おるはの缶詰工場

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かみんぐあうと 第七缶

   「第七缶」



「お前が言わないんなら、俺が言う」

「駄目だ!」

「どうして? あれは芝居だったって言えば済むことだろ。お前がゲイのふりする必要もないんだぞ」

 お風呂で温まったはずなのに、寒気が背筋を這い上がり、ガクガクと全身が震えだす。

 芝居?

 ゲイのフリ?

 ―――全部ウソだったってこと?

身体は寒くて震えているのに、目の奥はじんわりと熱くなる。

「うそつき」

 呟くと胸の奥が苦しくなった。こらえきれない涙が零れ落ち、僕はその場に座り込みたくなった。

「言う必要はない」

 どうして? 弁解もしてくれないの? 謝ってもくれないんだ・・・。

「からかって、もてあそんで、ごめんって?」

 自分で口にしてみて、あまりの惨めさに涙があふれる。そんな言葉を聞きたいんじゃない。

 バスローブの袖で涙をぬぐい、目の前のドアを開けた。

 驚いて僕を見る二人をにらみつけ、そのまま玄関へと向かった。

「秀さん・・・? どうして」

「秀っ、待ってくれ。違うんだ!」

 つかまれた腕を振り払うと、今度は両手をつかまれ強い力で引きとめられた。

 強引に向かい合わされ、僕は必死で和哉をにらみつけていたけど、涙がこらえきれない。

 だって、怒りなんてわいてこない。そんなものより、悲しみの方が大きくて・・・。

 ボロボロと泣く僕を見て、和哉が「ごめん―――」と口にする。

 違う! 謝って欲しいわけじゃない。

「うそつき! うそつき、うそつき・・・・・・」

 まるで子どもみたいに大声で泣きながら、和哉をなじる。静かにそれを受け入れる和哉に、僕は言いようのない想いがあふれてくる。

「ウソだって言って・・・。お願い、紘夢さんの言ったことがウソだって言ってよぉ」

「秀、ごめん。俺は―――」

「はじめてだったのに・・・」

 初めてちゃんと恋人と付き合えるかもって思ったのに。

 歪む視界の中に、突然誰かの背中が現れた。それは、俺と和哉を引き離し、和哉に掴みかかっていた。

「『はじめてだった』って、何が? 一体何をしたのか教えて欲しいな」

「ちがっ、誤解だって」

 逃げたい・・・。

 目の前で何が起きてるかとか、今自分がどんな格好しているかとか、そんなことどうでもよくなってしまった。僕はただその衝動に駆られて、玄関を飛び出していた。

「秀っ、待って!」

 僕を呼ぶ声。追いかけてくる気配に、僕は焦って走り出す。

 エレベーターのボタンを何度も押すのに、ちっとも降りてこない。表示を確認すると、まだ13階だ。

 玄関の開く音がした。

 もう待っていられなくて、階段へ走った。

 何がこんなに怖いのかわからない。ただ、早く逃げないと、捕まったら・・・。

 捕まったら?

 階段の途中でその疑問にぶつかった。

 和哉はゲイじゃないって認めたんだ。全部ウソだったって。だったら、これ以上何が怖いんだろう。

「和哉の口から聞きたくないんだ。全部・・・あのキスもウソだったなんて」

 和哉は認めたけど、僕はそれが現実だと認めたくない。

「会わなきゃよかった」

 グズリと鼻をすすって、袖口で目元をぬぐう。ようやく、自分がバスローブ一枚で飛び出してきた事に気がついた。

「戻らないとなのかな?」

 そう思いながらも、重い足取りで一階まで降りてしまった。

 迷いながらエレベーターホールに辿り着くと、タイミング良くエレベーターが到着した。

 開いたドアを見て、僕は驚いた。真っ青な顔をした和哉が崩れ落ちるようにでてきたのだ。

「和哉っ」

 慌てて抱きとめると、逆にしっかりと腕を掴まれる。

「やっと、捕まえた」

 ニヤリと力無く笑う和哉の顔に、僕はまた涙がこぼれそうになった。




題して「愛の力」です(笑)
閉所恐怖症というのが、イマイチどんな症状になるかわからないので、かなり適当です。
ようやく、真実をしった秀君がどうするか・・・、なんて決まってますけど。
けど、問題なニュアンスの言葉があるんですよね~。お気づきですか?
               2005/11/17


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