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第8章
天使が泣いている
「あいつは、俺が都合よく動く男だと思ってでもいるのか?」
苦笑交じりそう言う男に対し、対面するクールな美女は表情を全く変えなかった。メイド服と彼女の雰囲気がまるで合っていないようで、しっくりきているから不思議だ。
「ことがことですので、早急なご決断を」
「南に派遣していた者から王城陥落の話は聞いたが、こうもゼロが早く動くとは思っていなかったからな。確かに敵の情報を得るは急務だろうが、俺にも俺の仕事がある」
「大元を叩かず、治安の維持が図れるとでも?」
核心をついた発言だった。南を乗っ取ったザッカート孤児院を経営するエンペロジア家がFTの背後なのもほぼ確信している。だからこそ、この暴動の沈静こそがFT関連の事件の鎮圧に繋がることも分かる。
「今回の一件でFT使用者が増加する可能性も捨てきれない」
お互い諜報部に身を置いた者だからこそ、一つの事件が次にどう派生していくかの予測も色々考えてしまう。今口にしたことも、起こらないとは言い切れない可能性だ。
「フーラー卿、陛下が何故貴方に依頼しているかをご存知ですか?」
フーラー卿と呼ばれた男、シレン・フーラーがそこで珍しく眉をひそめた。言われてみれば、自分と同じか、それ以上に優れた者を配下に起きながら、他国の自分に南の調査を依頼するのか。
「ザッカート孤児院の戦士たちは半ば洗脳状態と言われています。その洗脳を強化するため、幼少の頃に深くある言葉を脳に刻み込ませるのです。忠実な戦士となるように、言葉一つでバーサーカー化させられるように」
ここまで聞いて、シレンがまさか、という表情を浮かべた。
「マリメル殿、貴方は……」
相手には多大な動揺を与えながらも、彼女、マリメルの調子は変わらない。
「お察しの通り、私はザッカート孤児院の出身です。幼いころにウォービル様に引き取られるまで、あそこで兵士として育てられました」
一気にマリメルという女性についての知識が一本の線で結ばれた。貴族の出自でもないのにあり得ないほどの身体能力を誇り、感情を排除されたように振る舞うその姿、ザッカート孤児院の出身と言われれば、全て納得出来ることだ。おそらく孤児院の中でも優れていたところを、ゼロの父であるウォービル・アリオーシュが引き取ったのだろう。
「故人をどうこう言いたくはないが、ウォービル殿もなかなか食えぬ人だな」
「旦那様のおかげで私は坊っちゃんたちと出会えた。私は心から感謝しておりますがね」
淡々と語ってはいるが、シレンは初めて彼女の感情を見た気がした。
「話を戻すと、貴方がザッカート孤児院側に引き戻されるのをゼロは恐れているわけだな」
小さくそれに頷くマリメル。
「……そんな隠し玉は予想の範囲外だ。……だがわかった、一つの条件を飲んでくれたならば、協力しよう」
シレンとて、彼女が敵に回ることなど想像したくない。何年か前に彼女に半殺しにされた記憶は、忘れたくても忘れられない。彼女の実力は身を持って知っている。
「条件とは?」
「簡単なことだ……」
「また少数精鋭選抜かぁ。ゼロ、今度も選んでくれるかなぁ」
ネイロス家のベイトの私室のベッドに寝そべりながら、テュルティ・ネイロスは楽しそうにそう呟いた。
「戦争を楽しそうに言うんじゃありません。もし行きたいんだったら、直訴して一人で行ってね」
机に向かって書類に目を通しながら、西の宰相ベイト・ネイロスがそう答える。
「えーっ、ベイトは乗り込まないの?」
「ゼロが留守の西を守るのが僕の役目なの。万が一西が戦場にならない限り、昔みたいに一緒に戦ったりはしないよ」
「今でも毎日訓練してる大戦の英雄様の発言とは思えないなぁ」
「僕より強い人はいっぱいいるしね」
自分の剣の腕が鈍ったとは思わないが、各騎士団の団長たちや副団長たちの腕前も知っている。適材適所の考えでいけば、元々戦うことを好まない自分が無理に立候補する必要はないのだ。かつてはともに戦うことがゼロを守ることに繋がっていたが、今はそれ以外でゼロのために何か出来るようになった。これが一番大きいかもしれない。
「ベイト……疲れてない?」
突然の話題の変化に、ベイトは思わずテュルティの方へ視線を移した。彼女の声のトーンが、変わったのだ。
「ゼロが帰ってきてからさ、前よりもっと頑張らなきゃーって張り切ってるのは分かるんだけど、それで身体壊したら、ゼロ怒ると思うよ」
言われてみれば、思い当たる節がないわけではない。彼が帰ってくるまではユフィの補佐というのがメインだったが、今となってはゼロから仕事を奪ってまで働いてると言っても過言ではない。
「たまには一緒にお酒でも飲んできなさい」
彼女なりの心配が伝わってきて、心が温まる。少し肩に力を入れすぎていたかもしれない。彼に振り回されるのには慣れているが、もう昔とは立場が違うのだ。
「そうだね、うん、ありがと」
ベッドに寝そべるテュルティの側に移動し、彼女の頭をなでであげる。くすぐったそうな笑顔を見せる彼女を見て、ベイトは少しだけ疲れが取れた気がした。
「ふぅ……」
時はユフィが暴走しかけた頃から半刻が過ぎたほど、ユフィを落ち着かせるために寝かせたゼロは、自室の椅子に深く座り、一息ついていた。どうにも昔から自分の周りは戦いが多い。戦争が好きなわけはない。剣を振るうことは嫌いではないが、誰かを傷つけるために振るうのが好きなわけではない。模擬剣で多少の怪我の危険性はありながらも、思う存分手合いをしていた貴族学校時代がたまに羨ましく、懐かしく思う。
「願わくば、これが最後の戦いでありますように……」
昨日今日と異常なことが起きすぎている。シェジャンナの呪い、FT、ザッカート孤児院の反乱、全てが一つの線で結ばれているのだから性質が悪い。
コンコン
「どうぞ」
国王という立場になってから、いつドアがノックされても動じないようになった。慣れとは怖いものだ。
「紅茶、いかがですか?」
声だけが届く。聞くと安心する声だった。甲斐甲斐しくも自分の側にいつもいてくれる声だ。
「もらうよ」
「じゃあ開けてください」
一瞬鍵をかけていたのかとも思ったが、どうやら違うようだった。
「トレーくらい片手で支えろ」
ドアを開けると、両手で紅茶とケーキを二人分用意したトレーを持った、金髪碧眼の美少女だ。
「後輩の優しさくらい素直に受け取ってくださいよぉ」
「自分で優しさとか言うな自分で」
なんとなくイラッとしたので彼女の頬をつねる。まだ少女と称してもよさそうな彼女の頬は予想以上に柔らかかった。
「いふぁいでひゅおー」
素直で可愛い子だと改めて思う。妹分みたいな侍女は、世話をしてもらっているのか、世話をしてやっているのか時折曖昧になるが、ユフィとは違った安心感を与えてくれる、大事な存在だとも思う。
「思いつめてたりしないかなーって思ったから、お話し相手になってあげようと思ったのです」
そう言いながら、アーファはテーブルにトレーを置き、ちょこんと椅子に座った。
「思いつめるったって、今回ばっかしは防ぎようがないだろ。ただまた戦争か、って思うくらいだよ」
答えながら彼女の持ってきた紅茶をすする。よく考えれば今日初めてものを口にしたことに気づく。まさにティータイムの時間だが、ここまで少々ばたばたし過ぎていたようだ。
「私は統一戦争に参加出来ませんでしたけど、出来る限りお手伝いしますよっ」
「つっても、少数精鋭での奪還作戦だからな。お前はお留守番だろ」
彼女の持ってきたケーキは甘すぎず、思ったよりも食べやすかった。彼女の趣向で甘いケーキだと思ったのだが。
「私を置いていく気ですか」
予想していなかったゼロの言葉に、アーファはきょとんとした表情を見せた。ゼロからすればその反応が予想外だったのだが。
「南の騎士団が壊滅させられる相手だぞ? お前の腕前じゃ危ないだろ」
「でも私侍女ですよ?」
「お前を守ってる余裕がある保障がない」
「……あれ? 私が守られる側ですか」
思わずゼロはため息をついた。彼女の役目を果たそうという思いは分かるが、ゼロの気持ちは汲んでくれていないようだ。
「この戦争が終わったら、お前みたいな若い世代が時代を引っ張る時代がくる。その時まで力蓄えとけ」
軽く彼女の頭をこづく。それでも釈然としないようで、上目づかいに睨んでくる。全く迫力はないが。可愛らしい抵抗とも取れなくもない。
「諜報部の調査次第では考えてやるよ」
ゼロのため息と同時出たその言葉と、アーファは満足げな笑顔は同時だった。
それは、突然起こった。
「団長!!あっちです!!」
星空が広がり、月の光が森を照らす、森が眠りにつこうとする時刻に、自警団と王立騎士団が慌ただしく動いていた。
事件の発生現場は旧グレムディア領であり、先に駆け付けられたのはグレムディア家に住む自警団団長のライダーだ。王立騎士団の在留騎士はすでに駆けつけているかもしれないが、団長であるアドルフの到着はまだまだだろう。
「でたらめな強さで、先発隊は全滅!!」
現場に向かって疾走しながらも部下の報告に耳を傾ける。無意識に舌打ちしてしまうほど、敵は凶悪のようだった。
「一人なんだろ?!」
たった一人のFT使用者の暴走に、自警団の先発部隊の4人がやられたとはなかなか考えにくいが、部下たちの焦りようから事実なのだろうと飲み込まざるを得ない。
――民間人の暴走ってわけじゃなさそうだな……。
黒髪の美女が縦横無尽に、その身の丈には不釣り合いな長さの長騎剣を振るっていた。彼女を取り囲む騎士や自警団員は総勢で4名で、周囲では5人の兵たちが倒れていた。
「天使が泣いているの。兄さんの仇を討てない私に、情けないねと泣いているの」
典型的なFT使用者の発言だ。無表情にその言葉を繰り返す彼女だが、容易には近づけない。
「兄さんの仇……死神を殺さなきゃ」
動きのパターンを変えた彼女の斬撃に対応しきれなかった王立騎士が吹き飛ばされる。華奢な腕だが、振り回す剣の重さと元々の彼女の腕前が合わさってなのか、騎士は簡単に飛ばされてしまった。
「そこの騎士、名前は?」
剣を抜いたライダーが隣に立つ女性騎士に声をかける。
「リィティ・マキュラム、親衛隊です」
「隣は?」
「王立騎士団のアゼル・アリオーシュです。大戦では妹がお世話になったようで」
自警団団長であるライダーは、円卓のメンバーであることからラウンド・ナイツの一人とも称され、西の騎士団員で彼を知らぬ者はいない程であろう。最初に声をかけたリィティも、アゼルも少しだけ声が上ずっていた。
「妹? あぁ、テュルティのことか」
アリオーシュ姓を名乗ったが、ゼロの兄弟ではないことは見れば分かる。だからすぐに分家のアリオーシュ家だと推察できた。大戦で世話になったとなれば、ともにクールフォルト家内に突撃した仲間であるテュルティのことだとも分かる。
リィティとアゼルの反対側にも一人騎士がいるのだが、彼には名前を聞かなかった。知っていたからだ。彼は王立騎士団のトヌス・イーヴァイン、自警団との連絡係だ。大戦の英雄リン・イーヴァインの兄であるが、そこまで腕が立つというわけではない。真面目で温和な人柄は、良くできた人間だと思わせるが。
一瞬、冷たい風が吹いた。落ち着いて考えをまとめる。そうはいっても敵の攻撃を回避しながらだが。
「俺が奴の剣を止める。その隙に3方向から仕掛けてくれ。殺さないようにな」
「了解!」
ぱっと指示を出した後、ライダーは速かった。右手に持った剣を振りかざしながら急接近し、思いっきり振り下ろす。当然簡単に防がれたが、間髪いれず左手でも抜刀し、二対の剣で相手の剣を挟む。男性であるライダーの挟撃だ、そう簡単にはふりほどけまい。
ライダーの動きに合わせて一番速く動いたのは、親衛隊のリィティだった。敵の背後に回り込み、鞘に入れたままの小剣を振りかざす。
次いでアゼルとトヌスがそれぞれ標的の右側と左側に回り込み、脇腹へ鞘にいれたままの剣を突きだす。
全てクリーンに入ったように思わせたが、攻撃を仕掛けた側の3人が違和感に顔をしかめた。明らかに華奢な体格のはずなのに、まるで鉄を突いたような感覚だ。
「兄さんの仇を!!」
「!!」
力任せに振り回された剣撃で、ライダーごと3人を吹き飛ばす。
――なんだこの力?
理解できなかった。目の前にいるのは、明らかに自分より年下の女だ。もの凄い体格がいいというわけではないが、相応に鍛えている自負のあるライダーからすれば信じられない腕力だった。
ちらっと他の3人を一瞥するが、リィティが立ちあがり臨戦態勢になっているが、他の二人は当たり所が悪かったかまだ起き上がって来ないようだ。
「苦戦してるッスねぇ」
ゆるい声がふと届く。
青を基調とした鎧に身を包んだ騎士が、ライダーの真横に現れる。彼が引き連れてきたのは銀髪の端正な顔立ちをした騎士だった。
「アドルフさん、遅いっすよ」
「悪い悪い。王立騎士団の駐屯地、場所かえっかね」
自警団団長のライダー・グレムディアと、王立騎士団団長のアドルフ・ライツェイン、両雄並び立つ光景はなかなか見られるものではないだろう。親衛隊や近衛騎士団が王城や官僚の警備を主としているのに対し、市民たちの安心を守っているのは彼ら自警団や王立騎士団だ。
「アドルフ、あの剣見覚えがないか?」
アドルフとともに現れた騎士はオルフェリアス・トギノヤ。西での最初のFT事件を抑えた騎士だ。
「はてさて……でかい長騎剣だけど、知ってっかな……?」
「柄の根元の紋様、あれはアルウェイ家の剣じゃないか?」
「そう言われれば……ってなると、あれ、グロスさんの剣ってことか?」
「あるいは、グレイの剣ってことになるな」
アルウェイ家、グロス、グレイ、いくつかの単語が発せられる。グレイの名を聞き、ライダーが一瞬物憂げな表情をしたが、二人はそれに気付かなかった。グロス・アルウェイもグレイ・アルウェイも既にこの世には存在しない故人だが、二人とも虎狼九騎将に抜擢されるほどの騎士だったことは有名だ。
「となるとあの子はグレイさんの妹ってことか?」
ライダーが二人の会話に割って入る。武人の家系のアルウェイ家の者ならあの実力も納得出来なくもないが、それ以上に貴族がFTを使用したという事実が3人にとっては衝撃だった。
かつての四領分治時代に決められた「貴族は民の手本であるべし」、この鉄のルールが果たされないとは。
「その鎧、虎狼騎士か!!」
果たして本当に正気を失っているのか分からないくらい、時折彼女の判断は冷静だった。だがボソボソと何か呟いている様子もあり、今までに見たことのないFT使用者であることには変わりない。
親衛隊の戦闘服・装備は虎狼騎士のものからそのまま転用されている。だが虎狼騎士という呼び名は既に過去のものだ。一概に冷静とも判断できないか。
「兄さんの! 仇!!」
長騎剣を振り回す形で彼女が3人に突撃してくる。単調な動きだが、予想のつかないパワーを危惧して3人は大きく回避行動を取った。
「しかし、仇って何のことかねぇ」
グレイ・アルウェイは大戦中、北王ローファサニの暗殺を狙った狂剣士ベル・チェインと相打ちになった、騎士の本懐を果たして死んだと聞いていた。彼自ら選んだ戦地だったのだから、誰かが仇ということはないはずだ。
「仇に成り得るとしたら、当時の虎狼騎士を指揮していた者、か?」
オルフェリアスがそう分析する。アドルフも、同じ結論に至っていたところだ。
「ってなると、陛下が仇ってことか。なおさらここを突破されるわけにはいかないねぇ」
この時期にゼロに無用な負担を掛けたくない、自分よりも年下の国王だが、彼への忠誠は絶対だ。
「ライダー、合わせろ」
味方ながら、一瞬背筋がゾッとした。アドルフの本気の目だった。彼の本気を見るのは初めてだった。いつもは軽い感じで少し頼りない感じを受け、彼の右腕であるオルフェリアスの方が団長という肩書が似合っているように思っていた。だがそれは間違いだったと実感させられる。
一気に敵へ接近する。流石グレイ・アルウェイの妹だ、そのアドルフの一撃は防がれる。その攻防に割って入るようにライダーも攻める。鞘に納めず、仕留める覚悟だ。
「死ぬなよ!」
無責任な言葉とともにライダーの一撃が女の頭部に入る。峰打ちではあるが、当たり所が悪ければ最悪のケースもあるかもしれない。
ライダーの一撃をモロに受け、ようやく彼女の動きが止まる。脳震盪は間違いない一撃だ。
「く……」
長騎剣を地面に刺し、何とか体勢を整えようとすることも叶わないようだった。
「オルフェリアス、縄くれ縄」
アドルフの雰囲気が戻っていた。もう大丈夫だろうと判断したのだろう、気楽な雰囲気に戻っていた。
「このままじゃ! 兄さんは笑ってくれない!!」
あり得なかった。あの状態から立ち上がるなど、あり得ないはずだった。剣を持たず飛びかかってきた女の拳が、アドルフの腹部に入る。
「かはっ」
逆流してくる血液が口から溢れる。完全に油断していた。ライダーの一撃は、見ただけでも分かるほどにクリーンヒットだった。死んでもおかしくない攻撃を受けたはずなのだ。それなのに。
「アドルフ!」
「アドルフさん!!」
オルフェリアスとライダーも、信じられない光景に反応が遅れた。
「きさまぁ!!」
「てめぇ!!」
怒り心頭の二人が、同時に攻撃を繰り出す。感情任せの一撃だが、相手も既に大ダメージのはずだ。殺すこともやむなし、そのレベルでの一撃だった。
「邪魔を、するなぁ!!」
素手で、二人の攻撃が防がれる。全く持って信じられなかった。常識ではあり得ないことが起きていた。ライダーもオルフェリアスも、この国でかなり上位に当たる戦士だ。3人がかりで負けるはずの無い戦いだったはずだ。
止められた剣ごと二人が投げ飛ばされる。最早二人の思考は冷静ではいられなかった。
「どいてください!!」
そこに突然新しい声が割って入る。風を切るようにライダーたちの間を過ぎ去った影は、一気に間合いを詰めて敵へ向かった。
「破ッ!!」
加勢に加わったのは、亜麻色の髪をした女性だった。袴と呼ばれる服装に身を包んだ、美しい女性だった。
彼女の武器は彼らの剣と異なり、敵が使っていた長騎剣並に長いのだが、刀身が細い、刀と呼ばれるものだ。今の一撃は刃を逆にした逆刃の一撃だったか。
新手の攻撃を頭部に受け、敵が吹き飛ぶ。それに追い打ちをかけるように、袴の女性が再度攻撃を繰り出す。今度は刀を鞘に収めたままの一撃で、敵の顎へと入った。あれを受けて立ち上がるとしたら、神経異常者だろう。
「動けるのでしたら、早く捕縛を!」
彼女の指示を受け、我に返ったようにオルフェリアスが動いた。特殊な縄で、敵を縛り付ける。一連の攻撃を見ていたライダーは不満そうな表情で彼女の方へ近づいた。
「ご無事ですか?」
そのライダーに視線さえ配らず、彼女は倒れるアドルフの介抱を行う。
「これはこれはグレムディア卿夫人、無様なとこを見られちまいましたね……」
苦笑を浮かべているが、それも痛みによってだいぶ不自然な笑みになっていた。
「肩を貸します、立てますか?」
「俺が担ぐ、後は任せろ」
とりあえず彼を病院へ運ぼうとし、グレムディア卿夫人と呼ばれた女性がしゃがんだところ、ライダーが割って入った。アドルフに肩を貸し、なんとか立ち上がらせる。
「オルフェリアスさんはそいつを王城まで連れてってくれますか? 俺もアドルフさんを病院へ運んだら城に向かいますから」
ライダーの指示を受け、オルフェリアスが頷いた。
「お前の奥さん、やっぱ大戦の英雄の一人なだけあるねぇ」
こんな状態だというのに軽口を言うとは、ライダーは呆れて何も言えなかった。
「命があってよかったです」
二人の速度に合わせて歩くライダーの奥さん、ミュー・グレムディアはいつも通りの笑顔でアドルフにそう言った。二人が苦戦した相手を簡単に倒したことを自慢するでもなく、淡々としたものだ。
「出てくるなんて聞いてなかったぞ」
若干不満そうな表情でライダーがミューにぼやく。彼としては男としてのプライドを傷つけられた結果となったようだ。それを見てアドルフが苦笑する。
「ごめんなさい、でも心配だったので……」
ライダーの感情を受け、ミューがしゅんとした表情をする。この顔をされてはもうライダーは何も言えないだろう。言い訳でなく、受け入れることによって相手を御す、自然にやっているのだろうが、この夫婦はミューの方が上手な関係なのではないかとアドルフは思うのだった。
「この事件、どう繋がってくかねぇ」
貴族によるFT使用の例は東西南北通じて初めての事例だ。夜空を見上げながら、3人は事の行く先に、一抹の不安を抱いた。
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