Nonsense Story

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奇妙な隣人 2-1



曰く (1)
奇妙な隣人 2

 誰にだって、知りたいけれど知りたくないという、矛盾した感情を抱かざるを得ないことってあると思う。たとえば、片思いの相手の好きな人とか、毎週楽しみにしているドラマの結末とか。
 俺の場合は、隣の部屋のイワクである。何か訳アリ物件であるようなのだ。
 しかし、このイワクについては、うちに遊びに来た大学の友人に、あっさりと詳(つまび)らかにされてしまった。彼は実家から俺と同じ大学に通っており、このアパートで起きた惨劇についても知っていたのである。
「ここ、三ヶ月くらい前に刃傷沙汰があったとこじゃん」
 彼はアパートの前に立って、ポカンと口を開けた。その、本気で驚きましたって顔、やめてほしい。
「それってやっぱりこの部屋?」
 俺は西隣の部屋を指した。この部屋にはちょっと変わった人が住んでいる。俺より三つ年上で、やはり大学入学時より、このアパートに住んでいるらしい。大学は違うのだが、俺は先輩と呼んでいる。
 友人は、部屋までは知らないと言って、俺の部屋に上がり込んだ。
「やっぱりって、知ってて住んでんのか?」
 こんなとこによく住めるなと言う割には平然と畳に胡坐をかいて、友人は煙草に火をつけた。
「詳しいことは知らない。でも、家賃が破格なんだよな。隣の人は無理心中とかって言ってたけど・・・・・・」
「無理心中? まぁ、犯人はそのつもりだったのかもな」
「犯人?」
 殺人事件でもあったのだろうか。掃きだし窓から入る日が、急に暗くなったような気がする。
 彼は、俺が灰皿代わりに出した空の缶詰に灰を落とすと、知りたい? と訊いてきた。
 知りたくない。そんなもの。
 だが、俺が即答できなかったばっかりに、彼はしゃべり始めてしまった。
「このアパートにはな、ストーカー男が住んでたんだ。被害者はK高に通う女子高生。それである時、堪りかねた女子高生が男の住所を知って、やめてくれと直接抗議に来たんだそうだ」
 ところが彼女は、その場で男に刺されてしまう。幸い、手に怪我をする程度で済んだそうだが、ストーカー男はそのまま逃走。現在も行方が分からないままだということらしい。
「なんだ。死人が出たわけじゃないのか」
 俺はちょっと安心した。死人の一人や二人は覚悟していたのだ。
 しかし、安心するのはまだ早かった。
「幽霊も怖いかもしれないけどさ、殺人未遂犯が帰ってくるかもしれないっていうのも怖くないか?」
 友人のこの言葉に、俺は半ば本気で引越しを考えた。


 その夜、俺は先輩の部屋にいた。三年前からここに住んでいる彼ならば、例の事件の犯人のことも少しは知っているだろうと踏んでのことである。どんな人間か分かれば、犯人が帰ってきた時のための対策だって立てようがあるかもしれない。
 俺は先日、このイワクを楯に、大家に家賃を値下げしてもらったばかりだった。実家にはそのことを話していないので、ここに住み続ける限り、家賃の差額分は丸儲けできる。そういったことを考えると、できれば引っ越したくはない。要は犯人が帰ってきても、自分に被害が及ばなければいいわけだ。
 しかし、友人に聞いたことを話したところ、それは違うと否定された。
「それ、逆だよ、逆」
 俺が差し入れた缶ビールを片手に、先輩が言う。
「何が逆なんですか?」
「被害者と加害者。ストーカーをしてたのは、女子高生の方だ。ここに来たのも抗議のためじゃない。押しかけてきてたんだよ」
 普通に考えて、女子高生が一人でストーカー男の元に乗り込むことは有り得ないだろうと指摘され、それもそうかと納得する。
「じゃあ、このアパートに住んでた男が行方不明なのは・・・・・・」
「その女子高生に刺されて、どっかの山にでも棄てられてんじゃないか」
 先輩はこともなげに言う。
「そんな! おかしいですよ。事実がこんなに捻じ曲げられるはずないじゃないすか」
「別に新聞沙汰になったわけじゃない。消えた奴の捜索願さえ出てないんだ。証拠がなきゃ、何とでもなるさ」
「それって、家族も行方不明になってるのを知らないってことですか?」
「いや、ここを片付けには来たから、そのことは知ってるだろう。でも、女子高生の言い分の方を信じてるんだろうな。もともとそんなに意思の疎通が取れてる家庭でもなかったようだし」
「そんな・・・・・・」



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