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いつも映画を見て家に帰ってから、チラシの整理をする。その日も、チラシをファイルに入れながら何気なく■先月癌で死んだ■友人の映画リストを見た。彼女と私は毎年、見た映画の一覧表を作って、次の年の初めに交換していた。しかし、今年は無理かなと思っていたのが3月はじめに届いたのだった。それをまじまじと見ながら、去年、彼女が最後に見た映画は■「レ・ミゼラブル」■と確認し、去年最初に見た映画は・・・と見ると■「ニューイヤーズ・イブ」■だった。で、私は・・・と■2012年の映画■を確認すると・・・。同じく「ニューイヤーズ・イブ」で始まり、「レ・ミゼラブル」で終わっていた!彼女が生きていたらこの偶然をどんなにお互いに喜び合っただろう・・・。彼女は、もういないことを改めて感じ悲しみが溢れた・・・。■映画2013年4月見た映画■ *愛、アムール*シャドー・ダンサー*舟を編む*リンカーン*大脱走*カルテット! ■書き残したネタ■ *帰ってきた瞳みのる。 *からほり御屋敷再生複合ショップ「練」 *桜 *近つ飛鳥 *近つ、遠つ *多肉植物*悲しみや苦しみを見つめること。*排熱エネルギー*新党未来 *東京駅の特別な出口*領土問題*「二年間の休暇」の難点。*土人、女性は家事をすることが好き。*キラキラネーム*和泉市の美術館*もっと緑が欲しいのだ!(駐車場)*「清貧の思想」*橋元大阪市長 *みどり学*ファーストレディ *「小石川の家」*あさぶら*小説「アーレンガート」*「北極星」*アルミ缶エコ*江戸時代、和歌山の防災意識*子供と春の花と桜 ・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月29日*里山の旬だより:たねのまき時 *・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.30
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■「大大阪モダン建築」■という本を片手に街を歩いたことがある。4月29日、娘2人と孫、私の4人でまた、本を片手に歩いた。これは私の趣味だけれど、娘たちも嫌いじゃないみたい。今回行ったビルは北浜レトロビルヂング。今はカフェになっているがこのビルかつては、証券の売買を営む社屋ビル、つまりオフィスビル。こんなかわいい、オフィスビルがあっていいの?と思うくらいに可愛い♪時が過ぎてこの建物は戦後、商社の社屋だった。また時が過ぎて、この建物は売りに出されていた。1996(平成8)年、「売却物件」と書かれたこの建物を見つけたのが現オーナー。一目ぼれして買ったものの長年、空き家だったせいで、床が抜けるほど荒れていたそうだ。内装や家具などを整えて1997年カフェとしてオープン。 1912年といえば明治45年。私の父の生まれた年だ。また、タイタニック号が遭難した年でもある。北浜レトロビルヂングは、100年以上、この地で生き続けている。■北浜レトロビルヂング■土佐堀川と中之島公園を背に、大阪証券取引所の向かい側に建つ北浜レトロビルヂング。もともと証券の仲買業者の社屋として明治45年(1912)に竣工した建物は、英国のグラスゴー派の影響を受けており、国の登録有形文化財ともなっている。現在は1階が英国風ケーキ・紅茶雑貨ショップ、2階が紅茶通の間で人気を集める英国アンティークの雰囲気ただよう喫茶店。ドアノブや電気のスイッチなど、店内のいたるところに英国製のインテリアが使われている。ケーキ、スコーン、サンドイッチなどがつくアフタヌーンティーセットがこの店の人気メニュー。紅茶はイギリス、フランス、インド産のものなど約40種、ケーキは毎日店で手づくりされているそうだ。2階のカフェスペースの窓からは、中之島のバラ園が一望でき、昼のひとときを過ごすのにおすすめの場所だ。 ■北浜レトロビルヂング■ ■住所■〒541-0041 大阪市中央区北浜1-1-26■アクセス■地下鉄堺筋線・京阪本線「北浜駅」26番出口より徒歩1分■営業時間■平日 11:00~21:30、土日祝 11:00~19:00■定休日■お盆休み、年末年始 ■問い合わせ先■TEL:06-6223-5858 FAX:06-6223-5858・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月29日*里山の旬だより:たねのまき時 *・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.29
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私が子どもの頃に住んでいた村は山に囲まれた盆地のような土地だった。真ん中に川が流れて、30戸くらいの家がひとつの集落としてかたまっていた。私の集落は、その盆地のような地形の中にあって、一番川下にあった。その川のもっと川下に町があった。川沿いの道をバスが通るが、その道は、農閑期には、男たちが自転車で町まで働きに行く道でもあった。私たちの集落のバス停前には、子どもたち相手の駄菓子を売る小さな店があった。私は1枚50銭の渦巻きのかりんとうのような硬いお菓子が好きで、たまたま運よく5円を手に入れると渦巻きのお菓子を10枚買おうか、それとも6枚買ってあと2円で他のお菓子を買おうかと悩んでいた。その小さな店は子どもたちにとって、楽しみな店であったが、現金稼ぎに町に自転車で出かける大人の男たちにとっても、楽しみな店だった。その店は、盆地の入口にあったので、ここまで帰ればあとは家はすぐという位置にあった。そこで、男たちは、その日の労働と自転車で帰る通勤の労をねぎらうために、その小さな店で、いっぱい飲んで帰るのだった。小さな手に5円だの10円だの握りしめて行ったあの店は、きつい男たちにひとときの安らぎを与えてあの店は、とうの昔の無くなってしまった老夫婦でやっていた店で、子どもの私にとって、とてつもなく年よりに思えたあの老夫婦は、ひょっとすると今の私より若かったのかも知れないと思ったりしている。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月26日*父の麦わら帽子:目次*・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.26
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■カルテット!:あらすじ■♪音が出ます!さぁ、クライマックスはこれから・・・。イギリスの田園風景が広がる中にあるビーチャム・ハウス。そこは引退した音楽家たちが身を寄せるホームだった。資金難のため存続の危機にあるビーチャム・ハウスのためにコンサートを開催しようと準備が進められていた。愛には見向きもせず音楽の普及に心血を注ぐレジー(トム・コートネイ)、キュートさはそのままに痴ほう症がはじまったシシー(ポーリーン・コリンズ)、ホームでも女性を追いかけているウィルフ(ビリー・コノリー)に、ある日、激震が走る。かつて彼らとともにオペラのカルテット(四重唱)を組んでいたが野心とエゴで皆を傷つけ去っていったプリマドンナのジーン(マギー・スミス)が入居してきたのだ。 最近、老後を取り扱った映画が多いように思うのは私が、その年齢になっているからかな。そんなわけで、見に行ったが、結果はもう一つだった。イギリスの美しい風景の中にある豪邸が老人ホーム。部屋はホテルのようにきれいで広い。入居者は、引退した音楽家たちで、きちんとした身なりで宝石までつけている人も。彼らは、ピアノを弾いたり、オペラの歌曲を歌ったりして暮らしている。日本の老人ホームとは、大違いなのだ。それに、この元気な人たちまだひとり暮らしが出来るのじゃない?と思う。だから、ホームが資金難って言われてもピンとこないのだ。 「卒業」、「レインマン」、「クレイマークレイマー」などで有名なダスティン・ホフマンが監督。彼も、セレブだから本当の老人ホームで暮らす人やそこで働く人たちがどんなのか分からないのだろう。まあ、老人になってもピアノやバイオリンがが弾けたら、豊かな老後が送れるだろうなと思った。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月25日*サルビア歳時記:四月の三箇条 *・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.25
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■大脱走:あらすじ■新たに作られたドイツの北部第3捕虜収容所に、札つきの脱走常習者・連合軍空軍将校たちが運び込まれた。しかし早くも“心臓男”と異名をとったヒルツ(スティーブ・マックィーン)は鉄条網を調べ始めるし、ヘンドレー(ジェームズ・ガーナー)はベンチをトラックから盗み出す始末だ。まもなく、ビッグXと呼ばれる空軍中隊長シリル(リチャード・アッテンボー)が入ると、大規模な脱走計画が立てられた。 この映画は、あまりにも有名だが、内容を知らなかった。でも10代の頃、この映画の音楽、「大脱走のマーチ」はずいぶん流行ってテレビの音楽番組でも歌われていた。その懐かしいマーチが冒頭、流れて引き込まれる。ひとつ疑問があった。連合空軍の兵士たちが、捕まっているのは、ドイツの収容所。かの悪名高きヒットラーのドイツ軍だとさぞかし、乱暴に扱われ、ヘタをすると殺されるのではと思っていたが、けっこう、暮らしやすい収容所だ。この収容所の所長が「ハイル、ヒットラー」という例の敬礼を好ましく思っていなかった=ヒットラーを好ましく思っていなかったからだ。とはいえ、厳重な警戒の中、みんなは任務分担して、脱走のためのトンネルを掘る。その際、困ることが起きる。例えば、掘った土は処分するか?掘る音をカバーするために、どうするか?トンネルの天井が崩れてこないようにどうするか?外に出た時にいる証明書の類や服。などなど、まあよくもこれだけ考えたと思うようなことを考えてそれを現実にする。そんな、小説みたいな内容だが、実話だという。まさに、事実は小説より奇なり。3時間近くの長編だが、飽きるどころか、あっという間だった。 「荒野の七人」1961年、の監督ジョン・スタージェス 。そのせいか、スティーヴ・マックィーン、ジェームズ・コバーン、チャールズ・ブロンソンという「荒野の七人」で(リアルタイムで)見た顔が・・・。■新・午前十時の映画祭・おしゃれ手紙■■新午前十時の映画祭■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月23日*里山の歌:朧月夜*・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.23
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リンカーン:あらすじ■♪音が出ます!!世界を変えた、夢がある。貧しい家に生まれ、学校にもろくに通えない中、苦学を重ねてアメリカ合衆国第16代大統領となったエイブラハム・リンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)。当時アメリカ南部ではまだ奴隷制が認められていたが、リンカーンはこれに反対していた。リンカーンの大統領当選を受けて、奴隷制存続を訴える南部の複数の州が合衆国から離脱しアメリカは分裂、さらに南北戦争へと発展する。自らの理想のために戦火が広がり若い命が散っていくことに苦悩するリンカーン。しかしついに彼は、合衆国大統領として、そして一人の父親として、ある決断をくだす……。 一番有名なアメリカ大統領、リンカーンと一番有名な映画監督スティーブン・スピルバーグ、名優・ダニエル・デイ=ルイスの作品だから面白くないわけがないと思って見に行ったが、それは間違いだった。面白くないというより、私にとって難解だったのだ。150分という長い映画の中で、延々と続く政治的な駆け引き。この映画は、南北戦争の政治の裏側を描いたもので、当時の政治家が実名で出てくるが、リンカーン以外は、まったく知らない。でも、家庭的な夫、リンカーンを見たのはよかった。執務室で末っ子を遊ばせたり、妻にくってかかられたりと優しい普通の家庭人として描かれていた。白人にあらずば人にあらずという白人至上主義の中で、奴隷解放のために戦うことは、白人たちにとって不本意だったに違いない。しかしそれを成し遂げたのは、ユーモアたっぷりで愛情深い彼の人柄だ。★おまけ★リンカーンにはケネディという名の秘書がいた。 ケネディにはリンカーンという名の秘書がいた。第85回アカデミー賞★受賞★★主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス) ★美術賞 ★ノミネート★作品賞/監督賞/助演女優賞/助演男優賞/脚色賞撮影賞/作曲賞/編集賞/録音賞/衣装デザイン賞・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月18日*十三参り(じゅさんまいり)*・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.21
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がん、そして医療の常識を覆す異色の医師対談。がんは放っておくと増殖・転移し、痛みにのたうち回って死に至る…という悲惨なイメージは、医療界のでっちあげだった。20年来、「『がん死』のお迎えは最高。ただし、治療しなければ」(中村)、「がんの9割に抗がん剤は効かない。患者よ、がんと闘うな」(近藤)と言い続け、実際に多くの「がん放置患者」の穏やかな臨終を見届けてきた2人が、がんという病、医療の実態、そして人間の死について語り尽くす。 この本、■先月、癌で亡くなった友人■の葬儀の日に本屋で見つけたもの。新聞で内容を見て、読みたいと思っていたのだ。読んで共感するところが多かった。目次を参考にしながら感想を書いておく。【目次】(「BOOK」データベースより)第1章 がんの誤解を解く*どうせ死ぬなら「がん」がいい*治療しなければ、がんはけっこうな病気*がんが痛むのではない。治療で痛む ほかこの中で治療しなければがんはけっこうな病気というのは、死ぬ準備が出来るということだ。突然交通事故で死ぬとか心臓病で死んだ場合、死ぬ準備が出来ない。死んだ人が金持ちでも借金を持っている人でも残された人は、困る。突然死と違って、これまで世話になったひとや愛する人にさようならやありがとうの言葉を伝える時間が残されている。だから、どうせ死ぬなら「がん」がいいとなるわけだ。第2章 医療に殺される*「がんにかかるとすぐ死ぬ」イメージは医療が作った*99の死屍累々は隠して1の成功例だけを強調*胸部CT検査2回で「避難」レベルの被ばく ほか。胸部レントゲンが体にいいことではないとは知っていたけれど、年間数回レントゲンを撮る。まさに「医療に殺される。」第3章 日本人と死*死に目に立ち合う症候群*臨終のすったもんだ*胃ろうと「生かすことはいいことだ」 ほか胃ろうは私の母も1年近くやっていたが、ただ生きているというだけの状態に今も妹と「あれでよかったのか」と言っている。いつまでも生きようとする人間の性についても触れている。子孫を残すという役目を終えたら、他の動物は死ぬというのを心に留めて生きようと思う。そうすれば、がんだといって悲しむことはないのだと・・・。共感することがいっぱいあったが、一番大きかったのは、「がんが痛むのではない、治療が痛むのだ」ということ。がんの苦しみは、副作用=治療の苦しみ。「手術は人工的な大けが」というのも納得だ。しかも、人間の体は、けがを治そうとするようになっている。がんの細胞も体の一部で、かが(手術のあと)を治そうと、がんばる。だからそこに、異常と思えるくらいに癌細胞が増えるのだそうだ。亡くなった友人は、亡くなる前の日に電話をかけてきた。あれは、きっとさようならと言いたかったのだろう。友人は葬儀のスタイルや遺影を自ら選んでいた。自ら人生の幕を引いたような、素晴らしい最後だった。そのことがあるから、この『どうせ死ぬなら「がん」がいい』という本の内容が胸にすとんと落ちた。中村仁一(ナカムラジンイチ)1940年生まれ。京都大学医学部卒業。財団法人高雄病院院長、理事長を経て、2000年2月より社会福祉法人老人ホーム「同和園」附属診療所所長、医師。1996年4月より、市民グループ「自分の死を考える集い」を主宰。 近藤誠(コンドウマコト)1948年生まれ。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学医学部放射線科入局。83年から同大学医学部放射線科講師。がんの放射線医療を専門とし、乳がんの乳房温存療法を積極的にすすめる。また、医療の情報公開にも力を注ぐ。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月17日*遊び唄:ゴムとびの唄「二宮金次郎」*・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.17
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■舟を編む:あらすじ■♪音が出ます!マジメって、面白い。玄武書房に勤める馬締光也。営業部では変人として持て余されていたが、人とは違う視点で言葉を捉える馬締は、辞書編集部に迎えられる。新しい辞書『大渡海』を編む仲間として。定年間近のベテラン編集者、日本語研究に人生を捧げる老学者、徐々に辞書に愛情を持ち始めるチャラ男、そして出会った運命の女性。個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭する。言葉という絆を得て、彼らの人生が優しく編み上げられていくー。しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大渡海』は完成するのかー。 2012年本屋大賞をの作品の映画化だから、公開を待ち望んでいた。やっぱり面白い!!時代は1995年から2010年まで。1995年って今からそんなに遠くない時代なのに、なんと古、と思わずにはいられない。まず、みんながケイタイを持っていない。パソコンがないから手書き。何万という言葉の説明や用例を書く・・・。しかもほとんどが手仕事!!辞書作りって気が遠くなるような作業だ。その上に、新しい言葉を採取して、それを辞書に載せるかどうか判断し載せるとなれば説明や用例を書く。映画を見てはじめて知ったのだが、『憮然』という言葉の本当の意味。憮然とするといえば、怒った様子をあらわしていると思ったが、これは誤用だった。元々は、失望・落胆してどうすることもできないでいるさま。■ぶ‐ぜん 【×憮然】■ [ト・タル][文][形動タリ]失望・落胆してどうすることもできないでいるさま。また、意外なことに驚きあきれているさま。「―としてため息をつく」「―たる面持ちで成り行きを見る」 ◆「憮然たる面持ちで」とした場合、「腹を立てているような顔つき」の意味で使われることが多くなっているが、本来は誤用。文化庁が発表した平成19年度「国語に関する世論調査」で、「憮然として立ち去った」の例では、本来の意味である「失望してぼんやりとしている様子」で使う人が17.1パーセント、間違った意味「腹を立てている様子」で使う人が70.8パーセントという逆転した結果が出ている。舟を編むというのは、辞書を編集するという言葉だそうだ。誰かに気持ちを伝えるために言葉がある。言葉の海を渡るための舟が辞書。映画の中に海の景色や波の音が象徴的に流れていた。 「舟を編む」の作者は三浦しおん、主演は松田龍平。この組み合わせは、■まほろ駅前多田便利軒■! 監督は■川の底からこんにちは■の石井裕也。まだ、29歳というのにもう、こんな素敵な作品を撮るって、これからが楽しみな監督だ!!!・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月13日*テントバナ*・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.15
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上町台地(うえまちだいち)とは、大阪市にある丘陵地・台地である。南北に長く、北部は中央区の大阪城付近・天満橋の辺りで、そこから緩やかに小山を形成し、天王寺区・阿倍野区周辺を経て、南部の住吉区住吉大社付近に至り、その辺りでほぼ平地になり清水丘を以て終わり、長さ12kmに及ぶ。大阪(大坂)の歴史の発祥地であり、要所である。その上町台地を歴史好き、地理好きの友人と歩いてきた。江戸時代、大坂市内の寺院は上町台地に整備された寺町に移転させられ、以後今日に至るまで寺の木々の緑が上町台地を彩っている。歴史のある寺や神社、「天王寺七坂」と呼ばれる台地西端の崖地を降りる坂道、空襲から焼け残った空堀や谷町六丁目付近の長屋の家並みや商店街、上本町の繁華街、昭和町・田辺・帝塚山などの戦前の郊外にあたる屋敷町、天王寺公園など、上町台地には緑の少ない大阪の都心でありながら、風情や緑のあるところが数多く残されている。なお、上町台地が大阪平野の真ん中に南北に直線状に突き出しているのは、豊中市から上町台地を経て岸和田市にまで至る上町断層の力によるものである。 断層の最新活動時期は、約28,000 - 約9,000年前と思われ、平均活動間隔は8,000年程度と推測されているが、過去の活動履歴がよくわかっておらず活動間隔も最後の活動時期も絞り込めないため地震発生確率ははっきりしていないが、警戒要の断層である。 しかし、上町断層帯全体が震源域の地震が起こった場合、マグニチュード7.5程度の地震が発生すると推定され、堅固な地盤の上町台地より軟弱な地盤の周辺低地に大きな被害が出ると想定される。■口縄坂↑ ■織田作之助が七坂の内、一番愛した坂でもある・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月8日*卯月八日*・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.11
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■シャドー・ダンサー:あらすじ■息子を守るためにスパイになるしかなかった。1970年代の北アイルランド。幼いころに弟を失い、IRA(アイルランド共和軍)としての活動が日常である家族と暮らしてきたコレット・マクビー(アンドレア・ライズブロー)は、IRAに身を捧げていく。1993年ロンドンでの爆破未遂事件の容疑者として逮捕された彼女は、IRAと敵対するMI5(イギリス諜報局保安部)の捜査官マック(クライヴ・オーウェン)から、究極の選択を迫られる。それは、スパイとして家族を欺くか、幼い息子を残し拘留されるか、というものだった。 汽車に乗って 丸山薫 汽車に乗って あいるらんどのような田舎へ行こう ひとびとが祭りの日傘をくるくるまわし 日が照りながら雨のふる あいるらんどのような田舎へゆこう 車窓(まど)に映った自分の顔を道ずれにして 湖水をわたり 隧道(とんねる)をくぐり 珍しい少女や牛の歩いている あいるらんどのような田舎へゆこう今から50年ほど前に読んだこの詩が私をアイルランドに行きたいと思わせるきっかけとなった。はじめてイギリスに行ったのは、今から40年以上前の1972年。イギリスとの戦いが激しくて、すぐ近くまで来ていながらアイルランドに行くことができなかった。長い間の闘いが終わったのは、つい最近。いや、沈静化しているだけで、いつまた再燃するかもしれない。それほど、イギリスとアイルランドの関係の根は深い。◆アイルランドの映画◆■麦の穂を揺らす風■アイルランドの独立戦争。■アルバート氏の人生■19世紀のアイルランドの生活の貧しさ。■アイルランド紛争の歴史:- イギリスによる侵略と北アイルランド紛争 -■・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月7日*加古川名物:かつめし*・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.08
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■愛、アムール:あらすじ■♪音が出ます!人生はかくも長く、素晴らしい。パリ都心部の風格あるアパルトマンに暮らすジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)とアンヌ(エマニュエル・リヴァ)は、ともに音楽家の老夫婦。その日、ふたりはアンヌの愛弟子のピアニスト、アレクサンドル(アレクサンドル・タロー)の演奏会へ赴き、満ちたりた一夜を過ごす。翌日、いつものように朝食を摂っている最中、アンヌに小さな異変が起こる。突然、人形のように動きを止めた彼女の症状は、病による発作であることが判明、手術も失敗に終わり、アンヌは不自由な暮らしを余儀なくされる。医者嫌いの彼女の切なる願いを聞き入れ、ジョルジュは車椅子生活となった妻とともに暮らすことを決意。 監督は■白いリボン■のミヒャエル・ハネケ。「白いリボン」を一緒に見た■友人は先日亡くなったが■「白いリボン」に深く感銘を受けていた。亡くなる一週間前に来た手紙には、「今年、『愛、アムール』が見られないのが本当に心残りです」とあった。映画で心に残ったのは、ヒロイン、エマニュエル・リヴァの美しさ。85歳だというのになんとも、かっこいい。もちろん、皺があったり肌のつやがないというのはあるがそれを差し引いてもなお美しい。骨董的な美しさ。夫役にはジャン=ルイ・トランティニャン、なんと82歳!この人もかっこよかった。音楽家夫婦という設定だが、その弟子、アレクサンドル・タローは、実名で出演している。映画の中で病気になったヒロインが寝るベッドは、電動式だが、木製。亡くなった友人は、借りていたいかにも病人用というベッドが、美意識に反すると嘆いていた。もし、彼女が生きていてこの映画を見たら、絶対に2人でこのベッドに触れるだろうなと思った。老人が老人を介護する大変さが分かる。この映画は第85回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した。・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月5日*トリビアの井戸*ゴイサギの名前の由来*・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.05
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春が来たと叫んでいるような可憐なそれでいて逞しい花、タンポポ。田んぼの畦や道端に咲いていたが、最近は、田んぼは、駐車場になり道はアスファルトになって、昔に比べ見ることも少ない。こんな花を雑草といっていいのかと腹がたつ。ところが、タンポポは、江戸時代・幕末には園芸化され数十の種類があったそうだ。■古典園芸植物■タンポポの利用は沢山ある。 草笛 - タンポポの茎を笛として吹く。薬草・漢方薬 - タンポポの葉に含まれる成分に、C型肺炎ウイルスを抑制する効果がある。また、根には健胃・利尿・催乳などの効果がある。たんぽぽコーヒー タンポポ茶 - タンポポの葉を乾燥させ、ハトムギ茶などと配合したもの。 セイヨウタンポポの葉は古くからヨーロッパや中東で食用に供されており、多少の苦味があるがサラダなどにする。また、根を乾燥させて炒ったものがコーヒーの代用品(たんぽぽコーヒー)として知られている。アメリカ合衆国の一部では、花弁を自家製醸造酒(タンポポワイン)の原料として用いる。全草を乾燥したものは蒲公英(ほこうえい)という生薬として用いられ、解熱・発汗・健胃・利尿などの作用がある。さらに、茎に含まれる乳液からゴムを採集する所もあり、ブリヂストンがタイヤの主原料となる天然ゴムを取り出し実用化を目指している。タンポポの笛は今も吹くし、たんぽぽコーヒーも飲んだことがあるが、タイヤの主原料を目指しているなんて知らなかった。休耕田でタンポポを育てたら子どもたちが喜ぶだろうな・・・。たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやるいつかおまえも飛んでゆくから 俵万智・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月3日*4月3日もピクニックの日だった。*・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.03
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去年は体調がよくなかったので■花見■をした記憶がない。今年は、体調もよく、満開が3月最後の土日となったので、夫と出かけた。家から1時間くらいのところにある■近つ飛鳥風土記の丘■で桜祭りというイベントがあり参加した。●近つ飛鳥風土記の丘は日本を代表する群集墳「一須賀古墳群」を保存し、貴重な文化財に触れ・学び・親しむ場として設置した史跡公園です。29へクタールの園内には102基の古墳が保存されています。そのうち40基を整備し、見学できるようにしています。春には梅や桜、秋には紅葉も楽しめる、緑いっぱいの史跡公園です。桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!これは信じていいことなんだよ。何故なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。梶井基次郎の「桜の下には」という文がある。 これは信じていいことなんだ。この桜の木の右側の穴のような場所は、かつての死者の墓、古墳!!!■近つ飛鳥風土記の丘■〒585-0001 大阪府南河内郡河南町大字東山299番地 TEL 0721-93-8321(代) FAX 0721-93-8325・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。★2012年4月1日*うぐいすの初音 *・・・・・・・・・・・・・・
2013.04.01
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