能登の手染め日記

能登の手染め日記

May 4, 2007
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能登半島地震から40日。仮設住宅ができ避難所生活の全ての人々が仮設住宅へ移ることができた。これから本格的な復興に対して新たな課題と向きあうことになる。

昨日は仕事と知人宅の地震見舞いをかねて、輪島市門前町へ行ってきた。門前町へ近づくにつれ屋根や壁を覆ったブルーシートが増えていく。街の中心、総持寺祖院周辺の商店街も道下地区住宅の被害も実際に見ると未だに凄い状態だった。

門前町、総持寺(曹洞宗、総持寺祖院について)
1244年、道元禅師によって福井県永平寺が創建された。
1321年、道元の4代目法孫、瑩山禅師(けいざんぜんじ)が総持寺を開き全国の大衆に広めた。
1898年、門前総持寺、大火にあう。
1911年、横浜市鶴見区の総持寺に曹洞宗の本山が移転する。

総持寺には連休ということもあり観光や見物?など多くの人々の姿があったが、石垣の凹凸や白壁の崩落、屋根の波打つ様子、屋根瓦も落ちていたり、僧堂の通路床も抜け落ちていた。

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山門を通り抜けると奥中央の法堂(大祖堂:だいそどう)の大きな扉が傾いている。内部から見ると、扉の大きさが良く分かった。

門前町の被害の規模は大きくて、いまだ生々しい痕跡もそのまま手付かずの部分も多く見えた。まだ締め切ったままの商店が多い中で、倒壊した洋服店が仮の店舗で商いを始めていたのが印象的だった。

知人の焼き鳥やさんを尋ねると、入り口の道路は陥没による段差もあり店舗の壁面にも修復の跡が見えている。店内ではご夫婦が忙しく働いており、声をかけると笑顔で迎えてくれた。

「もう、泣きそうやった」と奥さんが言う。
「リニューアルの時期が来たんやと、思うしかなかったわね」と旦那さんが言う。
店内が壊れてしまい店舗部分の改修を終え4月28日に営業を始めたばかりだという。まだ家族の生活部分を直している最中だった。
帰り際、奥さんが店の前まで出て手を振ってくれた。
晩御飯用に買った焼き鳥を車の中で食べた。美味しかった(^^

厳しい現実だけど、立ち向かっていくしかないんだという気持ち、ひしひしと伝わってきた。

自然の中で長い時間をかけて、人々が集団で生きていく。
そこに土地の歴史が生まれ、その土地の文化がうまれ
暮らし続けていくことで、受け継がれていくものがある。

先日の日記、牡丹の集落。今年の牡丹を見たけれど。
結果から言うと残念ながら過去の面影はまったく残っていなかった。一昨年の幹の太い(タバコの箱で比較した)写真の牡丹も世話がされていないようで、丈も低くなり根の周囲も賑わいがなくなっていまい、我が家の近くの50年程度の牡丹よりも寂しい感じになっていた。

ハザ木で支えられていた17年前の面影を残すものはなく、帰り道、私の過去写真と話は
「昔は良かった、こうだった」などという、お年寄りの懐古口調と同じかもしれないと思えてきた(--;

牡丹の古木のある集落は、もう見ることはできない。
どれだけ魅力があろうと、価値があろうと、町おこし、地域づくりと声高に叫ぼうとも失ったものは戻らない。
陳腐な言い方だが『その土地に暮らしている人が大切だと思って生きていかないと、土地の暮らしも文化も失われてしまう』。これが、現実だ。

そして、失われていくものもあるけれど、新たに生み出すものもある。
そう思って、新たなモノ作りに向かっていく。






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Last updated  May 4, 2007 06:46:06 PM
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■コメント

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Re:曹洞宗、総持寺祖院(05/04)  
kunshiw  さん
曹洞宗総持寺被害かなりのものですね。
家も曹洞宗の地元の寺の檀家でNHKの総持寺の特集は欠かさず録画して見ていたのでショックを受けました。
(May 4, 2007 09:08:50 PM)

Re:曹洞宗、総持寺祖院(05/04)  
M-Crimson  さん
見上げるような大きな扉が歪み白壁も傾いてるし
何とも痛々しいです。
自然の恐ろしさを見る反面、失われる自然もあり、複雑ですね。

(May 5, 2007 12:25:24 AM)

Re[1]:曹洞宗、総持寺祖院(05/04)  
notonote  さん
kunshiwさん
曹洞宗の檀家さんでしたか・・・。テレビで観た方も多いようです。
瓦や白壁の被害が目立ちますが、山門や建物全体は、どっしりしていますから大丈夫のように見えました。
(May 5, 2007 01:13:19 AM)

Re[1]:曹洞宗、総持寺祖院(05/04)  
notonote  さん
M-Crimsonさん
これだけ大きな建物も揺るがす自然の力に畏れを感じてしまいます。
自然は不自然な人間の行いをも飲み込んで、その時々の安定した状態を自然の姿とするような気がします。
(May 5, 2007 01:13:46 AM)

Re:曹洞宗、総持寺祖院(05/04)  
vissel-篤胤 さん
いきなりお便りします。小生、20年以上前に石川県で仕事をしており、能登は仕事でも私的にも 文字通り 歩き回っていました。「能登はやさしや土までも」を実感すること度々でした。
 12年前に阪神淡路大震災を自宅にいて被災しました。それもあり今回の能登地震には「まさか能登で」と衝撃を受けた一人です。すぐに何かできないかと、身を切られる様な焦燥感ばかりでした。
 かみさんの実家が加賀地方で、このGWは知り合いの見舞いもあり羽咋、穴水へ参りました。門前にも、ちょうど4日に神戸の学生ボランティアに合流して入りました。総持寺、道下、鹿磯と廻りました。
 全壊した家屋に、12年前の光景を思い出すことしばしでした。高齢化率が高く、仮設に入られても今後の自宅再建を断念されるお年寄りも多いとか。
「がんばれ能登」の標語ではありませんが・・12年前の被災地KOBEから 出来る限りの何かをしていきたいと思います。
<能登の手>さん おけがなどがなくて幸いと存じます。余震は ほんとうにいやだたっと思いますが・・
ただ 発災時の日記拝見すると お宅の周辺もかなりの被害ですね。輪島では土蔵のなかの輪島塗などが かなりの被害を受けたようで・・。

>そして、失われていくものもあるけれど、新たに生み出すものもある。
そう思って、新たなモノ作りに向かっていく。<
その通りだと思います。遠き土地から あの やさしい能登の地へ エールを送ります。


(May 7, 2007 01:56:57 AM)

Re[1]:曹洞宗、総持寺祖院(05/04)  
notonote  さん
vissel-篤胤さん
はじめまして、コメントありがとうございます。

そして、ボランティア活動をありがとうございました。
ボランティアの皆さんには、当初、宿泊所も無く軽4に何日も寝た方もいたり、こちらの対応に不十分なこともあったと聞いています。
私も門前の被災状態を見て、凄さを改めて実感しましたが、火災が無かったことが奇跡のように思えます。元気を貰って次につなげていくことも実感しました。

エールに、心から感謝いたします。
(May 7, 2007 09:59:31 PM)

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