2006.04.07
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下北沢には一度も行ったことが無い。

それと。






関東に来て僕はすぐにこの東京に慣れたのだけれどそれは「慣れた」って表現があまり当てはまるものではなかったのかも知れない。ここは誰でも何でもすんなり入り込めるような隙間みたいなものがあって、僕はちょうどその隙間にするりと入ってしまって周りの人は誰も気付かなかった。いい意味でも悪い意味でも癖が無くて好きでも嫌いでもなかった。どこに居ても暇にはならないのに退屈な気がするような気がしていた僕はその日、明大前に住んでる付き合いの長い友達のナオキに呼び出されて渋谷をフラフラしていた。

「シモキタに来ねぇ?」

明大前の家から下北沢にいたナオキが言って、渋谷でいい、と答えた。どこに行っても一緒だと思ってた。HMVで暇つぶしているときに電話に出たら「着いた」と電話があってセンター街の方の入り口に出たところでナオキがタバコを吸っていた。となりに背が低くて肩の辺りで髪を切りそろえた子がしゃがんでいて、コンバースを履いて生地の薄いひらひらしたスカートにデニムのジャケットを着てた。

「こいつ、マミ」

ナオキはそれだけ言って「どこに飲みに行く?」って聞いた。マミって子は「こんばんは」と言って笑った。たぶん、彼女じゃないんだろうなと思った。理由はよく分からないけれど付き合いも長いから何となくそう思って聞かなかった。

マミは下北沢に住んでいてナオキとは仕事仲間。アパレル系だってそれだけしか聞いてないしその世界のことはちょっと知ってたんだけど、ナオキは詳しいことを言わないから僕も聞かない。そうやって僕らは長いことやってきてそれがちょうどよかったから長く続いている。マミもどうでもいいことはよく喋って(近所の猫がなついた、だとか。近くのコンビニにハーゲンダッツのパルフェが入って嬉しいだとか)自分のことをあまり話さないのがよかった。

「関西のひと?」

マミが聞いて首を振る。

「関西弁っぽい話し方だからー」

「いや、こいつと同じとこの生まれやで。関西は近いけど」

「そっかぁ。あたし、関西弁しゃべる人が好きなんだ」

「なんでなん?」

「なんとなく」

にっ、と笑って八重歯を見せた。東京っぽいな、って思った。何がって言われたら答えにくいけれどそう思った。


ナオキは店で寝てた。弱いくせにすぐたくさん飲むのが悪いくせで、マミもそう言って笑った。



「下北沢には何があんの」

僕は聞いて「うーん」マミが首をかしげた。

「古着屋、とか。あとなんかオシャレな感じ」

「俺、下北沢行ったことないねん」

「あ、じゃあ、あたしが案内するよ」

「そっか、んじゃ、頼むわ」


マミはもう一回八重歯を見せて笑ってそのあとにシークァーサーサワーを飲んだ。






その約束が果たされないまま僕が関東に来て3度目の春が来て、ナオキは5回目の転職をした。マミちゃんは?聞いた僕に「最近、連絡とってへんわ」と去年の冬に職無しだったナオキが言っていた。それからマミのことは聞いたことが無い。


下北沢には一度も行ったことが無い。
知っているのは古着屋とかカフェとか飲み屋があっるてことと、雰囲気が良いってこと。
それと。背が低くて笑うと八重歯の見える関西弁を喋る人が好きなマミって子が住んでいる。
渋谷から井の頭線に乗って下北沢を通る度に僕はそれを少し思い出して次の日には忘れている。


東京はそんな街。
僕の中ではそんな街だ。





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Last updated  2006.04.08 17:54:22


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