おるはの缶詰工場

おるはの缶詰工場

馬鹿な男

「馬鹿な男」



「史上稀に見る大型の台風14号は、明日夕方まで―――」

 テレビから絶えず台風情報が流れていた。

 荒れ狂う海から暴風雨に襲われている街の映像に切り替わる。その映像が見慣れた場所であることに気づき、更に落ち着かなくなった。

「なんで帰ってこないんだよ!」

 恋人の和哉は、風が少し強くなり始めた夕方、少し出かけると言ったまま帰ってこない。

 今は、窓の外から風の唸りと雨の叩きつける音が聞こえている。

 こんなことなら、意地を張らずに「台風が来るからやめなよ」って言えばよかった。

 後悔しながら、無意識のうちに首筋をさすっていた。

 自分では見えないけれど、そこには赤い鬱血の痕。赤い花びらのようなそれが、いくつも散っているはずだ。

 痕をつけるなと散々言ったのに、気がつけばまるで全身に花びらを散らしたように、赤い痕が散っていた。一週間の夏休みが終わるまでに消えるかわからないほど。

 さすがに頭に来て、今日一日無言で過ごしたけど、せっかくの夏休みを一日無駄にしただけだった。

 明日プールに行こうと計画していたのに、この天気じゃ行けそうもない。・・・この身体じゃプールどころか温泉にだって行けない。

「ば~か」

「もしかして、俺のこと?」

 激しい風音で、帰ってきたのに気づかなかった。

 驚いて振り向いた視線の先には、雨でビタビタに濡れた和哉が、レンタルショップの袋とコンビニの袋を両手に抱えて立っていた。

「明日遊びに行けないから、映画鑑賞しようと思ってさ。秀が見たいって言ってたのを借りてきたんだ」

 そういえば、少し前に「ゆっくり映画が見たいな」って話をしたことがあった。

「機嫌直して俺と遊んでくれよ。一週間も休みがあるのに、遊んでくれる友達もいないんだ。可哀想だろ?」

「―――仕方ないなぁ、可哀想だから遊んであげる」



 すっかり機嫌を直した秀の首もとを見て、和哉は満足そうに笑う。

「プールになんて連れてってやるわけないだろ。お前の裸を見るのは、俺だけで充分なんだよ」

 独占欲の強い恋人の思惑通りプールに行くことはなかった。しかし、映画もお預け。

「台風にさらされたんだから、あたりまえだろ」

 熱を出してダウンした和哉に向かって、「ば~か」と秀が笑った。



和哉と秀のお話。
馴れ初めを長編でお届けする予定です。
           2005/10/21


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