2006.01.19
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写真の中の彼女は、これでもかってくらいに幸せそうな顔をしていた。

ベッドの中、僕は仰向けになり小さなフォトアルバムを一枚ずつめくる。





「ね。ナナ。すっごく幸せそうな顔してるでしょ」





ベッドの隣から聞こえた声に、僕は頷きもせずにアルバムをめくる。

シルバーのドレスを着たナナの顔は、全部の写真で同じ顔をしてる訳じゃない。

けれど、そのパーティーのどの写真からだって、

「幸せ」ってことばがこれほど見事に当てはまるものは無いって思った。

そのナナの隣にいる男性は、僕が一度もあったことの無い男性は、

写真だけでも「いい人」なのが分かり過ぎるくらい分かった。



いとも簡単に作ることが出来たような気さえした。





「ナナ、あんたに会いたがってた。呼べば良かったかな、って」



「俺が。どんな顔して行けばいいのさ」




そこでやっと。僕はとなりにいるトモの顔を見る。





「そのままの、顔でいいんじゃない?」




トモの指が僕の頬をつたう。





「ナナ、ね。好きだったんだよ。それくらい分かってたでしょ」

「・・・」

「ふたりとも、変に不器用で。周りから見たらイライラしてた」

「今は。俺は今は違うよ」

「嘘がつけないところは、一緒。かわってない」



「ううん。だって、さっきから一度もわたしの目を見ない。してる時だって」





僕はもう一度、アルバムの中のナナを見る。

来月には、母親になる。

そう聞いても、幼い笑顔や声を思い出すと、すんなりと信じられなかった。

当たり前だけど、僕の知らないところでナナは僕の知らない顔をして、



トモだって、そう。

僕が街を離れてから、10年弱が経ってる。

こうして、たまに帰って来たときに会う顔は、全く変わっていないって思っても。

いま、こうしてトモと関係したことだって、

あの頃の僕には想像もつかなかったことなのに。

ナナが結婚したことを聞かされて、僕の知らないうちに結婚した事を聞かされて。

少し酒が入り過ぎただけで、簡単に僕はトモと関係を持った。

変わったのは僕もかも知れない。

だけど、トモは。

僕を、変わってないって、言う。





アルバムを閉じて、枕元に置いた。

それから、ベッドから降りてシャツを羽織る。





「写真、持っていってもいいよ」





後ろから、トモの声が聞こえる。





「いや、いいよ。じゅうぶん。たくさん見たから、もう胸に焼き付いてる」





僕は、嘘をついた。

胸に焼き付いてなんかいない。

それどころか、僕はナナのあの顔を憶えているのが、辛いと思った。

僕が知っているナナの顔だけでじゅうぶんで。

それはずっと変わらないと思っていたかった。

僕の知らない顔のナナから、僕は逃げようとした。

自分でも、それは情けない話だと分かるけど。






「嘘、でしょ。やっぱり嘘つけないね。すぐ分かっちゃう」





トモが笑っている。

でも、それは馬鹿にした笑い方じゃなくて、ずっとずっと寂しい笑顔だった。

その顔のトモも、僕の知らないトモの顔で、僕は。





「人は、変わるけど。変わらないことだってあるから」




俺も、そう信じたいよ。

でも、それをトモには言わなかった。

何も言わないままベッドに腰掛けて煙草に火を点けた。

トモも隣に座って僕の煙草に火を点けた。





二人とも、何も言わなかった。

でも、煙をじっと見ながら。

きっとトモもあの頃のことを思っているんだろうと、僕は勝手に思い込んでおいた。






















*****

今年の同窓会も、そんなようなことはありませんでした。





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Last updated  2006.01.20 00:20:54


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