海洋冒険小説の家

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(3)空飛ぶ船出現

     (3)

 安土城天主の二階、能舞台の横にある納戸に直垂(ひたたれ)姿の助左衛門と六兵衛、狩衣姿の公秀殿はいた。もう、始まって半刻になる。舞台では笛が吹かれ、太鼓がいくつも叩かれ、鼓の音も聞こえてきて賑やかに踊りが続いていた。そして踊りの終わりを告げる歓声が巻き起こったとき、この前と同じように影が走った。それも七つ、八つも。今度は六兵衛が声をかけるよりも早く、信長殿の御家来衆から、
 「曲者にござるぞ、各々方、曲者にござる!」
 何度も上ずった叫び声が、あちこちで起こった。そして、鉄砲の撃たれる音が、
 「ダーン、ダーン」
 二発聞こえた。と同時に、
 「お館様を守れ!」
 切羽詰まった声が聞こえた。どうも今回は予想を超える人数で仕掛けて来たらしい。おまけに鉄砲まで用意している。すぐに火薬の爆発する音が「ドドーン」とした。
 六兵衛も今度は飛び出すチャンスを逸して、納戸を出なかった。公秀殿は部屋に入ってからずーっと眼をつぶり、じっと座ったままだった。白煙のたちこめた外の広縁には御家来衆がいっぱい出てきて、右往左往している。あっという間に影がいなくなっていた。あちこちに、目くらましの白い粉が飛び散っている。今回も、近侍の何人かが斬られた。暫くして、使いの者が来た。
 三人は信長殿の前に案内された。

 「前と同じように忍者(しのび)どもは現れて、このわしを舞台から、種子島で撃ちおった。とっさに首をふらなんだら、この頭に穴があく所であった」
 と言いつつ、後ろの襖の穴を手で示した。
 「九右衛門に調べさせておるが、どこに消えうせたのかとんと分からぬ。なにか良い智恵はないか」
 「上様に申し上げます。こちらに控えておられる御方は、京の公家の小見の公秀殿にござります。天文、算学、暦学に詳しい陰陽博士でもございます。公秀殿であればなにか良いお考えがあるのではと思いますが」

 「おう、これは失礼いたした。信長でござる。なにがどうなっているかお分かりか」
 「小見の公秀にごじゃります。曲者どもの逃げた所は大体察しがつきもうした」
 「なんと?」
 「そこまで、御一緒にまいられよ」
 公秀殿はまことに堂々とした態度で、卑屈にならず、公家の貫禄を見せていた。広縁の北の端、北西のあたりまで来てそこの板壁を、「トントン」とたたくと、不思議なことに、板が「ギーッ」と、きしる音をさせて、奥の方に動いた。そこに、暗い穴が広がっている。
 「ええっ!、こんな所に穴が!」
 信長殿は絶句し、提灯を持った家来たちが、その穴に飛び込んで行った。助左衛門もその後を追おうとして、穴に入ろうとすると、公秀殿が袖を引っ張って止めた。
 「何故?」
 という顔をすると、公秀殿がそっと耳打ちした。
 「城の抜け穴の秘密を知った堺の商人など、お城から無事に帰してはくれへんで」
 そうゆうたらそうや。危ないところやった。助左衛門は冷や汗の出る思いだった。六兵衛も頷いた。穴に入る家臣たちの列が続いた。
 「何故わかったのじゃ」
 信長殿が公秀殿に聞いた。
 「戌亥(いぬい、北西)の方角は古来より極楽浄土の方角にして神聖なる方角でごじゃりますが、また、昔話にも鬼が逃げるときは戌亥の方へと逃げるとあります。この方角が一番暗いとも申しますので、おそらくここに抜け穴があるのではないかと、検討をつけておりましたのじゃ」
 「なるほど、さすがの学識だのう」

 それからまた暫くして、菅屋九右衛門から報告が届いた。忍者どもは、城の北側から舟で逃げたこと、近くにある舟には底に穴が開けられ使えないことなど、くどくどと弁解じみた口調だった。信長の額に青筋が立ってきた。それを見て、公秀殿はニヤリとして、助左衛門に小声で囁いた。
 「信長殿に、天主の最上階まで上がる許しをもらってくれ」
 「上に?」
 「そうじゃ」
 「上様、公秀殿が最上階まで上がりたいと申しておりますが」
 「えっ、上に?」
 公秀殿が頷いた。
 「蘭丸!人を集めて、蝋燭、提灯の用意をさせよ!」
 大声で怒鳴った。
 「して上にはなにが」
 「さあ、それは上に上がってのお楽しみにごじゃる」
 「ニーッ」と笑った。

 たちまちのうちに灯が用意され、階段が明るく照らされた。東側の階段を小姓衆に案内されて、上に登った。五階の朱漆の間に入り、朱漆の階段を登り、黒漆の間の最上階に着いた。
 公秀殿は外縁に出て、小姓から借りた提灯を、外に向かって、二度三度振った。すると、驚いたことに、闇のすぐ向こうから明かりが見え、同じように、二度三度振られた。これを見ていた信長は、信じられぬとばかりに目と口を大きく開けたまま、驚いた様子だった。闇の先の灯はゆらゆらと近づいてきた。安土山の上に建てられた大天主の最上階のこんなに高い所に灯が見えるとは。公秀殿は、
 「それでは御免」
 信長殿に言い、助左衛門と六兵衛を促して、外縁に出した。ここで始めて事態がみんなに呑み込めた。外には大きな籠が吊るされていて、その中に人が三人いた。
                     (続く)



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