、これは世界共通のネタのはずなのに・・・!

心なしか通行人の見る目が白い、真っ白い。まるで焼き魚の目のように白い・・・!
後ろを振り返ると、そこには。



誰も、いなかった。



「・・・これは、新手の、イジメかな・・・?」
リポーターの顔が引きつっている。
「質疑応答では真面目にやってくださいね?」
ニコニコピキピキ。
バックからは壮絶な効果音がついてきそうな感じで、それでも職業柄必死になって笑顔を保とうとしているリポーターは、目がもの凄い勢いで光っていた。
「・・・ら、ラジャー・・・」
リポーターは怒りで震える体を落ち着かせようと深呼吸している。
お、俺も・・・手の震えが止まりません、閣下・・・・・・
リポーターが振り向く。その顔にはしっかりと営業用スマイルが貼り付けられていた。
「なるべく、自然な感じでお願いね。素直に答えて頂戴。・・・じゃあカメラ回して。3・2・1・・・キュー!」
「あなたは、今回の事件についてどう思いますか?」
・・・いや。どう思うかってそりゃ・・・
「・・・先生のデータを狙った誘拐事件・・・でしょうかね。」
「・・・。」
ありゃ、やっぱマズかったか。
なんだろう、ここは「めっちゃ怖いっすね!次はもしかして俺っち?俺っちなんでしょうか!?」みたいなノリでいけばよかったのか?
「・・・えー、今回の事件では証拠となるモノが未だ発見されていないそうですが、その点についてはどう思いますか?」
「そうですね・・・証拠を残さないというのは非常に難しいので、この犯人は相当の手慣れだと思っています。」


「本当に・・・そう思うの?」


ツメタイコエ。それはまるで鋭利な刃物を突きつけられたような感覚。
本当にそう思っている、そんな言葉を頭から信じていない、敵意向きだしのコエ。
それは敵が捕虜を拷問にかけ、情報を吐かせるように。
殺さずに、死ぬような思いをさせる。
空気が凍る。
この人は、危ない。
目を合わせずとも分かる、相手の目は異常な狂気をたたえていることが。
その感覚に、身体が凍りついた。
なんだろう、このカラダの奥底から湧き上がるこの悪寒は。
首を動かし、目線をあわせようとする・・・否、これは不可抗力、何かの力によって動かされている・・・!
(アワセテハイケナイ、アワセテハイケナイ・・・!、ヤメロ、ミルナミルナミルナミルナミルナッッッッッッ――!)
そしてついに。
「・・・・・・ぁ。」
目が、合ってしまった。
次の瞬間、恐怖が臨海に達した。
「俺は、俺は何も知らな・・・!―――あれ?」
「・・・?どうかしたの?」
気のせい・・・か?
いや、確かに俺は見たはずだ。
そう。
俺が目を合わせたとき。

妖艶な(残酷な)、美しい(狂気の)、微笑を(嘲笑を)、こぼした(あげた)、


殺人鬼を・・・。


「・・・いえ、なんでもないです。」
イメージを振り切って、リラックスする。
あれは見間違い。勘違い。そうすることが最善に思えた。
「そう・・・。うん、そうね、インタビューはこれぐらいにしておきましょう。
あなたのお友達もほら、待っていることだし・・・ね?」
「・・・あれ?」
後ろを振り向いても誰もいない。
「ほら、あそこよ・・・隠れてないで、出てらっしゃい。」
リポーターが指差すほうを見ると、そこには確かに、路地から出てこようとする五人の姿が見えた。
「シャイなのね、お友達・・・。」
「ええ、まぁ・・・慣れていなかったんじゃないでしょうかね。滅多にあることじゃないですし・・・」
「そうね・・・。じゃあ、また。会えるなら、どこかであいましょう。ありがとね、インタビュー受けてくれて。」
「いえいえ・・・。」
そうして、片付けを始めている報道陣に軽く頭を下げると、俺は五人のほうに歩いていった。
「おい、お前ら・・・」
「いいから、アル。ちょっとこっち来て。」
「おいおい・・・何するんだ・・・って!」
ドンッ、と。
声をかけるなり、いきなり五人がかりで路地に押し込められた俺は、そのままの勢いで壁に押し付けられた。
「ふざけんな!どういうつも・・・り・・・」
やっと気がついたが。
目の前に立つ五人は、一様に切実な目で俺をみている。
まるで俺が致命傷を負ったような目で。
「どうしたんだよ、おい・・・」
「なぁ。」
「あ?」
「確認していいか?」
「あ、あぁ・・・」
切迫したようなダンの問いに首を振るしかない。
「お前・・・本当にお前か?・・・いやそういうことじゃない、何もされてないか?本当に?」
「ああ、何もされてねぇよ・・・」
そう言ったとき、脳裏にあのイメージが浮かんだ。
狂気の目。突きつけられた凶器。殺人鬼。
いや。それは勘違いだ。そう割り切ったはずじゃないか。
「何も・・・されてねぇ。」
「それは本当だな!?嘘ついてんじゃねぇよな!?」
「本当だ、本当だって!」
「良かった・・・本当に・・・。」
「おいおい、どうした・・・?」
今度は、全員が一様に安堵の表情を浮かべる。
まるで、致命傷を受けた人間が、治療を受け復活したかのような表情。
「アル。あの人はね・・・西方教会の執行機関の人間よ。」
「裁縫協会・・・の失効期間?」
なんだそりゃ。
「ジョークじゃないわ・・・西方教会の執行機関ってのはね。」
ウェンリィがその目を地面に一度落としてから、顔を上げて、告げた。


「魔術師を殺すための機関なのよ。」


「・・・は?魔術師殺し?」
「そう。彼らは魔術師をこの世から消去するために動いている。」
「・・・えーと、なんで?」
「その理由を述べるには、13~16世紀に行われた”魔女狩り”について話す必要があるわ。
魔女狩りってのは知ってる?」
「あー・・・、あれか、魔女と思われる人々を次々と焼いてったアレか。」
「・・・広義にはそうだけど。魔女狩りってのはそんなもんじゃない。
本来、魔女狩りというのは、元々民衆から始まった暴動なの。”悪魔に憑かれた”と思われる人々を民事裁判で火刑にしたり、ね。
その動きがキリスト教全体の動きになった。異端は処刑するべし。それが一番簡単な方法だって教皇が思ったんでしょう。
そして、異端の処罰が始まったのは12世紀、当時最強と呼ばれたテンプル騎士団への迫害から始まるわ。彼らが強かったのは他でもない、彼らは今で言う魔術師だったからよ。
当時、魔術の定義は”悪魔と契約し、その力を使うもの”だった。
悪魔との契約はキリスト教において絶対のタブー。密告者によって魔術師であると認定された彼らは、同時に異端とみなされ、次々に処刑されていった。
その時に発足したのが執行機関よ。彼らは異端を狩り、撲滅することを目的とする。
彼らは教会が異端とみなしたものを排除するためにつくられた、いわば処刑人たち。
魔女狩りってのはその異端狩りが民衆によってエスカレートさせられたものだとされているわ。」
「・・・説明ご苦労さん、ウェンリィ。で、奴らはその執行機関だった、と。」
「そう・・・アルには見えなかったでしょうけど、彼らの靴には十字架がついていたし、彼らの首からはロザリオが下がっていたわ・・・それになにより。」
トントン、と耳の部分を叩きながら、ウェンリィは言った。
「ここのところに、血のように赤い十字架のピアスがついているのよ、彼らにはね。
これは、12世紀からずっと守られてきたルール。彼らは、それによって、異端狩りをする執行機関であるということを証明するの。
手段は問わず、ただ狩るのみ。もちろんそれに見合った実力はある。軍隊だったら、一人で一個中隊を殲滅できるぐらいの戦力はあるわね。」
「うへぇ・・・なんだか恐ろしいな。自分の身があるのが安心だ・・・いや、待て・・・もしかしたら。」
「そう、恐らく狙いはアルじゃない・・・狙いは、」
「何者かに拉致された、先生・・・だね。」
台詞取られた・・・と落ち込むダンを、取ったフィーナが誇らしげに見下ろしている。
確かに微笑ましい場面ではあるが、そういう状況でもないだろう。
もはや、するべきことは決まっている。


「よし、探索は今夜決行。みんな、準備してくれ!」
いつものようにアランが仕切り。
こうして。


もう戻れない扉を、


俺達は・・・


開けて、しまった。


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