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窓ガラスに当たって砕け散った雨粒が伝い落ちるほどに他の水滴を集めて膨らみ、流れる速度を高めていく。朝からの雨は夜になってもその勢いを緩めることなく、町外れのカフェの窓を叩いている。このところ秋晴れが続いていたのだが、突然の雷とともに今までの分を取り戻すかのような過度の恵みを大地に、森に降り注いでいた。乾燥していたところにこの大雨、下手をすると土砂崩れなどの災害が起きるかもしれない。
あの森のモンスターたちは大丈夫だろうか。今頃大きな木のうろや洞窟に隠れて身を寄せ合っているのだろうか。11月の雨は冷たい、身を凍らせるほどに。むしろ雪であったほうが温かく感じる。鱗や毛皮に覆われていても、彼らも寒くないはずなどないのだ。PETになってしまえば、人間と同じように居心地のよい屋根の下でくつろげるのだけれど・・・。テーブルの下に目をやると、先に持ってきてもらったホットミルクを飲んで満足げに寝そべるケルビーがいる。ロリンは壁にもたれかかり、文字を覚えさせるために与えた絵本と格闘している。
私には全てのモンスターに温かい部屋を与えてやる力などない。それどころかたった一匹のモンスターを幸せにしてやることも出来ないのだ。
昨日は覚えたてのスキル、説得を試すために中央プラトン街道グレートフォレスト入り口付近のエルフが住む場所へ行ってみた。結果は・・・惨憺たるものだった。治療が間に合わなくてまずスウェルファー、ついでケルビーが死んでしまい、他の召還獣を呼び出す暇もなくロリンが集中攻撃を受けて死んでしまったのだ。慌てて街に帰り蘇生をしたが、敵の強さも自分の力なさも何も考えずにPETや召還獣を危険に晒してしまうなんて、サマナテイマとして最低だ・・・。自分の不甲斐なさに涙が止まらなかった。
今日は雨なので狩りはせず、こうしてただ漫然と時を過ごしている。いや、それはただのいいわけだ。雨でも狩れる屋内の狩場はいくらもある。ただ、今日は何もしたくないだけ。突然の大雨は私に都合のいい理由をくれたにすぎない。テーブルに頬杖をついたままため息をついたとき、ふっといい香りが私の前を横切った。
「はい、いつものやつ。」
マスターが私のお気に入りのブレンド珈琲を置いてくれたのだ。鼻腔をくすぐる芳香に、しばし憂鬱を忘れる。家を出るまでは砂糖と牛乳をたっぷり入れなければ珈琲を飲めなかったのだが、このカフェに来るようになって一気にブラック党になった。マスター自ら選び抜いた豆を丁寧にローストしたあと絶妙の配分でミックスし、挽きたてをこだわりの水で煮出す。全てが完璧に整えられたこの味に、何かを付け加えるのは冒涜というものだろう。ふくよかな香りを胸いっぱいに吸い込み、一口啜った。
「どうかしたの?さっきから浮かない顔をしているけれど。」
マスターが心配そうに訊ねてきた。いつも柔和な笑顔を浮かべたこの店のマスター、TUBASAさんは優秀なウィザードでもある。ときおり趣味の店であるこのツバサカフェを開けるのだが、本当に気まぐれな営業時間なのでなかなか入れなかったりする。幸運にも今日はこの珈琲にありつけた。本当に美味しい・・・。苦味を口腔で存分に楽しんだ。ブラックで飲むと、大人になれたような気がして少しくすぐったく誇らしい気持ちになる。落ち込んだときの特効薬で、勇気を出して次に進みたいときの儀式になりつつあった。
「いえ、ちょっとテイムがうまくいかなくて・・・。それはまあいつものことなんですけど、昨日はPETが死んでしまったりしたのでちょっと・・・。」
「そうか、それは大変だったね。」
TUBASAさんが長いまつげを伏せた。この珈琲だけでなく、中性的な魅力の彼のファンもまた多い。そういえば、この前は体格の良い天使さんが熱い視線を送っていたなぁ。
「そうだ、プリンセスに手伝ってもらったらどうかな?女神をかけてもらうとテイムの確率が高まると聞くし。よかったらいい人を紹介するけど。」
「でも・・・。テイム支援を頼むのはたくさんお金がいるんですよね。私、駆け出しなのでそんなお金はとても・・・。」
「いや、お礼はボクがするさ。」
「え?」
「同じギルドのコだし、ここの珈琲これからずっとタダだって言えば、喜んで引き受けるよ。」
と言っていたずらっぽく軽く片目をつむってみせた。
『そんな、いいです』という言葉を飲み込んだ。変なプライドでまたロリンを死なせるわけにはいかない。
この渡りに舟の申し出をありがたく受ける事にした。
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つづき
この前書いた小説が好評だったので(ギルメンに・・・^^;)、第二弾やってみました。本当にあったことも混ぜてますが、基本フィクションなのでお名前が出た方に迷惑な耳などはご遠慮下さいませ。
TUBASAさんとツバサカフェに興味が出た方は、是非下記を訪れてみてください。
ネタがないから小説第七弾~翼の行方編そ… August 21, 2009
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