能登の手染め日記

能登の手染め日記

Sep 17, 2007
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カテゴリ: 絵・美術について
若い男の絵を描くのも、それなりに難しい。じっと見つめていると、ぎこちない堅さと不安定な心理状態が見えてくるようだ。弱さや迷いがあり、明るいときと暗いときの感情が見え隠れして、日によって違う表情になる。そんな22歳のスケッチ。

070917.jpg

1974年4月24日。画用紙に水彩色鉛筆。保存状態が悪いので汚れがいっぱいだ(--;

この年だったか定かではないが、先輩に誘われて似顔絵描きの修行を敢行した。このころは自主的に活動するというより、先輩に言われて行くことが多かった(笑)

正月2日。大阪心斎橋、商店街のど真ん中。銀行の閉まったシッターの前でイーゼルを立てて、元旦に描いたオードリーヘップバーンやアランドロン、栗田ひろみなどをボードに貼り並べて店開きをした。タレントの選び方が不思議・・・(^^)

1日目。なかなか客は来なかったのだが、一人描き出すと周囲に人だかりが出きた。緊張感が張り詰める中で完成させ、生まれて初めて似顔絵を描いてお金を貰った。たしか、1枚300円だったような気がする。
最初の一枚を喜んでもらえたので嬉しかったが、次から次と客が続いてきた。10人ほど一気に描いたら、ようやく人波が途絶えて休憩することができたが、真冬なのに全身に汗をかいていた。しかし、こういう客の波をさばけるということが自分では不思議な感触だった。

少し酒の入ったオジサンの「コールマン髭をつけてくれ」という無理な注文や、正月飾りをいっぱい付けた女性の髪型に手こずりながら午後9時頃まで続けただろうか?私の手元には1万円ほどの収入があった。

誘ってくれた先輩は「明日はやめようか」と言った。「なんで?」と問うと「いや、疲れたから」と。確かに、似させるための集中力を持続するのは普通に絵を描くより、はるかに疲れることだった。

2日目。しかし、同じ場所で似顔絵描きをする2人がいた。心斎橋へ行ったのは、京都の繁華街では知っている人に出会うと恥ずかしいから、という理由だった(笑


「こら、にいちゃん。わかっとるやろな?!」と怒鳴った。一瞬、何が起こったのか全くわからなかったが(--;)・・・先輩と2人顔を見合わせて「はいっ!」と返事をした(^^;
「ひとまわりして来っからな」と言うと肩で風を切って立ち去ったが、描きかけのお客さんが「サテンに行こう」と言って裏道を案内してくれた。正月料金の飲食もごちそうになり無事描き終えたら、どっと疲れが出て先輩と2人でヘロヘロになって帰路についた。先輩は「二度と似顔絵描きは、せんとこうな」と言った。

母親から電話がかかってきて「なんで正月に帰ってこんの?」と聞かれたが、
「仕事で・・・」と答えた(^^;
染色の修行中の身、いったい何の修行をしていたのか?笑ってしまう思い出だ。







ちなみにスケッチに描かれた若者は、30余年後 こうなった。

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Last updated  Sep 18, 2007 08:34:02 PM
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