おいしい 千葉 ~ponの食べある記~

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2007.07.04
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香穂も、千葉のほうに来てくれるようになった。電車で迂回してくるので、駅で待ち合わせをする。しばらく、駅前周辺をぶらついた。小学校のあったところが、今は小さな公園に変わっていた。以前校舎が建っていたあたりを、透明な建物でもあるように大きな手振りで説明した。ベンチに並んですわる。

なぜか小田急のロマンスカーの話になった。彼女は、小さい頃からよく乗っていたという。
「私ね。車内の売り子さんになることに、すごく憧れていたの」
「…どういう気持ちで」
「子どもの目には、すごく格好よく映ったの。優しくて、てきぱきしていて。いかにもすてきな大人の女性という感じがして」
「花形っぽい職業だったんだ」
「それを、作文に書いた覚えまである」
「もしかしてそれ、『わたしの夢』とかいう題名でしょう」
「そうそう」
クスリと笑いあった。そのあと私のほうも、同じように話をつづけた。車掌車のことを持ちだしてしまう。
「それって、今はどうなってるのかしら」
「今の貨物っていうのは、後ろに何もつけないで走っているね。いわゆる合理化の流れを汲んで」

東京工場に行く途中に、JRの大きな操車場があった。以前そこに、その箱ばかりを連結して放置してあるのを目にしていた。30両くらいはつながっていただろうか。そこかしこ塗装が剥げ、大胆に錆ついているさまは、放ったらかしにされた小汚い斑点の牛を思い起こさせた。立方体のどこかが歪んでいる。これ以上働かせられるのはご免だとでもいうように、心底疲れはてた風情を醸しだしていた。

ニュースで公売になっているのは耳にしていたが。テレビに出たものと、それらが同じものかどうかは分からない。

踏切を渡って駅の反対側に行くと、地元私鉄の本拠があり、そこに操車場のスペースが広がっている。
「あれって、もしかしてそうじゃない?」
香穂が、甲高い声をあげた。車をとめる。線路の真ん中に、一人ぽつねんと取り残されたように車掌車が一両とまっていた。かなり大柄のデラックスタイプで、窓が4つも連なっている。よほど熱心に見ていたのだろう。彼女が冗談まじりに言った。
「いっそのこと、あれを買ってしまえばいいのに」

*  *  *

「どうにかならないの?」と、香穂に強い口調で迫ったことがあった。しかし彼女の答は決まっていた。Fさんとの結婚に関しては、今さらもうどうすることもできない。神奈川本部の部長夫妻に仲人を依頼していた。結婚式の日取りや場所も決まり、ほとんどの人に知らせが行き渡っている。この流れを止めることは、もう絶対にできない。どういう状況になろうと、とにかく結婚と結婚式は、普通に通過するしかないと。

それを考えると私は、重くどんよりした気分に陥るしかなかった。いずれ終わりがやってくる。それも、絶望的で決定的な終わりがやってくる。鋼鉄を強行に破断するように。また、走行中の車を障害物でストップさせようとするように。すべてはそこで、壊滅的に決裁してしまうだろう。

割りきれたわけでも、きちっと覚悟が決まったわけでもなかった。彼女と過ごすリアルタイムなひとときを、その場で「最後」にすることができなかった。そして、それを会う度ごとに繰り返した。ただそれだけである。いい加減な(なあなあ)と、とりあえずの心地良さだけに誘引され、それにただ素直に従うばかりの自分がいた。

「ドラマとかでよく、別れの場面があるでしょう」
香穂はつづけた。
「空港とか駅とか、それらしい場所を使って。あれってどうして、そこで完全に終わりになってしまうのかなって…このごろよく思うの」
どちらか片方でも愛する人のあとを追えば、また違った展開になるはずだというのだ。なぜあとも追わず、あっさり簡単にあきらめてしまうのか。「なごり雪」の歌詞にあるホームでのシーンも、どうしてあれで型通りに最後になってしまうのか、決定的な別れにしてしまうのか。どうも納得がいかないのだという。

彼女はまだ、よく分かってないらしかった。人と人との関係は、どれだけ微妙で、至上なくらいセンシティブなものなのかということを。巷間では「人一人は弱い存在だけれど、たくさんの人が集まれば何倍にも強い存在になれる」というが。それは、まとまるべきベクトルと吸引力がある場合に限られた話だろう。人と人との間柄というのは、人が中途半端な脳力(対人能力的には中途半端というしかない脳力)しか持たないせいで、それらに対しては何の必然性もなく、ただ微弱な効力しか発揮しないものである。

人一人ができること、才能というのは多彩であるし、無限に広がる可能性を秘めている。しかしそれが人対人となり、その関連うんぬんという次元になると、それらの言葉はまったく通用しなくなる。人と人との関係は、情けないまでに単一で、微細なまでに有限そのものである。ただつきあいが良好に流れているときだけ、狭小な可能性(その間柄だけに通有する可能性)を保持しているに過ぎないのである。

理屈っぽい話になるので、私はそんなことをおくびにも出さなかった。





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Last updated  2007.07.08 05:22:02
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