真理探究と歴史探訪

真理探究と歴史探訪

2012年07月09日
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そんな噂も聞いていたのだが調べてみると、往時の明治政府によって「擬似キリスト教」として「国家神道」が形成されたとする観方があり、このことは小室直樹氏ほか専門の学者が指摘しているとのことだ。

・・・維新時において西欧の列強に追随するなかで、「聖書」を「古事記」に当て嵌め、皇室の祖先である「天照大神」を最高神として、「一神教」のごとく他の信仰を抑圧した時代があった。・・・

かの江戸末期に活躍した国学者で、復古神道の大成者の一人とされる平田篤胤は、古事記と聖書の類似性に気付き、「(古事記の)天之御中主神は(聖書の)天地創造神」と教えたそうである。



ところで、その「聖書」と「古事記」に共通する要素は、「太陽信仰」にあると考えられる。「聖書」では『キリスト』が、「古事記」では『天照大神』が、それぞれ『太陽』を暗示する象徴言語となろう。

おそらく、そんな背景もあって明治5年に、それまでの「太陰太陽暦(旧暦)」から西欧式の「太陽暦」の導入が、かくも性急に図られたのであるまいか・・・。


興味深いことに、とある研究書によると、「古事記」には「旧約聖書」が体系的、かつ順序どおりに挿入され、さらに「新約聖書」の内容まで盛り込まれているとのことだ。

歴史的にも「古事記」が編纂された当時は、既に大陸から「景教(キリスト教のネストリウス派)」を信奉する景教徒が渡来していたらしいので、「聖書」の内容が「古事記」に取り込まれたことも十分に考えられる。


以上のことを考え合わせていくと、それまで藤原一族に密かに伝承されてきたであろう「古事記」が、なぜ維新時に大きく脚光を浴びたのか、その理由が分かるような気もする。





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最終更新日  2012年07月09日 11時56分06秒


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