





山門を通り抜けると奥中央の法堂(大祖堂:だいそどう)の大きな扉が傾いている。内部から見ると、扉の大きさが良く分かった。
門前町の被害の規模は大きくて、いまだ生々しい痕跡もそのまま手付かずの部分も多く見えた。まだ締め切ったままの商店が多い中で、倒壊した洋服店が仮の店舗で商いを始めていたのが印象的だった。
知人の焼き鳥やさんを尋ねると、入り口の道路は陥没による段差もあり店舗の壁面にも修復の跡が見えている。店内ではご夫婦が忙しく働いており、声をかけると笑顔で迎えてくれた。
「もう、泣きそうやった」と奥さんが言う。
「リニューアルの時期が来たんやと、思うしかなかったわね」と旦那さんが言う。
店内が壊れてしまい店舗部分の改修を終え4月28日に営業を始めたばかりだという。まだ家族の生活部分を直している最中だった。
帰り際、奥さんが店の前まで出て手を振ってくれた。
晩御飯用に買った焼き鳥を車の中で食べた。美味しかった(^^
厳しい現実だけど、立ち向かっていくしかないんだという気持ち、ひしひしと伝わってきた。
自然の中で長い時間をかけて、人々が集団で生きていく。
そこに土地の歴史が生まれ、その土地の文化がうまれ
暮らし続けていくことで、受け継がれていくものがある。
先日の日記、牡丹の集落。今年の牡丹を見たけれど。
結果から言うと残念ながら過去の面影はまったく残っていなかった。一昨年の幹の太い(タバコの箱で比較した)写真の牡丹も世話がされていないようで、丈も低くなり根の周囲も賑わいがなくなっていまい、我が家の近くの50年程度の牡丹よりも寂しい感じになっていた。
ハザ木で支えられていた17年前の面影を残すものはなく、帰り道、私の過去写真と話は
「昔は良かった、こうだった」などという、お年寄りの懐古口調と同じかもしれないと思えてきた(--;
牡丹の古木のある集落は、もう見ることはできない。
どれだけ魅力があろうと、価値があろうと、町おこし、地域づくりと声高に叫ぼうとも失ったものは戻らない。
陳腐な言い方だが『その土地に暮らしている人が大切だと思って生きていかないと、土地の暮らしも文化も失われてしまう』。これが、現実だ。
そして、失われていくものもあるけれど、新たに生み出すものもある。
そう思って、新たなモノ作りに向かっていく。