おいしい 千葉 ~ponの食べある記~

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2006.11.25
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父は名うての包丁人だった。そういう血筋なのだろう。祖父もそうだし、父の兄弟5人のうち4人が包丁人になっていた。若いころから会社組織の調理人をつとめ、途中から独立して割烹をはじめた。

やはり、子どもにあとを継がせたい感じがあったのだろうか。たまに厨房にいくと、料理のコツをそれとなく教示してくれるときがあった。皮の剥きかた、包丁の入れ方、材料を入れる順番などを、嬉しそうにこと細かく教えてくれたりした。

柴田書店の雑誌「専門料理」を毎月買ってくる。自然、私もそれを読むようになった。その中でも特に「名店探訪」というコーナーがお気に入りだった。

店の経営やメニュー戦略の参考にすべきページだったのだろうが、私は純粋に食べ歩きのページとして楽しんだ。代表的なメニューの写真が5つくらい並んでいる。日本橋の「たいめいけん」の、ラーメンを締めに持ってくるコース、赤坂の「津々井」のビフテキ丼、大阪「正弁丹吾亭」の鯛のかぶと煮などが、印象深くのこっている。心底おいしそうだった。

料理の腕は、本当にすばらしかった。なにしろ手際がよい。刺身を、ていねいかつリズミカルに素早く切っていくさまは今でも鮮明に覚えている。

ある種のタコなのだろう、両手とも度重なるやけど赤くふくれていた。天ぷらなど、素手のまま油から上げても平気だった。むしろそれで適温を感知できるという。

何を作らせても器用にこなしてしまうが。その中でも特に父のつくる厚焼玉子は絶品だった。

だしを入れない普通の厚焼、寿司ネタになりうる厚焼である。やや硬質で身がしっとりしている。噛むとさっくり断層が割れる。口にした最初は甘すぎるような気もするが、食べなれるとこれがちょうどよい甘露な逸品になってしまう。スイーツとして出せそうな気がする。玉子を駆使した箱囲い状のミルフィーユといえた。

専門は和食なのだが、お手製の「餃子」と「焼売」も絶品というしかない代物だった。

餃子の餡のかくし味に安城の味噌をつかっているのを見たことがある。小太りしていて実に体格がよい。肉のうま味を最大限に生かしている。噛むと、肉汁が四方にほとばしり出た。

焼売もやはり、豚ひき肉を最高度にフューチャーしたひと品といえた。グリンピースを置かないのが父流の仕様。豪気にぷっくりしていた。景気よく、皮の上面から肉がはみ出している。

蒸しあがった表面は、透明な脂汗をしっとりかいていた。噛むと、ほんわり柔らかく、ジュワーとした肉汁が歯茎のほうまで浸みいってくる。噛んで二等分にされるより先に、両端の皮がくっついてしまいそうな柔らかさを実現していた。

美食家という範疇には入らないだろうが、やはり食の探求心は人一倍旺盛で、何かというと食べ歩きに連れていってもらった。一緒に行くメリットはたしかにあって、このあたりの店だと顔がよくきいた。黙っていても、小鉢の一品かドリンクを持ってきてくれた。プロの目が利くのか、当たりの注文品を上手に引きあてた。

東京にもよく遊びにいった。特に浅草が好きだった。「演芸ホール」で楽しんだあと何かを食べて、最後にディスカウント店に寄るというのが一つのパターンとなっていた。

私が音楽を志向するようになってからは、よく楽器を買ってくれた。半分は私がその場で選んだものだが、あとの半分は親父自身が自分で選んで買ってきていた。

「ヤングギター」という雑誌を買ってきて、店の棚に置いておいた。その翌日には、何の相談もなしにフォークギターを買ってきて(ほらよ)という感じで受け渡してくる。雑誌の裏にフォークギター(たしかモーリスだった)の宣伝が載っていた。たぶんそれが欲しいのだと解釈したらしい。それならモーリスギターでよさそうなものだが。そこをなぜかギルドのD―50を買ってきてしまう。

先回りして人を喜ばせるような「サプライズ」が大好きだった。得意の浅草のディスカウント店でもよく買ってきた。バンジョーを即決で買った。どこの民族のものかよく分からない、底の皮のないボンゴのようなものを買ってきたことがある。鳴り音が実に冴えない。いくら叩いても、プスプス皮をたたく景気のわるい音しかしなかった。あるとき、八つくらいへこみのある金属板を見せてきた。バチのような木の棒が付いている。外箱を見せてもらうと、これはラビオリをつくる調理器具だった。てっきり何かの楽器だと思ったらしい。

料理の方面にすすむことは、まったく考えていなかった。音楽に傾斜して行ったのも、冷静に見るとそこが係わっているのかも知れない。あとから考えてみると、父や料理の世界をかわす恰好の逃げ道として、私の目の前に音楽がやってきたと言えなくもない。

私に対して父は、ほとんど恋人のようにふるまったという気がしないでもない。右を向いていろというと右を向き、左をいうと左を向く。指示通りに動いてくれて、いやというほど奉仕してくれる。私との唯一の話題・架け橋とでもいうように、父も音楽にくっついてきていた。「オーケストラがやってきた」とか「題名のない音楽会」などをよく見ていた。

一緒にその種の番組を見ていて「コンサートグランドを弾きたい」と、ボソとつぶやいたことがあった。千葉にもどったとき突然、そのピアノを今から弾きにいこうと言ってきた。市民会館を借りてあった。客席に照明を入れることはできないが、ステージの上は全照明がついてすばらしく明るい。奥のほうに男性5人がやってきた。台車にのったコンサートグランドピアノを取り囲み、奥のほうからステージ中央に静々と移動させてくる。ハンドルでゆっくり台車を降ろし、地につける。大屋根をあける。それから半日間、私はそこでピアノを弾きつづけた。プログラムも何もない。ただのピアノ練習だったのだが、父はずっと前の客席にすわって聞いていた。飽きなかった。

話が煩雑になるので「蒼緑の新ページ」では触れなかったが。一度、美和子さんの家に連れていったことがある。ちょうど彼女の家にレッスンしに行っていた頃、両親が私をたずねてやって来た。電話をすると(今一人で大したおもてなしもできないけど。それでもいいなら)という。3人で彼女の家に向かった。

玄関をあけて、普通にあいさつしあった。となりの和室のほうに通される。お茶がやってくる。和菓子が置かれた。彼女のほうはまったく普段通りなのだが、父は緊張しっぱなしで、足もくずさない。「○○くん。私、あなたの曲を弾くわ」美和子が立ちあがった。「どうか、聴いてくださいね」逆側の戸をあけた。それで、向こうのピアノが見えるようになった。

いつもここで聴きなれている曲が、いつも通りに流れだす。6曲のうち3曲を弾いた。というか全部弾きそうなのを、私がストップしてもらった。父は最後まで足をくずさずに通した。3人で車に戻ったとき、母が(素敵なお嬢さんねェ)と、感心していた。父は無言のままだった。

父は本当に私につくしてくれた。気まぐれにもちゃんと付きあってくれる。一人暮らしをしている間、何度も料理を持ってきてくれた。ベジタリアンをすると言うと、それに合わせて野菜天ぷらなどを持ってくる。卵と牛乳はOKだというと、カスタードプリンを20個も作ってくる。きょうから魚を食べるというと、今おろしたてという刺身盛りを持ってきてくれた。

早いところ車の運転をさせたかったのだろうが、私が拒否するので、それ以上強要はしなかった。私が酒をやらないことについても、一言も言わなかった。結婚しそうにない様子も気にはしていたらしいが、それについても何も言わなかった。

今の奥方をはじめて紹介したのは、すでに結婚するのが決まったあとだった。そのときもひどく緊張して、下手なあいさつをしただけだった。はにかんでいて、それを見るこちらのほうが恥ずかしくなってしまう。初々しすぎてまぶしい。そのあと何時間かして、部屋の戸をノックする音がした。父だった。コンテナケースを持っていた。仕出しセンターに頼んだかのような山盛りの料理を持ってきてくれたのだった。





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Last updated  2009.04.07 03:17:14
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Re:DNAの底からやってくる味(1)(11/25)  
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