その角を曲がると

テーブルの上の音楽 Table Music

テーブルの上の音楽 Table Music

はじまりもなく、おわりもなく。。。

やおら、食堂のテーブルに集って、
おんがく、音を楽しむ時間が始まる。

ひとりでは、音を出す気が全くおきないけど、
テーブルで、一緒に座る人たちがいると
会話をするように、音の出しっこが始まる。
音の音量は会話と共存できるくらい。

だからしゃべったり、歌ったり、楽器を鳴らしたり、踊ったりを
いったりきたりしている。

ここでは、音がまざりあっている。
言葉の音、のどの音、ものの音、楽器の音、からだの音。

そして曲が続いていく。


活動の概要  「いやしの音楽」2004.3.29

野村誠さん(作曲家)のHP
http://www7a.biglobe.ne.jp/~nomu104/index.htm



次回の予定 月 日( )PM2:00~ 「さくら苑」食卓前集合

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「口ずさんだ歌」

お年より達がふと口ずさんだ歌や、今は使われなくなった言い回し。
外国の歌を知るのも楽しいが、日本で古くから親しまれてきた歌を口ずさむのもよい。
そうした歌はまさに口から口へと伝えられてきたために、
ふと口をついて出る表現となる。
いつの間にか私の身体に染み込むのである。

お年よりの身体に染み込んだ歌や言葉、を若輩の私が受け継ぐのは
当然の勤めであるような気がしてならない。

自然現象である若さがなくなっていくかわりに、
そうした知がどんどん私の身体に染み込んでいけばいい。
それがやがて湖となり、そこから発生する霧が私の魅力となる。華となる。
出会いがあれば、花が開花するように一瞬華やいだときを迎える。
湖の水が溢れ出す時、それを汲む次の世代の若輩が私のものとを
訪れてくれるように、またそうした訪れを迎えられるよう、
そんな日を心待ちにして水を蓄えるのだ。


「ふと口をついて出る」という表現は、
言葉が生まれる過程を如実に語っているように思う。

『言葉は急に湧いてくるではなく、知らない内に誰かから貰ってくる』

誰かの言葉が私の体の中に染み込んできて、ふと口をついて出るのだ。
「心打つ言葉」、「心が洗われる言葉」を探し続けて、
出会い、体に染み込ませていくことが大事だ。


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