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なせばなる、かも。
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-5-
抜け殻
翌日になって、再び石塚がモルモットを借りてきた。昨日、家に帰った石塚は、モルモットとキーボードを結ぶ何か導線になるものはないかと考えていた。そして、思いついたのが、金網だった。一本ずつの線が細く、柔らかい物を選んでモルモットのゲージに引き、その残りをキーボードに乗せるという寸法だ。
「これなら、モルモットが動いて、意味不明な言葉をチャット上に打ちこむ心配もないだろう。」
石塚は準備万端整えると、気分よくコーヒーを入れた。そして、途中で買ってきたシュークリームを取りだし、うまそうにほうばった。
「あれ、石塚。今日は早いなあ。」
松坂がやってきた。
「ああ、今日は改心の策を考えてきたんだ。今日こそ捜し求めていたウイルスをゲットするぞお。」
片手にシュークリームを持ったまま、石塚は気合を入れた。松坂は笑いながらコーヒーを入れると、上着のポケットから小さなお守りを取り出した。
「頼む。彼女を守ってくれ。」
松坂は、小さな声でそう言うと、そのお守りをまた元通りにポケットにしまった。
簡単な打ち合わせを済ませて、松坂はノート型パソコンをかばんに入れると、芙美の部屋を訪ねた。
ノックをしても返事がなく、「はいりまーす。」と声をかけながら松坂が入っていくと、芙美はまだよく眠っているようだった。手首には、夜の間にもがいたのだろう、幾筋もの赤い痕が残っていた。
「かわいそうに。君は何を悩んでいたんだい。そのままの君で充分魅力的なのに。」
誰も居ない事を良い事に、松坂はポツリと本音を言った。打ち合わせ通り、かばんのジッパーを開いて、パソコンが少し覗いているようにおいた。そして、手足を縛っていた紐を解き「起きた頃にまた来よう。」と言って、静かにドアロックして出て行った。
足音が遠ざかるのを確かめると、芙美はぱっと眼を開けた。音もなくベッドを滑り降りると、パソコンを手早く接続し始めた。
「フッフッフ。私が接続できないとでも思っていたのか。」
あざ笑う瞳は、芙美の物ではなかった。
「松坂、始まったぞ。」
石塚が慌てて松坂を呼び寄せた。石塚は急いでゴム手袋をはめ、昨日の内に作成しておいた自分のモデルをチャットに送りこんだ。
「昨日のモデルだと怪しまれると思って、違うものを作っておいたんだ。」
「さすが石塚。」
自慢気に言った石塚に松坂も感服した。
「あっちのモデルはドラキュラだ。」
松坂は半分楽しそうに言った。
「彼女、きっと喜ぶと思ったんだ。」
「お、早速ドラキュラのお出ましだ。こちらも行こうか、狼男君。」
石塚は狼男をうまく操って見せた。
dula-こんにちは。君、こんな時間にチャットするなんて、暇なの?
wolf-まあね。ちょっと悩んでるんだ。もし、暇にしてるなら、僕の話しを聞いてよ。
dula-どうぞ。丁度暇を持て余してたんだ。
wolf-僕には、このモデルと同じ、狼男みたいな血が流れてるんだ。満月になると、なんだか血が騒ぐって言うか。翌日、友達に会うのが恐いって言うか。
dula-別に、変じゃないさ。あっ、ちょっと待ってね.....。
「あ、言葉が途切れた。」
石塚が言うのと同時に、松坂が、キーボードの静電気に気づいた。
「こっちもはじまったぞ。バチバチしてる。」
そう言い終わらない内に、モルモットがはじかれるように倒れた。松坂は急いで芙美の部屋に走った。案の定芙美も倒れていた。
「石塚。電源を落としてくれ。」
松坂が叫ぶと、石塚はあっという間にモニターの電源を落とした。そのすぐ後にモルモットはゲージの中で気がつくと、突然バタバタと音を立てて暴れまわった。
「よーし。これで後は医務局にお任せだ。」
石塚は慎重にゲージを持つと、医務局へ運び始めた。廊下を歩いていると、芙美の部屋の前を通りがかった。中で松坂がしっかりと芙美を抱きかかえていた。
「あーあ、お幸せな事だね。」
石塚は独り言を言いながら、医務局にモルモットを届けた。帰り道、再び芙美の部屋を覗くと、松坂はまだうつむいて芙美を介抱しているようだった。
「ちょっと見せつけすぎじゃねえか。」
石塚が愚痴りながら先に進もうとした時、どさっと妙な物音がした。石塚はとっさに踵を返して芙美の部屋に駆け込んだ。
「どうした。大丈夫か。」
よく見ると、芙美の姿は何処にもなく、松坂がうつぶせに倒れていた。石塚が引き起こすと松坂の腹部から大量の血が流れ出ていた。
「おーい、救急車。松坂が刺された。」
石塚が叫ぶと、医務局の仲間が駆け寄ってきた。
「松坂を頼む。俺は伊藤さんを探す。」
石塚はそう言うと、警察署の方に駆け込んだ。
「親ッさん、松坂が伊藤さんに刺されました。至急手配の方頼みます。」
「なに?あの子がか。おい、お前達聞いての通りだ。手配を急げ。石塚、俺も行くぞ。」
森村は慌てて上着を取って外に飛び出して行った。森村にハンドルを預けて、石塚は芙美の実家や今日子達の所に電話をかけた。
「今のあの子に必要なのは何だ。考えろ。落ちついて考えるんだ。」
石塚は自分に言い聞かせた。そして、「親っさん。パソコンショップだ。この近くでいい。寄ってくれ。」と叫んだ。車はすぐさま左に急カーブをした。
「間に合ってくれ。」
石塚は歯を食いしばり、前を見つめていた。
小さなその店に着くと、石塚はすぐ飛び降りて店の中に飛び込んだ。いた。確かに芙美がモニターの前に座っていたのだ。
「止めるんだ!!」
石塚が駆け寄った時は、芙美はもう意識をなくしていた。
「伊藤さん! しっかりするんだ。」
石塚はそう言いながら、モニターに彼女の姿が無い事を確認して、少なからずホッとしていた。石塚が芙美を抱き上げている時、森村がやっと到着した。
「どうなったんだ。」
「だめでした。ウイルスには逃げられてしまったようです。でも、彼女の人格は閉じ込められてはいませんでした。このまま研究所の方に運びます。」
石塚は芙美の身体を軽々と車に運びこんだ。森村が無線で救急車を呼んでいる間に、石塚は店の主人に事情を話していた。すると、突然すぐ横のモニターに見入っていた若い男が、痙攣し始めた。
「あ、お客様。大丈夫ですか?」
慌てる店長に、石塚は救急車を呼ぶよう指示した。そして、店を出ようとして、その客のモニターに、その若い男が映っているのを見つけた。
「これは。」
石塚がモニタ-に飛びつくと、完全にバグっている状態だった。
「店長、このパソコンどうなってるんだ。」
石塚に聞かれて、店長は申し訳なさそうに言った。
「すみません、この機械だけ、どうも調子が悪かったんです。フリーズする事も多くて、近々修理に出そうと思っていたんです。」
石塚は納得して店長にこのパソコンには触れないように頼んで帰った。
車に戻ると、森村がホッとした表情で言った。
「あの娘さんは先に研究所に返したよ。とりあえず、無事な状態だそうだ。あ、それから今病院から電話があったんだ。奴は大丈夫だ。ちょっと出血がひどかったんで驚いたようだったが、命に別状無いそうだ。2、3日で退院できるだろう、だとさ。」
「そうですか。よかった。これで彼女の人格が元に戻ってくれれば言う事無いんですがね。」
石塚が独り言のように言った。
「大丈夫だ。あの娘さんは根がしっかりしているから、きっと元に戻ってくれるさ。」
森村が、確信に満ちた表情で言った。
研究所に戻って、芙美の容態を確認した石塚は、そっとドアを閉めカギを掛けた。そして、急いで救急車の行った先へ電話をした。
「さっき運び込まれた若い男の人は、どうなりました。」
「あのパソコンショップから運ばれてきた痙攣の患者さんでしょうか。その方なら、残念ながら病院に着くまでに亡くなりました。元々持病をお持ちだった上に、痙攣がひどかったので、どれが死因かと言われると、断定できませんが、他殺でないことだけは確かです。」
「分かりました。」
石塚は受話器を下ろして深い溜息をついた。
「他殺でないなんて、断定できるものじゃないだろ。」
石塚はそう言って考え込んだ。
「逃げ切られてしまったのだろうか。それとも、あの店のパソコンが故障気味だったのが、奴に致命傷を与えたのだろうか。」
煮え切らない気分で、研究所を後にすると、石塚は、松坂の病室を訪ねた。
「どうだ、具合は。」
石塚が顔を出すと、松坂が力なく手を上げた。
「まったく、色男が形無しだなあ。」
「彼女は、伊藤芙美さんは見つかったのか?」
石塚が近づくと松坂は必死で身体を起こそうとした。
「ムリするなよ。彼女、見つかったぞ。」
「それで、彼女はどんな具合なんだ?」
「パソコンショップで倒れてた。しかし、彼女の前にあったモニターには、彼女の姿はなかったんだ。」
「ウイルスはどうなったんだろう。」
「すまん、ちゃんとした答が出せないんだ。」
石塚は、ついさっきのパソコンショップでの出来事を詳しく話してやった。
「さっき確認したら、その若い男は救急車の中で亡くなったそうだ。パソコンのモニターに彼の姿が映っていて、何かを訴えるような格好をしていたから、あの秘書の時とおなじじゃないかと思うんだ。」
「そうか。」
松坂は深い深い溜息を吐いてぼんやりと天井を見ていた。
松坂が入院して3日になった。
「お世話になりました。」
松坂は看護婦に礼を言うと、病院を後にした。傷口はまだ少し痛むが、無理さえしなければ生活に支障はないそうだった。病院の前の大通りにでて、タクシーを探していた松坂の前に、ワゴン車が止まった。
「何だよ。水臭いなあ。退院するんならそう言ってくれよ。」
石塚が迎えに来たのだった。朝、警察署の方で、森村から今日の退院の事を聞いて、急いでやって来たのだ。
「すまん。助かったよ。」
石塚は松坂から荷物を取って後ろに積むと、助手席を開けて松坂を座らせた。
「無理すんなよ。傷口が開いたら病院に逆戻りだろ。」
石塚はにやっと笑って言った。
車を走らせながら、石塚は今度のパソコンショップで痙攣した男の持病の事や、モニターの状態が、佐々木の秘書の時とよく似ていることなどを蒸し返した挙句、ほんの少し、声をトーンを落とした。
「それと、お前が帰って来てくれないとどうしようもない問題が一つあるんだ。」
石塚は何時になく真剣に言った。
「何かまずい事でもあったのか。」
松坂もぱっと表情を変えた。
「伊藤さんが心を開かないんだ。ご両親も小林さん達も毎日見舞いに来てるんだが、ダメなんだ。」
「…伊藤さん、よくなってくれてると思っていたんだが、...」
心配そうにうつむく松坂に石塚は小さな声で言った。
「まあ、昔からお姫様は王子様のキスで目覚めるものだからな。俺達外野がわいわい騒ぐより、お前が彼女と向き合った方が話しが早いような気がするんだ。」
松坂はちょっと顔を赤らめて「ばかやろう。」とつぶやいた。
芙美の部屋には、今日も今日子が遣ってきていた。
「芙美、今日はケーキを焼いてきたんだ。ほら、芙美が教えてくれたパウンドケーキ。一緒に食べよ。」
「......」
芙美はぼんやりとベッドに座っているだけで返事もしなかった。でも、今日子は気にしないで続けた。
「私、芙美と友達になる前は、自己嫌悪の塊だった。何を遣ってもうまく行かなくて、どうせ私なんてって、いつも思ってた。そんな時芙美に出会ったの。
芙美は色白できれいな瞳をしてて、見るからにお人形さんみたいだった。それなのに、ちっとも気取ってなくて、それどころか、私が止めに入らないと行けないぐらい気が強くて、一本気で、芙美と居ると、うじうじしている暇がなくなってしまったわ。
自分の中のいやなところや自信の無いところなんて、忘れてしまえるほど、芙美と居ると楽しかった。芙美は、私が気づかなかった私の中の長所をいっぱいみつけだしてくれて、私に示してくれたわ。今の私は、芙美が居てくれたからこそあるんだと思う。」
今日子は、返事をしない芙美に向かって懸命に語り掛けながら、ケーキを切り分け持ってきたコーヒーをカップに入れると、芙美のサイドテーブルの上に置いた。
ドアをノックする音がして、森村が入ってきた。
「具合はどうだい?」
芙美はぼんやりと前を向いているだけだった。
「お前さんみたいな元気で威勢のいい嬢ちゃんが、抜け殻になるなんて、悲しいよ。」
森村が寂しげに笑って見せた。その左頬にえくぼがかすかに見えた。芙美は、ほんの一瞬だがはっと顔色を変えた。それを見逃さなかった森村が、いきなり芙美に近づくと「ばっかもーん!!」と叫んだ。
芙美は驚いて、そして困惑したような表情を浮かべた。
「目を覚まさんか。しっかりせい!」
森村の真剣な眼差しに、芙美はふと正気に返った顔をした。しかし、すぐにまた何かに怯えるように頭を抱えて首を横に振ってはうずくまってしまった。
「芙美。」
今日子がそっと肩を抱いてやったが、その肩はただただ震えているばかりだった。
「すまん。大声出して。この嬢ちゃんが始めて私と向き合ったとき、私が一人で囮に成っていたと聞いて『ばかもーん。』てね。さっきみたいに怒ったんだよ。そしたら、嬢ちゃんは警察の動きが悪いんだって、跳ね返してきた。随分元気な子だなあって、私はほれこんだんだよ、この嬢ちゃんにね。おどかして済まなかった。早く元通りの元気な顔を見せてくれよ。じゃあ、失礼するよ。」
森村は寂しげな後姿をして部屋を出た。一緒に部屋を出た今日子が「ありがとうございました。」と挨拶していた。森村はごつい手を上げて、気にするなとでも言うように深く頷いていた。
「そういえば、佐々木から救い出した時、嬢ちゃんに話を聞いたんだが、前田志穂って子が同じクラスにいるそうだな。その子は嬢ちゃんのいとこだって言ってたが、仲良しだから、佐々木を許せなかったって、言ってたんだ。1度、その志穂って子を呼んでみたらどうだろな。ちょっと考えといてやってくれ。」
「はい。」今日子は、森村が去るのを見送った。
森村と入れ違いに、松坂と石塚が遣ってきた。
「あ、松坂さん。もう退院できたんですか。」
「ああ、お陰様でね。伊藤芙美さんの様子はどうですか。」
「あまり、変わりません。」
「そうですか。」
松坂は気持ちを切り替えるように深呼吸すると、芙美の部屋のドアをノックした。
「伊藤芙美さん。具合はどうですか。」
松坂が入ってくるのを見つけると、芙美は急いで布団を被ってしまった。松坂は面食らって身動きが取れなくなってしまった。
「伊藤さん?」
廊下では、今日子が石塚に何やら確認していた。
「石塚さん?森村刑事って、松坂さんと何か関係があるんですか?」
「ああ、親ッさんは松坂の実のお父さんだよ。やつが小さい頃に、両親が離婚して、苗字は違うけどね。」
そうか、と今日子は納得したように頷いた。
「実は、さっき森村刑事が見えて笑ったとき、芙美の表情がほんの一瞬だけど変わったんです。」
「ああ、親っさん譲りの左のえくぼだろ。」
石塚は、松坂が帰ってきたことで、一気に芙美を元に戻せるような気がしていた。
警察署を出て、山本の店の近くまで帰ってきた今日子は、無性に山本に会いたい気持ちになっていた。
「こんにちは。」
今日子が声をかけたとき、山本は接客中だった。
「心配しないで、試してみてください。」
山本に励まされているその客は、ぽっちゃりとした愛らしい少女だった。
「去年の私みたい。」
今日子は小さくつぶやいた。少女は今日子の言葉を聞いて、しがみつくように言った。
「今の話し、本当ですか?貴方も、この薬飲んでやせたんですか?」
「ええ、そうですよ。今は、飲んでないですけどね。元気出して、試してみてね。」
今日子にそう言われると、少女も勇気が沸いてきたように顔を上げてうなずいた。
「ありがとうございました。」
少女の後姿を見送りながら、今日子は言った。
「なんだか、君の方がお店の人みたいだね。でも、本当にキレイになったね。なんだか焦っちゃうよ。」
山本が照れたように言った。
「芙美に言われたわ。きれいに痩せられたのは、スリミックのせいだけじゃないでしょって。貴方のせいでしょ?」
いたずらっ子のような目で、今日子が山本を見た。山本は、ちょっと咳払いをした。
「後10分ぐらいでパートの人が来るから、そしたら、食事にでも出かけよう。」
「うん。芙美の事も相談に乗って欲しいしね。」
今日子はそう言うと、店の商品をキレイに並べたり、歪んだ値札を直したりした。
閉店の時間が来ると、山本と今日子は、近くのファミリーレストランに来ていた。
「今日は、ちょっとだけ芙美にも変化があったの。森村刑事って、覚えてる?」
「ああ、ベテランの刑事さんだろ。」
「そう、あの刑事さんが芙美を見舞ってくださったの。ずっと反応が無かったのに、刑事さんがわらったとたん、チョットだけ表情が変わったの。それで、後で石塚刑事に聞いたら、あのベテラン刑事さんって、松坂さんのお父さんなんだって。」
山本はぼんやり松坂と森村を思い浮かべていて、はたと気がついた。
「うん、そう言えばにてるよな。じゃあ、やっぱり芙美ちゃんは、森村刑事の顔を見て、松坂さんの事を思い出したのかな。」
今日子は頬杖をついて考え込んでいた。
「うーん。それがそうでもないのよね。今日は、松坂さんが退院して来られて、早速芙美の所にも来てくださったんだけど、芙美ったら、松坂さんの顔を見たとたん、布団にもぐりこんで出てこないのよ。もー、どうなってるのか分からないわ。」
山本はクスッと笑いながら言った。
「でもさ、今日子ちゃんだって、僕と話し始めた頃には、そんな感じだったよ。ぽちゃっとしてて、可愛いね。って言った時、ホウセンカか何かの種がはじけるみたいに、パッと店を飛び出して行ったよね。」
今日子は真っ赤になっていた。
「そんな事もあったかしら。」
「いずれにしても、松坂さんの気持ち次第だね。僕だったら、何年掛かっても絶対今日子ちゃんを元に戻して見せると思うよ。」
「山本さん。」
2人が恋愛モードに入ったとたん、注文していた食事が運ばれてきた。
「食べようか。」
山本が照れくさそうに笑うと、今日子も頷いていた。
帰り道、今日子は一人の女性に声をかけられた。
「あの。今日子ちゃんですよね。」
今日子が振り向くと、そこに居たのは芙美のいとこの前田志穂だった。
「志穂ちゃん!もう、大丈夫なの?芙美がとても心配してたのよ。」
「うん、お母さんから聞いてるわ。それより、芙美は今どうなってるの?この前、叔母さんに会ったとき、芙美がパソコンの事で大暴れして警察に連行されたって聞いたんだけど。」
今日子は志穂を喫茶店に誘った。
店のテーブルが小さいので、2人はホッとしていた。志穂もまだ外を歩くのに、抵抗がある様だったし、今日子も、芙美の事を余り平気で話す気分になれなかった。
「芙美は今、警察署の研究所にいるの。一時的にではあるけど、心を乗っ取られそうになって、それで暴れたりしたの。でも、研究所の人達が色々手を尽くしてくださって、やっと芙美の心に入っていたウイルスが、出て行ってくれたところなんだ。
ただ、論理的にはもう彼女を束縛する者はいないから、今までの芙美に戻ってもおかしくないはずなのに、なんだか抜け殻のようになっちゃって。私、毎日お見舞いに行ってるんだけど、どうしてあげて良いものかわからなくなってるの。」
今日子はふうっと深い溜息を漏らした。
「抜け殻...抜け殻と言えば、もう5年以上まえになるけど。芙美が抜け殻みたいになったことがあったわ。あの頃はまだ芙美もぽっちゃりしてて、お人形と言うより、お饅頭って感じだった。
明るくてお茶目なところは今と余り変わってないけど、あの頃の芙美はぽっちゃりしていた分、自信が無くて、引っ込み思案なところがある子だったわ。その芙美が、転校してきた男の子に恋をしたのね。
ところが、同じようにその男の子の事を好きになった女の子が居て、この女の子とその取り巻きが、芙美に何かと突っかかってきてたの。私も何度かその子達ともみ合ったんだけど、彼には芙美は似合わないとか、自分から身を引けだとか、今思い出しても腹が立つわ。
でも、芙美はがんばって耐えていたわ。それに、彼の方も、芙美を気に入ってくれてたみたいで、登校日の帰りに芙美と歩いてると、よくその男の子が校門のところで待っててくれて、私忘れ物したから先に帰って、何て言って気を利かせてたわ。
ところが、2人が並んで帰ってる時、彼の友達数人に見つかって、『お前よくそんな不細工な女連れてるな。』って、からかわれたそうよ。彼女このままじゃ彼が困るって思ったらしくて、『私はこの人の彼女なんかじゃない。彼が、私なんかを相手にするはずないじゃない。』って言い放って、走って逃げて帰ってきたの。」
「ひどい。」
今日子は自分のことのようにショックを受けていた。
「それから、暫くの間、彼女は文字通り抜け殻になってしまったわ。」
「その時、芙美はどうやって立ち直ったの?」
「うーん。多分、痩せた事と、ストレスはインターネットで解消していたから、それで吹っ切れたんだと思うわ。」
「例の皮の衣装を着たサディスティックな女の子のモデルの事でしょ。」
「そう。あれから、芙美は随分強くなったと思っていたわ。でも、時々感じてたの。彼女は昔の自分を忘れ様としてるんじゃないのかなって。私、物心ついた頃から芙美と一緒にいたから、どんな時の芙美も、芙美に違いないって思えるんだ。芙美は、痩せる前の自分を忘れるんじゃなくて、認めるべきなのよ。」
「うん、私もそう思う。」
今日子が力強く言うと、志穂はホッとしたように笑った。
「今度芙美に会ったら、伝えて欲しいの。芙美が私の為に無茶してくれたのはわかってるし、うれしかった。でも、芙美が元通りになってくれなければ、私は芙美をこんなにしてしまった張本人になってしまうよ。私もがんばって、立ち直って見せるから、芙美もがんばれ、って。」
「うん、わかった。きっと伝えるね。それと、佐々木時郎は、やっぱりウイルスに遣られてたから、犯人って事にはならないんだって。ただ、本人が、自分に自信が持てないからって、病院で検査を受けなおすらしいわ。
じゃあ、がんばって元気になってね。今日は色々教えてもらって助かりました。ありがとう。」
「うん。今日子ちゃん、芙美の事よろしくね。じゃあ。」
志穂は雑踏の中に消えて行った。
翌朝、今日子は朝から研究室に遣ってきた。手にはしっかりケーキを持っていた。
「おはようございます。」
「やあ、小林さん、早くからどうしたの?」
石塚は相変わらず甘い物を食べながらコーヒーを飲んでいた。
「ちょっと折り入ってご相談が。これ、ケーキです。石塚さんが前に教えてくださった、ショコラージュのイチゴケーキ。」
「おお。小林さーん。良い趣味してるね。ところで、相談ってなんだい。」
今日子は、石塚に昨日の志穂の話しを詳しく聞かせた。そして、芙美をつまずかせているのは、自分が好きな人にふさわしくないっと言う、脅迫観念からじゃないかと推理した。
「その前に、一つだけはっきりさせておきたい事があるんです。松坂さんは、芙美の事どう思ってるんですか。」
今日子が余りに真剣な顔で聞いたので、石塚のほうがおどおどしてしまった。
「いや、だから。たぶん。」
「石塚さん。お願いですから本当の事を話してください。彼女を元に戻す事にも関わってくる問題なんです。」
石塚はフーっと息を吐いて、落ちついてから答えた。
「松坂が、伊藤さんに刺されて入院している時、最初に見舞いに言ったら、アイツ開口一番、彼女の事聞いてたよ。
それに、退院した時、彼女がまだ元に戻っていない事を話したら、アイツ大分ショックを受けてる様子だったな。
“お姫様は王子様のキスで目覚めるものだ。”って言ったら、あいつ否定もしなかったしな。ま、これが僕の知ってる事実だ。
だけどね、小林さん。僕らは只の男じゃないんだよ。刑事なんだ。事件に関わる人に対して特別な感情を持ってしまったら、捜査に影響してしまう。
まてよ。そういえば1度だけ、あんまりアイツが淡々とした扱いで彼女のことを話すから、頭に来てつっかかったことがあったんだ。そしたら、アイツ、今その感情を認めたら、きちんと捜査できなくなるってそう言ってたな。
うん、それが今僕が君に教えてあげられるすべてだ。とりあえず、コーヒーでも入れるよ。その辺に座ってて。」
今日子は言われるままに近くの席に座った。
「おはよう。」
後ろから松坂の声がした。
「あ、おはようございます。」
「あ、小林さんじゃないですか。どうしたんです、こんなに早く。」
松坂は呑気にしゃべっていたが、今日子は松坂が来たのでは相談できないと、席を立とうとした。
「小林さん、待ってよ。いっその事、松坂を交えて相談した方が良いんじゃないか。伊藤さんが落ちついているようなら、自宅に返される日も近いだろう。いつまでもここにとどめておくことはできないし。」
石塚は、いつになくしっかりとした口調で言った。今日子は少し迷っている様子だったが、意を決して席に戻った。一人理由がわからない松坂が、コーヒーを入れながら首を傾げていた。
松坂が席に落ちつくのを待って、石塚が話しはじめた。
「なあ、松坂。」
「ん?」
松坂は朝一番のコーヒーを楽しんでいた。
「お前、伊藤さんのことどう思ってるんだ。」
「んぶっ。」
松坂はとっさに聞かれて吹き出しそうになって、石塚の机にコーヒーをこぼしてしまった。
「うわ。なにやってるんだ。」
「どうして今頃そんな事を聞かれなきゃいけないんだ。」
石塚は慌てて自分の机の上を拭いたが、松坂はお構いなしにムッとして言い放った。
「松坂さん。怒らないで下さい。もう、これ以上、手をこまねいて見ているなんてできないんです。
昨日、芙美のいとこの前田志穂さんに会いました。例の、佐々木に3日ばかり誘拐された内の一人です。元々、芙美と志穂ちゃんは仲良しだったから、それが元で囮になったりしたんです。その志穂ちゃんが、芙美の事を心配して声をかけてくれたんです。
それで、彼女が今抜け殻のようになってること、ウイルスは逃げ出したから、論理的には元に戻って良いはずだって事を話しました。そしたら、志穂ちゃんは、芙美が以前、同じように抜け殻になってしまったことがあるって、教えてくれたんです。
その時も、やっぱり好きな人がいたそうですが、意地悪な女の子達にわなにはめられて、自分はその人にふさわしくないって思いこまされて、彼女、自分から身を引いたんですって。その後、随分長い間抜け殻になってしまったって、言ってました。」
今日子は松坂の表情をチラッと見た。松坂は何か考えているように、1点をじっと見つめていた。
「で、その時は芙美ちゃんも立ち直ったんだろ。」
石塚が促した。
「ええ、私もその時の立ち直り方を聞いたんですが、その時は芙美もぽっちゃりしてたみたいで、自分を変えることに気持ちを持って行ったみたいなんです。志穂ちゃんの話しだと、痩せてきて、それと同時進行でインターネットでいろんな交友を持つようになって強くなったって言ってたから、自分に自信が持てない弱い自分から脱け出したんだと思います。
その頃、彼女が作り出したペットモデルが、あの黒い皮の衣装を着た女性の姿だったんです。今から考えると、当時芙美が持っていない物をこのモデルに作り上げたのかもしれませんね。色っぽくて、大胆で、情熱的なのにクール。大人の女性なんですよね。」
「本当にそんな女性が居るなら、是非あってみたいね。」
石塚は嬉しそうに言った。
「彼女は、チャットの中でその完全無欠な女性を操って、自分のストレスを発散させていたんです。だけど、彼女自身は、いろんな事になやんだり、喜んだり怒ったりして、日々がんばってたんですね。
前に1度、彼女がボーイフレンドが出来ないってぼやいてる時、そんなチャットモデル止めれば良いのにって、言ったことがありました。そしたら彼女、本体の私も私だけど、このモデルを扱ってる私も本当の私なんだもん、それも含めて理解してくれる男の人を探してるって、言ってました。それなのに、いざ好きな人が出来ると、自分自身がそのモデルに抵抗を感じてしまって、そのままの自分をさらけ出して、松坂さんに受け入れてもらえる自信が無かったんだと思います。それが、昔の抜け殻と同じ形になって出てるんじゃないかな。“私は彼にとってふさわしくない女だ。”って。」
話し終わって、今日子は松坂がさっきのままぴくりとも動かないのを見ると、肩を落として、深いため息をついた。
「すみません。勝手に色々しゃべってしまって、でも、彼女をどうしてもたすけてあげたいんです。松坂さん、うそでもいいから彼女の事受け止めてあげるって、言ってもらえませんか。彼女が片思いしてるだけだって事が、受け止められるように成ったら、きちんと話します。だから、お願いします。」
今日子は椅子から降りて、床に座りこんで頭を下げた。
「小林さん。。。」
石塚は堪り兼ねて松坂に言った。
「おい、良いだろ。考えて遣れよ。こんなに一生懸命頼んでるんだぞ。」
松坂は視線を少ししたに下ろして、「わかった。」と小さな声で言った。
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