おるはの缶詰工場

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健気な男

   「健気な男」


 ふぇ~ん、と子供の泣き声がベッドルームから聞こえてきた。

 俺は氷を砕く手を止めてそちらに向かう。

「どうしたの?」

「ふぇっ・・・っうぐ・・・」

 涙をボロボロとこぼしている恋人の姿に言いようのない愛しさが募る。

 真っ赤な顔。潤んだ瞳。

 自分が原因だが、笑って抱きしめてやりたいくらい可愛らしい。秀にとっては、笑い事じゃないだろうけど。

「怖い夢でも見た?」

 ずれ落ちたタオルを額の上に乗せて、汗で湿ってしまっている髪をゆっくりとなでる。

「からだ、ダルイ。あたまイタイ~」

 子供のようにぐずりながら、秀がまた泣き出してしまう。

 乾いたタオルでその涙を拭いながら、可愛いなぁっと至極不真面目なことを考える。

 俺の風邪がうつって2日目。

 38度まで熱が上がり、今は意識が朦朧としているのかも。子供のような甘えた口調で、泣き喚く姿を、きっと秀は自覚していないだろう。

「お薬飲もうか」

「にがいの、や」

「苦くないから、ね」

 わかった、と頷く秀の気が変わらないうちに、と粉薬を甘いゼリーに混ぜて口に運ぶ。

「あ~ん」

 俺の言葉に素直に秀が口を開ける。

 パクンとスプーンが口の中に消えるのを見て、イケナイ妄想が膨らむ。

「いつか咥えてくれないかなぁ」

 ポロリとこぼれてしまった言葉も、秀には幸い聞こえてなかったようだ。

「あま・・・にがい・・・」

 べぇっと舌を出す愛しいものは、今病人なんだからと自分を抑える。

「にがいの、や」

 ゼリーの分量が少なく、苦い思いをしたらしい。

 次回もこれで騙されてくれるかな?

「・・・・・・薬局で座薬でも買ってこようかな」

 今までなら恋人の看病なんかしなかった。けど、今はウキウキで薬局まで走って行ける。

 ―――看病かどうかは微妙なところだけど。



和哉くん、健気になりましたよね。
薬局まで走る姿は滑稽でしょうけど、秀のためというより自分の欲望のためなので、仕方がないでしょう。
和哉視点で、その後でした。     2005/12/7


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