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2008/11/09
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カテゴリ: オリジナル小説
「時の山 -上ー」


「混んでるな。」
都会ではなく、田舎に向かうのに混んでいる事に少しイラつく。
帰省の時期なので、田舎に向かう方が混んでいるのは当たり前なのは分かっているが、妻に八つ当たりするのもみっともないので、独り言でごまかす。
「仕方ないじゃない。」
つもりが、妻にしっかり聞こえていたらしく軽く返してくる。
ここで「ただの独り言だろ」とでも言おうものなら口げんかになるのは目に見えているので、黙っておく。
別に仲が悪いわけではないが、混んでいる状況にイラついているのは妻も同じだろうと、無理やり持ち出した男の沽券でぐっと黙り込む。
喧嘩になるのを回避したのを察してか、妻が話題を変えてくる。

「ああ、そうだろうな。大量に作った料理を前に、向こうもイライラしてるだろう。」
俺は一人っ子で、実家は両親だけの二人暮らし。いつもの倍以上の夕飯が並んでいるはずだ。
母は妻まで俺と同じくらい食べる。と思っているのか、帰省するたびに大量の料理が並ぶ。
俺達に子供でもいたら妻の負担も減るんだろうが、生憎とまだ共働きで子供もいない。
その大量の料理を何とか若さで平らげている妻に、それでも仲良くやってくれていることに感謝する。
そんな気持ちがあふれてきた事で、渋滞のイライラが治まってきた。
持つべきものは姑との関係を上手く築く妻だろう。

「初也、お帰りなさい。綾子さんもお疲れでしょう。」
綾子には微妙に言葉を変えて、車を止めた途端に母が表へ出てきた。
すでにその時点で夕食の香が漂ってくる。
これは落ち着く間もなく夕飯だろう。時間的には問題もなく、昼前に軽い昼食をとってからほとんど何も口にしていないので、ありがたいことだ。

「遅くなってしまって申し訳ありません、道が混んでしまって。」
特別な確執はないが、敬語は外せない。

家の皿を使いきっているんじゃないかと言う料理を前に、綾子が気合を入れた。
そんな俺達を母は優しく見守る。まあ、この状況で「こんなにたくさんは…」とは言えないだろう。
俺は自分の実家だから気楽なもんだ。

「ところで、初也。あなたお義父さんの部屋は自分が片付けるって言って、全然やってないでしょう、お母さんが変わりにやってしまうわよ?」
「あー、忘れてるわけじゃなかったんだけど、分かった。後でやるよ。」
自分の子供の「後でやる。」発言ほど信じられないものもないのだが。
昔は両親共働きで、俺はおじいちゃん子だった。大きくなっても特に何を返せた事もないので、せめて部屋の片づけくらいは俺がやろうと、祖父が亡くなった時に思っていた。
結局一年近く放ってしまったが。
綾子が横で手伝おうと言い出そうか悩んでいるのを見て、軽く首を振った。
急にそこは譲れない一線のようなものを、今更だが感じたからだ。

次の日、目が覚めたのは九時だった。さすがに綾子は起きて居間で母の相手をしていた。
「おはよう。」
「あら、遅かったのね。」
母が綾子を立てるように俺を軽く非難するが、綾子は「自分の家ですから、つい寝過ごしたんでしょう」と上手く実家を持ち上げる。
せっかく和んでいる二人の仲にわざわざ入る事もないと思い、軽く朝食を取った後祖父の部屋の片付けに向かった。

一年前と変わらぬ部屋。
親が共働きで、周りの民家も少ないこのあたりでは、遊び相手は祖父くらいしかいなかった。
それを多少負い目に見ているのだろう、俺が片付けるからと言ったので、母は何も手をつけていない。
「本当に田舎だよな…。」
祖父が畑に出ているときは一人だった。
一人でずっと裏の山で遊んで…。
いや、一人友達がいたな。同じくらいの年の…名前は何だっけ?
その時、開けた窓から山の風が入ってきた。
とても澄んだ心地の良い風の匂い、ずっとその中で二人で遊んだ。
「木、樹。……、あぁ、そうだ。優樹だ。」
ふと棚の中にアルバムを見つける。
二人で撮ったはずだ。
俺の成長順に並んだ写真の中、目的の物は簡単に見つけることができた。
まだまだ幼い俺、その横に並ぶ優樹。
何だろう?何か違和感がある。
写真に問題はない。裏の、登生(とき)山をバックにただ並んでいるだけ。
そういえばこの山には言い伝えがあった。
「初也、この山はな……。」
祖父が時々言っていた。

本当は、時の山と言うんだ。昔から不思議な事が起こると言われていて、時を越えることが出来るそうだ。

子供心にわくわくしたが、実際登ってもただの山。
それが本当なら今頃取材の一つでも来ているはずだ。色々な言い伝えの中でも眉唾に近い。

でも、山に登るのは好きだった。ほんのひと夏くらいしか会えなかったが、同世代の友達に会えるのは楽しみだった。
今思えば家でも聞いておけばよかったんだが、小さかったのでそこまで気が回らなかった。
自分の幼さに次第に笑がこみ上げてくる。
空を見るといい天気だ。
この部屋は逃げない。
天気は分からない。
散歩がてら久々に山に登ってみようと思い立った。

台所では母と綾子が昼食を作っていたが、食べれば昼でも目一杯食べさせられるので、綾子には悪いが、母が買い置きしてあったチョコだけを頂き後を任せた。
「何時頃に帰ってくるの?」
母に見えないように睨みながら確認する。これで夕飯もいらないと言ったら恐ろしい事になる。
「ちょっと散歩してくるだけ、すぐに帰ってくる。」
俺は愛想を振りまきながら手を振った。
ただの散歩だから、昔はよく歩いた道を登ってくるだけだからと。

昨日は夕飯の香に紛れて分からなかった山の風。
心地よく全身で受けながら思い切り息を吸う。
うーん、田舎育ちから抜け出せないな。
……別に抜け出さなくてもいいのだが。
目に優しい緑が広がる。木々が多少茂っているだけで、記憶と変わらない山。
むしろそこから見える村に違和感を覚える。
あんなところに家はなかった、コンビニなんてものもなかった。
ここ十年近く、必要最低限しか帰ってきていないので、俺が知らないことの方が、この村では多いのかもしれない。

予想より早く息が上がってくる、体力の低下は自覚していたが、三十路を前に多少情けなく感じてくる。
最後に登ったのが十代後半で、比べるほうが間違っているんだが、何となく悔しい。
開けた場所に出た。
切り株に腰掛け、おにぎりを出す。
実は出かけに綾子がさっと握ってくれていた。普段の昼は食堂で食べ、夕食にわざわざおにぎりを作る事もないので、ちょっと珍しい。
が、ありがたいことには変わりない、ありがたく頂いた。
ついでにペットボトルのお茶も付けてくれるあたりが主婦だなと感じる。
手近にあったチョコだけをせしめたサラリーマンとは大違いだ。

いい気分転換だ。望んで会社勤めをしているが、根っからの育ちは変えられない。
こういうところにいると落ち着く。
時計を見ると一時半。
急ぐ事もないが、さすがに手持ち無沙汰が襲ってくる。
面白くない大人になったもんだ。

帰りは別の道を通る事にした。行きとは違う景色を見ながらのんびりと下りていく。
ポツリと雨があたった。
空を見れば、雨雲に覆われてきている。
運が悪い、駆け下りるか雨宿りするかで迷ったが、結局どこか雨宿りできる場所を探した。
その時、雨はすぐに止むだろうと高をくくっていたが、雨は止むどころか激しさを増していた。
駆け下りればよかったと後悔しながら、せめて天気予報を見てくればよかったと自分の迂闊さを恥じる。
しかし一度激しく降った雨はその勢いを増す事はなく、次第に小雨に変わっていった。
時間は三時前、さっさと降りてしまおうと足を速めた。
雨のせいで少し視界が悪かったが、そこは昔歩き回った山。俺は躊躇せず足を踏み出していた、地面がないことにも気づかずに。
「え?」
これから落ちる人間にしては間抜けな声を上げ、落ちる人間にふさわしい言葉は、土砂と共に滑り落ちていった。

やられた、何時の間にあんな場所に穴が出来たんだ?
滑り落ちた先で俺は目を覚ました。
何か生暖かいものが伝ってくる。
「俺の……血か。」
自覚した途端に襲ってきた激痛に身をよじった。
頭の傷は掠っただけのようだが、足をひねったか折れたかしたらしい。
確かめる勇気もなく痛みに耐える。
さいわい持ってきていた小さなリュックは近くにあった。
携帯を取り出すが、もちろん圏外。ついでに見た時間は4位時半過ぎ。
ちょっと散歩、の割には長くなってしまった。心配しているだろう。

誰か通りかからないだろうか?「誰か!」と声を張り上げるが答えはない。
叫び疲れて、ようやく辺りを見回すと、そこは見慣れた風景だった。
ひときわ太い幹の木に傷が見える。
昔、優樹と背を比べた後だ。そう、ここでいつも遊んでいた。
ふと振り返ると優樹はそこにいたんだ。
その思い出に目を閉じた。

「……さん!」
暖かい何かが頬に触れた。
目の前に子供の顔。助かったと思う前にその顔に驚く。
間違うはずがない、ついさっき写真で見た顔だ。
「優樹……。」
写真と寸分変わらぬ少年は俺の姿を見てパニックになっていた。
「早く、早く戻して!!」
優樹は空に向かって声を上げた。

― 続く―

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Last updated  2008/11/12 01:34:36 PM
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