おいしい 千葉 ~ponの食べある記~

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2007.07.03
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18階で降りる。目の前が自分たちの部屋だった。重々しいドアをあけ、肩を寄せあうようにして室内にはいる。広々した玄関ホールに続いてリビングルームが角部屋としてとられ、その奥にベッドルームが用意されていた。
「すごーい。スイートなんだ」
予約を取った自分も、ここにきてはじめて知ったことだった。ファイルを見てみると、このホテルは全室スイート仕様なのだった。ワンフロアに4部屋しか配してない。

外周を手すりが回っていて、バルコニーになっているのだが。手すりの桟の間隔が広くあいているので、ちょっと足をすべらせただけで落ちてしまいそうだ。とても外に出る気にはなれなかった。

直近の眼下にテニスコートが数面敷かれ、周囲のところどころに緑がこんもりとしている。点在する緑の点を結ぶようにして、ドリームランドが広がっていた。薄暮の感覚が漂ってきて、人の流れも出口のほうに向かうばかりになっている。粒のような点々が見えた。

香穂はコーナーの置台のところで、キャンドルスタンドを用意していた。ハートの台座にらせん状の飾りがついている。きのう買ったばかりだという。火を点すと、周りの空気がかげろうに揺れた。

ソファーに並んですわる。肩をそっと抱いた。
「香穂ちゃん…」
片方の手だけ、指を絡ませあった。顔を寄せる。彼女の髪の穂が頬をかすめる。唇にやさしく触れた。これ以上大切なものはないように、優しさの限りをつくして触れた。

それ以上は踏みこまず、ただ時が流れるままに過ごした。バイパスのモーテルに入ったときの自分。そのときの優等生的な自分をキープしたままでいるかのようだった。張力がはっていて、そう簡単にはくずせない。

夕食のルームサービスを予約した。先に白ワインを持ってきてくれるように追加を頼んだ。しかし、それはすぐにやってきた。ワインクーラーの真ん中で大柄な氷に埋もれたその1瓶を取りだす。水滴をていねいに拭った。キャンドルの前に立てた。

「香穂ちゃん、見て。すごくいい色合いをしているから」
「ホント。何だかとろけそうな雰囲気になっている」
ごく淡い黄金色の中に、ろうそくの炎が微細に揺らめいていた。そのポイントだけが、沸騰でもしているような朱色に燃えさかっている。脇からのぞくと、ビンの厚みがよく分かった。

「見て。向こうの空も似たような光になっているから」
太陽は没し、雲と雲のあいだのスペースに、裏から灯をあてた白ワインと同様の空がすっきりと輝いていた。ビアンコからパープル、パープルからグレー、グレーからダークグレーとデリケートなグラデーションが、空気の色層をなめらかに染めていた。何の変化もないように固定化し、密着しているように見えていたが。すこし目を離した瞬間に、それは濃く黒く深化してしまっている。

夜は長かった。私にとってもこの夜は、本当に長かった。優等生的な自分をじょじょにゆるめ、それをかなぐり捨てるまでのプロセスを一歩一歩確かめながら進んで行くような、そんな長い夜だった。

*  *  *

朝食はホテル最上階のレストランでとった。まわり舞台のように、フロア全体が回転する仕組になっている。超スローペースなので、動いているのかどうかもよく分からない。手元に視線をやっていて、窓外にまた目をむけると、たしかにさっきの風景が横にスライドしているので、それではじめて微量に回転しているのが分かる。

香穂は食事の手を止めると、ひとしきり窓の外を眺めていた。口もとがかすかにほころんでいる。丹沢の方角だろう、遠くの稜線に視線を向けたとき、一瞬寂しそうな顔になった。映画の途中で入り、またその箇所がきて物語がつながると立ち去っていくように。景色がちょうど一周してから、立ち上がった。

チェックアウトの時間が来るまで、荷物の整理とかで、少しあわただしく過ごした。部屋を立ち去り際、セルフタイマーで二人の写真を撮った。ソファーに仲よくならんで座り、レンズのほうを凝視する。何枚か撮ったが、1枚は双方手を握りあったものになった。

湘南のほうに車を向けた。江ノ島水族館に入る。回廊をめぐるようにして、その中心にイルカのプールが据えてあった。よその普通のカップルと同じように、腕を組んで見てまわる。たぶん。ここに来ているどのカップルより幸せだろうと思った。しかしまた、どのカップルも想像が及ばぬほど不幸せなのだろうと思った。

「湘南ホテル」に立ち寄った。白亜の太い装飾円柱が何本も連なっていた。それが上層の客室を支えるようにできている。ティールームで珈琲を飲んだ。彼女の知りあいの子の恋愛話を聞いた。





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Last updated  2007.07.07 08:03:35
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