海洋冒険小説の家

海洋冒険小説の家

  (2)

   (2)

 「吉兵衛、船を回す用意をしろ、右舷の大砲を撃ち終わったら次に左に回す」
 「わかりやした。源八!、人手を集めておけ」
 吉兵衛がどなった。水夫頭の、はやぶさの源八がすっ飛んでいった。
 彼らは歴戦の強者(つわもの)なのだ。甲比丹とは何度も激戦を共にし、勝ち抜いて生き残ったのだった。
 六兵衛は船の舳先(へさき)に立って、源平の時代の武者のように、名乗りをあげたいという欲求がつのっていた。昔のように飛び道具が弓矢だけの時代であればいいのに。助左衛門にもいつも言うのだ。味気のない戦の時代やと。
 「やあやあやあっ!遠からん者は音にも聞け。近くば寄って目にも見よ。桓武平氏の後胤、平朝臣(たいらのあっそん)細田三郎正治が六男、細田六兵衛正俊なぁーりぃー。我と思わん者ォー、勝負しょうぶぅっ」
 そして、助左衛門や他の者に言われる。
 「遠からん、ぐらいまでゆうたら、鉄砲弾が飛んできてそれで一巻の終わりや。やめとけやめとけ」
 敵船は風を斜め前方に受けてこちらに向けて突っ込んで来る。南海丸は風上の位置から相手の動きを見て、これまた突っ込んで行った。助左衛門は舵取りの熊の十蔵(じゅうぞう)の傍に立った。
 「十蔵、向こうはこちらに体当たりするつもりや。鼻の先をかすめてやれ。うまくやれよ」
 十蔵はでかい毛だらけの体の、これまた髭だらけの顔をにやりとさせただけだった。
 帆げたを引いて帆を回すために、百人からの水夫が、綱をもって待機する。
 敵船は急速に近づいてくる。大柱の上の見張りから呼子の笛が、鋭く三度「ピィー、ピィー、ピィー」と鳴らされた。やはり、上甲板には大勢の切り込み隊が姿勢を低くして時をまっていたのだ。甲比丹助左衛門はふつふつと闘志が、血の沸き立ちが全身を包むのを感じた。助左衛門はいつも戦いのときはこうなのだ。決戦のその直前にならないと力が沸いてこない。彼は敵船との間合いをはかり、躊躇なく命令を下した。
 「回せ」
 水夫たちが綱を引き、十蔵が舵を回した。南海丸は敵船の鼻先を左にかわした。
 「放て!」
 助左衛門の声と同時に、合図の太鼓よりも早く、右舷の大砲のそれぞれの小頭が棒の先にぐるぐる巻かれた火縄を大砲の砲耳の火薬につける。轟音、黒い煙、それらが次次と船全体を振動させ、火薬の臭いをたちこめさせた。
と、同時に、敵からも、船首砲が赤い炎を噴出すのが、見えた。
                        (続く)



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