海洋冒険小説の家

海洋冒険小説の家

(5)いざ、出帆



 陸からの風が吹き始めた。
 「錨をあげて帆をあげてくれ。港を出たら室の浦(むろのうら)へ進路をとってくれ」
 船頭の首無しの吉兵衛に言った。
 「おーい、錨をあげろ」
 そして、錨が上がってくると、間髪をいれず、
 「帆をあげろ、ぐずぐずするな、源八!しっかり監督しろ!」
 そろそろと動き始めた南海丸は、しばらくして、帆が風をしっかりつかんで、舵の効く速度にまで上がってきた。
 舵取りの熊の十蔵にも、
 「瀬戸内の室の浦は知ってるな?」
 「へい、よ~お、知ってます」
 吉兵衛は久しぶりの海に、にこにこしていた。体が生き生きしてくるのが自分でも分かった。陸(おか)の上では役にたたないぶらぶらしている酒びたりのおっさんが、海の上では船と一体となって、正確な指示や命令を出すことが出来る。
 「瀬戸の海は久しぶりやなあ」
 「五年ぶりかな」
 十蔵が返事をする。
 助左衛門と六兵衛がやってきて、
 「舵取りは大丈夫やろな」
 なんて、冷やかす。
 「まかしといて。わしの庭みたいなもんや。目ぇつぶっていても大丈夫や」
 「黒旗の海賊は、この辺は知らんのと違いまっか」
 吉兵衛が言った。
 「そうであれば、こっちに勝機があるなあ」
 六兵衛も言った。
 「うん、それは参考になる意見ではあるな」
 助左衛門が感心したように言うと、
 「あははは、まあ、素人の意見やったな」
 六兵衛が謝った。
 「でも、瀬戸内の海は島も多く、浅瀬もいたるところにあり、よほど舵取りが熟練でないと、船はすぐ乗り上げてしまうやろな」と、吉兵衛。
 「それに、潮も早く、満干の差も大きいから、九州から初めてきた船頭には荷が重いかもな」と、助左衛門。
 色々なことを頭にいれながら、ただ、海を眺めていた。もうすぐ、右手に尼崎が見えてくるだろう。

 見張り台から、
 「左手前方に二艘の船はっけ~ん」
 大きい声が届いた。
 早速、五、六本の遠眼鏡がそちらのほうに向けられた。
               (続く)




© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: