おるはの缶詰工場

おるはの缶詰工場

「バレンタイン」

「バレンタイン」



「あの・・・これを」

 朝出勤するといきなり小さな小包を差し出された。

 何事? と思いつつ、マジマジとそれを観察した。

 ラブリーな水玉模様の包装紙に、金色のシール。

 誕生日はもう終わってるし、今日は何の日だ? と、壁のカレンダーに目を走らせる。

『2月14日』

「バレンタインだ」

「義理ですから・・・」

 ヤバイ忘れてた、と焦っている僕の視界には、目の前で頬を染めながらチョコレートを差し出している後輩の女の子は、もう入っていなかった。

「ありがとう」と上の空でそれを受け取りつつ、今朝の和哉の様子を思い出していた。

『今日、早く帰ってきますから』

 上機嫌でそう言っていたイベント好きの和哉が、バレンタインを忘れているとは思えなかった。

 ここのところ忙しくて、それどころじゃなかった。なんて言い訳は、和哉に通用しないだろう。

『悪い、今日も残業で遅くなる』

 なんて答えた、朝の自分を絞め殺してやりたい。

「貰ったやつをあげたら更に怒るだろうし、夕飯作るって言ってもいつものことだし・・・無難に帰りにチョコレートでも買ってこうか?」

 2、3日前だったら、まだ他のものを選べただろうけど、当日じゃさすがに無理だ。



 デパートの特設会場は女性ばかりで、近づくことすらできなかった。

 仕方なく、帰り道にあるケーキショップ「TOP」に寄った。ここも女性が多いが、あそこよりはまだマシだった。

 一人チョコレートを買うのは、かなり恥ずかしいものがある。

 肩身の狭い思いをしながら、これなら食べれるだろうと、洋酒が入ったチョコレートを買って店を出た。

「和哉、まだ怒ってるかな? 帰ったら、電話してみるか・・・」

 小さな箱の戦利品を大事に持って、歩き出そうとしたとき、ドンッと背中に何かがぶつかった。その衝撃に、持っていた箱を落としてしまった。

「キャンッ」

 振り向くと、小さな男の子が尻餅をついていた。

「大丈夫?」

「は・・・い、ごめんなさい。僕急いでて・・・」

「いいよ。ほら、立って」

 立ち上がらせてあげると、男の子が両手を見つめて、青くなった。

「チョコレートっ」

 泣きそうな声で、僕の足下にあった箱を拾った。

「よかった・・・・・・」

「無くさなくてよかったね。今度はちゃんと前見て歩いていくんだよ」

「はい。すみませんでした」

 ペコンと頭を下げて、男の子は元気に走っていった。

 礼儀正しい男の子に、いい子だなぁと微笑んでいたが、持っていたチョコレートの包みがないことに気がついて笑顔が固まった。

「あぁ、あそこだ」

 衝撃で手放したにしては、ちょっと遠いところに落ちていたそれを拾い上げ、今度は大事に鞄の中にしまい込み、夕飯の買い物をするために近くのスーパーへと急いだ。



 帰宅して夕飯の準備を始めたが、7時になっても和哉は帰ってこなかった。

 早く帰ってくるって言ったのに、まだ怒ってるんだろうか?

 念のため、ご機嫌伺いの電話をかけた。

「あ、和哉? 今夜は―――」

『あぁ、朝聞いたよ、残業だろ?』

 意地の悪い声で返事が返ってくる。

 絶対、僕が今日はバレンタインだと気付いたのをわかっていて、そんな風に言ってるに違いない。

 そりゃ、忘れていたのは悪かったけど、そんな言い方。

 僕は次の言葉が出てこなくて、ギュッと唇を噛み締めた。

『ちょっと和哉、私といるときに他の女に電話しないでって言ってるでしょ』

 突然、電話の向こうから女の声がした。

『浮気は許すけど、本気はダメよ』

 媚びるような甘ったるい女の声。

 耳を澄ませば、バックミュージックが聞こえてきた。

「今、どこ?」

『秀、今のは―――』

 今まで余裕で構えていた和哉が慌ててしゃべりだした。

「……いいもんっ、和哉が女と浮気するなら、僕だって男引っ張り込んでやるんだから!」

 言いたいことだけ言って、ブチっと携帯を切ってしまった。

 そして、少しためらった後、電源まで落としてしまう。

 電話をかけ直してくれるかどうか、知るのが怖かった……。

「和哉なんてもう知らない」

 和哉に『男を引っ張り込んでやる』なんて言ってみたけど、そんなこと無理。

 ただ、悔しくて言ってみただけ。

 このまま不貞寝するのも悔しくて、何か仕返し―――、と周りを見回して、テーブルの上のチョコレートの包みが目に入った。

 恥ずかしい思いをしながら買ってきたチョコレートだけど、和哉になんてあげないもんね。

 綺麗なラッピングを開けて、チョコレートを口の中に放り込んだ。

「ん、おいしー」

 声に出して言っても、ここにいるのは自分だけ。

 ポロリと涙が零れ落ちる。

「もうっ、なんで泣かなきゃいけないんだよ。―――もう寝よ」

 起きてると一人なんだと思い知りそうで、さっさとシャワーを浴びて寝ることにした。

 ソファから立ち上がって、フラリとよろめいた。

 ―――なんだか、熱い?

 暖房の設定を変えたわけじゃないのに、段々と体温が上がっているみたいだった。

 チョコレートに入っている洋酒で酔うほど、お酒に弱くない。

「なんだよ…」

 つくため息も、熱がこもっているようだった。

 風邪かな? と首をかしげていたが、すぐに違うことがわかった。

「なんで…っ」

 身体中が熱くて敏感になり、特にそれが酷いのが―――性器だった。

 何もしていなのに硬く張りつめ、今すぐ出してしまいたい。

「あぁ…、もうっ」

 身体の中を荒れ狂う熱を堪えながら、ジャケットを脱ぎ捨てる。バスルームに向かう道々に、パンツと一緒に下着まで捨てていく。

 点々と服を落として、バスルームにつく頃にはワイシャツ一枚になっていた。

 それでも身体の熱さは変わらなくて、そのまま冷たいシャワーを浴びたけど、それも効果がなかった。

 ドクンドクンと脈打つソレを、もうどうすることもできなかった。

「んっ…ぁ」

 痛いくらいに張りつめたソレに触ってしまうと、もう我慢できなくて、後はイくことしか考えられなかった。

 蜜を零す亀頭を少し擦ると、腰が抜けそうな快感が走る。欲望のままに幹を擦り上げるとすぐに爆発した。

 白濁がダラダラと流れ落ちるソレは、一度放ったのにまだ張りつめていた。そればかりか、ソレのイきそうな切羽詰った感がなくなったせいで、もっと奥の疼きに気がついてしまった。

「もう…ヤダぁ。えっ…く、ひぃっ…ぅぐ」



 秀はわりと記念日にうとい。

 俺だって、今まではそうだったし、特にバレンタインは面倒くさくて大っ嫌いだった。

 けど、今年はちょっと楽しみにしていただけに、秀が忘れていたことにガッカリした。

「まぁ仕方ないか」と諦めていただけに、秀からの電話が嬉しくて、ちょっとからかってやろうと思っただけなんだ。それなのに、隣にいた悪友までのるからいらない誤解を招いてしまった。

『……いいもんっ、和哉が女と浮気するなら、僕だって男引っ張り込んでやるんだから!』

 なんて、嘘なのはわかってる。けど、走らずにはいられなかった。

 ようやく部屋のドアまで辿り着くと、大きく深呼吸する。あれは、秀の嘘だから…と気持ちを落ち着かせてドアを開けた。

「ただいま」

 よしっ、玄関に怪しい靴はない。

 わかっていたさ、と上機嫌にリビングに足を踏み入れた。

 テーブルの上に開けられたチョコレートの箱。

「用意してくれたんだ」

 チョコレートは苦手だけど、秀のその気持ちが嬉しくて、俺はニヤニヤと顔が緩んでしまう。が、一瞬でそれが固まった。

「ネクタイとジャケット?」

 点々と秀の服が落ちている。

「……パンツと、下着ね」

 脱がしてみたい、と送った黒いボクサーパンツに怪しげな染みがついているのを見て、ピクっと眉が跳ね上がる。

 一体何なんだ…。

 下着の落ちていたのは、バスルームの前。

 中からはシャワーの音と…声?

「ぁ…んっ、やぁ…」

 秀の声だっ。

「ぅんんっ……あぁぁっ」

 踏み込もうと思っていた俺は、バスルームに響く秀のイき声に、頭の中は真っ白になった。

呆然としていた俺は、秀の泣き声が聞こえてきて、ようやく我に返った。

「もう…ヤダぁ。えっ…く、ひぃっ…ぅぐ。かずやぁ、たすけて…」

「秀?」

 バスルームのドアを開けて、中を覗き込む。

 シャワーの音は相変わらず聞こえるのに、まったく湯気がこもっていない。

「あ…、かずやぁ。ひっく、もう…やだ!」

 涙でぐちゃぐちゃになった顔の秀が、抱きついてくる。手足は氷のように冷たいのに、押し付けられた股間は熱く滾っていた。

「どうした?!」

 尋常じゃない秀の状態に、俺は慌てて身体を抱きしめる。

 シャワーの水を止めて、とにかく身体を温めなけらば、また風邪をひかせてしまいそうだ。

「抱いて…」

「秀?」

「奥、ぐちゃぐちゃにして」

 切羽詰まった表情でそう言われても、そそられるどころか、痛々しくて見ていられない。

「クスリ、かな」

 この乱れ様。微妙に焦点の合わない目。

「それほど酷くないから、大丈夫だとは思うけど……」

 苦しそうにしている秀の様子に心が痛む。

「病院、行こう。な、秀」

「びょう…いん?」

「そう、病院。身体、心配だから」

 優しく何度もそう言うと、やっと秀にも理解できたらしい。

「ヤダっ、病院なんて。・・・うぅ、ひっく・・・えぅ」

 俺だって恋人のこんな姿を人の目に晒したくないが、背に腹は代えられない。

 感情が高ぶって、泣き出してしまう秀を宥めながら、知り合いの医者へ電話をかけた。

「やっぱり、バレンタインなんて、ろくでもない・・・・・・」

 和哉の心のままに、暗い声がこぼれ落ちた。



・・・長かった。
いや~、祐輔さんの悪戯が、とんだ飛び火です。
この状況を楽しまないところが、祐輔さんと和哉の違いでしょうか。
今度は、ラブラブにしてあげるからね、とこんなオチです。    2006/2/14


 関連作 →  「本命チョコ」 執着の鎖シリーズ


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