海洋冒険小説の家

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(8)羽柴筑前守が船に来た



 南海丸は海峡を抜けて、播磨灘に入った。ここは瀬戸内の海でも広い海域になっていて、普段であれば、九鬼水軍や羽柴筑前守の兵糧船の長い列が出来ているのであろうが、いまは帆影がみられない。それほどの脅威を与えているのだろうか。たった一艘の船で。
 沿岸近くを航行して、獲物を探しているのであろうから、室の浦へ沿岸を流しておれば、いずれ出会うことになるだろう。

 左舷前方に家島の島々が見えてきた。その島の北側に室の浦はある。今日はそこで船を停泊させるつもりだ。なにか、情報がはいるかもしれない。
 陽が西に傾き、夕闇が迫る前に港に入った。天然の良港で、昔から船泊まりの港として栄えた。法然上人が讃岐に流されたとき、ここに泊まり、遊女との恋物語が生まれた。厳島神社に参詣するのも、ここで泊まり、次は牛窓で潮待ちをした。だから、上陸すれば、遊女が大挙して押しかけるのであるが、今は戦に向かう途中なので、陸に上がるわけにはいかない。しかし、遊女たちは舟で漕ぎ出してくるそうだから安心は出来ないが、海賊船の出没でそのような舟は見当たらず、静かな港風景になっていた。岸から小舟が一艘、南海丸に漕ぎ出した。まあ、九鬼水軍か羽柴筑前守の手の者であろう。

 縄ばしごを上がってきたのは、鎧で身を固めた武者であった。後から、同じ鎧姿の者が三人続いて上がってきた。
 「甲比丹助左衛門殿はどちらにおられるか」
 「ここに居り候」
 「おお、そちが助左衛門殿か。わしは羽柴筑前じゃ。一度会いたいと思っていた。大殿(おおとの)や菅屋九右衛門殿から早馬にて、書状などで噂を聞いておった。海賊のことはよろしくたのむ。堺奉行の松井友閑殿から室の浦にこられると書状で知らせてまいったので、本陣を抜け出してきたのじゃ」
 筑前守はしげしげと助左衛門を見つめた。さっそく床几が出されて、みんなそれに座った。
 「いや、噂どりの男じゃのうとついみとれておった。わしの家来にほしいのう。どうじゃ」
 「筑前守殿、わたしは一介の堺の商人にすぎません。それは褒めすぎというものですよ」
 「わははは、やはり、駄目かのう。まあそれはそれとして、六条の院のことじゃ。きゃつに、わしの兵糧船を二十艘も沈められた。このままでは、播磨攻めはかなりの月日をかけることになる。これでは、大殿の怒りは目に見えるようじゃ」
 「それで、いま、六条の院はどこにいるので?」
 「やつらは、牛窓に上陸して羽をのばしているらしい」
 「へえ、そんな近くにいるんですか?」
 「そうじゃ。歯のたつ相手がいないと思って、遊女といちゃついてるという訳じゃ」
 「それでは、海に叩き込んで、目を覚まさせてやりましょう」
 「おお、それはいい。たのむぞ」
 「かしこまってそうろう」
 「うわははは」
 気持ちよく笑って、回りを見た。それで、紹介できるチャンスが出来た。
 「こちらが我が南海丸の侍大将の細田六兵衛でござる」
 「ああ、河内の六兵衛か」
 「あははは、よくご存知で」
 「大殿からの書状に書いてあった」
 こうして、緒戦の海賊との一戦は、敵船を撃沈したこと、天神丸を取り戻したことなど、よもやま話に花が咲いて、帰っていった。
              (続く)


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